繋いだこの手はそのままに −143
 深海の王とも呼ばれるケシュマリスタ王。
 機動装甲内でバラーザダル液に浸っているその姿は、深海の王の名にふさわしい。
 海とは違う色合いの液体に揺れる金髪。
 その男は画面を見て微笑む。
 シュスタークが背後に飛ばされ、突っ込んでゆく先にある敵砲撃は”皇帝を蒸発させるのに”充分な熱量を持っていた。
 ラティランクレンラセオは最大の敬意を持って、それを撃ち消滅させなかった。
 この場で栄誉の戦死をなさってくださいと、彼は微笑んだのだ。
 両性具有と共に塔に閉じ込められるよりならば、この場で戦死したほうがシュスタークの栄誉にもなると。
 それ以上に、ここまで軍績を上げられては、塔に封印しただけでは心もとない。ラティランが立てた作戦はあくまでも、普通の良い皇帝シュスタークの退位方法であり、単身で宇宙に出て銀狂の銃を二度も操り敵を撃った「軍事国家最高支配者の名に相応しい皇帝」用の作戦ではない。

―― 死んでください。私のために ――

 ラティランは微笑み、撃たなかった。だが皇帝は無事に回避するだろうと、自らに照準を合わせている射撃の名手ビーレウストが撃ち拡散させることも想定していた。
 ラティランに照準を合わせているということは、ラティランが撃ち落とせる範囲内の敵攻撃に反応できるということ。キャッセルやビーレウストと同じく狙撃の名手でもあるラティランは、それを知って無視した。
 ビーレウストはラティランの想像通りに動いた。
 クッション材撃ちだし用の銃から腕をはなし、攻撃用の銃でシュスタークが蒸発してしまうエネルギー波を撃ち、拡散させる。
 シュスタークは命は取り留めたものの、その衝撃で想定範囲外の方向へと飛び去った。
 ビーレウストが再びクッション材撃ちだし用の銃を構えた時には、すでに追える範囲にはおらず、出力を最大限に上げてビーレウストは固定を力任せに外して、飛び上がるも時は既に遅し。
 機動性にやや難のある、狙撃用に開発されているビーレウストの機体では追っても無駄。
 キュラとザウディンダルの「陛下!」との絶叫が聞こえてくる操縦部で、バラザーダル液を大量に飲み込み”深呼吸”して、
「手前! なんで撃たなかった! ラティランクレンラセオ!」
 怒鳴りつけた。
「遅れただけだ、イデスア」
「手前の能力なら、問題なく撃ち落とせた!」
「そんなに私を買い被るな、イデスアよ」
 ”陛下! 陛下!” と叫ぶキュラの声が、感情の赴くままに高まり、ビーレウストの聴覚に触る。そのため、通信を切りビーレウストは銃口をラティランへと向ける。
「なんの真似だ、イデスア」
「なんだと思う? ラティランクレンラセオ」

 シュスタークが放った二度目の銀狂の光は、敵巨大空母を八隻打ち抜き、航行不能状態とした。

**********


 最高速度のまま、想定外の区域に飛んでいったシュスタークを、キュラは追った。
 速さとしては追いつけるが、一定の距離をもち通過地点を予測してクッション材を撃ち出すのは、不可能に近かった。ほぼ遅れてしまい、クッションとしての役割を果たせたのは二度だけ。
 ビーレウストのフォローが一度も入らなかったシュスタークのスピードは、キュラではとても追いつけない。
 味方の艦を破壊しながらつき進み諦めずに追うも、限界がある。
「?! もうクッション材切れ……ちきしょう!」
 焦って撃ち出したために、クッション材が切れてしまった。こうなっては追いかけるしかできない。
 最後の砦となる、ザウディンダルの邪魔にならないように、そして敵からの攻撃を阻止するように注意を払いながら追いかける。

