繋いだこの手はそのままに −167
「これで時間を稼いで……と」
 ザウディンダルはシステム第五副中枢で一人、全艦に何度目かの”帝王の咆吼”を流すことに成功した。
 自分とカルニスタミア以外は行動が不能となることをしている理由は様々あるが、とにかく僭主の動きを止める必要がある。
「ここと、ここを壊して。こっちは直してと」
 ダーク=ダーマのシステム中枢は管理長官のカレンティンシス以外は知らない。これに関しては帝国宰相ですら解らない。
 システムのメイン中枢はかなり小さく《艦内スキャンシステム》には反応しない作りとなっている……とされている。
 その中枢と繋がってはいるが、そこからは中枢を逆探知できないのが「システム副中枢」
 これはダーク=ダーマには五つ存在し、その五箇所を繋ぐと五芒星を描くことができる。向かうための通路も五芒星を描いた線と同じ。それとポイントを通過する円の通路。
 特に円の通路はそれだけで独立している。
 その副中枢だが「完全停止」要するに破壊されてしまうと全てが消失してしまい、副中枢としての機能が失われる。これにシステムを復元するためには、ハードを整えた後に「長官自らが中枢からアクセス」しない限りは戻らない。
 副中枢の破壊だが、一つが破壊され機能停止となると残りの副中枢の権限が増す。
 五つのうち四つを破壊しきると、残った一つの「副中枢」は「中枢」とほぼ変わらない機能を有することとなる。
 僭主側の狙いはそれであり、ザウディンダルはそれを阻止する為に、先程から副中枢を行き来して、敵が壊した装置を直して、また敵に使われたくはない機能部分を破壊していたのだ。
 ダーク=ダーマに「管理者」が搭乗しているのなら手立てもあるが、管理者であるカレンティンシスは別の艦にいる。
 カレンティンシスが来るかどうかなどは、ザウディンダルには関係ない。
 「システム通信補佐」という与えられた権限と己の能力で僭主と戦う。その一点だけであり、それ以外のことを考える余裕などない。
 なによりも今のザウディンダルには、明確な敵が存在している。


「またエーダリロクに似た奴に、阻害されるだろうな」


 見た目がエーダリロクに似ている、ザウディンダルは”そっくり”とは感じなかったが、ほとんどの人が”そっくり”と言った相手が、システムに侵入しては破壊してダーク=ダーマ内のシステムの大半を支配していた。
「でも通信じゃなくて、放射線除去メインにするか。その場合、どうする。……エーダリロクの奴、何処にいるんだろ」

 副中枢への道は限られているので”そっくり”な相手と遭遇する率が高い。

 それらの事情を知ったリュゼク将軍やアロドリアスは”そっくり”を捜し、相手をしていた。
「将軍、そちらは?」
 二人がザウディンダルと別れて行動しているのは、ザウディンダルが《皇帝の剣》を持っているので”そっくり”な相手に先んじて動けることと、ザウディンダルは「小柄」な部類に入るので、防御装置付の空調ダクト内を、艦内でただ一人危険をある程度回避しながら行き来できるため、二人はザウディンダルの警備ではなく、補佐にあたることに決めた。

「おらぬなあ。何処へと……待て、アロドリアス!」
 二人部隊を率いながら、別れてはまた合流していたが”そっくり”ではない、ある人物を発見し先にこれを捕らえることにした。
「ケシュマリスタ王!」
 一人僭主を叩き殺している、ラティランクレンラセオ。
「デーケゼンか」
 強さに申し分のない男は余裕で敵を討っていた。
「陛下は」
 栗毛の美しい女は、ラティランクレンラセオを強い視線で射貫き、糾弾する。
「実は……」
「陛下はどこだと聞いているのだ」
「公爵ごときが、王にきいて良い言葉ではないな。貴様等の……」
「うるせぇえ! 陛下はどこにおわすかと聞いておるのじゃ! 手前の仕事は陛下をお守りすることだったのに、守れもせんかったのか! この屑人造人間がぁ!」
 二人に率いられていた者たちは、将軍の怒鳴り声と他家の王を容赦なく殴り飛ばした姿に、僭主と遭遇した時以上の恐怖を感じた。
 そうラティランクレンラセオは、黙ってリュゼクの言葉を聞いていたのではない。
 ―― 手前の仕事は陛下をお守りすることだったのに ―― の辺りで、リュゼクはラティランクレンラセオの顔を拳で殴り、床に這わせたのだ。
「儂の質問に答えろ。貴様、陛下が何処におわすのか解らんのじゃな。この下郎が」
 ”他王家の王など王とも思わぬ傲慢な気位の高さを持つ貴族たち”テルロバールノルの貴族は、影だけではなく表でもよく言われている。
 エヴェドリット王家が「シュスター・ベルレーの愛娘デセネアを強姦しても王の座に就いた。その戦争の才能に、皇帝は屈した」という伝説を好むのと同じで、テルロバールノルの貴族たちも、自らがそのように言われることを好むのは事実でもあった。
「陛下がどこにいるかは、解らん」
「そうか。アロドリアス、ケシュマリスタ王を連れて行くぞ。立たせてやれ。ついてきてもらいますぞ、人造王」
 ラティランクレンラセオはアロドリアスの手を払うこともなく、大人しく立ち上がった。ラティランクレンラセオは馬鹿な男ではない。「私にこんなことをして、ただで済むと思っているのか」などと愚かな言葉など吐きはしなかった。先を歩くリュゼクの揺れる栗色の髪を眺めながら、

