繋いだこの手はそのままに −40
 シュスタークの足止めに最も活躍したザウディンダルは、心肺停止状態。
 カルニスタミアは抱きかかえ、首に手をあててみる。
「どう?」
 キュラは言いながらザウディンダルの半開きになっている瞼をあける。
「死んでるな。急がなくても間に合うだろう。生き返らせた後の激痛は知らないが」
 瞳孔が開ききった瞳と、鼓動の止まった心臓と、聞こえない呼吸音。
 抱えているカルニスタミアの腕が感じる、何時もよりも重い身体。
「あのさぁ、カルニスタミア」
 キュラは笑いながら拾ってきた[シュスタークの歯型が付いた耳朶]をヒラヒラさせ、
「何だ? キュラ」
「ザウディンダルに止め刺したのって君だよ」
「……」
 笑いながら、カルニスタミアに告げた。

リプレイ

 辛うじてまだ動けるタバイが後を追うが、叫び続けるシュスタークの声に、足が思うように動かない。
 シュスタークは瀕死のザウディンダルの傍に近寄り、足を腹に落とそうとするが、まだ骨が折れていない足の力を使ってザウディンダルが避ける。
 それを見て足首を掴み、次々と骨を砕き動きを封じ圧し掛かり、ついに抜き取ろうと手を伸ばす。
「うぉぉぉぉ!」
 自分に向かってくる叫び声にシュスタークは頭を上げる、その声の方角を見るとカルニスタミアが直ぐ傍まで来ていた。
カルニスタミアがシュスタークの両腕を掴み、ザウディンダルから引き離し仮面に額を叩きつけ両の目を覗き込む。
「そろそろ戻ってきて下さいませんか? 我が永遠の友の為にも」

 皇帝と我が永遠の友の絶対条件は、瞳が正配置であること。

 相手を止める時、向かい合い互いの目を覗き込むのが最も効果的とされている。
皇帝の蒼い右目を見つめるのは、我が友の緑の左目。我が友の蒼い右目を覗くのは、皇帝の緑の左目。
 両者は[鏡に写ったような]状態ではいけないのだ。必ず色違いの瞳同士でなければ。右の蒼い瞳は発信機能、左の緑の目は受信機能だけを持つ故に。
「ぎぃ……あああああ!」
「うぉぉぉぉ!」
 額を押し付けあったまま、両者手の骨が折れる程に握り合って叫び続ける。

リプレイ終了

「思い出した?」
「いいや……」
「よぉく思い出してよ。陛下はザウディンダルに圧し掛かってた、そして君が突進して陛下を引き離した所」
 カルニスタミアが走る、叫び声を上げながら走る。
 そしてザウディンダルの子宮を抜こうとしている皇帝の手を掴み引き離して、もう片方の手を掴む。
「その時の足元にご注目」
「……」

