繋いだこの手はそのままに −179
 僭主の援軍以上に”予期せぬ”人物の登場に、
《馬鹿者が》
 ザロナティオンも苦痛を感じる叫び声の下で、舌打ちこそしなかったが、それに近い雰囲気で、カレンティンシスの無鉄砲極まりない行動をを評した。
―― ちょっ! 無理だって、カレティア! あんたの筋力じゃ、それは無理!
 誰もが”無理だ!”と叫んだ通り、カレンティンシスはランチャー砲を撃ち出す都度、堪えられずに膝をついている状態の体が、床を滑りつつ後退する。
 だが誘導ミサイル弾で、照準を一度合わせれば外れることはないタイプなので、次々と着弾してザベゲルンの体を破壊してゆく。
「ん? もう弾切れか」
 弾の尽きたランチャー砲を捨てたカレンティンシスは、次に腰から対僭主用銃を抜いて構えた。この対僭主用銃は《腕の力だけで制御する》もので、肩に当てて反動を押さえたりするものではない。
 カレンティンシスの筋力では、反動で狙った場所ではないところへと弾が向かうのは明か。
「ばか! そんな構え方したら!」
 反動で銃を手放し直撃しても、防具が一度目ならば防げる。
「ぐううおああああぁぁぁ!」
 誰もが予想した通り、カレンティンシスは撃ち出すと同時にひっくり返り、フルフェイスのヘルメットが割れる音が響く。反動を制御しきれなかったカレンティンシスの撃ち出した弾は、ザベゲルンの傍に立っていたエーダリロクへと一直線につき進む。
「ちっ!」
 それを確認したカルニスタミアはロガから離れて走り、咆吼で自由を失っているエーダリロクの元へと走りスライディングして、
「兄が申し訳ないことをした」
「か、構わねえよ……」
 上に乗るような形で、エーダリロクに的中するのを阻止することに成功。そのままエーダリロクの頭を容赦なく蹴って、急いでロガの元へと戻った。
《あいつらは、本当に……》
 ザロナティオンはテルロバールノル王家の兄弟にやや呆れつつ、眉間を思い切り蹴られたエーダリロクは、体自体は苦しいが”何時も通りの二人”を前に笑っていた。笑うしかない、とも言えるが。

―― 咆吼を収めてくれぬか
《解ったよ。なんつー無謀な王だよ、アルカルターヴァ》

 咆吼の停止により、即座に機能を取り戻した触手。それを毟りながら、ラードルストルバイアは再攻撃の準備にはいる。
 カルニスタミアは咆吼が終わる前にロガの元へと戻り、腕に抱きかかえて銃でザベゲルンを牽制しながら、反動で転がって動けない状態となっているカレンティンシスのもとへと近付く。
「何をしに来たかは聞かぬが、ほら、帰るぞ兄貴」
 声をかけながら手に持っていた銃を腰のホルスターにさし、カレンティンシスが手放した銃を握りザベゲルンに向けて放った。
「兄貴に”これ”が撃てるわけなかろうが」
 ザベゲルンの赤い体を竜巻が抉ったかのような円が描かれ、それをみて”最大威力”であることを確信して、引き起こそうとする。
「ヘルメットがあったから良かったものの、そうでなければ”核”を有する脳をぶちまけることになっておったのじゃぞ。王として少しは考えろ。儂は兄貴の脳を拾い集めて再生するような面倒はしとうないわ」
 カルニスタミアの態度は、全く変わらないものだった。
―― 気付いてない?
 触手を千切り潰しながら、兄弟のやり取りを聞いたシュスタークは”本当だろうか?”と思いながら尋ねた。
《アルカルターヴァは思い込んだら、中々考えを直さねえ。お前の永遠の友は、あれのこと二十年以上も兄だと信じてんだろ? 生粋のアルカルターヴァが二十年信じて疑ってなかったら、まずもって疑わねえよ》
―― そ、そういう物か? だがエーダリロクとザロナティオンのことは気付いたぞ
《良い悪いは抜きにして、そういう一族だからずっと王政に固執して、王を求め、絶対君主制を敷くことを望んだんだろ。あいつらの思い込みの激しさは、半端じゃねえぞ。それとシャロセルテのことがばれたのは、手前の至らなさだ。天然》

