繋いだこの手はそのままに − 227
 シュスタークはエーダリロクとビーレウストと共に元皇婿宮、現在は主はセボリーロストと変更はないが、正配偶者世代交代により名称変更となった皇妃宮の庭の一角へと連れて来られた。
「カレンティンシス……」
 テルロバールノル王子のセボリーロストが宮の主なのだから、その一族の頂点に立つカレンティンシスがいてもおかしくはない。
「陛下、お呼びと」
「……あ、ああ」
 カレンティンシスに声を掛けられてシュスタークは答えに詰まった。
「貴様等、陛下のお名前を無断で用いて、兄王と儂を呼び出したのか?」
 視線がもっとも高い位置にあるカルニスタミアが、シュスタークの動きに気付き、考えられることを問い質す。
「まあね」
 あっさりと嘘と認めたエーダリロクに、カレンティンシスが何時も通り激高するが、
「きさ……」
「落ちつけ兄貴。策じゃ。儂等テルロバールノルを激高させて、なにをかすめ取るつもりじゃ?」
 カレンティンシスの胸の前に腕を出して、一歩前へと出てエーダリロクとビーレウストに対決姿勢を露わにするカルニスタミア。ちなみにシュスタークは一人小刻みに周囲を見回しており、
―― 陛下はまったく知らずに連れだされたか
 傍から見たら挙動不審、我が永遠の友から見たら何時も通り。
「何かをかすめ取るつもりなら最初からお前は呼ばない、カルニス。なんで厄介な男をわざわざ同伴させるんだよ」
「不信感を持たせぬために」
「まさか。お前を同伴させたほうが不信だろ? 違うか。お前は王国立入禁止にまでなった王弟だぜ」
 エーダリロクが色のない薄い唇の端を、舌先で僅かに舐め、目つきが変化する。策士の顔ではなく、人の露悪な感情に切り込んで来る時の、他人の不幸は蜜の味と喜んでいる人々を見下す時の表情。
 それはエーダリロク特有のものではない、誰にでもある表情。ただエーダリロクは普段それを隠しているので、表に出て来ると異常なまでに目立つのだ。
「では聞こう」
「なにを?」
「儂になんの話じゃ?」
「お前本当に誤魔化されないよな、カルニス」
「カルニスタミア」
「兄貴、黙れと言えば怒るじゃろうが、なにかを言ったらロヴィニアに暴かれることだけは忘れるな。言質は奴等の錬金材料じゃ」
「……」
 あまりにも”ぴりぴり”とした空間に口を挟めないシュスタークは、先程同様周囲を窺うように見回している。
「テルロバールノル王、チャンスは一度だけだ」
「……」
「皇后に同意しろ」
 エーダリロクが無造作に取りだした同意書、そしてカレンティンシスの目前に差し出されたペン。《同意書に関すること》はカルニスタミアは口を挟めない。これらのことは王が一人で決めるもの。
 答えを知っているカルニスタミアは、次に”なにを仕掛けてくるか”を考える。
―― 兄貴の拒否から、なにを儂に向かって突きつけ……陛下を連れて来た意味はなんだ?

「断る」

 言質を取られようとも言わなくてはならないことがある。たとえ拒否が己の破滅に繋がろうとも、王は王として拒否しなくてはならない場面が必ず存在する。
「そうだろうな」
 エーダリロクが何時も通り行儀悪く、本人に言わせれば『礼服を着用してポケットに手を突っ込むのが行儀悪いなら、なんでポケットなんてつけてるんだよ? 最初からなくしておけばいいだろう? 俺は存在するから使うんだ』と言うポケットに手を突っ込み、無数の超小型映写機を取りだして放り投げる。
 ビーレウストが用意していた再生を促すライトをそれらに当て、次々と画像が空中に再生された。

