繋いだこの手はそのままに −170
 詰め襟の緋色の軍服に、平素のカレンティンシスなら装備しない、対僭主用の大型銃を一丁腰から下げる。
 腰骨にかかる重さに、扱えるかと不安を感じつつ触れてみる。
 普通の銃ならば、重さを軽減する素材などを使っているのだが対僭主用、それもエヴェドリット系僭主相手では、そんな銃では役に立たない。現時点でもっとも殺傷能力が高い銃、それをローグ公爵が選び装備した。
 あとはカレンティンシスが自ら一つ武器を選び装備したところで完了となる。
「両方に下げるのは無理じゃな。右手には……」
 カレンティンシスはローグ公爵が並べた銃器の中から選ぶ。
 主の望み通りにローグ公爵は武器を装備するための、補助装備を肩と胸部に装着し、固定を開始した。
 その最中”ダーク=ダーマ”より連絡がはいった。
「カレンティンシス殿下。アロドリアスめがリュゼクと共にケシュマリスタ王の身柄を確保したとの連絡が」
 リュゼク将軍は艦内通信は最初から”不通であろう”と判断し、ラティランクレンラセオを連れて確保している港へと向かった。
 行方不明のシュスタークを助けることが最大の目的なので、退路と移動艇用の港の確保は完璧であった。
 港に戻ると「根拠地」を確保していた部下から、移動艇で艦外通信が出来るようになったと知らされた。

 カレンティンシスは艦橋に一人となり、ラティランクレンラセオと画面越しに対面する。

「ラティランクレンラセオ」
『カレンティンシス』
 精神感応は働かないが、そんなものはなくとも何をしたのかカレンティンシスは理解し、
「……」
 カレンティンシスが感じ取ったことを、ラティランクレンラセオも理解した。
『お前は私が何をしたのか解っている。だが現状から、私を自由にして事態を収拾させるのが、最も賢く最も効率良く、最も確実であることもお前は知っている』
 ラティランクレンラセオに対して”エーダリロクと同じように”言うわけにはいかない。この簒奪を目論む王は、普段から非の打ち所がない仕事をし、人々の信頼も篤い。
 それが作られた物であろうが、この場で否定したところで無意味。
「……」
『さあ、私を自由にしろ』
 才能もあり普段の職務姿勢も真面目。
 皇帝を見失ったことは咎だが、失態を取り戻す機会を与えられてもおかしくはない《日々》をラティランクレンラセオは過ごしていた。
 ここでラティランクレンラセオを自由にしては”いけない”カレンティンシスはこの狡猾な男を前にすると判断を下すことが苦しくなる。
 知識はある、理解している。自由にしては、ヤシャルが危ないことも、ラティランクレンラセオに皇位を簒奪される可能性が跳ね上がることも、重々承知しているのだ。
 だがカレンティンシスの奥に潜む「人を信じる」という両性具有の特性が、ラティランクレンラセオの美しい表情に引きずり出される。
 幼い頃に無条件に信じた男。叔父よりも信じ、実弟を預けるほどに信頼した男。
 あの時の信じた気持ちを踏みにじりながら、共に自分の中の様々な感情も踏みにじる。
「リュゼク」
『はい』
「貴様はどのように考える」
 ラティランクレンラセオの後ろで、睨み続けている”軍人”に意見を求めた。
『王よ。無能は何処までいっても無能。この男は陛下をお守りするという、ありがたきお時間をいただいておきながら、全うできなかった無能。よってこの男が現状を打破するというのは、痴人の妄想でしかありません。この男は儂等に保護されるだけの価値しかございません』
 頑固で選民意識の塊といわれる王直属の部下は、王以上であった。
「王相手にそこまでいいきるか、リュゼクよ」
『殿下の為を思えばこそ。儂はこの男は王だとは思っとりませんしな。さて殿下、儂はここで時間を無駄に過ごすわけにはいかんので、戦場へと戻ってよいでしょうか?』
「解った、行け。死ぬことは許しはせぬがな。ラティランクレンラセオのことは任せろ」
『それでは』
『……』
「待っていろ、ラティランクレンラセオ。これから儂がダーク=ダーマへとゆく。アロドリアス、それまで”警備”してやれ」
『御意』

