繋いだこの手はそのままに −17
 皇帝は戻ると直ぐにデウデシオンを呼び出した。
 常々、帝国宰相が忙しい事を知っている皇帝は、自ら呼び出す事は少ない。余程のことがない限り『時間があれば』と言うのだが、今戻ってきた時は大急ぎで呼び出すように命じた。
 それを受けたデウデシオンは暫くの間戻ってこない事を告げ、皇帝の部屋へと向かい礼をする。皇帝が何をデウデシオンに問うのか、傍受していた彼には解っている。
 墓場にある桜の木についての疑問に頭を下げたまま、嘘偽りなく彼は答えた。
「確かに桜は帝庭から移動させたものです」
 デウデシオン、彼が摂政として始めて皇帝から受けた勅命であった。
「そうか……手間をかけたな」
「いいえ。その程度の事は手間でも何でもございません。お気に召したのでしたら、再び戻しましょうか? 戻すには四日の時間が必要になります。樹木の状態確認、データの書き換え清掃云々で」
「要らぬ。まだあのままで良い……」
 皇帝はそこまで言うと言葉を濁した。皇帝が知りたい事は二つ、桜の木の行方と動物達の処遇。
「御意。陛下、本日の料理は口に合いましたでしょうか」
「口に合っていたようだ。明日も持って行くので用意せよ。それと話は変わるが、デウデシオン」
「なんでございましょうか?」
「本日、ロガの飼い犬を見て始めて犬が年老いると知った。だから問う、動物も人間のように全て老いるのだな?」
「はい」
「余の周囲に居る動物が全て若い状態であるのは、一定の年齢が来ると処分するからだな」
「はい」
「理由を聞かせよ」
「陛下のお傍にある動物達はどれも血統書つきであります。暗黒時代に散り散りになった物を集めている状態ですが、現在の帝国財政には死ぬまで動物を飼育する余裕がございません。ですので、一定の年齢になった時点で処分させていただいておりました。ご報告していなかった事、申し訳ございません」
 帝国は慢性的な財政難であった。
 人口が減った事と戦争で資源が相当失われた事、そして五代前の皇帝の御世に異星人と遭遇し、全面戦争に突入した事。
 特に三番目の戦争が財政を圧迫していた。だが圧迫しているからといって、戦争をしないわけには行かない。人類と別の進化を辿った生命体は、容姿も何もかもが人とは相容れない生き物。
「寿命を全うさせるとどうなる」
「現在の財政では不可能です。希少動物の繁殖ではありますが、動物は基本財源には何ら関与いたしません。税金を納めるのは人間のみ、暗黒時代で減った人間を増やす事が最優先事項です」
 この時代は未だ人口が不足していた。
 異星人相手の戦闘に無人戦艦を使用するなどして人的資源の減少を防いでいるが(先代皇帝の事は黙殺するのが決り)、それにも限界がある。
「帝王の計算した人口増は達成できなかったな。異星人との戦争があるとはいえ」
 名君と謳われた32代皇帝が目指した人口増目標数には到達できていない。彼がその計算をさせた時代にはまだ交戦していなかった事があるが、彼と次の皇帝ほど手腕が優れた皇帝が登場しなかったのも大きい。32代ザロナティオンと33代ビシュミエラは文句なしの皇帝だったのだが、暗黒時代を生き抜いたせいで、心労から来る健康障害と使用していた薬物によって三十を少し越えた所で衰弱死した。
 34代皇帝はザロナティオンの実子であったがそれ程際立った特徴がなく、35代の凡庸な皇帝を経て36代のディブレシアが誕生し、37代のシュスタークに至る。
「異星人との戦闘がなければ、繁殖させた動物も生かしておく事が可能でありますが、残念ながら人類防衛が最優先にございます」
 怖ろしい程帝国防衛には金がかかる。
 人間よりも身体能力は劣るが、科学力は若干上回る相手に人類が引き分ける為には戦艦数を増やす事と、機動装甲の性能を上げる事しかなかった。