 カレンティンシスが存在しないはずの性器を暴行されている姿が。

 シュスタークの目の前にも落ちてきた映写機も、酷い有様を再生する。
「……」
 カレンティンシスは自分が暴行されている様を見るのは初めてではない。暴行されている映像がラティランクレンラセオの元にあることを知っているから、ザウディンダルに使用する薬物の実験体にされたのだ。
 映像はラティランクレンラセオの元にあるだけだと思っていたのだが、映し出された映像は覚えはあるが、ラティランクレンラセオが自分に見せたものとは違った。
 エーダリロクがラティランクレンラセオの元から映像を奪ったのか? それを問い質す気力もなく、青白い光が降り注ぐ夜空の下でも一目で青ざめていることの解る顔色で崩れ落ちる。
 そのカレンティンシスの耳に小さなものが踏みつぶされる音が届いた。
 顔を上げる気力はないが、俯いた視界に映るのは映写機を踏みつぶしたカルニスタミアの靴。
 カルニスタミアは映写機を破壊し、最後の一つとなった映写機を手に持つビーレウストに対し、無言でその手を切り落としにかかった。
 黙って切られるような性格ではなく、むしろこれを期待していたビーレウストは笑って少し場所を離れるぞと合図を送る。
 それに関してはカルニスタミアも黙って従い、
「画像でると戦い辛いだろ。音声に切り替える」
 エーダリロクが下を向き映像から逃れていたカレンティンシスに音声という追い打ちをかけ、カルニスタミアの殺意を強化させ、ビーレウストを喜ばせる。
「兄貴が兄貴だけじゃなくて良かったな」
「ほざけ」
 二人が離れたところで殴り合いを始める。
「こんだけ揺さぶっても、まったく平常心を失ってないな、カルニス」
 ビーレウストとエーダリロクの二人は、カルニスタミアがカレンティンシスは両性具有であることを知っていることは解っている。
 そしてカルニスタミアも、先日の地下迷宮に自分と兄王を落下させた裏に気付いた。手の上で踊らされていたことに若干腹は立つが、映像に映っているような事態にカレンティンシスの身の上に降り注いでいたことに気付けなかった自分の愚かさと向かい合い、その腹立たしさを諫める。
 だがもしもカレンティンシスのことを知らなかったとしても、カルニスタミアの態度は変わらなかったことだろう。
 そして皇帝の前で兄の秘密を、もっとも醜悪な形で暴露したことに関してだが、怒ってはいなかった。
 むしろここまで効果的に、自分が悪人になることを恐れずに露悪に出してくるエーダリロクの姿に”まさにロヴィニア”と感じ入る程だった。
「平常心を失わないからビーレウストも楽しめるんだけどさ」
 俯いていたカレンティンシスも、観てはいないが同意だった。この揺るぐことのない平常心こそ、カレンティンシスには持てないもの。両性具有だからというのではなく、個人の性質として。《皇帝陛下に知られずに、この王位を渡したかった》その思いが渦巻き、王位についてから久しく流していなかった涙が溢れ出してくるのを押さえられなくなった。
 草に落ちる涙と、苦痛に耐えるカレンティンシスの声。
 殴り合いを続けるビーレウストとカルニスタミア。そして動こうとしないエーダリロク。
「……知っておった」
 シュスタークはよく通る声を、大人数の前で演説するときに使う音量にして、ここにいる五人に向けて声を発した。
「陛下?」
「知っておった。顔は上げずともよい、カレンティンシス。余はそなたの泣き顔を見たくはない。戻ってくるが良い、ビーレウスト、カルニスタミア」
 声をかけられた二人は互いの頬を剣で切り裂いたところで、そのまま剣を引き腰に戻して命じられた通りにシュスタークの傍に戻り膝をつく。
「エーダリロク」
「はい」
「騙して悪かったな」
「なにがでしょう?」
「巴旦杏の塔での出来事だ。三十五歳の黄金髪の両性具有が存在するなど<ライフラ>は言わなかった。はっきりとカレンティンシスだと、カレンティンシス・ディセルダヴィション・ファーオンだとな」
「……」
「塔を再建したのがウキリベリスタルであるからして、そのような細工があってもおかしくない。ただ余はこれでもヴェッティンスィアーンでな、確証がないと信用できぬので……エーダリロクを試すような形となったが、よくぞ調べてきたな」
 エーダリロクとビーレウストは、シュスタークが巴旦杏の塔に入る前からカレンティンシスが両性具有であることも、この暴行を誰が行っていたかも知っていた。
 カレンティンシスも映像がシュスタークが《知る前》よりもずっと前のものであることを覚えているが、これらを何処で手に入れたか解らないので沈黙を貫くしかない。
「試されるのは嬉しい限りです。このセゼナードの実力、陛下の希望する域に達しましたか?」
「充分だ……カレンティンシス、同意書に関しては無理はせんでもよい。今日のことはなかったことだ。ところでエーダリロク」
「はい」
「このこと、デウデシオンとランクレイマセルシュは知っておるのか?」
「帝国宰相は知っていますが兄貴は知りません。ちなみに帝国宰相には俺が教えました。それと帝国宰相が陛下にお伝えしなかったのは、俺と《私》が言うなと命じたためです」
「そうか。デウデシオンには余が厳重に注意しておく。ではな、いくぞエーダリロク。ビーレウスト、カルニスタミアは治療しに行け」

