繋いだこの手はそのままに −180
――  なぜ貴様は儂を疑わなかったのじゃ?
 問い質した時、軽く叩かれた
―― なぜ兄貴は儂を信用しなかったのじゃ?
 答えられなかった

 その時答えが出た。間違っていたのは儂であったと

**********


 カルニスタミアは自分の”どこか”が”求めている場所”に届いたことを感じた。体は移動中で”体として”存在してはいないが意識の中に存在していた。

―― さあ、これでどうだ? 僭主

 核に直接触れられたザベゲルンは、激痛と本能からくる恐怖心に触手の全てを、狂ったように動かして暴れるが、彼の核に到達している存在は《そこにはいない》
 どれほど暴れようとも、彼らが生きて存在するために必要な核に”危害を与えようと”触れているカルニスタミアを振り払うことはできない。
「なにをする気だ!」
 ザベゲルンの問いに答えるものはいない。
 体が存在しないカルニスタミアは答えることができず、カレンティンシスの体の下からザベゲルンを見つめているロガにも、抱き締めているカレンティンシスにもカルニスタミアが何をしようとしてるのかは解らない。
 弟が瞬間移動の他に、超能力を無効化することが出来ることなど、カレンティンシスは知らない。
―― 破壊能力が発達している異形の”核”そのものに傷付けるのは危険ではないのか? ラードルストルバイア
《別に。上手くやりゃあ、本体にダメージを与えることができる。俺だって出来たんだ、あの野郎ならできるだろうよ》
―― え? ラードルストルバイアにも瞬間移動能力があったのか?
《違う。俺はシャロセルテの中で意識だけになってからだ。シャロセルテが死ぬ時、あれほど苦しんだ真の理由だ》

 カルニスタミアはザベゲルンから離れ、ゆっくりと着実にそして正確に”体”を構築してゆく。

《あの王弟とは喧嘩はしないほうが良いだろうな。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
―― そうだろな

 カルニスタミアの体が完全に元に戻ったが、その姿をザベゲルンは見ることはできなかった。彼の触手は全て力を失い、同時に視力も失った。
「ではゆくぞ、僭主」
 カルニスタミアがザベゲルンに向かって駆け出し、同時にラードルストルバイアとザロナティオンはある場所へと向かい、
「受け取れ」
「ほらよ!」
 カルニスタミアが投げ捨てた銃を投げつける。
 両手で受け取り、真っ正面から同時に銃を放ちザベゲルンの体を破壊してゆく。甲高い声が、明確な悲鳴を上げて、体の破損の大きさを叫ぶ。
 口から漏れる悲鳴とは裏腹に、体は正面からくるエネルギーの出所を推測して腕を伸ばしてカルニスタミアの手首を掴み、持てる限りの力を込めた。
 骨の折れる音が響くより先に、銃が支えを失って再度床に落下する。
「瞬間移動できること、もう忘れたか? 僭主」
 腕を移動させて逃れたカルニスタミアの声を聞き、ザベゲルンは床に落下した銃を踏みつけて破壊する。
「なぜその力を使って、機動装甲から逃れなかった」
「今回の対異星人戦で体のほとんどが無くなったことか? 当然であろう。儂は瞬間移動できるなど、他者に教えるつもりはなかった。他者に秘密を知られぬために死ぬことは、おかしいことか?」
 移動させていた腕を戻し、動きを確認しつつ”なに当然のことを”と、心底呆れた声でザベゲルンに答える。
 カルニスタミアとしては当然のことだった。
 瞬間移動の能力があることが知られたら、ヤシャルを抜いて皇位継承権第一位所持になることは確実。その上、ヤシャルとは違いシュスタークの子が誕生しても、一位の座を譲れなくなる可能性が高い。
 真祖の赤に次ぐ《完全なる皇帝》を表す能力など、親王大公として生まれなかったカルニスタミアにとっては無駄どころか、帝国に仇なす力以外の何物でもなかった。
「そこまで忠誠を誓うところが、癪に障る」
「貴様のごときに、どのように思われようが儂は痛痒など感じぬ。馬鹿か僭主め」
 カルニスタミアは腕を振り、まだ充分に動くなと確認してからザベゲルンの懐へと飛び込み殴る。
 今まで手足のように使ってきた触手が動かず、体の回復もままらない。死ぬ程ではないが、弱くなった自分にザベゲルンは腹を立てて、八つ当たりで怒鳴りつける。
「貴様、一体何をした!」
「超能力を使える部分を無効化させてもらった。一時的なものか永続的なものかは、行った儂も解らぬがな。触手が動かぬのは、ザンダマイアス機能が破壊されたからではないか?」
 答えながら我関せずと、カルニスタミアは殴りつけてザベゲルンを押し、システム中枢の傍から動かないカレンティンシスと、その腕のなかにいるロガとの距離を取る。
「貴様! 無効と超能力の両方が使えるだと……あれは貴様の兄だったな! 貴様の兄は!」
 ディストヴィエルドが知っていることは、ザベゲルンも知っていた。
「貴様も儂の兄が両性具有だと言いたいのか?」
《なに?》
《おいおい!》
―― うそだろ!
―― ほぇ?
 二人と四つの存在は、カルニスタミアがそんな事を聞かされているとは知らなかったので驚くが《全く疑っていない》その横顔に下手に口を挟むわけにはいかないと黙る。
 ”両性具有”という単語で、体を強張らせたカレンティンシス。それに気付いたのは、抱きついているロガだけだった。
 指を震わせながらキーを打ち込むカレンティンシスと、自らの拳を破壊しながら、白い口だけの顔面をたたき割ったカルニスタミア。
「大概にせい。下賤のその口、縫うには時間はないが潰してやるわい」
 カルニスタミアはカレンティンシスが投げ捨てたロケットランチャーの砲身を持ち上げて、ザベゲルンの口に突き刺して壁に縫い止める。砲身を噛み砕かれないようにと両手で顎を破壊して、ザベゲルンを見下ろした。