「余の個人資産を用い、それらの動物を最後まで生かしておく事はできぬのか」
 帝国の政治に使う資産はギリギリだが、皇帝の個人財産はかなりのものだ。僭主達から没収した資産は全て皇帝の個人資産にあてられている。
 財政はともかく、国王よりも個人資産が少ない皇帝というのはかなり『惨め』な事だ。
その為、デウデシオンが帝国財政を上手く回し年々皇帝の個人資産を増やしていた。現時点で最も金持ちなのは、始祖が商人であるロヴィニア王、続いてケシュマリスタ王となっている。
「可能ではございますが、陛下のお心に副わぬ事態がおこるでしょう」
「何が起こるというのだ」
「陛下が動物に私財を投じますと、貴族共が追従いたします。陛下が動物を最後まで看取らせるのに倣い、貴族共もそのように行動に移すでしょう。それが節度あるものであらばこのデウデシオン、帝国宰相としても許可できますが、彼等は必ずや度を越した事を仕出かします。簡単に申せば、陛下の関心を買うために動物に多大な予算を割き、人間に予算を回さなくなる可能性が高いのです。ですが陛下に倣っていると言われれば、このデウデシオンも貴族共の行為に対し懲罰を与えられませぬ。結果、動物が生き、人間が早死にする状態となります」
 この事態が起こるのは、若干デウデシオンにも問題がある。
 兎に角デウデシオンは皇帝と貴族を接させる事をしないため、貴族達は皇帝に目を掛けられる機会を何時でも窺っている。
 シュスタークは特に急かせられもしなければ、厳しくも言われないため定期的な謁見すら行わないので、貴族はどんな些細な事でも皇帝に近寄れる方法を探している。デウデシオンが皇帝を朝定時にたたき起こさせ、午前中は絶対に玉座に座らせておけばいいのだが、この人を疑わぬ皇帝が謁見するとなると、傍に必ず帝国宰相デウデシオンが付いていなければならない。
 彼等が何を言い出すか解らないため。
 それを毎日行うと、今度は政務の方が停滞するのでデウデシオンとしては謁見をさせたくないのだ。彼にしてみれば貴族達が余計な事を皇帝にお願いしなければ、お傍に控えなくても良いのに『お前達が勝手に都合の良いお願い』ばかりする為、お傍に居なくてはならないのだと言うだろう。
「余としては帝国財源に手を付けたくはないが、余が個人で動物に情をかけると、現在帝国で最も重要である人口増加の足枷となるのだな」
「残念ながら、その通りです。本来でしたらば動物を飼育せねば良いのですが、陛下が周囲に動物を全く置かないと知ると、先ほど述べた事と似たような事が起こり貴族共が動物の飼育を止めます、今まで飼っていた動物も捨てる可能性があります。ですので、できればこのまま一定の年齢で処分を行う許可をいただければと」
 人が良く優しい皇帝は眼を瞑り、暫しの間考えて、
「そうか。デウデシオン、今まで通りに頼む」
 今まで通りの政策を続ける事を指示した。
 動物達に対して可哀想だという思いはあるが、それを押して政治に波風を立てるのは皇帝の本意ではない。自分が言えばデウデシオンがそれを叶えてくれる事は知っているが、貴族達の行動まで目を届かせ統制するのは膨大な労力を必要とする事も解っていた。
「御意。それと僭越ながら陛下が個人資産をお使いになるのは、デウデシオンは賛成でございます。生物や人民に対してではなく別の物にお使いくださいませ。宝石、絵画などを蒐集なさるのも良いかと。折角の財産です、そろそろご自由にお使いください」
「臣民に使ってやりたい所ではあるが、何某かの施設を作った所でそれに追従し、余の歓心を得ようとする輩が現れる可能性があるのか。それによって善くなるならば良いが、余に対しての行為であってはな」
「陛下の御心は尊重いたしたくはありますが、今はまだその時期ではございません」
「……そうだ、デウデシオン! ロガの事だが」
