繋いだこの手はそのままに −35
 ゾイは男が嫌いだ。
「研修……ですか」
「特別に研修を終えた後は……」
 理由は単純にして複雑。
 実父に虐待されていたからだ。殴る蹴る、食事を抜かれるの毎日。実母は別の男と共に開拓用の人員として船に乗り込んだと聞かされている。
 役人にしてみれば、奴隷の男女が夫婦だと言えばそれで良し。裏を取るわけでもない、ただ番である事が、数が増える事が大切なのであって、その過去は必要ない。
 実母がゾイの父親を置いて、遠い宇宙の果てへと向かったのはその酒癖の悪さであり、一緒に逃げた男はその母を庇っていたと聞かされていた。
 実母はゾイも伴って辺境へと向かうつもりだったらしいのだが、実父はそれに気付きゾイを隠した。下水管の中にゾイを閉じ込めて、実母が男と逃げるのを諦めさせようとしたらしい。実際、実母は諦めようとしたのだが、役人がそれを許さなかった。
 一定数の番で送り込むのが前提、一組でも数が少なければ開拓団として送り出す事はできない。
 子供はいなくてもいいと言い、実母と男を船に押し込んだ。
 酒癖が悪く暴力的な実父も、役人相手には何も言う事が出来ず、船が飛び立った後下水管の中からゾイを取り出す。
 そして荒れて、娘に手を上げ、そして死んだ。
 幼少期に実父に暴行された事が、ゾイの原動力となる。
 実父が大怪我をした後、ビハルディアという墓守の男に引き取られた。
 ビハルディアはゾイの実父とは正反対の、いい人間で有名だった。元は下級貴族の家に代々仕えていた奴隷の一族で、その仕えていた貴族もよく言えば[いい人]悪く言えば[変人]だったらしく、ビハルディアに教育を施した。
【何時か奴隷も学べるようになる時代が来るはずだから。お前はそのさきがけなんだよ】
 その変わった下級貴族のことがビハルディアは大好きだった。その変わり者の主は、ビハルディアを連れて旅行中に海賊に襲われて殺される。
 家財を全て処分し、貯蓄と利子で自分とビハルディア二人で気ままなホテル住まい。
 宇宙を回って好きに暮らしていた主と、それに従っていたビハルディアはそうして離れ離れになった。主の最後はビハルディアに言わせれば[余計な]気概を見せ、貴族として船員と共に無駄な抵抗を試み殺された。
 そこから海賊達の住む惑星に連れて行かれ、二年ほど奴隷として過ごす。その後惑星に、帝国軍の海賊討伐部隊が派遣され、海賊達はあっさりと殺されて連れて来られていた奴隷は選り分けられ、ビハルディアは帝星傍の人工衛星に連れてこられた。
 連れてこられる最中にさせられる仕事で、ビハルディアがかなりの能力を持っている事に気付いた警官が、帝星傍の墓守の “爺さん” が新しいのを欲しがっていたことを思い出し、彼を連れてきたのだ。
 そこでビハルディアはエンバーミングなどの技術を教えられ、ニーという妻を貰い、ロガという娘を得る。
 生まれつき顔の半分が爛れていた娘ではあったが、夫妻は可愛がって育てた。その二人の間には、ロガ以外の子が居なかった。
 その為、二人はゾイを引き取ると名乗りを上げた。
 ゾイが男性嫌いであり、二度と男性と接触したくはない事を理解していたビハルディアはかつて自分が得た知識をゾイに与えることにした。ゾイの母親がそうであったように、奴隷は番になって数を増やしてこそ奴隷。男性に触れられる事を嫌悪しているゾイがそれを強要されるのは忍びない。だがそれを治してやる事は出来なさそうなので、知識を与えて逃げ道を準備させようとしたのだ。
 ある程度の知識があれば、奴隷でも試験を受けて企業に就職する事や公務員になる事が出来る。
 そうなれば、ある程度の自由は得られる。無理矢理年齢の近い者と結婚させられて、開拓団に組み込まれ運び出される可能性も低くなるだろうと。
 それを聞き、ゾイはビハルディアから知識を習得し、何回も試験を受け貴族庁の末端職員となる。

「ロガに顛末聞きにいこうと思ったのに……」
 ゾイは休暇を使って「昇級研修」を受けるように上司から命じられ、それに従った。末端職員のゾイに、それを断る事は出来ない。
 職員の昇級には二種類ある。「昇級試験」と「昇級研修」
 前者は誰でも受けられる試験で、受かる者と落ちる者が存在するが、後者は「受けた全員が合格する」仕組みになっている。「昇級させるため」に受けなくてはならない研修、そんな特権的な研修に奴隷が選ばれるのは珍しい。
 大体は、貴族にコネクションを持つ平民などが行ってもらうもの。
 そんな研修なので、行けと命じられた時、ゾイはついつい不思議そうな表情を作り、聞き返した。
「間違いでは?」
 その質問に返ってきた答えは【君に間違いない】というもの。
「……あれが上手くいったのかなあ」
 ゾイに心当たりがあるのは一つだけ。「貴族の肝試しの準備をしたこと」
 無作為に選ばれた職員が、一人ずつ部屋に呼ばれて提示された命題に答えるというもの。ゾイに提出されたのは「つり橋効果に代わるもの」
 ディスプレイに映し出された文字、そこから五分間ほど考える時間を与えられる。そのなかでゾイは考え、そして身近だった『肝試し』を口にした。その後、それを聞き、是非とも肝試しをしたいという貴族がいるので、準備するように命じられ、セッティングを行う。貴族庁の末端は、貴族のお遊びの準備をする事が多いので、それに関して全く違和感を持たなかった。
 勿論それに関しては「秘密」にしておくように命じられ、当然誰にも言ってはいない。
 知っているのは準備に携わったロガとシャバラだけ。
「シャバラ、元気にしてるかな」
 そんな事を考えながら、ゾイは昇級研修を終えて仕事へと戻った。

************

「帝国宰相閣下」
「どうしたバロシアン」
「ゾイが休暇願を出しておりましたので、許可するのは危険だと思いまして、私の一存で昇級研修にまわしました。無論、研修といっても休めるように手筈を整えました。ゾイは元来真面目に仕事をこなしているので、昇級研修後、地位を上げてやっても問題ありません。今回は私が先走り、手を回しましたが今後の対応はいかがなさいますか?」
 末端とはいえ、ゾイは試験を受けて貴族庁に入庁した人間。
 休暇でロガの元へ帰り「ナイトオリバルド」なる名を聞けば、相手が誰か直ぐに理解してしまう。他人には「ナイト」と言う様に告げてはいるが、姉妹のように生活した相手で、出会う切欠を作ったゾイに本名を語らないとは思えない。ロガの立場で考えれば、ゾイは貴族の事を少なからず知っていると考え尋ねる公算のほうが高い。
 現時点で皇帝は[身元を隠して]通う事を好んでいる以上、まだロガに正体を知られるわけにはいかない。となれば、手段はただ一つ。
「ゾイは暫く帰宅させるな。それと、バロシアン」
「はい」
「ゾイをお前の直属の部署に置き監視せよ」
 こうしてゾイは貴族庁副長官室に配属される事になる。


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