繋いだこの手はそのままに −194
「来たかデファイノス」
「はい。アルカルターヴァ公爵殿下」
完全な落ち着きを取り戻すことはまだ取り戻してはいない……と、多くの者は”それ”で済むが完全な落ち着きを取り戻すために指示をしなくてはらない者がいる。
指示を出し安全を確保しつつ、現状とこの先を考えることをしなくてはならないカレンティンシス。
「貴様、この艦に残れ」
「はい」
戦争以外は得意とは言わないが指示を出すことのできるカレンティンシスは、様々考えてビーレウストにエヴェドリット軍と合流させずに、手元に置いて仕事をさせることにした。
「艦内の治安確保を任せる」
「この俺が? これ程不適任な奴もいないかと……」
治安維持とエヴェドリットは相反する存在。
「黙れ! 貴様は歩いているだけで恐怖される男だ。だからお前が艦内を歩き回るだけで、誰もが気を引き締める」
だが”恐怖”という部分が、普通の者たちには効き目があった。
「まあ……そういうことなら。それじゃあ、暴れてる奴は問答無用で殺害してもいいか?」
「それは許す。仕事をしていない奴等にたいしても、貴様等流の脅しをかけても良い。だが一日に殺して良いのは二十人程度だからな。別に無理して二十人殺さんでもよい! あと集団で問題があった場合は儂に指示を仰げ。もちろん僭主はこれに含まれない」
「解った」
”一日二十人。帝星期間まであと十日予定だから。だから殺せるのは二百人くらいかあ”と呟いているビーレウストを見ながら、カレンティンシスは本当に聞きたいこと口にした。
「それと……」
「はい?」
「……エーダリロクはどうしておる?」
エーダリロクはザウディンダルの治療に当たっている……のだが、カレンティンシスには思うところがあった。
「ザウディスの治療に当たってるらしいが」
「会っておらんのか?」
「はい」
「なぜ?」
「え? そりゃまあぁねぇぇ」
右目の瞳孔が死者のように開き、左目の瞳孔が昼間の猫のように細くなる。
「! ……」
突然の変貌にカレンティンシスは身を引こうとしたが、重い椅子は動かず背中を強く打っただけ。
「済みません、済みません。ザウディス出血しているそうですから。ずっと血の臭いの傍にいると匂いが移りますし、とくに内臓からの出血は様々な体液が混じっていて、かなり刺激してくるんですよね。だから治療が終わるまでは会わない予定です。会ってこいっていうなら別ですが」
「要らぬ。行け」
「畏まりました」
平素ならば叱られるような着崩した軍服と、雑なマントの扱いでカレンティンシスの前を退出したビーレウスト。
ビーレウストが去ってからしばらくの間、カレンティンシスは動くことができなかった。
―― あの男、もしかして……知っているのか? ――
**********
ロガに少しばかり遅れてカレンティンシスの旗艦にシュスタークは戻ってきて、その後カレンティンシスと会って出発許可を与えて部屋へと向かった。
「お帰りなさいませ、ナイトオリバルド様」
「ただいま」
丸テーブルを挟んで向かい会って座る。シュスタークは両肘をテーブルにつき、指を絡めて顎を乗せロガを見た。
「なんでしょう? ナイトオリバルド様」
「ロガ……ちょっと待ってくれ。タバイ、封筒と用箋とペンを」
突然のことにタバイは驚いたが、それらを顔には出さずに指示に従った。
用意が整うまでの間に、シュスタークは気負いなく語り出した。
「ロガ。一昨日のことを説明するためには、まず余とそれにまつわる全てを説明する必要がある」
「はい」
”どこから話そうか?”シュスタークは考えた結果、
「余の祖先はな、人間が作った奴隷だったのだ」
”初めから”話すことに決めた。
「……」
今に至る遠い昔。その始まり。始まりより前に存在している《人間の世紀》
シュスタークの意識にあった引っかかりは《人間の世紀》
《人間の世紀》の頃の暴虐の限りを人造人間に行っていたのは人間。即ちロガの祖先。
シュスタークたちにとっては”そう”なのだ。
虐げられた人造人間の憎しみに満ちた記録は残っているが、ロガたちの過去の歴史は消え去っている。だからシュスタークの言葉に反論する術はない。
そのように歴史を消去し作り替えたのはシュスタークたち《人造人間》
現在の支配者が、過去の支配者の種族に属している者と向かい合い、事実を語るのはとても難しいことであった。