 ラティランクレンラセオとの会談を切り、敵機動装甲の情報収集にあたっている者たちに声をかける。
「ヘルタナルグ」
 これからカレンティンシスはダーク=ダーマに移動する。
「はい」
「あとは任せた。情報収集用が終了したら、儂の代わりにザセリアバに連絡をいれてやれ。貴様等、必死に収集せよ。後で何かが足りなくば、あの気違い暴れ出しかねぬかな」
「はい」
 情報収集が終了したら、攻撃に転じる。その為の合図を送れと指示し、
「タカルフォス」
「はい。殿下」
 もう一つ重要な指示を出す。
「儂の部屋を片付けろ。陛下をお連れし、滞在してもらうに相応しい室内に整えておけ」
「はい?」
 言われた方は”何のことだろう?”といった表情で、全く理解していないのが誰の目にもはっきりと解った。
「馬鹿者。あのような状態になったダーク=ダーマに陛下を滞在させるつもりか? 何一つ不自由ないように、儂の艦に移動していただくのじゃ。帝国軍とは連絡をとる必要はない。あちらの軍に僭主が潜んでおる可能性があるからな。すべてテルロバールノルの物で揃えよ。良いな、タカルフォス。儂に恥をかかせるような部屋を作るなよ」
「御意! あの、ところで王の私物などは……」
「カルニスタミアの部屋へ放り込んでおけ。ゆくぞ、プネモス」
「御意」
 カレンティンシスは全てを整えて、ダーク=ダーマへと向かった。積極的ではないが、死ぬことを望みながら。

―― 踏みにじったのは、朝顔だったのか蒲公英だったのか。秋桜ではないことだけは確か

**********


―― なんじゃありゃ……ありえんじゃろう……
 ロガを抱えて走っていたカルニスタミアは、背後からの震動と破壊音に振り返って、思わず目を疑った。
 ザベゲルンが触手を増やし、両側の壁を剥がし、剥がした壁を後ろに放り投げつつ突進してきたのだ。
―― この速さでは!
「后殿下! お逃げください」
 カルニスタミアはロガを通路に降ろし、区画扉に向けて対僭主用の銃を放ち、進む道を”あける”。だが皇帝の食糧庫に繋がる通路を分ける扉は、丈夫で対僭主用銃でも一度に全てを破ることはできない。
「走ってくだされ。次の扉近くなったら、また儂がこちらから撃ちますので」
「はい」
 ロガは”迫り来る存在”に背を向けて、必死に走り出した。軽い足音はカルニスタミアから離れると直ぐに背後からの轟音にかき消される。。
 ロガが必死に走る姿に、カルニスタミアは目を少しだけ細めてから、突進してきたザベゲルンに向かって近付いてゆく。
 壁が剥がされ、通路が広くなった瞬間に、カルニスタミアは対僭主用銃を二丁構えた。
―― あれを同時に撃ってきたら我とて……なっ!
 ザベゲルンの体に「同時」に衝撃が走り「足」が僅かに浮く。
「同時に当てれば、貴様でも浮くようじゃな」
「両利きとは書かれていたが、ここまで……とはな!」
 対僭主用銃、要するに「人造人間に、致命的なダメージ与えることのできる銃」の構造は、「ザロナティオンの腕」ほどではないがシンプルで、撃つ人間の負担を軽くしたり、サポートするような機能は一切付属していない。
 そのため同時に相手に当てるのは、己の腕のみ。銃を構え、照準を決め、そこに同時に撃つようにタイミングを計る。
 一度ならばまだ”まぐれ”とも言えるが、カルニスタミアは全て同時に当てる。反動で腕に負担がかかり、麻痺してもおかしくない程のダメージを受けているのにも関わらず、タイミングはずれることはなく、そして撃ちながらザベゲルンへと近付く。
―― この威力の銃を撃ちながら、進んでくるとは!
 ザベゲルンの動きをも止め、体を持ち上げる威力。それを与える銃の反動は撃たれている本人がもっとも想像がつく。
 カルニスタミアはザベゲルンの前に立ち、銃を撃ち触手が溢れている体に蹴りを入れる。数本の触手を潰しながら、ザベゲルンの体の芯に入りカルニスタミアよりも二回りも大きな体が側転する。
「后殿下! 頭を下げて!」
 カルニスタミアは次の扉を開くべく、ロガの向かっている方向へと銃を放ち、もう一丁の銃でザベゲルンの「脊椎」部分を狙い撃つ。
 ”核”がそこだろうと、自信はあった。
 撃てば撃つほど防御本能で触手が溢れ出してくるところから、間違いはないと確信できたが、
―― 無理か! この触手の多さでは届かんか!
 ロガが扉の後を抜けて、走ってゆく音を聞きながら、銃のエネルギー残量に内心で舌打ちをする。
 エネルギー充填の為の「一時強制終了」が近付いていた。このエネルギー充填時間があるために、二丁持ち一つずつ撃つのだが、
「そうも言ってはいられんからな」
 再びカルニスタミアは銃口を下に向けて、ザベゲルンを乱射し始めた。