**********


『これしかみつからなかったの…… でもね! おみみにあてるとうみのおとがきこえるんだよ! ほんとうだよ!』

「カレンティンシス殿下の私物はこれで……」
 タカルフォスの手から、小さな箱が滑り落ちた。
 床に落ち蓋が開き、中から転がり出したのは、
「貝殻?」
 ずっと昔にカルニスタミアが見舞いにと持参してきた小さな貝殻。
 なんの変哲もない、有り触れた貝殻を拾い上げ、
「欠けてはいないな、良かった。相変わらず儂は注意力が足らんなあ」
 箱へと戻して蓋をして部屋を出た。

『確かに聞こえるな』

**********


「……」
 ザベゲルンの脅威は去ったと感じたところで、カルニスタミアは記憶の底から何かが話かけてきていることに気付いた。
 その声は、波の音に所々がかき消されてはっきりとは聞こえないのだが、

 ”それの……いっていることは……しい……”

 目の前で口に突き刺された砲身を、自らの手で抜くことすらできない状態になっているザベゲルンの言葉を肯定する。

 見覚えのない白い砂浜と、銀の月が夜空と黒い海に浮かぶ”そこ”から聞こえてくる声。だがカルニスタミアには自信があった。
 それを言っているのが、自分の深層ではなく、他者であることを。
 自分の中に誰かがいてもおかしくはないことは認めるが、

―― そんな下らぬことを言う貴様と話すつもりはない。兄貴が両性具有であるか、ないか? 王国でもっとも重要な話を誰とも知らぬ、信用もならぬ相手と語り合うつもりなどない。黙れ

 それは信用に値する相手ではない。

 僭主がカレンティンシスのことを「両性具有」だと言ったことなど信じていない。信用できない相手の言葉に惑わされるなど、カルニスタミアにはない。目の前にある多少の矛盾を許容し、もしもそれが真実であれば別の道を探る。
 道を探ることも、何らかの対処を行うことも、それらは信頼の出来る相手がいてこそ。
 誰とも知れぬ、ここに存在しない者と、信頼を築いていない相手と、重要なことを語ることなどカルニスタミアの性格上考えられないこと。
 だからカルニスタミアは”ラヒネ”に沈黙と命じ、ラヒネは死と同然の眠りにつく。それは正しいことだと知っているから、彼は引き下がる。
 目の前で姿をはっきりと姿を現している弟たちであり、自らを裏切った相手であり、共に弟を殺害した相手を眺めながら。