―― 煩ぇ! 任務も果たせなかったくせに!
―― 仕方あるまい。私とて最良を尽くした

 ラティランの落ち着いた声と、ビーレウストの激高した声。
 ビーレウストがシュスタークを撃ち逃がした理由。そしてラティランが取った行動。
 その全てが理解出来るキュラに、過度の出撃がたたり眩暈が襲いかかる。
 ”あのタイミングでは”ラティランは罰せられない。
 そして今、ラティランに銃口を向けて怒鳴っているビーレウストも罰せられることはない。彼は、フォローには回れなかったが、それ以上に重要なシュスタークの危険を無事に回避することに成功した。
 ラティランに銃口を向けて、怒鳴っていようが、彼の属する王家の特性から判断すると「戦場で気が立っていた」で、ザセリアバ王自ら動き、事なきを得る。

『陛下! 陛下!』

 キュラの元に届く、ザウディンダルの叫び声。
 泣き出しそうな声が、ほぼ絶望を伝えてくる。
 シュスタークがもしも行方不明となり、そのまま死亡となったとしたら、フォローに回った三人の誰かが処分される。
 その誰かは、十割の確率でキュラティンセオイランサ。
 必死に叫び、シュスタークを追い続けているザウディンダルは、両性具有であるという一点で、処刑されない。
 ラティランはシュスターク排除と、同時に暗い仕事をさせてきたキュラの処分を一気に行おうとしていた。
「なにも……こんな時に……」
 撤退用に待機していたザウディンダルと、自爆用に待機していたビーレウストの倍以上出撃していたキュラは、眩暈と頭痛そして過呼吸に襲われながら、キュラはザウディンダルのいる区域へと進路を取ろうとするが、機体の平行すら取れない状態に陥った。
「陛下……陛下!」

 キュラティンセオイランサがどれ程叫ぼうとも、シュスタークの通信機から返事が返ってくることはなかった。

**********


 まだ”ほぼ最高速度”状態のシュスタークが迫ってくる事実を前に、ザウディンダルはクッション材を普通に撃ち出しては、クッション材が尽きてもまだ安全確保速度に到達しないことをはじき出し、対処方法を必死になって考えた。
「……陛下ご自身で止まっていただくしかない!」
 ザウディンダルは布陣全体を見て、最後尾にある艦隊へと誘導するように、クッション材で減速させつつ、角度を変えることにした。
「陛下の経路を3.6度、球体角度0.59の方向へ移動させる。このルート、もっとも障害物が多いから……それにぶつかって止まってもらう」
 乱暴で、ほとんどシュスターク任せの作戦ではあるが、ザウディンダルに出来る作戦行動の全てだった。
 高速移動する210pの”宇宙で最も高貴なる的”の方向を微調整する。
「落ちつけ。な、落ちつけ。……うおああああ!」
 ザウディンダルは雄叫びとともに移動を開始する。
 撃ち出すクッション材は、ザウディンダルの思った通りに上手く配置されない。上手く配置されないだけなら良いのだが、下手に方向を変えてしまう。
 高速移動するシュスタークを捕らえられたのは、三回。角度調整は最後の最後で、
「無理だったか!」
 足りなかった。
 キュラと同じくクッション材が切れてしまった銃を投げ捨てて、ザウディンダルも声を上げてシュスタークが進んだと想定される区域を、キュラと共に捜索するも、その姿はどこにも確認できなかった。
「陛下、陛下!」

**********


 暗闇から解放されたダーク=ダーマの艦橋に、続々と飛び込んでくる「機動装甲同士の罵りあい」と、
『陛下! 陛下!』
『陛下! どこにお出でですか! 陛下』
 シュスタークを捜す声。
「アルカルターヴァ公爵! どうなっているのだ!」
 通信が回復しタウトライバ、彼としては珍しいほど声を荒げて「王」にむかって問いただす。
『捜索中じゃ』
「早くしろ!」
 歯軋りをする音が響いたが、親征において副司令官の地位を預かっているタウトライバに対し、カレンティンシスは、
『解っておる』
 それしか言わなかった。
 怒鳴るよりも、皇帝の捜索が先。
 異形化したままのタバイは「陛下」と叫ぶザウディンダルの声を聞きながら、このままではデウデシオンが簒奪すると頭を抱えていた。
 シュスタークの身に起こる”もしも”のこと。
 それは、兄であるデウデシオンが破滅へと向かう道の一つでもあった。破滅を回避するために、タバイはザウディンダルを殺さなくてはならない。兄から生きる術を奪わなければならなず、そうしなければ帝国が再び内乱に陥る。
 次の「内乱」で人類は滅亡してしまうくらいに、未だ帝国は疲弊している。
 それを阻止するためにも、内乱を引き起こす兄を葬り去る必要があった。直接戦っては戦火が拡大し、内乱に発展する恐れがある。それらを回避するために、デウデシオンにとって”簒奪まで考える存在”である、
「陛下! へいかあ!」
 ザウディンダルを殺害するしかなかった。
 シュスタークが死亡し、別の皇帝が立つ。それはザウディンダルが封印されることを意味する。