 シュスタークはそう言い残して立ち去った。

 あとに残った三人は、ビーレウストは最後の映写機を握りつぶし”ばいばい”と手を振り、カルニスタミアはプネモスに連絡をしてカレンティンシスを引き渡してから治療室へ。
「兄貴。明日、称号について話合おう」
「……そうじゃな、カルニスタミア」
 短期間に怪我を重ねるカルニスタミアに、副官のヘルタナルグは”王子らしくない”と困惑したが、もちろん追求などせずに黙って治療を続けた。

「エーダリロク」
「はい、陛下」
「玉座へ向かう」
「畏まりました」
 二人は歩いて玉座へやってきて、エーダリロクが謁見の間の扉を開く。
 衛兵は居るが、
「帝国宰相には伝えずともよい」
 その様に言われて無言で頷く。
 謁見の間から皇帝の私室に繋がっているので”ショートカットだろうな”としか思わず、もちろん深く考えはしなかった。
 扉が閉ざされ謁見の間の前に静けさが戻って来る。
 二人は玉座の前まで肩を並べて歩き、
「エーダリロク」
「はい」
「余の嘘は完璧であったか?」
「は?」
「余はなんとなく思ってはいたが、確証など一つもなく信じきれておれなかった。そうザウディンダルのことを巴旦杏の塔で知った時と同じように」

 巴旦杏の塔でカレンティンシスのことを知ったと嘘をついたと、あっさりと打ち明けた。

「……さすが陛下。ヴェッティンスィアーンの血を引くお方だ。完璧でしたよ、この俺も騙されましたとも」
 エーダリロクは一日に二度、同じ人に同じ出来事で騙されたことは今まで無かった。だが今日カレンティンシスのことでシュスタークに《知っていた・知っていない》と二度騙された。
「そうか。エーダリロクを誤魔化せたのであれば良かろう」
 それ程にシュスタークの嘘は完璧であった。
「ですがカルニスは解りませんよ」
「カルニスタミアは良い。いずれ何らかの切欠で知れてしまうであろうからな」
「然様ですか」

 シュスタークの最初で最後の完璧な《嘘》

「エーダリロク」
「はい」
「帝王に話があるのだが」
「畏まりました」
「……もしかしたら、帝王が壊れるかも知れんが」
「構いませんよ。どうぞお話ください」
「ではまた後で」
「はい」

 そしてシュスタークはザロナティオンにラバティアーニの言葉を伝える。
「バオフォウラー、ラバティアーニが赦してくれた。赦して……バオフォウラー」
 泣き叫ぶザロナティオンを前に、存在するビシュミエラに話しかけなくていいかと声をかけるが拒否され、カレンティンシスに対してほど上手く嘘をつける自信のなかったシュスタークは、なにも言えぬまま、孤独であった帝王が眠りエーダリロクが戻って来るまで待ち続けた。

 翌日の午後、アルカルターヴァ公爵が皇后同意書にサインをした。残るはケスヴァーンターン公爵ただ一人。


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.