繋いだこの手はそのままに − 202
「生活に不自由はないか? 二人とも」
別王家の王の旗艦は居心地が悪かろうと、シュスタークは二人を労いにやってきた。
「わざわざ聞きに来てくれたんですか? あ、陛下。どうぞお座りください。安い長椅子ですけど」
シュスタークの心使いなど必要無いほど、好き勝手で自由気ままに過ごして居る二人。その好き勝手な格好(ほとんど裸)を怒るわけでもなく、
「ここは座ってもいいのか? アイバス」
「……確認いたしました。座っても大丈夫です」
警備ともう一つの目的で連れてきたアニアスに、安全を確認させてから腰を下ろす。安全を確認”させないで”腰を下ろして自らが怪我をしても警備の責任になるので、それらの時間を取ってやる必要がシュスタークにはある。
「一般兵士が使う物が高額じゃあおかしいだろ、エーダリロク」
「まあそうだけどよ。あ、ちなみにヒステリー様の艦だから不自由だらけです」
腰にタオルを巻いたままのビーレウストと、音を立てたタオルを再度肩に乗せたままのエーダリロクに囲まれても、シュスタークが微動だにしないところに一般兵士たちは皇帝の偉大さを感じると共に”もしかしたら、この王子殿下二匹は、大宮殿でいっつも裸なのでは?”そう懸念を抱いた。
そして”匹”と心中で言ってしまったことについては、不問にされるべきであろう。、
「そうか……で、ビーレウスト。ヒステリー様というのはカレンティンシスのことか?」
シュスタークが二人の全裸格好についてこれだけ突っ込まなければ、そう思われても仕方ない上にそれは事実でもあった。
この二人自由気ままに大宮殿を全裸でふらつくこともある。もちろん帝君宮だけだが、皇帝の私室に近いところなので全裸の二人と顔を合わせることはシュスタークにとって珍しいことではない。
ちなみにシュスタークはカルニスタミアの全裸は見たことはない。さすがにカルニスタミアは皇帝に裸を晒したりはしない。いつぞや、カレンティンシスとチンコの大きさについて絶叫していたが、皇帝に対してはそのような粗相はしない。……当たり前のことではあるが。
「はい。カレンティンシス様の怒ること怒ること。カルを怒るだけで満足してりゃあいいのに、俺の耳が痛くなります」
「そうか……」
「陛下、どうなさいました?」
「お前達なにを飲んでおるのだ?」
「フルーツ牛乳ですよ。俺のやつ飲んで見ます? 毒味終了してますし」
毒味終了というか”残り僅かなのを押しつけられた”ような感じだが、渡したのがロヴィニアことエーダリロクなので、周囲の驚きも一入だった。
―― さすが皇帝陛下……だが陛下にあの飲み残しは……
「ほお、どれどれ。もらうぞ」
一般兵士たちの困惑や感動など知らず、シュスタークは何時も通り特に気にせず受け取って口をつけ……ようとしたところで、ビーレウストが新しいタオルで口元を一応拭った。
もちろんタオルは一般兵士が身体を拭くためのものだ。
「……面白い味だな」
「お気に召したのでしたら、俺のも飲みますか? エーダリロクのよりは残り多いですよ」
「それより違うのどうですか? 陛下。苺牛乳とかありますよ。あとはワインしかないですね」
「ビーレウストがワインに近付くと危ないであろうから、苺牛乳を」
「陛下、香りくらいなら平気ですよ」
「酒乱は酒に近付かないでください」
アニアスが表情を曇らせて、皇帝陛下に危険が近付くの避けるように進言する。
「確かにそうだけどよ」
「まあ。その、お前達が一般兵士の区画に居座るのは、食事の問題か」
「解っていただけますか、陛下」
「解って下さいますよね、陛下」
この二人がカレンティンシスと食事をするのが嫌で、一般兵士の区画で好き勝手しているのは、シュスタークにも”なんとなく”だが想像がついた。
「解るとは言わんでおこう。それで聞いたところによると、お前達は一般兵士の食堂で食事をとっているそうだな。今日は余もそこで食事をとろうと思っておる。ついて参れ」
生きていることの殆どが公務に類するシュスターク。