―― 多分、銃は耐たんな

―― 信じられん強さだ。微動だにしないどころか、撃ちながら片足を上げて攻撃をしかけてくるなんぞ……ありえんだろう!

 弾け飛び散る触手と、銃を撃っては僅かながら休ませるために手足での直接攻撃を加えて、再度銃を放つ。
 ビュレイツ=ビュレイア僭主一党内で、ザベゲルンを”一対一”でここまで追い詰めた相手はいない。次実力を持つヴィクトレイとの手合わせでも、この危機感と遭遇したことはない。
 結果いままで知らなかった焦燥感を覚え、対処方法を巡らすが、上から降り注ぐ圧力に上手く考えがまとまらない。
―― 銃が同時に限界を迎えても、この男の攻撃は銃と同等の威力を持っているから……いるから
 上から殴られ撃たれ、今まで感じたことのない痛みを覚えながら、ザベゲルンは考える。
―― そうだ奴隷が扉の前に辿り着いたときに……
 扉を開くためにカルニスタミアが一瞬上体をねじり逸らすことに期待をかけたが、すぐに消え去ることとなった。
「カルニスタミアさん! 私! 手榴弾使うから大丈夫です。そのまま! 頑張って下さい!」
 ロガは自分自身、今まで自分が出したことがないと感じるほど大きな声で叫ぶ。
―― 奴隷!

 ロガは一人で手榴弾を扉の前に置き、引き返して途中で見つけた物陰へと、四つん這いになりながら入り込んで体を丸めた。
 ”引き返す”までの時間を考えてセットした手榴弾。
 爆発するまでの時間は、握っているグリップ部分に表示されるエネルギー残量の警告を見ては撃ち続けるカルニスタミアの方が、ロガよりも長く感じられた。

―― 開いてくれよ。威力的には開く筈じゃ、あの扉を抜ければ普通の扉となる筈……ん? 変な音が聞こえて

「なんの音だ?」
 カルニスタミアにもザベゲルンにも異様な音として認識されたそれは、手榴弾の爆発で飛び散った破片の中を突き抜けて咆吼と共に現れた。

「ぐおあああああ!」

 両腕を広げ正気を失ったように、吼えながら手榴弾で破壊され残っていた扉を、邪魔だとねじ伏せて現れたのは、
「陛下!」
「ナイトオリバルド様!」
 シュスターク。
 咆吼にザベゲルンの触手は一斉に床の上に力無く落ち、剥き出しの眼球は瞳孔が開き、ザベゲルンに「視界」を届けることができなくなった。
「うおあ……ロガ? カルニスタミア? なぜここっ!」
《待て! ばか、お前が出たら!》
―― 破片の影に隠れているのはロガだ! ロガだ! ――などと浮かれてシュスタークが表に出て来てしまい、咆吼が止まったところで、ザベゲルンが触手が即座に息を吹き返すかの如く機能を取り戻し、シュスタークに襲いかかり弾いたのだ。
「陛下!」
「ナイトオリバルド様!」
《天然馬鹿》

 宙に舞いながら、シュスタークが思ったことは”通路狭いな……ここは食糧庫に向かう道か”

