繋いだこの手はそのままに − 213
「僕って結構正装して、王様と重要な話をする人に同行することが多いみたいだね」
 待ち合わせ場所に、約束の時間の三十分前に用意を整えて到着したキュラは、遅れて届いた「カレンティンシス王に会う際に同行してもらう」というカルニスタミアからの手紙を読み直しながら、入り口の幅のあるドア枠に背を預けて《帝王》と共にラティランクレンラセオの所へ向かった時のことを思い出していた。

「待たせたな」
「いいや。まだ約束の時間まで十五分もあるじゃないか。早く来すぎだよ」
「そうでもなかろう」
「あのね、王子様にあんまり早く来られると、貴族は困るの」
「気にするな。さて兄貴に会いに行くぞ」

 カレンティンシスはカルニスタミアからの面会を許可した。
「カレンティンシス王、王弟カルニスタミアにございます」
「重要な話があると聞いたが」
 キュラを伴ってきたことに驚きはしたが、問い質すことはしなかった。カルニスタミアが何を言うのか? 身体を洗い着換えたカレンティンシスは地下迷宮での出来事を聞いたプネモスと共に待つ。
―― 儂が糾弾しにきたとでも思っておるのじゃろうな
 キュラに隠そうとしないのは、ラティランクレンラセオに知られていること、それをプネモスも知っていることをカルニスタミアは感じとった。
 ただキュラを連れてきたのは、それらを探るためではなく、キュラ自身が必要であったためだ。
 入り口近くで立ち止まって頭を下げているキュラを、
「ガルディゼロ、儂の隣まで来い」
「はい」
 隣に立たせて手を取る。
 王族が王に付き合いの許可を得る時の行動のようだ……と、考えているキュラの耳に飛びこんで来たのは、
「カレンティンシス王、ライハ公爵カルニスタミア。このガルディゼロ侯爵キュラティンセオイランサと正式につき合いたいので許可をいただきたい」
 まさにそのままの宣言。
「は?」
 カレンティンシスの気の抜けた声に、隣に立っているカルニスタミアを見上げて、手を引き抜こうとするが、強く握られてキュラの力では離れることができない。
「君、何言ってる……の」
 キュラは非難がましく尋ねるが、カルニスタミアは全く動じることなく驚きに目を見開いているカレンティンシスを真っ直ぐに見つめ続ける。
「貴様! 何を言っておるのじゃ! カルニスタミア!」
「ガルディゼロ侯爵と儂が正式につき合う許可を欲しいと言っておるのじゃ」
「だから!」
「君、自分が何を言っているのか解ってるの?」

「何度も繰り替えさせるな。儂はガルディゼロ侯爵と正式に付き合い、王族としての最低限必要である二年間の婚約を経て、侯爵を正式な伴侶にしたいので許可を貰いにきたのじゃ。まだ儂とガルディゼロ侯爵はつき合っておらぬ、王から許可を得てから陛下に先日の無礼の詫びとお許しの礼を言いに行く際に、報告して許可していただいてから付き合い始める。正式な手続きを踏んでおる儂の行動に不服はなかろう」

 帝国は性質上、同性愛者が多く、ある程度の譲歩がある。
 カルニスタミアのように兄が既に即位し、結婚して跡を継げる子供が二人以上いれば、帝国側としては申し出を拒否しない。
「貴様、それでは王位が!」
「儂は王弟じゃぞ。王位など関係なかろうが」
「ちょっと! 離してよ! カルニスタミア!」
「許可を出すだけじゃ、テルロバールノル王よ」
 怒りとは違う感情で歯軋りをし、肩を震わせ始めたカレンティンシスを見て、
「一度お引き願いたい、カルニスタミア殿下」
 プネモスは間に入り考える時間を求める。
「解った。行くぞ、キュラ」
「あ、うん」
「最後に言っておく、儂はなんと言われようとも諦めんからな、テルロバールノル王よ」
 扉を閉め部屋を遠ざかる。
 分厚い扉は中でカレンティンシスがどれだけ暴れようとも、廊下にその音が届くことはない。カルニスタミアは手を掴んだまま、キュラと共に廊下を歩く。
「君なにを考えてるんだよ!」
「儂と一緒にいるというのは”こういう”ことじゃ。儂はザウディンダルのことで王国に入国禁止にもなったことがある男じゃぞ。やると言ったら本気でやり遂げる」
「前科持ちだったね」
 キュラはカルニスタミアを手に入れることを望んでいたが、カルニスタミアの全てを手に入れたいとは願っていなかった。全てを手に入れると考えることすらしていなかった。
 ならば部分的に欲しいのかと問われると、キュラは首を傾げるしかない。
 他者に取られるのは腹立たしく、相手を殺害しても欲しいと願うが……では全てをくれると言われたら? そう考えると、恐くなるのだ。

―― 何を恐怖しているのか?