 ラードルストルバイアの言葉に言い返せないシュスタークは、自分では自由に出来ない視界の端に映るロガに視線を移した。

「あ、血が!」
 カレンティンシスは反動でヘルメットが割れ、右の額を切り相当に出血している状態。
「私、止血用のスプレー持ってます!」
 ロガはカルニスタミアの腕のなかで、身を捩り”治療します”と体で言い表す。
「お願いいたします」
 顔の半分が血塗れの状態のカレンティンシスを見て、呆れながらヘルメットを外してやる。
「動かないでくださいね、アルカルターヴァ公爵殿下」
「大丈夫です、后殿下。動けませんから」
 撃ち出したショックで体が硬直し、カレンティンシスは顔も体も強ばってしまっている。ロガはスプレーを噴霧し血を拭う。
「早くせい、兄貴」
―― 気付いてないっぽいよな
 無数の触手を腕と足で切り落としている”ザロナティオン”にエーダリロクも、思わず尋ねるほどに、カルニスタミアの態度は変わらなかった。
《気付くというよりは、全く疑っておらぬのであろう。まあ王に即位した実兄を”両性具有かもしれない”等と疑って生きるような男ではないところに、誠実さを感じる。お前があの王弟に勝てないと感じる理由も、そこであろう。お前の天秤は疑うほうに傾きやすい。悪いわけではないが、疑うことは信じるよりは容易だからな》
―― まあなあ
 カルニスタミアは愚かなのではなく、本当に疑っていないだけのこと。
 兄が兄ではない等ということを考えるような男ではない。カルニスタミアにとってカレンティンシスは腹立たしく、自由に生きることを許してくれない、自分を抑え付ける相手ではあるが、彼にとって《彼》は王。
 そこに微塵もの疑いや、疑念など存在しない。
 不満だからといって簒奪を脳裏に描こうとも相手を貶めるようなことを、考える男ではない。
《アルカルターヴァは王弟のことをどう思っているかは知らぬが、王弟はアルカルターヴァのことを信頼しているのは確かだ。簒奪や不仲と、相手の尊厳を損ねることは違うからな》


 ほんの僅かだが、カレンティンシスは道を間違った。王となった時、誰でもないカルニスタミアを信頼していれば「結末は同じ」であっても、もっと違うものになっていただろう。
 だが最早引き返せる道ではなく、その先にある同じ結末へと進まねばならない。


「戻るぞ兄貴」
「儂はここに用があってきたんじゃ!」
 硬直状態から立ち直ったカレンティンシスは、立ち上がると部屋の中心から僅かにずれたところへと向かい、しゃがみ込んだ。
「馬鹿か! そこは奴の攻撃範囲じゃ!」
 カルニスタミアはロガを護るのが任務なので、近付かずに声を荒げるが、カレンティンシスは無視して床の瓦礫をその手で避けて、
「黙れ! よし……ここじゃ!」
 ―― システム中枢 ―― を取り出した。
 カレンティンシスが床から取り出したのは、淡い白色発光球体。
 ”それ”が姿を現すと、部屋中に今までなかった光のケーブルが見えるようになり、すべてが”それ”に繋がっているのがはっきりと見て取れた。
「儂はここで機能を回復させるんじゃ!」
「……」
 触手が”それ”を襲うが、実際に存在しているものではないので、通り抜け傍にいるカレンティンシスの防護服が裂ける。
「貴様の任務は后を無事に脱出させることであろう! とっとと行け! それでも貴様は儂の弟か。即断即決で行動に移さんか! そしてエーダリロク! 儂を守らんか! 貴様は技術庁の儂の部下じゃろうが!」
 カレンティンシスは回復用の起動コマンドを入力してゆく。
「危ないから、もう少し待たぬか! ルクレッツィアの末王」
 見た目はエーダリロクだが、喋り方が全く違うので”これはザロナティオンだ”と判断したカレンティンシスは、
「儂に命令を出して良いのは、陛下だけじゃ!」
 言う事を聞く気などなし。
―― うわああ、あんたって人は
 過去の偉人であろうが、現帝国の守護者であろうが、カレンティンシスには関係のないこと。アルカルターヴァ公爵にしてテルロバールノル王が従うのは「現皇帝のみ」と、怒鳴りかえす。
《まさに、アルカルターヴァ》
 ”ザロナティオン”は皇帝であるシュスタークをちらりと見たが、
―― ひくように命じたほうが良いであろうか?
《艦内機能回復させる方が先だ。撤退命令なんざ出すな。多少怪我してもいいだろ》

