繋いだこの手はそのままに −183
「直りそうか? エーダリロク」
 ザセリアバが突入する際にドームに空いた穴を、ビーレウストは自分のマントと持ち歩いていた工作用テープで塞いでから、エーダリロクに近寄り話しかける。
「おう、平気平気」
 カレンティンシス管理下でエーダリロクは中枢からの修正を行っていた。
 テルロバールノル艦隊待ちのビーレウストは、途中でむしり取ったザベゲルンの触手から眼球を抉り、噛みながら発光球体を眺めていた。
 シュスタークとロガの身柄の安全が確保でき、艦隊戦も終了したので、ダーク=ダーマの生存者の収容が開始された。
 ビーレウストがテルロバールノル艦隊の、カレンティンシス旗艦を待っているのは、カルニスタミアを運ぶため。
 カレンティンシスは旗艦に連絡を入れて、カルニスタミアの治療用の設備を整えさせ、ここから最も近い接続用ハッチへと接続するように指示を出していた。
 テルロバールノル艦隊は先程イズモール少佐の「シス侯爵艦隊」に領域を譲り、ダーク=ダーマからやや離れた場所まで移動したので、到着するまでにまだ少し時間が必要だった。
 カルニスタミアは死亡してはいないが、意識は殆ど混濁して誰の問いにも答える事は無い状態。
 《仮死状態》に近いものだが、本人が望んだので誰も《強制機能停止》はしていない。
「えーとまず最初に直すの……どうした? ビーレウスト」
「誰か来る」
 ビーレウストは口に含んでいた瞳を床に吐き捨てて、銃を構えた。
「やっと辿り着つけた……」
 現れたのは、
「キュラじゃねえか!」
「よお、キュラ。どうした? その怪我」
 ”白い肌”が土気色になっている状態のキュラティンセオイランサ。
「この怪我は内部抗争みたいなもん。あのさ、后殿下は? 僕さあ警備なんだよねえ」
 冷や汗をかき口の端から血ではなく、体液を垂らしながらキュラは尋ねた。
「后殿下なら、この近くにいるぜ。ここほら、お食事中であんまり良くない眺めだからよ」
 ビーレウストは笑いながら、自分たち一族が同族を食らっている場所を指さす。
「この近くね。僕警備に向かうから」
「その怪我でかよ」
「お姿だけでも拝見しないと……」
 ビーレウストはシュスタークが向かった方角を指さして、目印を教えてやった。
「滞在中の部屋の扉に、アジェのマントが目印で掛かってる筈だぜ。中は探るなよ」
 キュラは激痛と嘔吐感を堪え、肩を壁に寄りかからせながらドームを抜けてゆく。
「ついて行った方が良いと思うか?」
「平気だろ。すぐそこだし。えっとテルロバールノル王、キュラの治療も頼んでいいでしょうか?」
「……」
 カレンティンシスが”受け入れるか”を悩んでいると、誰もの脳を揺するような高音域が響きわたった。
「何事だ?」
 ビーレウストが駆け出し、キュラの元へとゆき叫び声の理由を知って、抱えて戻って来るまで、時間はかからなかった。
「おい! エーダリロク! 陛下と后殿下がいない!」
「はあ?」
 床に降ろされたキュラは自分の腹部を抱き締めるようにして、痛みに耐える。
「マントをかけた部屋の中にはいねえし、ちょっと聴覚上げたが、周囲にいる気配はない!」
 通常よりも聴覚の性能を下げていたビーレウストは、急いで僅かだが機能を上げて周囲を確認した。だがあまり広範囲には広げられなかった。
 事態は終息に向かっているとはいえ、まだ所々で砲撃の音や震動などがあるので、全ての音を拾うことができない。
「ちょっ! 陛下、どこへ」
 エーダリロクはシステムの再構築を後回しにして、シュスタークの居場所を追った。
「これは……艦内移動用シャトル便に乗ってるな。安心しろ、キュラ。后殿下も一緒だし、周囲に僭主の気配もなさそうだ。それにしても、どこへと向かうつもりだ?」
 移動していることは確認できたが、それだけで済ませられるはずもない。
「おそらく、俺が渡した小型機で検索してるだろうから」
 エーダリロクは自分の持っていた小型機からの何を検索したのかを逆探知すると、
「陛下はご自分の《剣》をアクセス……」
 《皇帝の剣》すなわち皇帝自身の偽装コード。

