繋いだこの手はそのままに − 221
 ここにビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダ・アヴィジョン・ディデ・リスカートーフォンはいない。
 居るのは、
「陛下。いかがですかな?」
「皇帝は偉大だな、エーダリロク」
「もちろんに御座います、陛下」
―― ところでエーダリロクよ。そなたも楽しめ”皇帝の凱旋式典”を ――
「楽しんでおりますよ、陛下」

 従兄のセゼナード公爵を傍に置き、椅子に座り扇で顔を隠すように話しかける男の名は、皇帝シュスターク。

**********


 シュスタークは確かにラティランクレンラセオと早急に二人きりで話をしたかった。それは必要であり、重要であった。同時にシュスタークは凱旋式典から席を外したいと”ずっと”考えていた。ラティランクレンラセオのことが無かったとしても、何らかの理由を付けて凱旋式典を影武者に任せるつもりであった。
 影武者であるビーレウストに向かって「皇帝」と叫ぶ臣民。それらの歓声をもう一人に皇帝に《皇帝》として味わって欲しいと願っていた。

―― どうだ? 初めて見る皇帝初陣の凱旋式典は
《……》
―― 半分はあんたがもらっても良いそうだ

 ”皇帝”の隣に立つエーダリロク。皇帝が見初めた奴隷を正妃に迎える、勇気ある皇帝に向けられる歓声。
 一心不乱に讃え、熱病に自ら望んで罹るかのような臣民たち。
 ザロナティオンは皇帝の一人に数えられるが、凱旋式典も即位式もしたことはない。初陣を祝われたこともない。
 彼は気がついた時には地を這いずり回り、翼在る兄と共に戦い、美しい祈りを捧げる神聖を手に入れ、そして親兄弟と道を違え、翼在る兄を喰い、改造された弟を喰い、父を喰らい、そして神聖を食べ続け、両性具有を手に入れる。
 帝国を手に入れたころには精神が崩壊し、自ら望みそして後悔し死んでいった。死後彼は無数の称賛を受けたが、生前は受けることはなく、理解もできずに死んだ。


 再統一を喜び、皇帝に向けられる称賛。それを浴びながら、自らは生きている間は知ることはなかった世界を目の当たりにして、己の深い部分を思い出す。

―― 俺の寿命が計測通りならもう一度見せてやれるんだけどな。皇太子殿下の初陣につきあえるんだが、どうやら無理のようだ。悪いな
《……充分だ。充分だ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》

 シュスタークは元々この一度の戦いで前線に立つことはないと言われていたが、今回の会戦で起きた前線の異変と、帰還中の襲撃が決定打となり、王関連の式典以外では帝星から出さないことが決定した。
 シュスタークが前線に立つことはなく《皇帝》の凱旋は、エーダリロクが生きている間には二度とない。

―― ……
《エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル……私は……私は》

 自らが統一した時には感じることの出来なかった、皇帝を尊ぶ叫びにザロナティオンは人生の全てを掛けた甲斐があったと心の奥底で泣いた。

 ここに エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル・ヴェッティンスィアーン・ヒュディ・サフィスはいない。
 存在するのは帝王ザロナティオン。

**********


 ザロナティオンには統一するにあたって、葛藤があった。
 宇宙をここまで疲弊させた自分たちが、再度支配してもいいのだろうかという葛藤。もちろん自分達の過去から考えて、全てを人間に委ねることは出来ないことも解っていた。

―― いままでと同じ支配形態でいいのだろうか?

 そう彼は考え始める。多次元的に物を見ることができたザロナティオンは、己の中にある人格に蝕まれながら様々考えを巡らせ、出した結果は「支配しない」
 彼は途中までは帝国の支配を捨てるつもりでいた。人間に支配を渡し、自らは同胞を食らいつくし、遠く遠くへ行こうと。
 異星人の存在などまだ知られていない時代、どこまでも誰もいない空間が広がっているに違いないと、まだ幼かった無性のビシュミエラと共に、人造人間の存在を消そうとしていた。

 その彼の考えを変えさせたのは、内部に棲む兄ラードルストルバイア。

 ラードルストルバイアは生前から人間は皆殺しにしていた。現在では《冷酷で残酷》だとされているのだが、それにはラードルストルバイアなりの理由があった。
 ラードルストルバイアは半異形の為、不均衡な翼をどうしても人間に見られてしまうことになる。帝国が機能している時、人間の姿を取れぬ半異形は大宮殿で皇王族として生きていたが、崩壊してからは生まれた瞬間に殺害されるか、生きて育ち姿を見た人間を殺すかしかなかった。
 《正体を明らかにして》人間と共存することだけは誰も選ばなかった。
 それは帝国建国の前に立ちはだかった、エドレ・シェートの理念であり、帝国の建国理念ではない。現在帝国に下っている者は全てエドレ・シェートの理念を敵視し、けして”そこ”には行かないと誓った者たち。

