繋いだこの手はそのままに −11
 皇帝の気分が優れないのは、誰の目にも明らかであった。
 早い話が寝不足。
「よほどの衝撃を受けられたのでしょう」
 医師の言葉を受けた後、デウデシオンは『皇帝の脅かし役』の映像を持ってこさせた。
 皇帝を脅かす役を受け持ったのは一人の少女である。男性などを配置して、襲い掛かられては困るために、娘を一人だけ配置しておいたのだ。
 墓守である娘にとって、墓場は庭のようなもの。逃げて皇帝と同伴者に先回りして驚かせる事ができる……予定であったのだが。
 その任を受け持った娘の映像を、彼は食い入るように観た。
「それ程恐くはないが」
 顔の半分がゲデミ肉腫で覆われている、金髪の娘。
 ゲデミ肉腫は発症した部位が赤黒く爛れ、周辺部位が浮腫む。全身に発症する病ではなく、治療方法も確立されており、治療するのは簡単だ。貴族階級においては、金銭的にも普通に治療できる額だが、奴隷が病院に通って治療するとなると、相当高額になる。
 それにこの病、ただ爛れ・浮腫むだけで痛みなどはない。
 シュスタークを驚かせた娘はそれが顔に出ていたので、脅かし役として最適とされた所定の場所に待機していたのだが、
「娘の顔が肉腫であることは知っておったが、陛下がこれ程まで驚かれるとは……予想外だ」
 皇帝を脅かす役が、変わった病気を持っていると困るので、それに関する書類は受け取っていた。その中に、確かにゲデミ肉腫が発症している娘がいると報告をうけていたのだ。デウデシオンはその病がどのようなものか知っていた。デウデシオン、彼の中ではそれ程恐怖を覚えるものではなかったのだが、
「陛下は繊細であったのだろう」
 彼の命より大事な皇帝シュスタークは、育てた本人が思う以上に繊細だった。繊細というか、世慣れていないのが正確なのだが。なんにしても恐がらせ後継者を得る方法は頓挫したので、デウデシオンは次の手段を考えなければない。
「それにしても……皇帝陛下なのだから、もっと勝手してくださってもよろしいのだが」
育て方を失敗したのか? 生来大人しいのか? シュスタークは人に対して全く無理強いしない。
 せめて、夜くらい好き勝手すればいいのではないか? 何をしても叱られない立場にあるというのに。思いながら、
「三十六代の放埓さを少しばかり陛下が……」
 自分の母親の事を思い出しつつ、やはりアレは嫌だなあ……と頭を振っていると、
「閣下。陛下が火急の……」
 皇帝の私室から最も近い位置に部屋を構える彼は、従者の言葉が終る前に立ち上がりシュスタークの寝室へと急いだ。

「陛下。このデウデシオンめを御呼びと」

 そこで彼に告げられた言葉は、それは大変であった。
「余が行きたい。いや! 余が行く」
「行くと決めたのだ! 良いな!」
 眠れなくなる程に怖がっている娘の元に菓子を持っていく! と皇帝が言い出した。
 デウデシオンは礼をして下がり……そして、
「全員たたき起こせ。四大公爵当主、皇帝陛下の父君達、そして弟全員を!」

 皇帝が、顔はともかく『性別女性』の所に通うと自ら口にしたのはこの時が始めて。

「いや、許可してよろしいものなのか? 女であろう? 階級が低すぎないか?」
「だが、ただ謝罪するだけなのであろう? それでご体調が回復なさるのであらば」
「墓地までの移動航路確保いたしました。警備艇の配置はいかがなさいましょうか? 一個師団でよろしいか?」
「別の衛星に狙撃手として参ります。このキャッセル(庶子三番目)が責任を持って敵を排除いたします。閣下、許可を!」
「変装が必要ですね! 顔を……変えてしまうのは可笑しいですから、何かマスクでも。夜会用と昼会用の今まで使った事のあるマスクを被服庫から」
「菓子ですか? 菓子? 何処がよろしいでしょうかね? 帝星の主だった菓子屋の焼き菓子を用意いたしました! 皆様でご試食の上判断を!」
「あの布を入れる袋! 袋! 紙袋がよろしいかも! 大急ぎで作らせます。紙業部門起動! 大至急、布の大きさに合う紙袋を作れ!」
「鬘! 鬘だ! 陛下の髪をそのままにして外に出すわけには行かぬ! 鬘を持て! 何色でも構わぬ! 大至急準備せよ!」
「陛下の頭が少々小さくて、既存の鬘では!」
「誰か髪刈れ! 丸坊主になりやがれ!」
「では、娘の家の周囲の警備にはいります! 同時に危険物の精査も行います!」
「人を近寄らせないようにいたします!」
「だが、性別的には女だぞ? 良いのか? 間違って子供でもできようものなら妾妃扱いだと? 奴隷が妾妃か?」
「妾妃が産んだ子が女だったら、どうだ」
「是非とも我が息子の妃に!」
「抜け駆けするんじゃない!」
「この菓子が良いのではないか? ダックワース」
「私は此方のマドレーヌが良いかと」
「カステラもよろしいのではございませんか?」
「ベイクドチーズケーキが」
「狙撃用に気象制御を行いたく! ご許可を閣下!」
「向かう奴隷地区の気候制御は空母から行え! 空母三隻にて空気清浄も行え! それと、まだ準備が整わぬゆえ、陛下のお部屋に少々の睡眠薬を気化して流せ。父君達は陛下の体調に変化がないか、宮廷医師達と共に監視せよ」
「菓子箱のサイズはいかがなさいますか?」
「あの娘は一人暮らしだ、それほど大きいものは必要あるまいが。陛下のお持ちになる物が小さすぎてもいかん! 十二個入りがよかろう」
「そのサイズはございません!」
「作らせろ!」
「万が一の為に機動装甲の配置をもご検討ください」
「紙袋できました! 取手はどれがよろしいでしょうか」
「陛下の昼食の準備に入れ! それまでに全ての準備を整えておくぞ!」

行くといった皇帝はそれで済むが、周囲は大変であった。それが仕事だと言われれば、それまでだが。

「それでは行って来るぞ、デウデシオン」
 準備された移動艇に乗り込む皇帝に頭を下げつつ
『あ、あのマスクは……その、選ばれるとおもいませんでした……陛下……ご、御武運を!』

皇帝は戦いに行くのではなく、謝罪しに行くだけである。


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