―― そう言えば、シュスタークは剣を持っていなかったな。あれはシュスタークの偽装コードであったのに。誰かに渡したのか?

 シュスタークが剣を持っていなかったことには気づいていたが、理由をエーダリロクは特別尋ねなかった。
 ”ザロナティオン”は剣を使えないが”ラードルストルバイア”はそれ相応に使うことが出来たので、使用し途中で破損して捨てたのだろう《勝手に》解釈していたのだ。
「剣があるところ……!」
「これ、手前じゃねえかエーダリロク」
 画面をのぞき込んでいたビーレウストが《マスク》の掛かっていない認識番号を指さす。
「その傍にいるのは、レビュラではないか!」
 全権限を持ち、エーダリロクと同じくらい両性具有のことを知っているカレンティンシスが、剥き出しのコードを見て叫ぶ。
「まずい! ザウディンダルの傍に僭主がいる。俺に似てるディストヴィエルド=ヴィエティルダってやつで、こいつがダーク=ダーマ内のシステムに。そんなことよりも……近くに誰かいないか?」
 ”陛下! 戻って来てください!”
 そう叫ぶ事は出来るが、叫んだとしてもシュスタークはそれを無視して目的の場所に向かうだろうことは、誰にも想像がついた。
 シュスタークはわざわざ内緒にして、自ら出向いた所に《正確な理由は解らない》が、深いものがあることは解る。
 戻る理由「その場に僭主がいる」などと放送しようものなら、余計にシュスタークは焦って向かうし、相手が聞けばザウディンダルを人質にとり取引をする可能性もある上に、敵と味方が入り交じり大混戦になってしまうことは明か。
「個別での通信は?」
「俺が渡したのは、送受信不可のステルスタイプだ。それに言ったところで陛下が戻って来る筈ないだろ! ザウの傍に結構強い僭主がいるから遭遇すると……なんて言って、引き返すわけないだろうが」
 よってディストヴィエルドに、シュスタークが向かっていることを気取らせないことが最善だった。
「エーダリロク! 格納庫内に生存者が誰かいるぜ」
「なにをしておるのじゃ、リュゼク」
 そして少し離れた場所に動かないリュゼク。
「リュゼク将軍がディストヴィエルドと遭遇したなら、動けなくてもおかしくはねえ。待てよ、格納庫の中にリュゼク将軍ってことは、ザウが将軍を庇ってるってことか?」
 彼女には皇帝の機動装甲格納庫に立ち入る権限はない。権限を持っているのは皇帝を除外すると、ザウディンダルとディストヴィエルド。
「間違い無く陛下はそこへと向かっているんだな? エーダリロク」
「ああ」
 ビーレウストは銃の状態を確認し、ザセリアバに合図を送る。
「行け」
 ザベゲルンを抑え付けながらザセリアバはビーレウストに命じた。
 大多数で向かっても意味のない状況。この状況下に最適なのは、射撃の腕と足の速さからビーレウスト。
「あんたも良いな? テルロバールノル王」
 カルニスタミアを輸送する筈だったビーレウストだが、
「当たり前じゃ」
 皇帝が僭主のいる場所へと近付いているとなれば話は違う。
「ん? もう一人誰かがここに向かってるな……これは番号だけじゃ解らないな」
 エーダリロクは見覚えのないパターンと番号にマスクをかけようとした時、
「その番号、サーパーラントだよ! 僭主が連絡係につかってたやつ。帝国側はもちろん掴んでた!」
 背後からのぞき込んでいたキュラが叫ぶ。
 サーパーラントはキャッセルの配下なので、格納庫付近の出入りは比較的自由だった。特別扱いをしているように見せる為、わざと自由にさせていたのだ。もちろん格納庫に立ち入る権限はないが、それはディストヴィエルドの能力でどうとでもなる。
 そこまで聞いて、
「行くぞ! エーダリロク」
 ビーレウストは叫んで走り出し、
「俺も行く!」
 エーダリロクはキュラを肩に乗せて後を追うように走り出した。

