繋いだこの手はそのままに −37
「戻ったぞ」
 ロガに荷物を届けに向かっていたカルニスタミアが戻って来た。
 何故カルニスタミアが選ばれたか?
「お帰り、カルニスタミア」
 そう声をかけているガルディゼロ侯爵 キュラティンセオイランサは、ちょっと本人が笑えない茶目っ気を出せばロガの鼓膜が破れかねない。
 本人はそんな事はしないと言い張っているが、誰も信用しなかったのは彼の今までの行動から出たもの。
「届けてきたか、カル」
 デファイノス伯爵 ビーレウスト=ビレネストが選ばれなかったのは、彼が無類の女好きな為。二十も半ば近い体格の良い軍人で金もあれば権力もある王子が女好き、となればその見境なさは説明するまでもない。
 奴隷女に手は出さないぞ? とは言うものの、上のキュラティンセオイランサと同じく信用度0で除外。
「で、どうだった?」
 尋ねるセゼナード公爵 エーダリロクは今の今までペットの爬虫類の世話をしていた。「ルザベリアン(トカゲ全長5.6M・メス)の体表面の手入れしてやらなけりゃならないから」なる理由。
 何時もの事なので、それに関して四人とも完全無視。
 ザウディンダルは気分屋のため、最初から誰も数に入れていない。そんな消去法でカルニスタミアに役が周ってきた。

