繋いだこの手はそのままに − 223

 シュスタークの凱旋式典は無事に終わり、結婚式典へと移行した。
 皇帝の式典が連続で行われるのは珍しいことではない。帝国は領域が広大なので、出向き戻りを繰り返すのは時間がかかりすぎる為、むしろ一時期に集中して行われることのほうが多い。
 シュスタークは帝国歴史上、初の奴隷階級の正配偶者を迎える。
 それも奴隷一人だけを正妃として迎える上に、貴族、王族、皇王族階級以外から選ばれた正配偶者で初の最高称号「皇后」を賜るという、初めて尽くしで”異例尽くめ”の式典。

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 挙式は元々”正配偶者四人用”の時間で組まれているので、一人だけの場合は時間がかなり空く。それらの埋め合わせをシュスタークは率先して行っていた。
 ロガには無理せぬよう、それらの時間を休憩の時間にあてる。
「陛下の気持ちを尊重しましょう」
 落ち着かなかったロガだが、そのように皆に言われたので、休みを取りつつ式典の復習を行っていた。

 ”異例尽くめの式典”この意味は、実はこの段階でもまだ四大公爵たちは「ロガを皇后として認める」という同意書にサインをしていないことにあった。大体挙式が始まる前には同意書にサインが揃うものだが、騒ぎと混乱、その他様々な理由で同意書が取れていない。
 元々この同意書に法的な意味はない。
 正配偶者の称号は皇帝の一存で決めることは可能。シュスタークがロガに対する確固たる宣言をしたのを受けて、デウデシオンはロガを皇后として発表した。発表そのものを四大公爵にして四王は阻止することはできない。
 では同意書がないと何が問題なのか? 四大公爵からロガに関して協力を得るのが難しくなるところにある。ロガが産む親王大公に領地を贈ることもなく、王国に招くこともない……ようなことが起こる。ロガの子が完全なる親王大公として取り扱われるためには、どうしても同意書にサインが必要となってくる。

「これで良いかな? 帝国宰相」
「確かに、ロヴィニア王」

 ランクレイマセルシュは結婚式典当日に、自らデウデシオンのもとを訪れて同意書にサインをした。ランクレイマセルシュのサインした同意書は、他の王に比べて随分と都合の良い条項が盛り込まれているのだが、そこら辺は外戚王でこれからもシュスタークとロガを保護し、デウデシオンと出来る範囲で共闘する必要があるので仕方のないことでもあった。
「帝国宰相」
「なんだ?」
「テルロバールノル王からの同意は、エーダリロクが取り付けると言っていた。自信があるので任せろと」
「では任せよう」
 ランクレイマセルシュの申し出を簡単に受け入れたのには理由がある。
 デウデシオンはカレンティンシスに対して《秘密を知っている》ことをちらつかせて同意書にサインすることを強制することが出来ると踏んでいるので、失敗しても然程のダメージにならないことと、自分にカレンティンシスの秘密を教えた《ザロナティオン》と記憶を共有することのできるエーダリロクならば、自分と同じことをするのではないかと踏んだ為だ。
 カレンティンシスはロガを正妃に、それも皇后にしても良いとは考えていたが「正妃一人」とシュスタークが宣言したことに、腹は立てぬが、伝統と格式と慣習を重んじる王家の王として同意することに躊躇いを感じて未だサインをしていない。
「ケシュマリスタ王に関しては任せていいのだな? 帝国宰相」
「ああ」
「では私はエヴェドリット王に関して、援護しようではないか。これがあいつの最大の弱点だ」
 ランクレイマセルシュは箱から箱を取りだし、更にその箱を開いて中身が詰まっている”虫かご”を取り出す。

「これと、あと一つ」
「提案も虫かごも、ありがたく受け取るとしよう」


 今回の僭主の入れ替えによって、エヴェドリットは正妃にできる女を大量に手に入れることに成功したので「正妃一人」は受け入れがたいものであった。
 残り三つの座を己の勢力で埋めてしまいたいと考えて、同意書にはサインせずにいた……が、これが悲劇というか喜劇というか惨劇を巻き起こすことになるとは、ザセリアバ本人は考えていなかったことだろう。おそらく”虫かご”を用意したランクレイマセルシュも。