―― もっとも厄介な相手に見つかってしまったようだね。これは本気で対応策を考えないと、僕の身も危ないな

 最悪の事態に遭遇してしまったことを認めた。

 カルニスタミアやヤシャルが「后殿下が危ない目にあっていた。指示していたのはケシュマリスタ王らしい」と言うのとは訳が違う。
 皇帝の警備責任者が敵の襲撃の最中、皇帝を警備していなかった。それを汚名を濯ぐため日々邁進し実績を重ね、信頼を勝ち得た王国筆頭の将軍が捕らえたとなれば、下手なことを言わなくとも進退問題まで発展する。

『本物かどうかを、カレンティンシス様に判断してもらわねば。あの”そっくり”の件もあるしのう』

**********


 ”そっくり”な相手に行動を制限されてしまったエーダリロクは、副中枢に向かうことを諦めた。当初はカレンティンシスからの「放射線をどうにかしろ!」という命令を受けて、副中枢の一つに向かった。
 どれか一つの副中枢に辿り着けたら、空調を完全に支配する自信はあったのだが、移動の自由が制限されていたので、
《用意がいいな》
「当然」
 エーダリロクは「万が一のための拠点」へと入り、作業を開始していた。エーダリロクのコードを奪った相手は、システム副中枢に何度も足を運んで「エーダリロク」の侵入を弾いている。だがそれ以外の所は、重要視しておらず割合自由に動くことができる。
 確かに重要な区画ではないが、何も出来ない区画ではない。
 現在エーダリロクがいるのは「隔離室」
 故障した機械が集められる場所で、先の会戦で暴走し近衛兵などにより破壊された「S−555」が、次の会戦までに”誤作動せず”使用できるよう改良するために、多数持ち込まれていた。
「あの混乱の後に、様々な機器を運び込んだ」
 エーダリロクはそれらを直すと同時に、用意しておいた付属品を設置し、動作プログラムを注入していた。
 S−555はもともと掃除用の機器なので、空調制御能力もある。拭いた時に塵が舞ったりすることを考えて、空気を吸い込み清浄化して放出するという、市販の掃除機にも使われている物。その機能を使い、内部に緩和装置を取り付けたのだ。
《だが何故、緩和装置なのだ? お前なら完全除去も可能であろう? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「それね。……俺はこの襲撃を知ってた」
《それは知っている》
「僭主側に異形がいることも聞いていた。でも后殿下の着衣は放射線防護”ではないのを使用する”ように指示を出した。理由解る?」
《解らんな》
「放射線を全艦にばらまかない用にする為だ。安全地帯を作るために、敢えてそうしてもらった」
《交渉か》
「そういうこと」
 僭主戦の全てを知るザロナティオンは、エーダリロクが言わんとしていることを即座に理解した。理解していることを問い質す余裕はないので、もう一つの疑問に関して尋ねる。
《どうして通信を回復しない?》
 エーダリロクが隔離室に辿り着いた頃、すでに艦内機能の大半は僭主の手に落ちており、ダーク=ダーマ内の通信も、他の艦への通信も不通状態になっていた。
「ああ、それね。その分野は俺の専門で、あんたの得意じゃねえもんな」
 エーダリロクの能力であれば、それも回復出来る筈だろうとザロナティオンは考えた。だがエーダリロクは此処で、緩和装置の装着と、プログラム注入の間に、携帯というには些か大きすぎる”葛籠”のような通信機を作りはじめた。
「こいつは通信機じゃなくて、通信補助機な。これだけじゃあ通信できない、通信機に接続することで、外部通信を可能にするもんだ。それでまあ、あんたに高く評価してもらっている俺の能力だが……通信回復は可能だし自信もある。だが勝負になる、それも持久戦」
《勝負?》
「僭主はダーク=ダーマのシステムを乗っ取るプログラムを組んで、実際に乗っ取った。このことから相手にも相当の技術者がいると見て間違いはない。そして恐らく、そいつはダーク=ダーマ内の機動装甲格納庫にいるはずだ。でもそいつに手を出さない」
《なぜだ?》
「あとで説明するよ。とにかく僭主側の技術者が乗り込んできて来ている以上、単純なプログラムじゃあ対応できないし、プログラム流しっぱなしで出歩くわけにも行かない。相手がこちらの出方を見て、組み直して来る可能性も高い。そうなると俺は居座ってその場でシステムと勝負し続ける必要がある。相手の構築ミスを見抜いて、こちら側から勝負する。嫌いじゃねえが、この場でその勝負をしている余裕はねえ」
《簡単に勝利することはできないのか?》
「勝てるかもしれないけれど、簡単に勝つのは無理だろ。ここまでシステムを乗っ取れる相手だ、最低でも俺と同等くらいと考えておくべきだろ」
《それでは帝国で相手をできるのは、お前だけだなエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「そう言ってくれて、ありがとよ。それで勝負するより上手く使った方が良い。俺が調べたところ艦内の通信システムは破壊されてはいないんだ」
《破壊されていないだと?》
「そう。通信システムを全て破壊していたら、俺はここで単独通信機を使って艦橋に持って行って”これで連絡取れ”って置いてくる」
《……妨害しているのか?》
「そういうこと。妨害というより、通常《外側》に向かう通信を《内側》に向かせてるって言ったほうがいいかな。そして《外部》からのコンタクトを受け取らないように、全てが閉じているんだ。システムを破壊していたら、こんな細工はできない。システムその物を乗っ取って、言葉はおかしいが有効利用しているんだよ。ダーク=ダーマの動力を破壊して機動装甲の動力を使用して、通信に逆作用するプログラムってわけだ」
《なんとなく解ったが》
「俺が作ってる補助機は、僭主が持って来たプログラムを使用するんだ。だから動力源になってる格納庫向かいたくないし、組み替えられても困るというわけさ」
《ほお……この短時間で、よくそんな仕組みを作れるな》
「特別な機能じゃねえ……って言うより、失敗作の有効利用だ」