 間抜けながらも、着地は本人が成功させて、自分を弾いた触手の本体を正面から見つめる。
―― す、すごい物体がいるぞ……帝君がもっと大きくなったようなのが
 骨格系異形の皇君と、攻殻系幻生物異形のタバイ、そして触手系異形だった故帝君。
 この三人の姿を見たことのあるシュスタークだが、ザベゲルンの異形には圧倒された。
《俺も初めて見たぜ、このデカさは。はん、デケエから殴り易いじゃねえか》
―― あ、そうとも言えるな
 シュスタークには軽口を叩いたラードルストルバイアだが、
《じょうだんじゃねえ これ まずいだろ 2t を こえる いぎょう は まずい》
 一目で解る質量の膨大さに、内心の更に深いところで息を飲んだ。
 総重量2tを越える異形は、完全破壊までに時間がかかる上に、バリア機能を有しており、破壊するためには相応の技術が必要となる。
《シャロセルテ が いない かぎり は むり だろう な》
 ラードルストルバイアは感じたが、本体であるシュスタークの意思を尊重することにした。
《それに しても この カルニスタミア も つよい な》
「陛下! 后殿下を連れてお戻りください」
 シュスタークの突然の登場に驚いたカルニスタミアだが、すぐに立ち直り銃を構えて、ザベゲルンとシュスタークの間に入る。
「カルニスタミア」
 ザベゲルンは突如現れた敵シュスタークに、口しかない顔を向け触手の瞳にその姿を映させて、聞いていた情報と組み合わせていた。

―― ディストヴィエルドの報告と違う。容姿や態度は情報通りのインペラールヒドリクだが、こいつ戦ったことはないはずだが、先程の動きは戦い慣れている。どうみても、戦ったことがあるタイプだ……だが注意力の切れ方は素人以下だった。どういうことだ?

 これに関してはディストヴィエルドは嘘をついてはいなかった。彼も知らなかっただけのこと。
「陛下早くお戻りください」
 最高の軍人であり支配者である皇帝に”逃げて下さい”や”退却してください”と言ってはいけないと教えられるが、この場面でもそれを忠実に守る者は珍しい。
 どんな時であっても王子である男と、
「インペラールヒドリクか」
「インペラールヒドリクではない。シュスターシュスタークだ」
 いかなる時であっても、皇帝であらねばならぬ男。
 言いながらカルニスタミアの肩に触れたシュスタークは”肩で息をしている”ことに気付いた。呼吸が荒くなっていることに気付かれないようにしていたカルニスタミアだが、肩までは騙しきれなかった。
「カルニスタミア」
《これと一対一どころか、体復元してまだ完全じゃねえのに、お前の奴隷連れて戦ってたんだ。消耗の度合いは激しいだろうよ》
「早くお戻り……」
 カルニスタミアとしてはここで命と引き替えに、足止めさえできればと考えていた。この種類の異形相手に足止めして、死亡するということは体そのものを失うこと。
 すなわち食われて、再生は不可能となる、完全なる死であった。
 シュスタークもそれは解っていた、ラードルストルバイアは言わないがシュスタークが理解していることを感じ取っていた。
 皇帝の配下としては完璧な態度で、間違ったことは何一つしていない。
 皇帝とその后が安全なところへ向かうまでの時間を稼ぐために、その身を盾にして戦い死ぬ。最古の王家の王子として、我が永遠の友として申し分のない《舞台》
「ナイトオリバルド様!」
 死にゆくような重苦しい空気の緞帳が降りようとしている舞台に、緊張し柔らかではないが、生気に満ちた声が響いた。
「ロガ」
 物陰に隠れていたロガは通路に出ており、両手で銃を構えていた。
「カルニスタミアさんと一緒に! 私は! 私は一人でも大丈夫ですから! ナイトオリバルド様」
 ”帝王の咆吼”のような威圧感のある声ではなく、ザベゲルンの唸り声ほど大きくもなく、カルニスタミアの低く通るような声でもない。
 大きな音がしたら、それに混じり聞こえなくなってしまうだろう普通の声だが、