自らの旗艦に搭乗しているのならばまだしも、他王の旗艦に同乗している形となっているので、それに伴い様々な公務も発生する。
「俺たちのことは気にしなくていいんですよ、陛下」
「そりゃ、陛下と一緒にお食事するのは大歓迎ですよ。ここのヒステリー王様さえ同席してなけりゃ」
一般兵士たちの居たたまれ無さなど「我関せず」で、二人は好き放題言いながら服を着る。
「言うな。あれにお前達を許せとは余も言えぬしな」
「そりゃそうでしょう」
「陛下にそんなこと言わせたら、俺たち殺されますって」
「俺は殺されてもいいけどな。殺されるまで殺しまくるから」
「そうならないようにするのが、余の役割だからな」
―― 皇帝陛下って大変なんだ……
浴室の一般兵士たちの畏敬の念を一身に浴びながら、シュスタークは警備のアニアスと共に、エーダリロクとビーレウストに連れられて一般兵士の食堂へとやってきた。
「どこも造りは同じなのだな」
前回のクッキー調理の時と同じく食堂の一般兵士たちを硬直させていることに気付かないままシュスタークは、アニアスに椅子をひかせて座る。
「軍艦の規格は同じですからね」
ビーレウストがシュスタークの脇に立ち、エーダリロクとアニアスが食事をとりに向かう。食堂は当然ながらセルフサービスなので、自ら取り行かなくてはならない。
王子”二匹”がやってくることには、慣れたとは言わないが理解している列を作っている兵士たちだが、まさか皇帝がやってくるとは思っていなかったので……出来る限り皇帝の方を向かないようにと全員頭を下げる。
皇帝は直接拝してはならない存在なのだ。皇帝当人はすっかりと忘れているというか、自分がそれほどの存在だということを理解していないというか……それが皇帝シュスタークである。
ビーレウストと楽しげに話をしているシュスタークと、トレイ二枚を持って列に並ぶエーダリロク。
「……陛下!」
聞いたこともない叫び声に、シュスタークが身体を”びくり”とさせ動きが止まり、逆にビーレウストが攻撃態勢を即座につくる。
そして叫び声の後ろにいるエーダリロクが、
「どうした? アイバス」
肩に手を置く。
その身体が震えていることを感じ、前に回り込んで表情を見ようとしたのだが、肩に手を置いたまま引き摺られることになった。
エーダリロクを引き摺り血相を変えて近付いてくるアニアスに、
「ど、どうしたアニアス」
シュスタークが声を掛ける。
「陛下! 一般兵士食堂のデザートが貧相でなりません!」
―― なんでアイバス連れて来たんすか! 陛下!
”これ”が入ったアニアスを止める自信など、二人にはなかった。
シュスタークとしては投降したが纏まりが一切なく、暴れてしかたない僭主たちの収拾に苦労しているタバイに苦労をかけたくないことと、食堂で食事するのだから自分の食事当番を預かっているアニアスを連れて行った方が、なにかと良かろうという「当たり前」な判断だったのだが、その当たり前が非常に危険でもあった。
「デザート? デザートがどうした?」
「 」
「アニアス、えっと……何を言っておるのだ?」
「陛下! 無理です、こうなったアイバスは何を言っても無理ってか、落ちつけ!」
アニアスは「兵士の食事のメニューの幅の狭さと、嗜好品の少なさによる任務遂行能力の低下」について喋りだしたのだが、その専門用語の羅列にシュスタークは理解不能に陥る。
危害を加えないのは解っているのだが、形相の凄まじさと口調の激しさに、
「落ちつけアイバス」
「下がれ、アイバス」
エーダリロクとビーレウストの二人で、肩を掴んでシュスタークから引き離そうとするも、びくともしない。そもそもアニアスはエーダリロクよりも強い。エーダリロクはザロナティオンが表に出ていない状態でも近衛兵の地位に就いているので、当然それなりの強さを誇る。
通常状態のアニアスとビーレウストならば、ビーレウストの方が強いのだが”これ”が入ったアニアスの前ではビーレウストよりも強いデウデシオンも引く。
要するに今の彼は無敵。
「ほら、落ちつけアニアス。話ならば幾らでも聞いてやるからして」