『艦外通信回復、艦内空調回復。バールケンサイレ大将、ユキルメル大将からの指示を待て』

「今の声はレビュラか」
 カレンティンシスが行っている中枢からの回復よりも先に、ザウディンダルが持ち込んだプログラムが動き出した。
「通信回復か?」
「その様じゃ」
 通信が回復した次に行うのは、目の前の僭主の”処理”
「リスカートーフォンを呼べ! 食わせる! 陛下! テルロバールノル王に命令を!」
「よ、よし! カレンティンシス。余の命だ、リスカートーフォン勢に集結するように伝えろ」

「御意……リスカートーフォン勢! 大至急、此処へと来い!」

 この通信は逆に「一般兵はここには近付くな。ここにつながる通路にも立つな」という連絡ともなる。
 まだ残っている一般の兵士たちにこの姿と、続く狂宴の有様を見せないようにする目的もあった。
「大丈夫か? カルニスタミア」
 崩れ落ちそうになっているカルニスタミアの元へと駆け寄るシュスターク。肩を貸し、壁の傍まで歩かせてゆっくりと座らせた。
「ザベゲルンは」
「突き刺されたままだ。引き抜く力も残っていないようだ」
「そうですか。あなたがご無事で何よりだ。そして……このことは内密に」
「解った」
 カルニスタミアが今瞬間移動を使えば何度も危機を脱することが出来たのだが、シュスタークの治世に影響が出るとして、命と引き替えでも使わなかったことに感謝の意をこめて頷く。
「ナイトオリバルド様。あの、カルニスタミアさんの怪我の治療とかは」
 カレンティンシスの腕から身を滑らせて、駆け寄って来たロガの手には止血用のスプレーと鎮痛剤が握られていた。
「ありがたいが。今回のカルニスタミアの怪我は、外傷よりもその……エーダリロク説明を!」
「はい。后殿下、カルニスタミアの怪我もそうですが、それ以上に消えていた時に掛かる特殊な負担と損傷の治療が先になります。普通の怪我の治療では治らないものですので放置しておいてください」
「解りまし……きゃ!」
 ロガは床に走った震動の大きさにバランスを崩し倒れそうになった。シュスタークが背中に手を伸ばして抱き留め、自分の傍へとおく。
「ロガ」
「ありがとうございます。ナイトオリバルド様」
「いいや。……カレンティンシス、今の震動は何事だ?」
「本当になんの震動だよ」
「あの馬鹿共、突撃艇できおったわい! 陛下、まことに申し訳ございません! 儂が着陸方法を指定しなかったばかりに!」
「うわ……ダーク=ダーマ完全に航行不能になったな」
「良い、カレンティンシス。たとえそなたが指定しようとも、あれたちは聞かずに突撃艇に乗り込んだに違いない」
「そりゃそうですな、陛下」

 静寂はほんの僅かだけだった。先程のカレンティンシスのような足音ではなく、完全な軍人特有の規則正しい音を立ててやってきたのは。
「ほお、我が一番手のようだな」
「シベルハム!」
 アジェ伯爵 シベルハム=エルハム。彼がもっとも近いところに”突き刺さった”のは、出撃口が偶然近い場所を向いていただけのこと。
「これは好みだ」
 深紅の波打つ髪の下から、ザベゲルンを見ると、腰の剣を抜き自分の腹を切り裂いた。
 切り裂かれて落ちる内臓と、現れる「第二の胃袋」食わせろと唸り声を上げる、猛犬二頭の顔と前足が現れる。
「さあ、その柔肉食わせてもらおうか」
 唸る犬たちと共に、ザベゲルンの中心へと飛び込んでいった。


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