「人間の下に置かれて作業したり、楽しませたりする作られた生命体。人造人間と呼ばれておった。全員が人造人間であったわけではない。ロヴィニア、テルロバールノルは人間であった。エヴェドリットもベルレーも人間であったが、前者は自らの意思で人造人間のパーツを移植し、最終的にはほぼ人造パーツとなった。後者は怪我をして医者が勝手に人造パーツを移植したために、人造人間扱いになって逃げた。シュスター・ベルレーだ」
帝国の歴史は始まりから何一つ真実は語っていない。この先も人々には語られることはないが、ロガはその全てを受け止めることとなる。
「エターナ、ロターヌ、両ケシュマリスタは完全人造人間なんですね?」
「そうだ。その両ケシュマリスタは両性具有という人造人間であった。両性具有、一つの体に二つの性”男性”と”女性”を持つ存在」
**********
「ザウディンダルさんて、本当に男の人なんですか? あの、さっき捉まえてくれてた時に抱きついてて、ちょっと……」
「あのな、ロガ。それに関しては、今は秘密ということにしてくれないか?」
**********
「そうだったんですか……」
「ロガは気付いておったのだろう?」
「気付いたって程じゃないです。なんとなく不思議だった……そんな感じでした」
「始まりから人類の知らぬ話だ。長い話となる。解らないことも多数あるだろうが、ロガには全てを知って欲しい」
「はい」
「だが一つ、これだけは覚えておいてくれ」
「なんでしょう?」
「余たちの歴史も正しいとは限らんということだ。人間を殊更悪く記録に残している可能性もある。余は皇帝である以上、それは本当だとしか言えない。だがこれは遠い過去であり、今の人間には関係ないと考えている。だから落ち込んだり自分を卑下したりは決してしないでくれ」
「解りました。そんな考えはしないとお約束します」
ロガは順番にシュスタークから話を聞く。エターナ、ロターヌ両ケシュマリスタ誕生以前からの歴史を。
すべてをシュスタークから聞き終えた頃には、二人の別れの時が目前となるほどの歳月が流れていた。その始まりがこの日だった。
「陛下」
タバイが指示されたものを用意した箱をテーブルに置いて、再度部屋より退出する。
「ロガ」
「はい」
「この話はまた後で。今して欲しいことがある」
長い歴史に関する話を一度切り上げた。シュスタークは過去だけを語っていれば良いわけではない、直面している事態の解決を計るのも仕事だ。
いままでは全てデウデシオン任せであったが、デウデシオンに”もしも”のことがあった場合を考える必要があった。
「なんでしょう?」
「この紙にヤシャルに対する処遇を書いて欲しい。難しく書く必要はない」
一度に全てをこなすことは出来ないが、一つ一つ考えて対処していこうという気持ち。
その中で早急に判断を下す必要があると感じたのがヤシャルに関することだった。
「済みませんナイトオリバルド様。”しょぐう”ってなんですか」
「えっと……昨日惑星に降りる前に報告を受けたのだが……ヤシャルはロガが暴行されることを知っていたのだが、証拠がないので……んーあのな」
「私に対する暴行? 犬のいるところへ連れて行かれたことですか?」
「そうだ」
「ヤシャルさんは私を助けてくれたのですから、犯人を知っていた? ということになるのですよね」
「そうだ。ロガの言う通りヤシャルは”ロガ”を助けてくれようとしていたのだが、その証拠がないのだ」
「え……証拠? あの、助けに来てくれたことは証拠にならないのですか?」
「ヤシャルは首謀者は父であるラティランクレンラセオだと証言したのだが、確たる証拠がないのだ。それどころかヤシャルが犯人になるような証拠が見つかっておって……」
ラティランクレンラセオが犯行に関わっていたという証拠は見つからない。
ここまでなにもないと疑いたくもなるが、疑ったところで罰することはできない。だがヤシャルは犯行現場付近にいたことや、それ以外の証拠で立場が怪しくなっていた。
「カルニスタミアさんが一緒にいたのでは?」
「カルニスタミアは重態から脱したが、まだ意識が戻らぬ。その場にもう一人いたのがヘルタナルグというカルニスタミアの准佐だが……」
「王が見せてくれた証拠と准佐の発言では、重さが違うということですね?」
「ああ。カルニスタミアの意識が戻れば弁護してくれるであろうが。いまだ意識が回復しない。下手をするとカルニスタミアの意識が回復する前にヤシャルの有罪が決まってしまう」