 結婚式典の二日目、あり得ない報告がザセリアバに届いた。
「リスカートーフォン公爵殿下。本日、全額戻って来ました」
 余裕のある式典で、休憩を取っていたザセリアバの元に、王国資産銀行の役員が報告にやってきたのだ。
「なんの話だ?」
 本当に意味が解らなかったザセリアバは聞き返す。
 だが聞き返された方は、笑顔で”なにをおっしゃいます”という感じで返した。
「振り込まれましたよ」
「だから、何がだ?」
「ロヴィニアから先日帝国襲撃僭主との競りに使った金です」
 優雅に構えていたザセリアバは床に足を叩きつけて立ち上がる。その威力で床の大理石は砕けて、役員は腰を抜かして尻餅をついた。
「我は聞いておらんぞ! ロヴィニアが! ランクレイマセルシュが自らの懐に入った金を返して寄越しただと!」
 帝国を襲撃した僭主インヴァニエンス=イヴァニエルドにランクレイマセルシュは「エヴェドリット王位」を競り落とさないかと持ちかけ、ザセリアバも”乗った”ので競りは開始された。
 高値を支払った方が勝ちというもので、後払いではなく先にランクレイマセルシュの口座に振り込ませる形式で。
 ザセリアバは己の資産の七分の六を即断で振り込ませ、勝利した。
 僭主に競り勝ったのだから金を返却するように……などと持ちかけることもしなかった。あのランクレイマセルシュに払った金が戻って来るなどということは、最初から考えてはいないので既に忘れさっていた。
「ですが、ロヴィニア側からは先日の……」
「宇宙が滅びてもそんなことはあり得ん! 裏があるに決まっている! いまあいつは何処にいる!」
 怒りにまかせて廊下の大理石を一歩ずつ破壊して歩きながら、ランクレイマセルシュが現在帝国宰相と会談しているとの報告を受けて、執務室へとやって来た。
「ランクレイマセルシュ!」
 扉を開くとそこにはランクレイマセルシュはおらず、帝国宰相と、
「捕まえろ”ドールデンガイザス大公”」
 ”ドールデンガイザス大公”と名乗ることになったザベゲルン=サベローデン以下、入れ替わった僭主たちが揃っていた。
「良かろう」
 命令を受けたザベゲルンたちが一斉にザセリアバに飛びかかり、腕で拘束をして部屋の中心へと連れてきた。
「なんのつもりだ! 貴様等」
「金の為だ、リスカートーフォン」
 ルビータナ大公となったジャスィドバニオンがその問いに答える。
「金だと?」
「愚かなるインヴァニエンスが、資金担当の我に無断でヴェッティンスィアーンと競りをした。その結果、我等の資金の殆どはあいつの手に落ちてしまった。その上我等が成り代わった皇王族たちは、長年帝国宰相に疎まれてきたために資産が少ない。我等が皇王族らしく生きるにはヴェッティンスィアーンの手に落ちた金を取り返す必要があった。我もしたくはなかったのだが、資金交渉に向かい結果が”これ”だ」
 ランクレイマセルシュは金を貯めるのが大好きだが、使うのも大好きであった。
 嘘をつく、真実を言うタイミングが絶妙なのはランクレイマセルシュもエーダリロクも同じだが、物事を動かすために資金を投入するタイミングを見計らう能力は、エーダリロクもランクレイマセルシュには及ばない。
「帝国宰相……」
「張った罠に飛び込んでくるように、絶妙なタイミングで撒き餌をすると言っていたが、ここまで完璧にやられると恐ろしくもなるな」
 《罠》を元僭主の資金で用意して、撒き餌を《獲物》の資金で用意する。ランクレイマセルシュの懐は何一つ痛まずに、ロガ皇后の為の同意署にサインをさせるための舞台を整える。
「……ランクレイマセルシュ!」
 《自分》の特性を良く知っているザセリアバに対して仕掛けたランクレイマセルシュの一人勝ちであった。
 ザセリアバは罠にかかったことは解ったので逃れようとするが、
「我等の生活がかかっているのでな」
 ザベゲルンとヴィクトレイが本気で拘束を開始する。一対一ならば解けそうだが、この二人を同時に振り払うのも難しく、他にもいるジャスィドバニオンやトリュベレイエスなどの力も侮れない。ちなみに部屋の隅にはタバイとハネストが「万が一、元僭主がザセリアバを殺害しようとした」時の交戦要員として控えている。
 デウデシオンは執務机に乗せていた、刷毛の入った器を持ち、ザセリアバの眉間に液体を塗る。
「なんだ? これは」
「餌だ。こいバロシアン」
 デウデシオンの合図を受けてバロシアンは、昨日ランクレイマセルシュが持って来た虫かごを持って部屋へと入ってくる。
 その透明な虫かご越しに見える物体と”餌”という単語を見て、理解したザセリアバは先程以上に力を込めて拘束を外そうとする。
「本当に虫嫌いなのだな」
「あの虫の何が恐ろしいのだ」
「はなせー!」
 ザセリアバの叫びにデウデシオンが尋ねる。
「ではこの同意書にサインをするか?」
「……断る!」
「だろうな。では」
 虫が取り立てて嫌いではないデウデシオンが、虫かごから一匹取り出し餌を塗った箇所に貼りつけるようにして乗せる。
「――!」
 身体を押さえている元僭主たちの腕にも、その嫌悪感が伝わってくるほどに筋肉を硬直させて、悲鳴ともつかない悲鳴を上げるザセリアバ。
「同意書にサインするのであれば、外してやるぞ」
「…………がああ! こっとわああ。断る!」
「そうか。では」
 ザセリアバの前から離れ、デウデシオンは執務机の引き出しに手をかける。