「キュラティンセオイランサ」
 カルニスタミアは用意していた個室に入り、手を離してキュラが口を開く前に話はじめる。
「なんだよ」
「儂に本気でないのなら、今のうちに儂のことは忘れて離れたほうが良い」
「なんで?」
「答えられんな」
「諦めないよ」
「では言おう」
「そんなに簡単に信用して良いの?」
「聞けば離れるかも知れんじゃろう。儂は簒奪する。兄貴から王位を奪う」
「……」

―― こんなにもはっきりと簒奪を語る男がこの世に居るんだ

 ラティランクレンラセオと同じことを言いながら、全く違うように感じさせるカルニスタミアの語り口。なにが違うのか? それを知りたくてキュラはカルニスタミアを見つめる。
「王となった儂と共に生きることとなったら、お前は后殿下よりも辛い人生を送ることになるかもしれぬぞ、キュラティンセオイランサ」
「どういうこと? 君の簒奪と僕と……」
「儂が簒奪する理由はただ一つ。全てを守りたいから王となるのじゃ。儂が王にならねば、兄貴の子は王になれん」
「それって、君は結婚しない、妃を迎えないってこと?」
「そうじゃ。儂は生涯独身を貫く予定であった、この予定は変わらぬ。じゃがお前が共にいるというのなら、それも良い」
「男だから」
「そうじゃな。だからお前が悪し様に罵られるであろうよ」
「……その人生、僕になんの見返りがあるの?」
「ラティランクレンラセオからの完全なる自由」
「……」
 ”動機の違い”そして”未来の違い”
 動機が違うのは当然として、未来が違う。ラティランクレンラセオが簒奪を成功した先にキュラは存在しない。だがカルニスタミアが簒奪成功した先にはキュラの未来がある。
 動機も目的も語られ、そして共にあることを当然として語る。
「言ったはずじゃ。全てを守るために王になると。儂はお前も守ろう、キュラティンセオイランサ。だが守っても茨の道は茨の道じゃよ」
 初めて会った日キュラが憧れた王子様は、自分の目の前で王となった。即位しているしていないではなく、王として生きると決めた時から王となる。それがカルニスタミア。
「無理だよ!」
 彼の簒奪をキュラは止めるつもりはなかった。
 止められないというよりは、止める必要がない。だが、彼が王になったとき、余計な存在は増やしたくはなかった。
「なにがじゃ?」
「なにって……」
「儂が簒奪を成功させることか? それとも皆を守ることか? あるいはお前をラティランクレンラセオから奪い自由にすることか? どれだ?」

―― あるいはお前をラティランクレンラセオから奪い自由にすることか? ――

 ラティランクレンラセオはキュラのことがあろうがなかろうが、王となったカルニスタミアの敵にはなる。だからその彼に余計な存在を増やすのは良くない。キュラはそう考えた。
「……僕のことなんてどうでもいいじゃない」
「儂がラティランクレンラセオに劣ると言うのか」
「そんなことは言っていない! そうじゃなくて!」
「儂のこと愛しているのか? はっきりと言え。”君は?”という質問返しは受け付けぬ」
 キュラの恐怖は頂点に達し、それが何なのかはっきりと解った。
 正面から自分だけを見られたことの恐怖。
 王の庶子でもなく、王の走狗でもなく、ガルディゼロ侯爵でもなく。
「愛してるよ」
 自分の本当の姿を見て欲しいと願っていながら、いざ正面から自分を見られることがこれ程までに恐ろしいことなのかと。キュラは逃げ出したくなった。
「そうか。儂はラティランクレンラセオに遅れなどとらぬ」
「だから……」
「お前は自分の愛した男がラティランクレンラセオよりも劣っていると言うのか」
「……」
 顔を歪めて無言で頭を振る。
 揺れる自らの金髪が視界に入り込むのが鬱陶しく感じられた。
「儂がお前を愛するのは、ラティランクレンラセオからお前を奪ってからじゃ。お前にはラティランクレンラセオの影が本当の姿を覆い隠しておる。儂が愛するのは陽光を浴びたキュラティンセオイランサという人間であって、ラティランクレンラセオの薄暗い影でよく見えない誰かではない。だが愛していると明言してくれたお前を待たせるつもりはない。手を付くし近いうちにお前の自由をラティランクレンラセオから奪い取りお前に返す」