**********


 いきなりベッドを持って乱入した帝国側だが、彼等には彼等なりの目的があった。
 ベッドを持ち込んで泊まらせて……というのもあるのだが、それ以上に安全性の確保のために、ベッドの中にリスカートーフォン公爵が持って来た、許可なく開発していたバリア発生装置を仕込んできたのだ。
 ロガを守る事も視野にいれているので、外部動力と組み合わせ連続稼動させることとなった。
 持ち込まれたベッドは、バリア発生装置とそれを維持する外部動力を覆ったものである。キャッセルは部屋から出る前にスイッチを入れて、軽く空に手を上げてポーリンことタウトライバの元へ向かった。
 それを見送った皇帝とロガは家の中に入った。それを監視映像で見守っていたデウデシオンと、
「さて、これでロガの安全も確保できたというわけか。室内の映像を出せ、クリュセーク」
 弟の一人クリュセーク。
 命令どおり、内部映像を出そうとしたのだが、
「閣下!」
「どうした? クリュセーク!」
「映像が映りません!」
「何だと!」
 急いで彼は機器の故障を探る。操作卓を変えたり透過映像用の衛星を変えたりと必死に作業をするが、画面は真黒なまま。
 そうしているうちに、一人の男が部屋に入ってきた。
「帝国宰相。大分前に渡したバリア発生装置だが、ベータ版だったために透視映像不可になることが判明した。だから、こっちに……」
 同じ形のバリア発生装置を持って来たリスカートーフォン公爵。
「……ザセリアバ」

