繋いだこの手はそのままに −117
盤上で 《女王の駒》 と共に並ぶ 《王の駒》 に過ぎぬ。動かしているのは死者皇帝

《マルティルディの末王に語った ”盤上で 《女王の駒》 と共に並ぶ 《王の駒》 に過ぎぬ。動かしているのは死者皇帝” とはお前らしくない語り方だな、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
− 俺がそんな台詞思いつくわけねえだろう。詩の授業一回目で親父が ”お前はお前の才能を伸ばせ” って打ち切ったくらいに、俺にはそんな文章は思い浮かばないんだからよ
《ならば誰の言葉だ?》
− 陛下の父君、皇君。あの人は詩人って名乗ってるからな。今まであの人の自作の詩を聞いた事はないが、あの語りからすると、詩人らしいことは出来るんだろうよ
《異形のわりに、随分と優雅な趣味を持っているのだな》
− 一応王子だしさ
《それにしても、マルティルディの末王の叔父の警備は万全か? あの男が最後の砦だ》
− それだが、俺の記憶を探ってくれ
《……ほう! あの面白みのないフューレンクレマウト(帝国宰相)がこの策を!》
− 大筋はあの人が立てたモンだろう。あの人の弟の一人、キャッセルってのが……この人だが、この人、子供の頃に皇王族に玩ばれてたんだよ。玩んだ奴等は未だ生きている。今の今まで生かしておいて、そしてこの作戦だ
《ははは、面白いな。イダンライキャスもこれを狙ったのでろうかなあ》
− さあねえ。ただ違うのは、イダンライキャスはアンタの力を見誤った。だが帝国宰相は、あの皇王族の強さを見誤ってない
《たしかに。それにしても皇君……》
− 一回下がってくれ
《了解した》

 《銀狂》 との会話を打ち切り、エーダリロクは通信を受け取る。
『よお、エーダリロク。ちょっと話あんだが、良いか?』
 挨拶も無しに話掛けてくるビーレウストと話をはじめる。
「勿論良いけど。どうした? ビーレウスト」
『えーとよ……なんか変な信号とかレーダーに、引っ掛かたりしてないか?』
 自分でも調べたが、何も見つからなかったからお前に聞こうと思ってと口にするビーレウストの表情に、エーダリロクは危険を感じとった。
「……どうしたんだ。詳しく教えてくれよ」
『えっとよ……進軍方向、要するに前線の方から、変な信号が送られている気がするんだ。微弱な信号が、俺の出来の悪い受信機に引っ掛かったり、引っ掛からなかったりしてるような、むず痒さってのが』
 ビーレウストは聴覚が優れている。
 それは純粋な聴覚だけを指す訳ではない。彼は空気の伝播だけではなく、あらゆる 《信号》 を受信出来る。
 空気の伝播以外は全く気にしていない時に、偶然にキャッチする事も多い。あちらこちらで通信が行われている空間に居ると、割と良くある事なのだが今は場所が場所だった。
 百年近い戦争で、周囲には惑星も恒星もなく、暗闇だけが広がる空間で、自軍のものではない何かを感じる。
「いつ頃からだ?」
『はっきりと思い出せねえし、なんかこう……俺の気のせいのような気もするしよ』
 戦争も死も恐れる事を知らない男が、額に手を当てて困惑した表情を浮かべて、力無く語る。
「ビーレウスト、お前さ、后殿下がクッキー焼いた後に礼を言いに行っただろ、その時から聴覚上げてたよな」
『ああ、でもあれは何か別……いや、あの辺りからか?』
「最近最も強く感じたのは何時だ?」
『えっとよ……この時刻だ』
 ビーレウストが言った日付は、答えにはならない答え。
「……」
『どうした? エーダリロク』
「ヤバイかも知れねえ」
『何が?』
「お前が今言った日時、俺は陛下と后殿下に付き従って、機動装甲格納庫に向かう途中だった。その途中で機動停止している汎用型自動清掃機S-555と遭遇した。万が一のことを考えて、同行していた団長閣下に調査の隔離室に放り込んでもらったんだが、そいつが突然動きだした。何もしてないのに元に戻った」
『原因は?』
「不明だ。今開いてみてるんだが、このハード自体には何処にも不良点はない。だからあるとしたら」

