繋いだこの手はそのままに −25
 シュスタークがロガの所に通うのが、良いのか悪いのか日課になり始めた頃、
「キャッセル、お前を警備から外す」
 デウデシオンは何時も銃を構え、遠隔警備に付いていたキャッセルに外れるように告げた。
「デウデシオン兄! 不肖キャッセル! 決して陛下に対し邪な想いは抱いておりません!」
 キャッセルは、容姿がケシュマリスタな上に同性愛者なので未だ一度も皇帝と直接会ったことはない。本人は『私、稚児趣味ですから! 陛下は立派にご成長なされておられるので! 危険はありませんよ! 会わせていただきたい!』そう三年程前から申し出ているが、聞き入れられたことはない。
「そうではない。そろそろ、陛下の御生誕式だ。お前は毎年行っておる花火の警備に移れ。それに、一応向こうの衛星の警備体制は確立されたからな。タウトライバがおらぬ以上、次の会戦に向けての話し合いもせねばならぬ、その代理を務めるとなれば帝国騎士の統括者である……って何を泣いておる、キャッセル」
 皇帝が稚児趣味になれば困るから……という理由。根底に同じ趣味があれば、会って会話しただけでその嗜好が目覚める可能性もあるので。
 理由になるのかどうなのかは解らない些細な危険でも除外するのが方針であり、そのせいで見事な方向に成長した皇帝であった。
「陛下を見ることができなくなるのは……この容姿で生まれた為に陛下に直接お会いできずに二十三年……二十四年目突入ですか……」
 三百キロもある銃身を抱きながら、涙に暮れる彼。
「落ち着けキャッセル」
 それに眉間に皺を寄せながら声をかける宰相。
「陛下ぁぁぁ!」
「落ち着け!」
 通常、オーランドリス伯爵は直接皇帝によって叙されるのだが、その僅かな間会う事も恐れてデウデシオンから代理で与えられた。
 オーランドリス伯爵キャッセル、何時の日か皇帝自らの手で叙爵して欲しいと切望している男。

*************

「戻ったか、タバイ」
「はい、戻りました」
 タバイが戻ってきたのは皇帝の傍からではなく、医療センターから治療を終えて来たのだ。
 コロッケを噛んで熱さに打ちひしがれた皇帝を見て、胃に穴を開けた彼が治療を終えてきた。タバイは身体は強いのだが、胃が弱い。特に皇帝がちょっとでもよろめくと胃に即穴が開く。内臓的・精神的に皇帝の護衛に向かないので一度辞めるか? とデウデシオンが打診したのだが『陛下を拝見していないと死にそうです』
 毎日毎日、テーブルの角に足をぶつけたりしている皇帝を良く知っている以上、目を離した方が余程気にかかって胃に悪いと言われ、警護につけたままでいる。当然胃も、穴が開きまくり。
 既に三回胃を新しいものに取り替えているが、その胃もこの所のロガの元へ通うに際しての警備で駄目になりそうであった。
「陛下はどうであらせられる?」
 それもあってタバイだけではなく、他の弟達をロガのいる衛星に配置した。
 因みに胃が駄目になりそうなのはタバイの主治医にして妻からの報告であり、その妻が泣きながら負担を軽くしてくれるように頼まれたのだ。
 女の涙に感情が動くデウデシオンではないが、弟の健康には心が動くので、色々と工作している。近いうちにタバイは供として連れ歩かず、別の者を配置しようと考えていた。
「“どう” とは?」
「私には全く理解出来ぬ事だがあの娘に興味、特に性的な興味を持たれているように見えるか?」
「あまり、そのようには見えません。何らかの切欠があれば徐々に男女の仲に転じるでしょうが、今のままではこの状態が延々と繰り返されるでしょう」
 『延々と』
 それは男女間の事が嫌いで見たくもないデウデシオン、彼にとっても容易に理解できた。『桜墓侯爵』のんびりとした恋愛も良いのだが、『皇帝』は妃を得る事が急務であった。あの状態では、五年経っても何の進展もなさそうである事は、誰の目にも明らか。