《決まったな》

 シュスタークの決断を後押しするのには、充分だった。

「……」
《平気だぜ》
 ラードルストルバイアは己の知識と現状から、ロガが敵と遭遇する確率が極めて低いことを、シュスタークに伝える。
 その情報の波に頷き、
「陛下!」
 カルニスタミアを手で制し、もう片方の手を上げて指さす。
「ロガ。壁に四本の線が残っているところを選んで戻るといい。余が通ってきた通路だ、死体で溢れかえっておるが、その死体”確実に”死んでおるから安全だ」
 ここで初めてシュスタークは、自分の両腕が黒っぽい赤に染まっていることに気付いた。
「はい!」
 大きな声で返事をして、駆けてゆくロガの足音に―― ああ、愛おしい ―― と口元を緩める。
「陛下……」
「たとえロガに言われずとも、ここにカルニスタミアを置いて去りはしない。我が永遠の友を置いて去るようなナイトオリバルドではない」
「陛下」
「皇帝としてはロガと共に、カルニスタミアに任せて逃げるのが正しいが、余は皇帝であるだけでは駄目なのだ。余は皇帝で在り続けなければならない。その為に余は今シュスターシュスタークではなく、ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウスでなくてはならない。余に皇帝であることを後悔させるな。余は胸を張り前を向いて、皇帝であることを誇り生きたいのだ。それにはお前が必要だ、カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローンよ」

 皇帝という器を動かすための、空虚で空を舞っている意思でしかなかったシュスタークは、ナイトオリバルドとして戦う意思を持ち、血塗れの大地についに一人で立った。

「命と引き替えに足止めしようと思いましたが、そう言ってはいられなくなりましたな」
 二人はザベゲルンに向かいあう。
 ザベゲルンの体は、シュスタークではなくカルニスタミアを向き、攻撃を仕掛けようとする。
「貴様の目的は余であろう」
「……」
―― 無視された!
 シュスタークが一人立ちしようが、ザベゲルンには付き合う筋合いはないので、考えた結果カルニスタミアの方を向く。
《まああっちの方が、弱ってるからな。それにあの異形も弱ってるし、放射線の臭いもないから異形自体エネルギー不足で、補給したんだろうよ。補給するなら弱ってる方が食いやすいからな》
―― 良く解るな

 えさ ぶそく で みごろし に する つもり なんだろう よ。うらぎりもの が いてくれて たすかる 

《人間には解らないけどな。ほら、早くどうにかしないと、餌食って強くなるぞ》
「余を倒すのが目的であって! うわあ! 無視されておる!」
 ザベゲルンの目的はラードルストルバイアが教えた通りで、まだ体力的にも充分そうなシュスタークを倒すためには、体力を回復させてくれる”物質”が必要だった。
《まったく……体貸せ》
―― お、おう。だがカルニスタミアには攻撃しないでくれよ
《知らねえ。場合によっちゃあ、攻撃するかもな》

 カルニスタミアに向かっていたザベゲルンの、視界の一つが濁った。何事かと濁った瞳を他の瞳がのぞき込み、また別の瞳が「この状況を作ったと思しき相手」を見る。
「くきゅくきゅくきゅ。つばツバ、はきかけられて、はきかけられてくきゅくくくく、どうだった?」
 無数の瞳に映る、目を見開き長い舌を出し、先程までの《インペラールヒドリク》の、皇帝然とした雰囲気など何処にもない物体に、触手は警戒を見せる。
「そのまま、ソノママ。せなかをせなかをむけてむけてむけてイルトいると、つぎはつぎはしょんべんかけるぜ」
 舌なめずりをするシュスタークの姿に、ザベゲルンがカルニスタミアから視線を外した。

―― これは……ザロナティオンに似ている。ザロナティオンではなかろうが、それに近いものだとしたら、まずいな

 ザベゲルンの触手をつかみ、ラードルストルバイアは瞳をえぐり出す。
「ねえ、これ。ネエこれって、あれ? あれなのか? 永遠? 永遠? それとも永久?」
 表情こそ変えないが、カルニスタミアも驚いていた。
 眼球をつかみ、シュスタークの眼球が右左と忙しなく動く。ビーレウストで見慣れている状態だが、不安にさせるには充分だった。
「食べてみたら解るのではないかなあ、ザロナティオンらしきもの」
「くくくく、シャロセルテじゃねえよ!」
 眼球を床に落とし、ラードルストルバイアは踏みつけて右足を擦るようにして前に出し、左腕を上げた。


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