**********


 まわされた時カルニスタミア本人は、
「元々儂の仕事だろうが」
 そう言って、未来の正妃の下に向かう準備を始めた。
 現在、皇帝の唯一人の側近を務めているカルニスタミアは[当然]と言って、デ=ディキウレの部隊が皇帝の身元に繋がる品物がない事が確認されたゾイがロガに宛てた荷物と、飾り気など全くなく質素に見えるが、技術の粋を集めて作られた小さな紙袋に、無造作に見えるように計算して入れられた菓子を持ち管理区画を出て行った。
 そんな彼を笑顔とは少し違う、だが邪悪とも違う歪んだ笑みで見送ったキュラ。
「でもさ、一般的には彼が一番格好いいし女性に好かれるタイプなんだよねえ。多感な年頃の少女に向けて放つには、最も危険な男だよね。何人君の女がカルニスタミアに心変わりして去っていったっけ?」
 その隣に立っているビーレウスト。
「居なくなったのは五、六人だ。後は俺と一緒にいた方がカルに近づけるから “好きでもない男に抱かれながらも、貴方をお傍で” みたいなカンジで見ているのが四、五人。その思考回路が面白いからそのまんまにしてるが」
「思ったよりも少ないんだね」
 キュラがせせら笑うと、ビーレウストも笑い返す。
「まあな。カルに玉砕して、俺からモノ貰えなくなったら馬鹿らしいんだろ、カルについても俺についても資金力は同等だが、カルの奴は余程気に入らなきゃ買ってやらねえだろう。……良いんじゃねえの? 万が一カルの心を動かしちまったら、手前に「ずたずた」にされちまうんだから。やれやれ、カルもこんな恐ろしい男に惚れられて哀れだな。面白れえけどよ」
「当事者でないと結構気付くんだよね。この前皇君オリヴィアストルにも言われたんだよねえ。こんなに皆気付いてるんだから、カルニスタミアも気付いたって良い筈なんだけどな」
「アイツの好みはザウディンダルだからなあ。手前と正反対じゃねえか」
「そうだよね、あの貧相で華やかさに欠ける、イジケた極度のブラコン、自傷して気を引くくらいしか駆け引きできないザウディンダルが初恋のカルニスタミアにはねえ。僕の方が華麗で強くて華やかで前向きで断然良い男なんだけれど」
 ナルシストで有名なキュラは、自分の体を軽く抱きしめるようにして自信満々に語る。
 その程度の言動など、慣れきっているビーレウストは、全く気にしないで話を続ける。
 ビーレウストは「戻るぞ」とキュラを門を開き、キュラも歩き出す。
「言いたいことは解るし、その通りだし、俺も手前とザウディンダルのどっちか選べって言われたら、迷わず手前を選ぶ。あんな特殊多岐回路爆弾みたいなのは、好みじゃねえ。解除手順を間違ったら即爆発じゃなくて、即解除手順変える爆弾みたいな……カルはそれが好みなんだろうけどよ。一番の違いは手前は自分大好きで、ザウディンダルは自分大嫌いな所か。……貧相っていやあ、皇帝と永遠の友ってやっぱ好み似るんだろうな」
「貧相なところ? まあ確かに陛下のお気に入りの娘は貧相って言えば貧相だね。ウェスト51cmって僕達の二の腕より遥かに細いもんね。陛下が乱暴に扱ったら大変な事になるねぇ」
 二人とも、全く人気のない管理区画を歩きながら管理棟へと進む。
「あの人はそんな扱い方しねえだろう。そうじゃくてよ、カル間違って惚れたらどうすんだ? あいつ我が永遠の友だろう? 感覚、特に性交渉を伴った感情は同調しやすいだろ? 幾ら手前でも陛下の正妃に懸想してるカルじゃあ、さすがの手前でも何も出来ねえよな」
 過去、カルニスタミアの婚約者を自殺に追い込んだ事のあるキュラ。
 そこに至るまで色々あり、キュラが追い詰めなくてもカルニスタミアに殺されていただろうと思われる「言動」を行った婚約者だが、キュラが自殺に追い込んだのは事実。
「殺しちゃうよ」
 それを隠しもせずに喋るあたりが、このキュラが壊れていると言われる所以。
「手前の力じゃ、カルを殺すのは無理だろ」
「ちがう、ちがう。前と同じで相手を殺すよ。それが陛下の正妃であっても、僕は殺すよ」
「はーん」
「その気になれば、手段は幾らでもあるよ殺すだけなら簡単! その後に工作なんかしちゃうかも! あの野心の強いラティラン(ケシュマリスタ王)を帝国の為に葬り去る手段として、一族の僕が正妃を殺害しラティランをも巻き込む為だと帝国宰相に告げて、ラティランには奴隷正妃を阻止する為にって言えば後は派手にやってくれるだろうね。ま、陛下のお怒りを買って処刑されるのは構いはしないし。僕の死後、僕が撒いた種で帝国が荒れるのもまた一興だねえ」
「はい、はい、はい、はい。そんな手前だが、カルが好きなザウディスは殺さねえよな。とっとと殺しちまって取ろうとか思わねえの?」
「物事には手順というものがるのさ、ビーレウスト。僕がザウディンダルを殺しちゃったら、僕がカルニスタミアに殺されちゃうじゃないか。僕は好きな人に殺されて幸せなんて思うような間抜けじゃないよ。それに、僕が一番好きなのは、この美しい僕自身。……まあ、簡単に言えばさあ僕は馬鹿でも高慢でもないって事だろうね」