「ロガ……ですか」
「ロガに謝罪を終えてからも暫く通ってもよいか?」
「……陛下の御心のままに」
「そうか! それで今の話を聞き思ったのだが、ロガに宝飾類を与えてやろうと思う故、宝物庫の方に行きたい。付いて参れ」
「御意」

 皇帝の後を付いて宝物庫に向かうデウデシオンは正直頭が痛かった。
『陛下、宝物庫のあるのは全て国宝でございます……陛下の持ち物であらせられますから、あの奴隷娘に渡してもよろしい……せめてイミテーションをお渡しくださりませんでしょうか……』
 世間知らずで吝嗇とは程遠いところにいる皇帝は、奴隷の娘に国宝を与えかねない。だが、
『だが、何時になく楽しそうであらせられる』
 元々、宝物などには何の興味も示さなかった皇帝が態々足を運ぶ姿に、イミテーションを宝物庫に展示しておくべきかを考えながら歩いていた。もちろんイミテーションと言っても立派な物で、皇帝が与えるには恥ずかしくない一品を造るのだが。
 廊下を歩きながら皇帝が『ロガと食事をした事』を嬉しそうに語るのに頷きつつ、デウデシオンが明日の持って行く食事のメニューを告げていると、別の廊下から走ってくる足音、そして
「陛下!」
 現れたのは四大公爵の一人、ロヴィニア王。
「ランクレイマセルシュか。どうしたのだ」
 足を止めた皇帝の前で膝を付き頭を下げる公爵。
「叔父に会いに行く途中ですが、陛下は宰相閣下とどちらへ?」
 ランクレイマセルシュは笑顔で “皇帝” に尋ねる。その質問が終るか否かのうちに、
「宝物庫だ」
 デウデシオンが冷ややかな声で返す。それに対し、公爵は宰相を睨め付けながら返す。
「陛下にお聞きしたのだが」
「バーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵陛下に会いに行かれたいかがかな? ヴェッテンスィアーン公爵」
 二人の言い争いに発展しそうな会話を、両者の顔を交互に見ながら聞いていた皇帝は、
「陛下、このランクレイマセルシュも宝物庫にご一緒してもよろしいでしょうか」
 その頼みを聞いた。
「構わぬぞ。良いであろう? デウデシオン」
「御意」
 皇帝としては四大公爵とデウデシオンを含む兄弟達は喧嘩などして欲しくは無いのだが、仲が悪いのは誰の目にも明らかであった。
 特に父親達から準皇族(庶子たち)と我が家の甥(王)との関係を、出来るだけ良好にしてやって欲しいと頼まれてもいる以上、皇帝としては両者の間を出来るだけ縮めようとしているのだが、中々それも上手くいかないでいる。
 とりあえずロガの事を語るのを止め、三人と護衛達は足早に宝物庫に向かった。中に入れるのは当然三人だけである。
 一年間かけても全て見る事のできない皇帝の宝物庫、その中にある宝飾品を置いてある部屋へと向かい、台座の上に飾られた銀河に一つと言われる品々を観て歩く皇帝と、その背後を付いて歩く帝国宰相と公爵。
「陛下は何をお望みで」
 ケースに手を触れながら一つ一つ覗き込んでいる皇帝に、公爵が声をかける。
 皇帝は向き直り首を傾げつつ、
「何でも良いのだ。ネックレスだろうがブレスレットだろうが」
 何時もと同じく漠然とした答えを返した。シュスタークにあるのは贈りたい! という気持ちだけであり、これと言った品があるわけではなかった。
 それでも他の公爵を差し置いて二人だけで(帝国宰相は除外)会話する事が叶ったランクレイマセルシュは優しく皇帝に話しかけた。
「誰がその栄誉に預かれるのでございますか?」
この男がデウデシオンと対を成す、帝国の冷徹政治家だとはとても思えない程。それを脇で聞きながらデウデシオンは眉を顰める。
「ロガという娘にくれてやろうとな」
「……でしたら陛下! このランクレイマセルシュが職人を集め作らせます! 是非とも陛下の従兄であるランクレイマセルシュにその任をお与えくださいませ」