 圧し掛かっていた皇帝を引き剥がし、手を握った所でカルニスタミアの右足はザウディンダルの心臓の真上に降りた。

「……あっ!」
 そこで力を入れて足を再び上げたのだが、
「死因は心臓破裂だと思うよ〜気付かなかったの?」
 折られに折られていた肋骨を粉砕させつつ、心臓を踏み潰していた。
「全く。緊急事態だ、仕方ねえだろうが」
 言われてみれば「地面ではない感触だった……ような」気がしてきた。そこに止めを刺すように、キュラはザウディンダルの服を引き剥がす。
「そうだねえ。だから言ってもいい? 君の心臓、踏んでぶっ壊したのカルニスタミアだよ〜って」
 そこには見事な “痣”。鳩尾に受けたシュスタークの膝とはまた別に、大きな痣が身体に一つ残っている。
 大きさ的にカルニスタミアの足、調べれば確実にそれだと証明されるだろう。
「………………」
 緊急事態、カルニスタミアがザウディンダルの心臓を踏み潰して走っていても誰も咎めはしない。
 あの瞬間はそれが全て許される状況だった……だが、
「蘇生したザウディンダルには秘密にしておいてあげるから、僕のお願い聞いてくれるかな?」
 波風を立てたくないと考えるのは人として当然のこと。何せカルニスタミアはザウディンダルに好意を抱いているどころか、関係もある。
 気まぐれで、すぐに怒るザウディンダルに知れれば、許しはするが暫くの間、身体に触れさせてもらえないのは確実。
 [我が永遠の友]は皇帝ほどストイックでも淡白でもなく、そして若い。
「ああ、何でも聞く、何でも聞くから……秘密にしておいてくれ」
 カルニスタミアも王子、他に相手が居ないわけではないのだが、それとこれとは別問題。
 丸く収まるのならば、収めたいと思うのが人情というか、男の恋心というか……普通の考えだろう。ただ、秘密にしてくれる相手が相手なだけに、
『何を言われるやら……後になって “告げられた方がマシだった” にならねば良いが……』
 そんな望みを託しつつ、両腕で抱えているザウディンダルに小声で詫びた。
「悪い、全く気付かなかった」
 “記憶があれば謝るが……あの状態なら陛下が踏み潰したと勘違いしてくれるのでは……陛下、お願い申し上げます。儂の身代わりになってください”
 帝国臣民としてしてはならない事を願いつつ、彼とキュラはザウディンダルの蘇生装置のある部屋へと運び込み、装置を繋ぎ稼動させる。
「金のかかる装置だよねえ」
「まぁな」
 蘇生装置の動力は機動装甲。人一人を生き返らせる装置の動力は、惑星型敵巨大攻撃空母を撃沈させる人類最終兵器を動かす動力を丸々一つ占有する。
「機動装甲持ち込んでたからいいけどさあ。この人工惑星の全動力システムを使っても動かせないんだから、金食い虫だよねえ」
 人工衛星の、酸素供給や地熱供給、温度調整など人間の生存システムに関わる動力を全てまわしても、この装置は稼動しない。
「全てのチューブは繋いだ。キュラ、濃度100のバラーザダル液注入、早くしろ」
 バラーザダル液とは基本的に機動装甲の操縦席を満たす液体で、人によってその構成物質は異なる。バラーザダル液はその他にも蘇生装置の媒介としても使われる。前者は戦闘用バラーザダル液、後者は「再生用バラーザダル液」と呼ばれる。
 バラーザダル液は搭乗者の血液成分が基本的な構成物質。だが、戦況が劣勢になった場合などはバラーザダル液に興奮剤などの薬物を混ぜ戦闘に出ることも多々ある。
 濃度100%のバラーザダル液とは通常の血液成分よりも濃度が高い。
「ザウディンダルのバラーザダルは……副腎皮質ホルモンが特殊配合だったねえ」
 笑いながらキュラはバラーザダル液の成分をインプットし、注入を開始する。
「でも生き返った後の激痛は、どうしようかねえ」
「最低限の痛み止めは?」
 外傷により一度機能停止した体を再生させた後に再稼動させる「蘇生装置」一時間以内ならば確実に生き返るのだが、その際に伴う痛みが尋常ではない。
 通常ならば痛み止めを使い最低限の痛みだけで(痛覚も蘇生させる為)やり過ごせるのだが、
「無理だろね。まだ二年経ってないだろう? ザウディンダルの薬物乱用……っていうか、再生用に使ったのですら痛むと思うよ。この少量でも痛みは倍増するだろうね。自業自得だけど」
 今から一年半ほど前にザウディンダルは「極度の寂しさにより」、キュラに言わせれば「馬鹿なだけ」と言い切られたが、とにかくザウディンダルは精神的に不安定になり大量の薬を摂取して死にかかった。
「全部の薬が抜けるまで二年はかかるって言ってたけど。宰相が怒るわけだよ、帝国騎士が薬物使用できなかったら意味ないじゃない? 今度は親征だよ? 帝国騎士が守り固めなきゃならないってのに、この馬鹿。再生用バラーザダルで出撃する気なのかねえ。それとも出撃しないで陛下をお守り? ザウディンダルの能力じゃあ、陛下の護衛になるかなあ」
 体質と薬物の成分により「二年間は薬を一切使用しない」と治らない……との医師団の見解を受けて、帝国宰相に散々叱られたのだ。
 ザウディンダルは身体能力では皇帝陛下の護衛にあたる「近衛兵団」に所属できない程度。彼の強さは機動装甲にある……のだが、薬の使用を制限されては出るにも出られない。戦闘用バラーザダル液自体血液成分と薬品を合成して作ったもの。
 今使っている再生用は最低限の薬品しか使われていないが、戦闘用となればそうはいかない。
「それは、儂等が口を挟む問題じゃあねえし」
「蘇生後は一回帝星に戻した方がいいんじゃない? 僕としては適当に二週間くらい放置しておいても良いとは思うけど」
「陛下の誕生式典期間に “薬物乱用の後遺症により一般治療が不可能な異父弟を引き取ってください” 受け取ってくれると思うか」
 この時期最も忙しいだろう帝国宰相が引き取るわけもない、他の兄弟達も同じ事。尤も帝国宰相は何時でも誰よりも忙しいのだが。
「無理だろうね。宰相様は僕より厳しいヒトだからねえ。痛覚完全遮断かける? でも適当な痛みはないと、再生作業は遅くなるよ。痛覚は人間にとって必要な感覚だからさあ」
「痛覚完全遮断な……ダメで元々だ、帝国宰相閣下にお引取りしてくださいと連絡を入れてみるか」
「君が入れてね。僕は自業自得だからそこら辺に転がしておいて、痛みで絶叫させておくべきだと思ってるから。全く、いつ何時何があるか解らないんだから、薬が使えない身体なんかになってる場合じゃないだろう。っとに最高の治療を受けられる立場に居ながら、自分の軽率な行動でそれが出来ないなんて、バカだよねえ」
「……バカだとは思うが、その程度で許してやってくれ……ちょっと行ってくる。後は任せた」
「戻ってくる時はトルココーヒーとストラッチと……ちょっと! カルニスタミア! 聞いてるの!」

 カルニスタミアは肩を落としながら蘇生装置を置いている区画から出て、通信設備のある部屋へと重い足取りで向かった。


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