「手前の何処が高慢じゃねえんだよ」
「僕は自分を愛してるけれど、自分に酔わないのが良い所なんだよ。例えばの話として男一人に女二人、この女は親友だったり姉妹だったりするのが解りやすいだろうね。女の一人、これをAとしよう。Aが一人の男に好意を覚えて肉体関係を持つ。その後、女はもう一人の女、Bも “同じ男” の事を好きだと言う事を知る。物語なんかだと、最初に寝たAよりもBの方が綺麗だとより良いみたいだけどね。男は最Aが好き、綺麗な女よりも平凡だけど “性格” の良い女の方が好きだと話は完璧だね。そういうのって何故かAが勝手に身を引いて「男とBと恋人同士」にするように応援する……けれども結局男はAを選ぶ。僕は当然この美しさから言って配役的にBじゃないか、でザウディンダルはAじゃないか。違うのはザウディンダルは別の人が好きだって事だろうね」
「帝国宰相か。だけどアレは本当に男女……ザウディスは両性だから男女でいいんだろうが、純粋に男女の関係の感情だけじゃねえんだよな。入り混じってて、他人から見りゃ変な感じだよな」
 ザウディンダルは両性具有の中でも特に中性状態の強いタイプで、ホルモンバランスが何時も崩れているので感情の起伏が激しい。
 恋人は男性が多いので、女性的なのだといえば女性的なのだが体機能は男性の方が優位なので男性に分けられ「準王子」とされている。
「そうだよね。でも当人にも自覚があるわけじゃないか。だから僕が詰め寄れば別れるとは思うよ。ザウディンダルはカルニスタミアを支配しているからね。さっき言った話のAのように。自分の事を好きだといってくれている男に“別の女のところに行け” と言えるその高慢さ。Aは自分の心の平穏と自分はいい人という思い込みから、男に好きでもないBを抱けと命じている事に全く気付かない。そういうヤツに限って悲劇のヒロイン気取るから嫌なんだよね。あ、話がずれたね……安っぽい……話だよね。男一人に女二人」
「ずれまくりだ。そりゃ手前の親の話じゃねえか。ま、安っぽいな。世界にどれほど女が居ると思ってんだよ。何で次の恋人まで、自分を振った女の意思に従わなけりゃならねえのか、意味が解らねえ。世界中に三人だけ生き残ったんだとしても、男は両方の女を自分のモノにして終わりだ。俺ならそうするね」
 ゴメンゴメンと、思ってもいない謝罪をしつつ、建物の扉を開けて中に入る。
 ほとんどの人間が地下に閉じ込められている建物は静けさに包まれている。
「でもさ、そうすると困るんだよね。 “好きな相手に[貴方の事を考えて]別れを切り出された男” が取る行動ってのはさあ。特にカルニスタミアはあの性格じゃない? ザウディンダルからそう言われたら身は引くけれど、絶対その後は人を傍に近寄らせないで “孤高の人” で人生終わらせちゃうに決まってるじゃない」
「カルの性格ならそうかも……手前がそう言うんだから、そうなんだろうよ」
「カルニスタミアにザウディンダルを諦めさせる為には、ザウディンダルが幸せにならなけりゃダメなのね。カルニスタミアは自分が幸せに出来ない事は理解できてるし、誰がザウディンダルを幸せに出来るかも知っている。でも、動かない、ザウディンダルを失いたくないから。でもザウディンダル本人が動けばカルニスタミアは止められないし、止めない。それで初めてカルニスタミアは失恋して傷ついて、そして僕が彼を慰めるのさ。僕がカルニスタミアの事好きになったのは、カルニスタミアがザウディンダルを好きになる前だからね。そう簡単には諦めないし、絶対に入れてみせるさ」
「……執念深けえなあ。ま、頑張れよ。まあ、それにしても何でわざわざ男をねえ。俺だったら女の方が断然良いが」
「解ってないなあ。カルニスタミアは[我が永遠の友]だよ。生まれながら最高の地位にあられる陛下の次に来る、生まれてから最高の地位に就いた男だよ。この最も美しい僕に相応しいのは、この二人だけ」
 当たり前だろう! とキュラは両手を広げてビーレウストに[確かに誰よりも美しいと自画自賛しても文句は言われないだろう笑顔]を浮かべて語り続ける。
「僕が女だったら迷わず陛下の下に向かうけれども、陛下は男性。男性皇帝相手に、帝国の存亡をかけてまで恋をするほど僕も馬鹿じゃあない。帝国貴族としてそこまでは落ちてないし、僕と陛下が堕ちて喜ぶのはラティランだけだろ? 悪いけれどラティランはケシュマリスタ王止まりが妥当だ、皇帝という器じゃない。だから帝国貴族の責任を果たしつつ、僕に相応しい相手となればカルニスタミアしかいないのさ」
 右手を高らかに上げて語りきったキュラに、ビーレウストは “聞いた俺が馬鹿だったよ” と眉間に皺を寄せて、何度も深く頷いた。