―― 兄よ……あれを取り出すのですか。あれは……

 部屋の隅で見ていたタバイは何時も通り胃を押さえ、

―― 取り立てて冷酷に育てた覚えはないが。ハイネルズ、やはりお前は我の血を、アシュ=アリラシュの血を引く男だな

 ハネストは息子ハイネルズの、本人に言わせると『華麗なるき☆ち☆く』を見守った。
 デウデシオンが引き出しから取りだしたのは、
「ぴこ? ぴこ?」
 軽く叩くと”ぴこぴこ”と音のする、黄色い持ち手の上部両側に赤の蛇腹円柱が取り付けられた、その名も「ピコピコハンマー」
 デウデシオンは己の手袋を嵌めた手を叩きながらザセリアバに近付く。

「そこで叩き潰すぞ」
「…………! ぐあああああ!」

―― やっほー、デウデシオン伯父様とタバイ伯父さんと、お祖父さまと母上、その他の皆様。あのですねこれで叩き潰すと良いと思います。はい、威力はありませんが、その分”べちゃっ”といきます。勢い良すぎて中身が全部周囲に吹き飛ぶのを阻止できます。これですと顔の周囲と髪の毛くらいだけで止まります。ダメージは絶大ですよ。いやあ、本当は”ハ☆リ☆セ☆ン”という物にしようかと思ったのですが、”ハ☆リ☆セ☆ン”は紙で作るものでして、現在の帝国には”ハ☆リ☆セ☆ン”に使用できるような紙は作成されていないので。え? ”ハ☆リ☆セ☆ン”の間に何か無駄なものを入っていないかと? 嫌ですよデウデシオン伯父様。私はハイネルズ☆ハイヴィアズですよ ――

 アシュ=アリラシュの正統派鬼畜と方向性の違う、陽気で悪気のない前向きな鬼畜ハイネルズ。

―― さすがハネストの息子だ(ザベゲルン)
―― さすが元妻の息子だ(ジャスィドバニオン)
―― これが我の夫になる男の鬼畜さか……なかなか(トリュベレイエス)

 地下迷宮の会議室に飛び込んで来て、己の思いつきを滔々と語る姿を前にした時、いまザセリアバを押さえている彼らですら「アシュ=アリラシュの子孫だな」としか言うことができなかった。


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