**********


「何番から乗る!」
 ビーレウストが叫び、ルートを確認する。
「三分後に00669900を通過するように設定したと、カレティアから連絡が来た」
 通常ルートを走っていては間に合わないので、壁を破壊し専用シャトルが通過する場所へと直進していた。
 メイン中枢が確保できているので、防御機能もなにも考えずに二人はつき進んでいた。
 ビーレウストとエーダリロク、そして連れられてきたキュラは、昇降場所からではなく、走行中の車両に飛び乗る。
「安全装置は切ったか?」
 車両が襲撃によって破損した場合は、当然のことながら安全装置が働き強制停止が行われるが
「いいや、切れない! まだ部分安全装置解除はできねえから、撃ってくれ!」
 基本機能は復元したが、細部はまだ回復していないので、思う様には動かせず、
「了解した。エーダリロク、前から乗れ」
 ”したい”ようにする為には、力尽くしかなかった。
「解った! 安全装置破壊頼んだぜ!」
 ビーレウストは車両安全装置を破壊する為に、エーダリロクはその車両に乗り込むために、別々のルートを進む。
「別に……僕のこと……降ろしても」
「お前は奴隷の警備なのであろう?」
「帝王?」
 肩に乗せられていたキュラの問いに答えたのはザロナティオン。
「死にそうな顔をしおって」
「ここで……死んでも、悔いはあるけど、苦しくて……」
 整形や皮膚貼り替えの痛み、そして内臓の損傷。永続的に与えられる体の痛みに麻痺しつつあるキュラが、もうこれ以上は耐えられないと思う程の痛み。
 だが帝王は許さなかった。
「この程度で死ぬなどと言うな。私は過去に死んだが、あの苦しみは二度と味わいたくはない。楽に死ねるという幻想は抱くな」

**********


人とは思えぬ断末魔とはその事だ。その断末魔、四日間に渡り途切れることなく、あまりの音に耳に刃物をさして聞こえなくなるようにした者もおれば、身篭っていた者は次々と流産、精神の弱いものは心臓が止まった。逃げられる者は宇宙に逃げ、彼の死を看取ったのは宮殿に残ったビシュミエラ、三十三代皇帝となった女唯一人。生前その叫び声で敵を無力化し、発狂させ暗黒時代を終決させた男の最後の叫びは凄まじかった。

**********


こ ろ し て と たしか に いった

「私は死にたいと願い、それはある存在によって叶えられた。だが死ぬまでの四日間が与えた苦痛は、三十二年間の生涯で感じた苦痛など苦痛ではなかったのだと知る程のものであった」
 ザロナティオンは内心で手を離した。
 生きていたいとおもう気持ちを手放した。その瞬間をラードルストルバイアは待っていた。体の中に飼った、数多の超能力。それらを全て体内で破壊していったのだ。
 意識を失ってしまえば暴走すると、回復能力を総動員して体内で破壊能力を使い果たす。
 惑星をも破壊するほどの力が体内で処分されるまでの四日間。それはザロナティオンに、再び死ぬことを恐れさせる苦痛。

