繋いだこの手はそのままに −6
 余に妻を準備できなかった四大公爵達は、誠心誠意というか鬼気迫る勢いで帝国中から『これでもか!』という程の娘達を連れてきた。
 余は二十三歳、玉座について既に二十年が経過している。確かに皇帝としては結婚が遅い方だが、仕方あるまい。
 母親が『アレ』だったので、余の初体験の年齢は議題にすらなった、それも五歳くらいのときに。
 色々と議論を交わした末に「十八歳」と決定した……非常に馬鹿馬鹿しい気もするのだが、それほど母の乱交は影を落しているという事だ。
 十八歳で始めて女を抱くまで、一切女を側に置かなかったか? というとそうでもない。適度に女性に興味を持たせつつ、抱かせない……ような、飼い殺し? とにかく女性に興味が向くように皆が必死であった。それは、余の見た目に問題がある。このシュスターによく似た姿を持つ男帝は、非常に男に走りやすい傾向にあるのだ。
 シュスター自身、皇后ロターヌよりもその弟であるエターナ・ケシュマリスタ(ケスヴァーンターン公爵の祖)の方が気に入っていたのは、隠しようのない事実でもあるからな。
 歴史的(遺伝的というべきか?)に観てそうなのだから、問題は多い。
 むろん、軍人になどする気もなかったようで……この容姿で軍人皇帝となると、同性愛者になる確率が跳ね上がるからな……そんな理由で、正直軍略も知らぬ。銃も満足に撃てない、剣などもっての他。
 運の悪い事に、四大公爵当主全員が、ケシュマリスタ系の容姿を持つ男。その為、余はアレ達と一対一で会った事はない。
 何も起こらぬぞ、と言ってみたものの『向こうが変な事を仕出かしかねない!』との事。何でも、恋には落ちやすいが「役割」までは固定されていないとか……役割とはなんだ? 問いただしたら、デウデシオン以下兄弟八名の形相が凄まじくなってそれ以上は聞けなかった。
 因みに余の兄弟にもケシュマリスタ系がおり、それ達とは直接会った事はない。『ケシュマリスタ系の兄弟がいる』としか、知らせてもらえぬ。だから、名前だけしか知らぬ兄弟もおるのだ。
 ……よほど、余が男に走るのを怖がっておるのであろう。何時か子が出来たら会いたいものだ、まだ見ぬ兄弟よ! ……見ぬといっても、四大公爵と同じ顔であろうが。
 このように『大淫乱の女帝の息子+男性に最も走りやすい男帝姿+皇統に継承者無しの状態=後継者最優先』となり、周囲の者達は細心の注意を払いつつ、余を育成したのだ。
 その方面ばかりに意識がいったせいか、余はあまり賢くない。学業などどうでも良かったのだ、それはそれで良い楽であるからして。
 ボンクラな余は、別に政務に必死にならずとも兄達が父達とともに上手くやってくれている。とにかく皇后を選べば良いのだ。
 連れてこられたのはどれもこれも立派な娘達だ。十八歳が集められている。身奇麗な、賢そうな娘達を見下ろしながら、どれにするかを選んでいた。
 だが差し出された娘の多くは余を不快にしてくれた。賢い=愚かな相手をバカにする……そんなのが多かった。もちろん、余は銀河帝国の皇帝ゆえに、あからさまにそのような態度を取るのではないのだが、解かってしまうのだ。
 何時もそのような視線に晒されているので、直ぐにわかるのだ。
 そのように観ているのは、召使などが多い。確かに他の兄弟は才能もあるし、余は比べられれば劣るからな。
 『平民にもバカにされる……か……歴代の銀河帝国皇帝に対して申し訳が立たぬな』そう思いつつ、余は数人の娘を選んだ。一応余をバカにした態度を取らないでいた者達を。選んだが、それ以上は放置しておいた。選ばなければずっと大勢が宮殿に住まい、色々と面倒があるようなので。
「選びはしたが、特にどの娘が気に入ったというわけでもない」
 そのように告げた三日後に、デウデシオン兄がバロシアン弟を連れてやって来た。
「陛下、つり橋効果を知っておられますか?」
「つり橋など知らぬ」
 つり橋効果とは、聞けば揺れる厄介な橋を渡る際の心臓の高鳴りが……要するに恋をしたと勘違いする方法なのだそうだ。
「どれか一人と恋をした感覚を味わっていただけば、先が続くかと」
「で、お前達は態々、帝国衛星につり橋とやらを作成したのか?」
「いえ、つり橋は現在の帝国建築基準に反しておりますので」
 何だそれは? ……確かに、揺れて心臓に負担がかかるような建築物は、違法と見なされても仕方ないだろうな。では、つり橋の話は何だったのだ?
「では何をする気だ?」
「肝試しです」
 余の兄であるデウデシオンは、三十五歳で真面目……だから、何でも本気だ。
「肝試しにも、つり橋と同じ効果があるのです」
 成る程な。
 それにしても帝国宰相が『肝試し』に真剣になる姿は、ある意味『肝試し』のような気もしなくはないが……言わないでおこう、兄は何時も必死だからな。
 兄の斜め後にいたバロシアンが礼をした後に話し始める。
「陛下、私の部下に帝国衛星の実墓地を管理する家で育った者がおります」
 頭の形が治ってよかったなバロシアン。
「実墓地というと、肉体が入っている墓地だな。別に死者など怖くはあるまい」
 空墓地と実墓地というのがある。戦争などで宇宙空間で身体を失ってしまい、遺体がない者の墓地が空墓地。病や寿命で死んだ者達を収めるのが実墓地。
 空墓地は確かに怖くはなかろうが、実墓地も大して怖くはない。
「死んでいるものが土に埋められている、それの何処が怖いのだ?」
 死んだ人間を土に埋めて還元している場所であろう? それの何が?
「女は怖がってくれます」
 そうなのか? 母を思えば、死者の墓を暴いて上に乗って……怖っ! というか法律違反だな、それは。
「それに、脅かし役も設置しておきますので」
「要するに、余ではなく相手の娘に恋とやらをさせるのだな?」
 “恋”とはそうやってするモノなのか?
 そうは習わなかったが、
「正確には、感情を高ぶらせて肉体関係を持っていただく為にです」
 あ、そっちか。
 間にある執務机に手をついて、顔を近付けて力説してくる兄。誠に苦労をかけているなと思う。あまりに迫出してきて、バロシアンが必死に引き離そうと引いておる。
「解かった。落ち着け、デウデシオン」
 多数の娘を召し上げたのにもかかわらず、余が手を出さなかった事に危惧をいだいているのだな。
 実はな……娘達、迫ってこないから上手く誘えんのだ。今まで何もせんでも、女性が近付いてきて終っていたので。一般の娘は余から促さねば声を発することもできんから、仕方ないのだが、どう誘っていいものやら……を解決するわけだ。娘が乗ってくれれば、まあ……出来るであろう、練習したことあるし。
 仕方あるまい、その“帝国衛星実墓地肝試し後に性交”とやらの案に乗ろうではないか。
「連れて行く娘を適当に選んでおけ」
 こうして選ばれた娘。名前は忘れた……むしろ聞いておらぬような……と共に、お忍びで、とはいっても実際は皆知っているのだが、とにかく「お忍び」で、帝国衛星実墓地へと向かった。


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.