 ラードルストルバイア特有の、舌を出して目を細める笑いに諦めた。

 そのやり取りを見て、
「……この頑固者が」
 ビーレウストあたりが居たら”手前には言われたくねえだろ”と返されること間違いなしの言葉を呟き、カルニスタミアはロガの手を引きながらカレンティンシスへと近付いていった。
「后殿下を預ける」
「どういうつもりじゃ?」
「貴様なんぞ、兄じゃねえ」
「なんじゃと!」
 この状態の時に兄弟喧嘩でも始めるのか? と思わせる口調の後、
「煩いわい。后殿下には陛下、帝国には銀狂。テルロバールノル王は儂しかおらぬであろう。貴様は儂の兄じゃねえ、貴様は儂らの王じゃ。儂が貴様を守らんと、儂は国と陛下に申し訳が立たぬ!」
 そう言ってロガに頭を下げて、銃を二丁構えて、
「名誉だけを重んじる戦いであらば、儂は貴様程度には負けん! 僭主ザベゲルン」
 突進しながら撃ち出した。
 浮く体に容赦なく突き刺さる蹴り。
 体勢を低くして、下から銃で撃ちあげ、その浮いた体をラードルストルバイアとザロナティオンが殴り落とす。
「貴様等!」
「三対一では勝てないと。ならば儂と一対一でやるか」
 カルニスタミアは言い両手の銃を放り投げ《もう一歩踏み込んだ》

「カルニスタミアさんが消えた……」

 カレンティンシスの傍に立ち、この状況を見守っていたロガはザベゲルンの前で突然消えたカルニスタミアを求めて周囲を見回す。
 床に落ちた銃が立てた大きな音だけが、確かにこの場にカルニスタミアがいたことを告げているのだが、やはり姿は見えなかった。
 ロガは先程の金色の光のこともあり、自分だけが見えないのか? と思ったのだが、ザベゲルンの触手の動きと、
「どこから来る! 我が永遠の友!」
 甲高く叫んでいる声に、ザベゲルンも見失っていることは解ったが、彼の言った「どこから来る」の意味は皆目見当がつかなかった。
「真の皇帝じゃったとは……」
 解除コードを打ち込んでいたカレンティンシスは指を止めて、なにもない空間を見て驚きの声を上げる。
《やはり使えたか》
―― ウキリベリスタルは知ってたんだろうか?
《それは解らん。だが……知らなかったのではないだろうか? これは調べて解るものではないからな》
 エーダリロクとザロナティオンはカレンティンシスとロガに注意を払う。
―― なぜこれが使えるのに使わなかったのだろう
《アホか天然。お前の我が永遠の友は、皇位継承権があるんだぜ。これが公になったら、順位あがっちまうじゃねえか》
―― 上がっても良かろうに
《天然馬鹿》
 ラードルストルバイアは言いながらザベゲルンを警戒する。
 そして、カルニスタミアがザベゲルンの背後に突然現れた。

奴等の当面の目的は私だ。あいつらは私を生かして捕らえる必要がある
ラヒネ、前々から聞きたかったんだが、奴等はどうしてそこまでお前に固執するんだ?
それか……私が完全だからだ。ロランデルベイ
完全? どういうことだ?

瞬間移動ができる。それが完全を指す

なんで完全なんだ?