―― よく”これ”と話す気になれますね、陛下
思いながら二人ともアニアスの身体にぶら下がるようにして、引き離そうとしているのだが、どうにもならない。
”デザートが!””糖分が!””娯楽の一つとして!” 途切れ途切れに聞こえてくる単語に、一般兵士たちは確かに普段そう思っているが、不満を聞いて上司が上司の上司あたりに進言して、そこから上司の……となり、気が付けば不満が改善されているのは良くても、
「陛下ぁぁぁぁ! 改善のようきゅううおぉぉぉ!」
「落ちつけよ! アイバス」
「デザート改善要求って……誰か、団長か副総帥を!」
「無駄だ、エーダリロク。あの二人だって近付きたがらねぇ! ヒステリー様連れてきたって聞かねえよ!」
皇帝が直接進言されている姿を見るのは耐えられなかった。
アニアスの形相と二人の叫びに驚いていたシュスタークだが――ここは皇帝として落ち着かせねばな。ここにはデウデシオンもおらぬし――と思考をまとめて、
「アニアス、落ち着かぬか。改善要求は解ったが、口頭ではいかん。しっかりとまとめて帝国宰相に提出せよ。帝国宰相には手直しせずに余に届けるように命じておく」
実際デウデシオンがいたところで、この状態のになったら逃げるしか道は残っていないのだが、シュスタークは腰が抜けていたので逃げようもなく、そして皇帝として精一杯の態度を取った。
「陛下ぁぁぁぁ!」
「おーちーつーけー!」
「しーずーまーれー!」
いままで食堂に来ていた気ままな王子たちが、必死になって料理人を取り押さえている姿を見て、一般兵士たちは少しだけ王子たちに同情した。そう常々怖がって、近寄らないでくださいと心底思っている一般人ですら同情するほどに酷い有様だったのだ。
「セゼナード公爵殿下……なにをしておるのじゃ?」
その食堂に救い主になるかどうかは不明だが、旗艦の警備責任者でもあるリュゼクがやって来た。
「ちょっ! 良い所に来た! 将軍!」
「……」
リュゼクは軍人であり、かつては皇后候補にも数えられたほどの上級貴族である。よって料理メニューを手に持って暴れている帝国料理人の扱い辛さは話に聞いて知っていた。
「アイバス、丁度良い機会じゃ! イデスア公爵殿下に例の正配偶者用レシピの進捗を聞くが良い! ボウカドゥーズ、二人を別室へと案内してやれ!」
自国の王子が被害を被っているのであればそれでも立ち向かうが、他家の王子のために寿命と精神を削るつもりなどない。
もちろん皇帝を助けることに命を捨てるのは厭わない。
「あっ!」
「そう言えば! 良い機会です! アジェ伯爵殿下が駄目ならデファイノス伯爵殿下に! 人食レシピの再現を! 人食レシピ! 人肉のぉぉ!」
リュゼクの副官ボウカドゥーズ公爵は、襟首を掴んで”食堂に相応しくない話をする”二人を無理矢理別室へと連れていった。
「陛下、ご無事でしたか」
「ああ。余は平気だ」
「俺に用事とは珍しいな、将軍さま」
「重要な任務だ。レビュラ公爵の身体に異変が起きたことと、儂等の王子であるカルニスタミア殿下も少しばかり……」
「ザウディンダルが? どうした?」
「ここでは言えませぬ、陛下」
まさか母乳が確認されました、と一般兵士の食堂では言えない。
「ザウディンダルの身体はまあ変調しやすいのは解るがカルニスが? 体調は万全だから変調を起こす要素なんてないんだけどな」
幼児返り。それも推定三歳まで戻ってしまって、ただいま「積み木がない」と拗ねているなどとはとても言えない。
「セゼナード公爵殿下はカルニスタミア殿下よりも先にレビュラ公爵のほうを頼む」
「いや、カルニスの方に行く。ザウの変調はどんな変調であれ予測範囲内だが、カルニスは不安要素なんてなかったから予測範囲外だ。陛下、また今度食事をご一緒しましょう。そうですね、新メニューの試食会のとき艦の一般食堂で食べましょう」
「おお。そうだな」
「将軍、陛下のこと任せた」
「了承した。では殿下のこと頼む」
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