「切欠な……驚かせるのはもう使えぬし。どう考えても陛下が驚いて、あの娘がそれをフォローするであろうし」
 それでも良い様な気もするが、皇帝も少しはあの娘・ロガに良い所を見せたいような素振りがある。馬に乗って行こうと言い出すような辺りに。出来れば『皇帝』のプライドを傷付けないような切欠を彼等としては準備したい。
「陛下はご立派な方ですので、娘の家にすら立ち入ろうとはしません。せめて娘の家に入るくらいにならなければ」
「娘の家に入れば、どうにかなりそうか?」
「それだけとは……タウトライバが申しておりましたが、あの娘は近くで見ると相当小さいそうです」
 足を抉って奴隷として衛星に入ったタウトライバは、ロガとの接触に成功していた。
 “足を失って貴族の家を辞めた”という事になっているタウトライバ。足のない奴隷に向かいの肉屋の息子二人が好意的に食事を運び、話しかけてきた。
 その際に、誰か女の子で身の回りの世話をしてくれそうな人はいないか? 少しだけれども蓄えがあるから、お金は払えるよ……そう言うと、二人は予想通りロガを連れて来た。
 そして二人はタウトライバに『ロガに少し、貴族様との生活の仕方教えてやってくれ。万が一だけど貴族様のお家に行くかもしれないんだ』と告げていった。元々そのつもりであったタウトライバは快諾し、ロガと話しをしつつ彼女を観察し、そして安全に目を光らせている。
「数値的にみてもそうだな」
「陛下が性的な興味をもたれないのは、あの娘が小さいからではないでしょうか?」
 そのタウトライバ曰く『彼女……小柄過ぎだね……とても良い子だけれども』
「それほど小さいのか」
「タウトライバは自分の末息子よりも小柄だといっておりました」
「タウトライバの末息子は六歳であろう? あれよりも小さく見えるのか」
 彼の末息子は、その年にしては大柄な方だが。
「はい。階級によって成長率が違う為仕方のない事ですが、陛下からみればあの娘は性対象範囲外の子供にしか見えないのでは? 特に陛下は成人女性以外に興味を持たせないよう徹底しましたから、子供に見える娘、法律的にはまだ結婚年齢ではない娘に性的興味を抱く事はないのだと思います」
「仇となったか……」
 真面目な皇帝は真面目にカクカク生きている……のではなく、性対象や結婚年齢以前にロガに対し自分はどう思っているのか? すら理解できていない。そこの所は誰も気付いていなかった。
 これだけ小まめに嬉しそうに通っていれば『自分の気持ちが解らない』状態だとは誰も思わないだろう。
「ですがあの娘も直ぐに成人年齢に到達いたしますので」
「だが、見た目が王族階級の子供では無意味であろう」
「そうですね……」
 二人は溜息を付きつつ、タバイは胃に手をあてた。
 また、痛み出したのであろうか? ……思いつつ、怒りで卒倒する宰相は最終手段を口にした。
「あの娘に成長促進剤を投与するか」
「兄上?! それはっ! まさか、ザロナティオンの薬を!」
「あの劇薬を投与するわけなかろうが、あれで精神に変調をきたされては意味がない。陛下があの娘に持ってゆく食事に、少しだけ成長を促進する成分を含んだ薬を混ぜておこうと」
「ですが陛下の御口にも」
「飲み物に混ぜる。陛下の飲み物と、娘用の飲み物を別けて陛下に持っていっていただこう。むろん、陛下の御口に入っても何の害もない薬を使用する。効果の程は薄いが、やはり陛下の安全を第一に」
 いくらシュスタークがデウデシオンに対して信頼を寄せていても、ロガに成長促進剤を投与する事を告げれば『拒否』する可能性の方が高い。
 長年シュスタークに使えているデウデシオンは肌で感じていた。その為、これは皇帝に告げずに進める必要があった。理由を告げられない為に。