―― 何時か僕は死ぬな。耐えられなくなって自殺するな……

 常人が狂気を装い愛した程度ではどうにもならない。王者が正面から捧げる愛を受け止める自信などキュラにはなかった。
「……少し、考えさせてもらってもいいかな」
「もちろんじゃ」
 キュラを送り出し、
「さて……言ってしまったからには、行動に移さねばな。リュゼクに話すか」
 家臣となり働いてくれる者を呼び出す。

 ニメートルを超える長身の者達が小さく感じられる廊下を駆け抜けて、キュラは部屋に戻り荒らし回った。興奮していることと、それを隠すことと、誰も隠れて居ないことを確認するために、部屋を荒らして壁を破壊して叫んでから膝をつき椅子を抱きかかえて、先程の出来事を反芻し、なにをするべきかを考える。
 その考えは決断ではなく、逃避に近い物。

「僕が唆したように……駄目だ! それじゃあ、カルニスタミアが道化だ」

 罪を被せられることに慣れているキュラは、驚きのあまりカルニスタミアの簒奪を自らが唆したのが引き金にしようとしたのだが、考えれば考えるほどに、キュラが後ろにいてはカルニスタミアが愚かで憐れな人になってしまうことに気付いた。
 カルニスタミアとラティランクレンラセオは違うのだ。
 王者になるために生まれて来た男は、王になるための手段に簒奪を選んだだけのこと。王となってから、簒奪という事実が色褪せることも誰もを納得させる自信があることも解りきっている。

「僕がラティランクレンラセオから……自由に?」

**********


「カルニスタミア殿下、お呼びと」
「リュゼク。儂の家臣となり共に簒奪せよ。それが現王カレンティンシスの望みであり、儂の望みでもある」
「王が望まれ、王となる方が望みましたか」
「そうじゃ」
「畏まりました。その時が来たら声をかけて下さい。栄誉も伝統もすべて捨てこのデーケゼン公爵リュゼク・フェルマリアルト・シャナク=シャイファ、両者の意志に従いましょう」
「その時は封じられた三つの王族爵位のどれかを名乗ってもらう。ベル公爵はキュラティンセオイランサにくれてやるつもりだ」
「儂よりも先に話を?」
「話したが答えはまだもらっておらぬ。さすがにお前のように即答はできなかったな。残り二つのうちどちらが欲しい?」
「ではバルビレーチェスト公爵を賜りたい」
「解った。あとの一人はアロドリアスの予定だ」
「よろしいかと。それでは失礼いたします」

「さて、アロドリアスに王族爵位をくれてやるには残っているテルロバールノル僭主を刈り終えねばな」

 こうしてカルニスタミアは簒奪に従った主要な面々に、僭主が使用していた為に使われなくなっていた王族爵位を復活させた。
 これはテルロバールノル王家が最も僭主の数が少なく、刈り終えるのも早かったことも関係している。
 元よりテルロバールノル王家に忠誠を誓っている二人はその爵位を受け取ったが『ベル公爵』を提示されたキュラティンセオイランサは拒否をしたが最終的に受け取ることとなった。

「お前の代でベル公爵は終わりじゃよ、キュラ」
「どういうこと?」
「復元した領地を儂のライハ公爵と並べたのには意味がある。どちらかが死んだら、ベルとライハの領地は一つとなる。永遠に一つの領地として存在し、新たなる王族の爵位となるのじゃ」
「……」
「お前と儂には子がおらぬが、領地を継いだ者が儂等の未来じゃ」
「……そ。したいなら、すればいいんじゃない……」
「陛下にも許可をいただいた。そして先に死んだ方の名が先にくるようにした”ライハベル”となるか”ベルライハ”となるか」
「そんなの……”ベルライハ”になるに決まってるだろ。僕を誰だと思っているのさ、第六代オーランドリス伯爵だよ。そんな長生きする筈ないじゃない!」

―― 自由になった男は望んで囚われ死んでゆき……そして帝国が崩壊しても、ベルライハの名が別れることも、消えることもなかった ――


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