 ザウディンダルが封印された時、デウデシオンが取る行動。それは間違いなく簒奪。帝国の全てを用いて、簒奪という名の内乱を引き起こす。
 敵は次の皇帝の父である、ラティランクレンラセオ。
 容易に攻め勝てる相手ではない。だがデウデシオンは、易々とは敗北しない。それが内乱を大きくする。
 デウデシオンが内乱を肥大化させる能力と才能を持っているからこそ、タバイは彼から生きる意義を、簒奪する理由を奪い去らなければならない。

「シュスターク陛下! 返事を! レビュラの問いに答えてください!」 

 唯一の救いは、ザウディンダルが殺害された時点でデウデシオンが生きる気力を失うことが確実であること。
 タバイの妻子殺害程度まではできても、帝国を戦火に巻き込むほどの気力は残らない。自暴自棄となりタバイの妻子を殺害した時点で、生に対する意欲は霧散してしまう。
 デウデシオンを「生」に縛りつけ、立たせ生かしているのはザウディンダル。その弟で妹が消え去った時、彼は”ごく普通の復讐者”として、殺害した相手の家族の命を奪うことはできても、帝星を滅ぼすことすらできない。
「陛下!」
 誰よりもそれを知っているタバイは、兄に簒奪者や争乱者などの汚名を着せないためにも、ここまで苦労してきた彼の人生を無にしないためにも、殺害しなくてはならないのだ。
 ”妻子は殺害されることは覚悟の上。それで被害が最小限に食い止められるのなら”そう自らにタバイは言い聞かせるが、感情はねじ伏せられない。
 殺す前に離婚したらいいのだろうか? 離婚しただけで、それらを阻止できるのか? 異形は一人苦しむ。

「へ……陛下は……陛下はご無事ですか?」

 震える小さな声に、タバイは我を取り戻し、耳を傾ける。
 総司令官の椅子に座っていたロガは、周囲から聞こえてくる声に震えながら、シュスタークの生死を問う。
 周囲から聞こえてくる、怒鳴りあいや、シュスタークを求める声から、状況が最悪なのは理解しているも、
「早く陛下の安否を。それに……よって、わたし……私にも、下すべき命令が……」
 膝も踝もしっかりとくっつけ、握り拳を作った手を太股の上に置き、歯を食いしばりロガは問う。
 ”退却命令”を出さなくてはならないのかと考えると、ロガは涙腺が緩み視界が歪む。
 泣いてはいけないと、必死に涙を堪えて、観ても無意味に等しい前方の画面を見つめ続ける。

 一人のダーク=ダーマ艦橋通信兵が振り返った。
「通信です」
「誰に」
 タウトライバの問いに、通信兵は真剣な面持ちで答えた。
「シス侯爵ボーデン閣下に」
「ボーデンに?」
 タウトライバが答える前に、ロガが声をあげる。それを返事として、通信兵は頷き徐々に現れる文字を読み上げた。
「読み上げます。シス侯爵ボーデン閣下の旗艦ロシナンテ、艦長イズモール少佐より。―― 本艦に来客在り ”よって” 本艦名の変更依頼 希望変更名……ダーク=ダーマ!」

 皇帝の旗艦、その名はダーク=ダーマただ一つ。

「ご無事だそうです! 陛下はご無事だそうです!」
 通信兵の絶叫に周囲は静まりかえり、誰もが互いに顔を見合わせて、同時に立ち上がり歓喜の声が上がった。―― 皇帝の生還 ―― である。

第九章
≪狂帝王  私は彼方に永の祈りを捧げます だから……≫


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