**********


 戻って来たカルニスタミアは、運び込んだ施設には似合わない豪華なソファーに腰を下ろし、テーブルに置かれている通信機から簡素な報告を送る。
 その作業をしながら質問に答える。
「特に何も。此方から渡した菓子は口に合ったようだ。味覚データ集計に間違いはなかったようだ」
 カルニスタミアが菓子を持って行って渡したのは、ロガの口に合う菓子の試作品を試す為。
 いつまでも菓子店にデ=ディキウレが忍び込み無断拝借しているわけにもいかないので、ロガの口に合う菓子を試作させ、それが口に合っているかどうかを確認する重大な作業。
「そいつは良かった。で……カルニスタミア」
「何だ? ザウディンダル」
「あの方、本当に顔半分が肉腫の奴隷娘に惚れてるのか?」
 我が永遠の友とは[精神感応器官]が男皇帝と通じる者のことを指す。(女皇帝の場合は「其の永久なる君」)
 これは後天的に身に付く個体変異で、なれる人間には条件がある。

1. 皇帝と親が同じではない
 片親でも同じ場合は、これは決して現れない
2. 親戚であること
 兄弟姉妹では現れないが、従兄弟・従姉妹、若しくは又従兄弟・又従姉妹でなければいけない
ケシュマリスタ系に「我が永遠の友」や「其の永久なる君」が多いのは皇位継承権の問題上「いとこ」である確率が高いため
3. 年齢差、五歳以内
 個体年数の差は五歳以内でなければ、個体変異は起きない
4. 同性であること
  これは決して、異性相手では起こらない。
5. 体が成熟する前に触れ合う事
 男女ともに初潮・精通前に会い、直接手を握るなど、肌が触れる行為をする必要がある
6. 肉体関係不可
 皇帝と「我が永遠の友」が肉体関係を持つと、感覚器は機能停止状態となる。事実上失明(其の永久なる君も同じ)
7. 瞳の等級は+まで。配置は正配置

 これらが絶対条件となっている。
 カルニスタミアは皇帝より一つ年下で正配置皇帝眼を持ち、母が皇帝の実父の “いとこ” にあたる。
 これらの条件を全てクリアし、彼は「我が永遠の友」の座を得た。
 皇帝の意識を覗くことが出来、その上「皇帝を」操る事も可能とされている。
「公爵(実兄のアルカルターヴァ公爵)にも毎日尋ねられるが、解らんな。お前等も知ってるだろうが、それ程都合のいい能力じゃない事くらい」
 精神感応能力は元々エターナとロターヌの姉弟の間にしか備わっていなかったもので、そこに諸事情でシュスターが混ざった為に能力が引き継がれたのだが、その二人ですら相手の考えの全てが解ったわけではない。二人は触れ合っていれば全て解ったようだが、何も触れ合わないで精神感応器官の瞳だけで全てを通じ合わせる事は不可能だったという。
 それから多種多様な血が混じり薄まった。その為、精神感応器官だけで相手の感情を理解する事は、よほど激昂した感情でもない限りは無理なのだ。それでも専制君主国家(現在は微妙に違うが)において、どれ程の強みとなるか? 語る必要もない。
「でも、何となく解るんだろ?」
「最近伺わせてもらってないからな……だが、気にはなってるらしい」
 カルニスタミアは皇帝が最初の肝試しに向かった際、帝星で待機を命じられた。
 我が永遠の友というのは、ある種の歯止めにもなる。皇帝が乗り気であっても、傍にいる我が友の方が「冷たい」状態だと、それに同調してしまう事がある。
 その為に彼は帝星待機だったのだが、その後「大惨事」が起きて皇帝が不眠になり、原因解明の為に我が友・カルニスタミアが借り出される。出来る限り皇帝に気付かれないように、不眠の理由を探り出した。それが「奴隷の娘」ことロガ。
 此処から物語が始まったのだが、それを探り出したカルニスタミア当人は、表面には出さないが結構困惑していた。
 初めて皇帝の頭の中から出てきた娘。そして『少年』と呼びかけている皇帝。


『何故陛下は、何処からどう見ても “娘” な奴隷を “少年” だと思われたのだ? 儂にはどうみても娘にしか見えんのだが……』


 我が永遠の友というのは、要らない事まで意識が混線し不必要に悩むハメになる事もある。


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