 彼が愛という名の牢獄に直行させられたのは言うまでもない。

**********


 物理バリアに付随した透過機能遮断機能。遠隔画像撮影の透過機能も基本は”通信”
「こいつを”ちょっと”弄ってやるだけで、僭主の隙をつくことができる。通信機に繋ぐのは、僅かに残っている動力を拝借するためだ。僭主はシステムを乗っ取っている以上、通信機は完全に機能を失っている訳じゃない。現在通信を手に握っている僭主側は、これで状況確認なんかをしているはずだ」
《これは実用化されていない物だから、僭主も尻尾を掴み辛いというわけか》
「ああ。改良を任されたのは俺だったから、この原理に関しちゃあ完璧。まずは俺が試してみるけどな……テルロバールノル王にシステム管理者の権限を譲渡しろって言ってみる」
《なるほど。それと……お前先程から何を作っているのだ?》
 エーダリロクは既に通信補助機を作り終えて、もう一つ”なにか”を作成し始めた。
「あ、これ? こいつは補助機の存在を隠すための装置だ。僭主は俺の真の情報は知らないだろうが、技術者としての能力は理解しているだろう。となれば、俺が何もしないのはおかしいと感じるに違いない。そう感じて、通信システムに入り込んでいるのを見つかったら元も子もない。これは簡単な機能だから、すぐにブロックされちまう。だから誤魔化すために作った」
《外部連絡用の補助機?》
「理論が違うんだ。艦内システムを使うもんじゃなくて、小型艇を対象としてる。小型機の送信受信量はダーク=ダーマ艦橋に比べると”小さくて簡略化”されている。ダーク=ダーマは帝国軍の司令塔だから情報の送信受信量は桁外れだ。桁外れだから、一度捕らえられると逃げ出せない。でも小型の移動艇への情報量は小さいから見落とされる。むしろそれを見落とすようにしないと、乗っ取れなかった筈だ。この辺になってくると説明聞いても解り辛いだろうから省略させてもらうけどさ、俺はまず港を確保させて、小型艇で通信しろとカレンティンシスに知らせると共にシステム権限の譲渡交渉をする。権限をもらえたらそのまま中枢に向かうけど、もらえなかったら、通信補助機を持って艦橋へと向かって渡して次の行動にうつる。カレンティンシスは詳細を艦橋にいるバールケンサイレ大将に知らせるだろう」
 バールケンサイレ侯爵メリューシュカが艦橋にいることは”確実”だった。
 彼女ほどこういった場合に強い将校はいないことは、誰もが知っている。
《了承した》
「装置は背負って歩く。ヤバイ敵が出たらあんたに変わるけれども、装置は壊さないでくれよ」
《確約はしないが、最善の努力はする》
 プログラムが注入され、機能が搭載されたS−555改は空調ダクトへ次々と消えてゆく。その姿を見送り、
《それにしても空調ダクト、絶妙な幅だな》
 ザロナティオンはしみじみと語った。
「まあねえ」
 空調ダクトな内部を”十s以上のタンパク質”が通過すると、防御機能が働き回収する機能がある。強力な機能ではないが、人間ならば充分殺害することが可能。
 その程度の防御機能ならば、回避することが可能な人造人間の殆どが通り抜けられない作りとなっている。
《私であれば、簡単に通過できたのだが》
「あんたの体の大きさと能力なら、たしかに簡単だろうな」
《ところで、本当にここを通り抜けられる僭主はいないのだな?》
「いないとは言わない。異形で機動装甲がいるってことは幼児型がいてもおかしくはないからな。でもまあ、心配する必要はないだろ」
《なぜ?》
「いたとしたら、大宮殿を襲う部隊に入っているだろう。艦隊に幼児はいないから、目立ちすぎる。なによりシステムは幼児形態を見逃さないように組まれている。子供を連れ込んだりするのは、よくある犯罪だからさ。この性重犯罪辺りはメイン中枢が管理しているから、幼児型は除外してもいい」
《なるほど……》
 ザロナティオンは改良され走り出したS−555が消えていったダクトを見て、通れる人物に思い当たった。
《ザウディンダルはどうだ? あの女王の肩幅と腰回り、そしてあの運動能力であれば通り抜けられるのではないか? 事実何度か放送が入った所から考えると、それが最も適切のような気がするのだが》
 ザロナティオンの予想は半分は当たっている。
「あーそうかもな。防御機能切って移動してないだろうから、危険だなあ」
 エーダリロクとザロナティオンはザウディンダルが《皇帝の剣》を持って、垂直のダクトに指をかけて必死に移動しているとは考えもしなかった。

「激突しないでくれよ、ザウ」

**********


「ダクト狭ぇ……なっ! なに!」
 ザウディンダルは突進してきた改良S−555改を思わず受け止め、その勢で手を放してしまい、落下した先で防御機能の一つに巻き込まれ目的としていない場所へと落下してしまった。
「いてっ! げふっ……ここ、空調に混じった塵の……兄貴? タウトライバ兄!」
 片手に皇帝の剣、片手にエーダリロクに改良された清掃機を持ち、塵の山で足を失った状態のタウトライバを発見することとなる。
「ザウディンダル。私を艦橋に連れて行ってくれ」
「解った! さあ、背中に」

 ザウディンダルは生まれて初めてタウトライバを背負って、艦橋へと駆け出した。


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