「ハネスト様は?」
「ハネスト……ああ! ロガを迎えに来てくれた、あのダーク=ダーマがデ=ディキウレの妃だったとは! 戻る途中、タバイに聞いて驚いた」
惑星から旗艦に戻る途中に”あれは何者だ”と尋ねて、そこでシュスタークは初めて存在を知った。存在を知ると同時に、今回の作戦の概要も知らされた。
「綺麗な方ですよね」
「三代皇帝ダーク=ダーマそのもの……ダーク=ダーマ……ではなく、ハネストの発言も弱い。なにせ元は僭主だ。重要な場面では。それで……余がロガに聞きたいのは、ヤシャルを許すか? 許さないか? を聞きたいのだ」
「私はヤシャルさんのことは疑ってません。だから許すも許さないもないんですけど」
「その感情だけで良いのだ。助けてもらった時の気持ちだけで許すか? 許さないか? のどちらかを紙に書いて封筒に入れて渡してはもらえないだろうか。ロガの意思を尊重するがロガの意見を採用するわけではない。余は支配者だ、だから普通からみたら冷たいと思われるような処遇も下す」
「私が意見を出すことで、ナイトオリバルド様が余計に悩むことになりませんか?」
「それでも」
「解りました」
ロガは箱から用箋を摘みテーブルの前に置き、ペンを持った。
「余は後ろをむいておる」
体を半分ばかりテーブルからずらし後ろを向いたシュスタークを見て、ロガはもう一枚用箋を摘み上げると声をかけた。
「ナイトオリバルド様」
「なんだ?」
「ナイトオリバルド様の意思も同じように書いてはもらえないでしょうか? 難しく書かれると私読めないし、意味解らないから簡単に書いて欲しいんです」
振り返ったシュスタークの前に差し出された白地に飾りの多い見慣れた用箋。
「……」
「私は皇帝ではないので、なにもできません。でもナイトオリバルド様の本心を知りたいんです。命令? 勅命? 決定っていうのかなあ……それに関しては私はなにも口を挟みはしません。でもナイトオリバルド様がどのように考えて、本当はどんな気持ちなのかを知りたいから!」
どんな決断を下しても、ロガはついてゆく。
その決断が本心であるか? 皇帝としてのものなのか? 知りたいのはそこ。悩みながら決断するシュスタークの心の内に秘められた本心を、少しでも開放することが出来たなら……と考えてロガは精一杯の勇気を振り絞って用箋を差し出した。
「ありがとう。本心を知りたいと言ってくれたのはロガが初めてだ。そうだな決定は覆すことはないがロガの意思を聞くのだ。決定に至るまでの余の意思をロガに伝えよう」
本心を教えて下さいというのは、同時に自分も包み隠さず本心を伝えますという意思表示。ロガの意思がシュスタークに通じたかどうかはこの場合は関係ない。
「はい!……で、でも簡単にお願いしますね! 難しい言葉だと私、ぜんぜん解らなくて」
ロガは自ら退路を絶ち、震える手で本心を書き記るそうと紙の上にペンをおいた。家族や友人とは違う相手に自分の本当の心を伝える緊張感。
シュスタークはロガの伴侶であり家族だが、普通の家族ではない。家族の誰も覆すことのできない決断を下すことがある。だがその決断に家族も関わる必要がある。覆らなくても、知っているという事実。
「ロガも簡単に書いてくれよ。余はこの通りだからな」
互いに背を向けて自らの意思をたった一つの単語で表した。
用箋を折り封筒に入れて互いに差し出し受け取った。皇帝の伴侶であり家族である重さと共に、ロガは変わってゆく。
「読むのは別々の部屋で」
「読み終わったらこの紙はどうしましょうか?」
「余はとっておくつもりだ」
「処分してもいいのですか?」
「ああ」
「では私は処分しますね。本当は取っておきたいんですけれど……」
「そうだな。余の本心はロガの胸の内だけに留めておいてくれ」
「はい」
その変化は決して悪い方向ではなく、未来に目を向けてあまり無理せずに、だが確実に歩いて行く。
手紙を読み合って、部屋へと戻ってきた二人は互いの顔を見て微笑んだ。初めて書いた二つの本心は、同じ意思であった。
紙の処分方法はエーダリロクに依頼しようかと考えていたシュスタークと、先程一度打ち切った話の続きをすると言われたロガは椅子に座って待っていた。
「陛下!」
「どうした? タバイ」
「緊急事態が」
「なにごとだ?」
「ザウディンダルの……」
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