こ ろ し か た の きぼう は なかった よな

「僕はあなたほど……僕はすぐ死ねる……」
 口の中に充満する苦い体液を吐き捨てながら、キュラは言い返すが、
「一度無残に死に、残酷に殺された男の意見は聞くべきだ。年寄りの戯れ言だと流してもよいが」
 ザロナティオンは笑い、走り続ける。そして正規の昇降口に飛び込み、エーダリロクは路線配置盤を力で開き、無茶な配置を入力してゆく。
 艦内を走る路線は、切り替えポイントで様々な箇所へと向かう事ができる仕組みになっている。
「このポイントと、このポイントを」
 エーダリロクたちは、シュスタークが使った車両ではなく、本来ならばそちらへは向かわない車両を無理矢理走らせようとしていた。
「路線変更完了」
 路線一本を完全に潰し、あとは使用できなくなるような破壊的ルートを組み、車両の通る専用通路へと降りた。
 通常専用通路に人が降りると安全装置が作動して、車両は停止する作りとなっている。また車両が通過する刻限になると、専用通路は覆われて人が降りることは不可能となる。
 だが両者安全装置を破壊し、
「あんたに任せたぜ……安心しろ。私は射撃で帝国を勝ち取った男だ」
 銃を構える。
 肩に担がれているキュラの腹部に低い震動が届くのとほぼ同時に、破壊音が鳴り響き”ふわり”とした感触に包まれ驚いて体を起こす。
 痛みの中で見たのは、前面が破壊されながらも突進してくる車両と、車両の中にいる黒髪の男。
「乗ったな、エーダリロク。スピード上げるぜ」
 エーダリロクの着地と同時に車両のブレーキとなる最後の一つ、連結されている車両を撃って離すビーレウスト。
 そして制御室で最高速度を出せるようにエーダリロクがプログラムを書き換える。
「キュラ、薬飲めよ」
 渡された薬を口に含みながら、エーダリロクの横顔に帝王を重ねてキュラは見つめた。
 見つめはしたが、何も思い浮かびはしなかった。死ぬまでの四日間、それが苦痛であったことは、数々の証言が物語っているが本人が語ったのは、当然ながら初めて。
 痛む腹部を押さえながら、叫び声を我慢できる自分の苦痛の小ささと、それで生を手放そうとした自分の小ささに歯を食いしばり、涙が滲んできた目蓋に力を込めて閉じた。
「エーダリロク、キュラ。五秒後に出るぞ」
 ビーレウストは銃を構えエーダリロクは再びキュラを抱える。
 左側の車両を撃ち、交互に連ち壁に穴を開け、道を造り突進してゆく。
 反響音の激しさに聴覚を完全停止しているビーレウストと、
「悲鳴?」
 そのままのエーダリロク。ビーレウストは壁を抜け目的地へとひた走り、エーダリロクは僭主の襲撃を受けている兵士たちの方を向き立ち止まり二発撃ち、
《死んだ》
―― そうか
 ビーレウストの後を追うように走り出した。
 シュスタークが使ったエレベーターではなく、壁を蹴り飛び上がりながら”そこ”を目指す。正規の灯りがなくなり、非常灯だけの薄暗い裏側区画。
 すっかりとビーレウストの姿がエーダリロクの視界に入らなくなった所で、銃声が響き渡った。
「銃声……」
 エーダリロクは着地して足を止める。
「ビーレウストのじゃない。ビーレウストの銃は、こんな軽い音はしないよ!」
 装飾など何一つない壁に反響した音は小さく軽く、僭主を刈ることは出来ないと、はっきりと伝えていた。
 エーダリロクは再度足を速め、目的地へと向かう。
「ビーレウスト?」
 曲がり角で立ち止まっているビーレウストの姿を確認して、隣に立ってその視界の先を見た。
 シュスタークは無事だった。
 ディストヴィエルドの頭が転がり、S−555が音を立てながら、ヘルメットの破片を吸い込んでいる。

 微かな血の臭いに、エーダリロクはマスク代わりにと特殊仕様のハンカチを取り出して、ビーレウストの口と鼻を塞ぎ、キュラを床に降ろした。

 床に広がる黒い髪。それが何を意味しているのか? キュラは答えを求めて周囲を見回した。


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