 《正体を隠し》人間を支配するのが何よりも重要。

 だがラードルストルバイアの姿は人間のそれではない。彼の翼は不対照ではあるがケシュマリスタ系列の天使の姿を持ち合わせており、帝国が長い年月をかけて人間から奪い去った《翼生えた人間に感じる美》を呼び戻してしまうため、帝国の建国理念に則り人間を殺していった。
 もちろん冷酷と伝えられるのは、無用に残忍であったラードルストルバイアの性格も大きく関係しているのだが。
 ラードルストルバイアは人間を無用に殺したが、同時に特に何も思わない性格だった。だからラードルストルバイアは大宮殿で、ガルベージュス公爵という《彼が皇帝になっていたなら、暗黒時代は防げたのではないか》と言われている男が残したメモを見ても何も感じることはなかった。
 そして彼は弟ザロナティオンの考えに気付き、自ら喰われてその考えを破壊した。人間に全てを委ねて消えようとしていたザロナティオンに、”お前の苦痛の根源は人間だ”と唆した。
 ラードルストルバイアの内側から思考を喰う声に絶えられなくなり、真実かどうかを確認するためにザロナティオンは帝星に向かい、そして《人間に対する憎悪》を自ら植え付けてしまった。
 人間ではなくたった一人。「帝后グラディウス」その存在を敵と見なしてしまった時、ザロナティオンの人生は別の物となった。
 それが真実であるかどうかなどは関係無い。ザロナティオンの中で一人の人間が敵となってしまい《どこまでも一緒に行く》と誓ったビシュミエラと、ラードルストルバイアと別れ《あなたの傍にいつまでも》と願ったラバティアーニを連れて狂い滅ぶ道を這いながら進む。

※ ※ ※ ※ ※


 証拠はないが、ガルベージュスは皇帝になる意志があったという記述が残っている
 暗黒時代の混乱期に偶然見つかったものだ
 彼が皇帝になろうとしていたこと。そして皇帝になるのを辞めた理由
 証拠もないのに、記録が信用されたのは、理由が衝撃であり「誰も考えなかった理由」であったために、信憑性が増した
 理由は「ザウデード侯爵グラディウスがケシュマリスタ王と仲が良かったから」
 詳細はなかった
 同時代で皇帝の座を獲る際に協力する相手、エシュゼオーン大公かゾフィアーネ大公のどちらか、もしくは両方に送ったものだから、詳細に書く必要はなかったものと考えられる

 ケシュマリスタ王が帝后を気にいっていたのではなく、帝后がケシュマリスタ王を気に入っていた

 この記述のある頃のケシュマリスタ王はマルティルディ。ガルベージュスが皇帝になろうとした時、立ちはだかる強大な存在
 ガルベージュスはマルティルディを殺害したくはなかったのか? それすらもはっきりはしないが、

―― あてしはまるてぃるでぃ様が大好き。まるてぃるでぃ様を虐めるやつは、あてしがゆるさないんだから ――

 帝后が存在しなければ、マルティルディはおらず、暗黒時代は初期で芽を摘み取られたのではないかと ―― 記録を見つけたものは、その様に理解した。発見した男の名は「シャロセルテ」


※ ※ ※ ※ ※


 最初に発見したのはラードルストルバイアだが、それは記録に残ってはいない。彼は語ることはなく、彼と”彼”は同一人物であり、その記憶は無理矢理だが共有されているためだ。

 ザロナティオンはそれでも人間を愛していた。理由は解らないが、ザロナティオンは人間を愛していた。それが帝王を苦しめた。何も感じず殺せるラードルストルバイアのようであれば、帝王の複雑な苦悩は幾らかは軽減したであろう。
 終わる時は狂っていたとしても、途中の苦しみは僅かながら和らいだに違いない。

 再統一を果たした時、たしかにザロナティオンに対し歓声はあったが、それを聞いても最早感じることなどなにもなかった。喜びそれ以上に安堵というものを失ったザロナティオンの心には”人々が安心し暮らせることに安堵し感謝する”と言う感情が伝わることはなかった。

《人間に赦して欲しいと思ったことはない。だが人間からなにか言葉が欲しかった》
―― うん、そうだな

 人間を特別に嫌うことのないエーダリロクと共に生き、いまだ思考には帝后グラディウスへの憎悪は残るものの、安堵を知った心に響いてくる人間の歓声。

《人間は……今の支配を喜んでいるのか?》
―― それは解らない。でもあんたは神だった

 「帝后グラディウス」その人造王を大切にした人間の存在により、人間を支配することを望んだ人造人間たちの末裔は、再統一できる可能性を持った男を踏みとどまらせ、結果としてその権力を取り戻すことができた。
 彼女が存在しなければ人造人間の全滅で終結させようとしたザロナティオンの手により、人類はもっと悲惨な状況に陥ったことだろう。
 ザロナティオンがどれ程「帝后グラディウス」を恨もうとも憎もうとも、帝王は彼女から逃げることはできない。そしてまた人間も、彼女の存在から逃げることはできない。

 むかし、むかし。馬鹿で有名だった少女は、図らずも全人類とほぼ全ての人造人間を救った。彼女が救えなかったのは帝王ザロナティオンのみ。

《……私は神……だったか。そうだな、神であったな……》

 その”神”を救うのは黄昏と闇の狭間を繋ぐ、暮れゆく藍の空に似た瞳を持つ過去の少女ではなく、現在を生きるまだ明けぬ空を見つめる琥珀色の瞳を持った少女である。


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