 “ロガを陛下の為に成長させ、成熟した身体する” と言われて喜ぶような皇帝ではない事は、彼が最も良く知っている。だがそれでも無許可で投与する事を決めたのは、彼等の焦り。
 もうじき二十四歳になる皇帝は、次に予定されている会戦で指揮を執る必要があった。帝国では二十五歳までに指揮を執らなくては軍を指揮する権限を失う為。これは皇帝であっても逃れられない。
「……成長してくれれば良いですね」
 無論シュスタークは前線から遠く離れた場所で、タウトライバから齎される命令書を読むだけだが、それでも会戦に向かう以上、何があるか解らない。
 最低でもロガを身篭らせ前線に向かってもらわなければ、誰も安心できない。
 だが安心できなくても、軍の指揮権は絶対に得なければならない。敵が大軍を率いて来た時、帝国軍が総出撃できなければ意味がない。代理総帥のタウトライバには最大でも帝国軍の四割までしか指揮する事が出来ないのだから。
 今から他の娘を置くよりかならば、ロガとの話を進めつつ正妃にする方法を探ったほうが早いとデウデシオンは判断を下し、それを推し進める事とした。
「娘が成長しただけでは話にならぬ。それに対して陛下が興味を持って下されねば」
「私は陛下が家に入れば良いと申しました。陳腐ながらも一つ思い浮かんだことが」
「何でも言ってくれ、タバイ。私はその手の事は全く理解不能範疇外、全くどうでもいい人間なのでな! はぁーはっはっはっはっ!」
 あらぬ方向に向け、乾いた笑いを上げる兄を宥めつつ、タバイは基本的な事を提案する。
「落ち着いてください兄上。私が思い浮かんだのは、雨を降らせることです。今は気象制御装置で陛下が向かわれる際は好天を保っておりますが、敢えて雨を降らせてみましょう」
「雨宿り、という事か?」
「はい。陛下から “雨宿りさせろ” と仰られる事はないでしょうが」
「それでは無意味なのでは?」
「娘がどう出るかです」
「娘?」
「娘の気持ちが陛下に傾いているか? を確かめる為です。いきなり現れた “貴族” をどう感じているかを見るのにも良いと思うのです。家に入れて雨が止むまで一緒にいるのであれば、娘は陛下に対し好意に近い感情を持っている事が解ります。家にいれずとも軒先で二人、雨が上がるまで話しているのならばまだ見込みがあるかと。それ以外……例えば『雨降ったからさよなら』などとなれば、ちょっと……」
「娘の気持ち……それも必要であろうな」
 この段階で始めて『ロガ』の感情を考慮していなかった事にデウデシオンは気付いた……が、彼の性格上、誰もがその事には気付いていた。
 『思いやりがない』とか『陛下の妻になれるのだ、幸せであろう』とかではなく、ただ『テンパッていただけ』……の事。
 シュスタークが並べられた娘を選んでそれと結婚した……ならば、彼は平然と仕事をこなしただろうが、よりによって皇帝が恋愛感情『らしいもの』を抱き、奴隷の元へ通う。デウデシオンの中に、そんな事態は想定されていなかった。
「陛下は無理強いをする方ではありませんので」
 帝国の膨大な仕事と、テンパりつつ全力で皇帝の恋路を応援しているデウデシオンの姿に弟達は涙し、必死にフォローしていた。
 幾らフォローしても彼等の皇帝は、全く違う所にキラーパスを出し、観客はおろか空飛ぶ鳥すら呆然とさせているような状態だが。
「よろしい。次に向かわれた際には雨を降らせよう。そうだな、食後に雨が降るように調整させる」

デウデシオンは「ロガの感情を知る為」に、気象を変える事を管理区にいる弟ザウディンダルに告げた。


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