 ”何処か”から突然現れザベゲルンを殴り、着地する。
「随分と驚いているようじゃな。戦ったことはないのか? 僭主」
 カルニスタミアは背後に立ったまま、触手の瞳に向かって問いかけた。瞬間移動の出来る個体はある理由から、皇帝の座に位置に据えられる。
 王族であれば誰でも知っている理由と、その真の意味。
「貴様が瞬間移動が使えるとは、情報になかったが」
「そうか。まあ良い、ではゆくぞ僭主」
 出来る事ならばカルニスタミアとしては生涯隠しておきたかった能力だが、この場で僭主にダメージを与えて機能停止寸前に追い込むためには、この力が使えると判断した。
 ―― 姿が消えては現れる ―― を繰り返す。
 何処にもおらず、攻撃をする瞬間に現れて反撃を食らう食らう前に消えるカルニスタミアにザベゲルンは何一つ手段を持たなかった。

「こんな短時間に、短距離で何度も繰り返すものではないじゃろうが……」

 中枢を操りながら、弟の戦いを観るカレンティンシスの声は震えている。瞬間移動はまさに移動に使用されるものであって、戦いに使うものではなく短時間に頻繁に繰り返すのは体に大きな負担がかかる。
 呆然と観ることしかできないロガも、たまに現れるカルニスタミアの体が”おかしな”状態になったりすることに気付いた。
 胸骨が左右反対になったり、顔で心臓が脈打っていたりと、元の姿とは違って現れたり、また元の姿に戻ったりと。
 カルニスタミアは”あること”を狙っていた。
 その”あること”とは、ザベゲルンのバリア機能だけを破壊すること。カルニスタミアが行おうとしていること自体はザロナティオンと同じなのだが、短時間で与えられるダメージはカルニスタミアだけが取れる手法の方が効果が高い。

―― そんなこと、出来るのか?
 カルニスタミアが行おうとしていることは、
《できる。あれは解る》
 ザロナティオンには覚えがあった。

 カルニスタミアはザベゲルンの脊椎を体内に戻してから、あることを使用としていた。瞬間移動を恐れてザベゲルンは核のある脊椎を体内に戻しつつ触手で守る。
 その状態になったところで、カルニスタミアも初めての試みである、

―― さて、試してみるか。失敗したら儂の命がないがな

 瞬間移動したまま、ザベゲルンの超能力を発生させる部分に直接無効化能力を叩き込んだ。
《超能力を使っている状態で、無効化を使う》
 無効によって自らの力が消えれば、カルニスタミアの体は元に戻らず、無効が全く使えなければ意味はない。

 ドームの向こう側で、味方の艦隊や王の機動装甲に撃ち抜かれるシセレード紋の入った機動装甲。
 カルニスタミアとザベゲルンの戦いを見つめていたロガも、フルフェイスのヘルメット越しでも眩しいと光に顔を背けて手をかざす。
 網膜を焼く閃光とロガの動きに気付いたカレンティンシスは、ロガの腕を掴み力任せに引っ張った。
 力の弱い両性具有とは言うが、ニメートル以上の体躯の持ち主。普通の少女くらい簡単に腕の中に引き寄せることが出来る。
「目を瞑らぬか!」
 閃光から守るようにカレンティンシスはロガを抱き締める。
「……」

**********


「ナイトオリバルド様……あの、ザウディンダルさんのことなんですけど」
「お、おお……なんだ? ロガ」
「ザウディンダルさんて、本当に男の人なんですか? あの、さっき捉まえてくれてた時に抱きついてて、ちょっと……」
 ロガは本当に賢いなあ。そうであったな、ロガは見た目だけでザウディンダルが姉でありカルニスタミアが弟であると判断できたくらいだ。触れるとより一層はっきりと解るであろう。だが……
「あのな、ロガ。それに関しては、今は秘密ということにしてくれないか?」

**********


 目を閉じカレンティンシスに抱きついたロガは、ザウディンダルに抱き締められた時のことを思い出し唇に力を込めた。



novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.