 シュスタークは少し考えて、
「では任せよう」
 許可を与えた。この大様さがデウデシオンにとって苦労の種になる。ランクレイマセルシュがこの後、他の三公爵に『皇帝陛下から直接任を頂いた』と言いまわるのは火を観るより明らか。その後にデウデシオンの元に三公爵が苦情を言い立てに来てと。……だが、大様さは皇帝シュスタークの美点でもあるので、それに関して口を挟む事はない。
 自分が言い争い、ねじ伏せればよい事だと言い聞かせつつランクレイマセルシュを睨みつける。その視線を鼻で笑いながら、膝を付きマントの端に手をかけそこに口付け、
「ありがとうございます。では早急に作業に取り掛からせたいので、退出してもよろしいでしょうか!」
「行ってよいぞ」
 ランクレイマセルシュは辞した。
 去った後、今度はデウデシオンが尋ねる。
「陛下はどのようなイメージの物をお与えになろうと?」
「それ程派手ではなく……あれは似合いそうだな、これを贈ろうか」
 シュスタークは二個先にあるケースに入っている展示物を指差し、近寄っていった。そのケースの中にあるのは、
「っ! へ、陛下……こ、これはさすがに……」
 そこにあったのは、今は破壊され消え去ったビシュミエラ星最高級湖水真珠で出来た華奢なネックレス。
 三十三代皇帝ビシュミエラは、彼女の生まれた星を消滅させた三十二代皇帝ザロナティオンから貰ったこのネックレスを終生大事にし、これ以外のネックレスを身につけなかった程。
「駄目か?」
「あ、あの……このデウデシオン、これに似た物を作らせます。それとヴェッテンスィアーン公爵ランクレイマセルシュが用意したものを陛下の前に出させていただきます。それでどちらも気に入らなかった場合はこの、神聖皇帝の首を飾った “処女の純白” をお持ちくだされ」
 自分の家族を、民を惑星を消し去った男を愛した彼女が今際の際に口にしたのは言葉は『何時の日か、皇帝も恋ができるようになれば良いな。何時か本当に愛した人と結ばれた皇帝がいたら、これをつけて結婚して欲しい。妃でもよい……幸せに……』
 その願いを叶える為に、彼女が何よりも大切にしたこのネックレスは柩に納められる事がなかった。
 彼女の願いを叶えるとすると、皇帝が女性であれ男性であれ、挙式を上げる際に身につけて欲しいと言ったのだから国宝である。そうでなくとも、宇宙最高の真珠を産出していたビシュミエラ星の最高級品で、今や惑星がなくなっている為、最早入手不可能なのだからそれだけで国宝だ。
「解った、期待しておるぞ」
 殺し、殺されるのなかで芽生え、狂おしい程に育った男と女の恋だが、激情や恋から最も遠いところにいる彼の子孫は、そんな感情の終着点であるネックレスを見たところで、知ったことではない。
 事実は知っていても、それに対して何かを思う事は無い。
 大体、自分がロガに対しどんな感情をもっているのかもよく解らないのだから、他人の感情など理解不能というのが正しい。
「御意」
 デウデシオンが会議に向かう後姿を見送った後、シュスタークは一人猟犬達が飼われている区画に向かう。
 ロガの家にいる雑種の老犬などとは比べられない、毛色が美しく躾けられた犬たち。それらの頭を一通り撫でた後、
「余自身、絶滅寸前の希少種であるが、お前達の気持ちは解らぬな……余は、次代を残した後に殺されたとしてもそれで納得はできるが、お前達はどうなのだろうな? いや、もしかしたら余と同じく満足しておるのかも知れぬな。余の知性とお前達の知性に差があると、誰が言えようか。物の考え方も然り……」
 自室へと戻っていった。


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.