 ビーレウストが前方から感じ取った何かが関係しているのだとしたら? それは 《戦局に重大な変化》 が訪れようとしている可能性が高い。

 二人は口にはしなかったが、互いを画面越しに凝視しし、
『機動装甲に入って前方を探ってみる』
 戦争前の 《戦争》 に突入した。
「無理するなよ」
『しねえよ……なあエーダリロク』
「どうした?」
『答えなくても良いし、答えてもらうと困るんだが ”巴旦杏の塔” ってのは、何か信号を出す機能があるのか』
「……何か聞こえたのか?」
『はっきりとは解らない。恐らくよ、最近で言うところの ”ビシュミエラの歌声” なんじゃねえかなあと』
「後はないか?」
『ねえよ。それじゃあな』
「ああ。何も無くてもデータは送ってくれよ」
『俺は面倒だから、言われなくても送るぜ』

 通信を切った後、エーダリロクの内側にあった疑問が溶解されはじめた。

《エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。二つのことを同時に考えられるとは恐れ入る》
− S-555は敵からの何らかの作用により停止した。だが確認している暇はねえな
《そうだな》
「団長と副司令に会う。大至急だ!」

 エーダリロクは、タバイとタウトライバに大至急と呼びつけ、二人が来る間、分解したS-555の欠片の前で腕を組み 《銀狂》 と話続ける。

《 ”巴旦杏の塔” から信号が発信されているとは知らなかった》
− 俗称として最近はビシュミエラの歌声、あんたには正確に ”ライフラの祈り” と言うか……まさかライフラがかつての能力を?
《それはあるまい。ライフラの能力は 《神殿》 が封じた》
− でもよ、実際の話として ”ライフラの祈り” は存在するんだよ。俺たちの中にはアレを強く受け継いだ 《ビシュミエラ》 が混在しているわけだから
《であろうな……エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、今まで何の関係もないと思っていた事が、もしかしたら重要な意味を持っているのかも知れないぞ》
− 何が?
《 ”ディブレシア” は皇帝だ。そしてディブレシアは先代ルクレツィアの末王に ”断種” を与える。皇帝の許可を受けて、断種の管理を任されていた皇君は、先代ルクレツィアの末王に断種を与えた。これに間違いはないな?》
− ねえな
《ディブレシアはお前の親友の伯爵が ”断種” であり ”最大聴覚” を持っている事を知っているな》
− そうだろうな。特にビーレウストは兄の帝君が異形だったこともあって、異形系に近いことは、生まれる前から推測できてただろうよ。最大聴覚も断種も生体兵器、要するに異形の特性だ
《使おうと考えなかった……とは、とても思えないのだが。伯爵だけではない、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、お前もだ》
− まあ、俺はある程度ディブレシアの手の内にある存在だろうが、ビーレウストを何のために?
《あの伯爵を育てた帝君が、皇帝の支配を受けていないと?》
− …………
《どうした? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
− もしかして! もしかして、そういう事か!
《解ったのか!》
− ディブレシアは何で 《真祖の赤》 を作ろうとしたんだ!
《それは……》
− ディブレシアにはある程度の自信があったんだよ!
《自信? まさか真祖の赤を作る自信があったと?》
− そう考えるのが妥当ってか、それ以外ない! 真祖の赤ってのは神殿情報を書き換えられるんだよな!
《そうだ》
− ディブレシアは皇帝として全ての情報にアクセス出来き、全てに目を通した形跡があった
《間違いなく、帝国開始以来全ての情報に目を通した》
− ディブレシアはほぼ母体だった。だが唯一有していなかった能力が 《真祖の赤》
《……》
− ディブレシアはその唯一の欠落を技術によって補い、疑似真祖の赤になったんだ
《どういう事だ?》
− 陛下は巴旦杏の塔の中に <ライフラ> と ≪ディブレシア≫ の二つが存在すると言った。ライフラは管理で、ディブレシアは監視だ。あの塔のディブレシアは何を監視しているんだ?
《……》
− 監視していたもの、それは帝国全てだ
《監視するというのは、監視しなくてはならない事柄があって初めて監視であろう。秩序無く進む無限の未来の何を監……まさか!》
− その ”まさか” だ。帝国はザウディンダルが巴旦杏の塔に登録された時点から今まで、ディブレシアの意志に従って歩いてきたんだ! 全てディブレシアが敷いた道!
《あの女、ライフラの祈りを……まさかその様に使うとは……》
− 陛下に自分のことを探らせないってのは、神殿にあるアレを処分させないための行動だったんだよ! 帝国全てに掛けられた、ディブレシアの強大な暗示を解けるのは、陛下ただ一人! やられたよ、陛下が復位皇帝だからこそ、その方法が使える。いや、この方法を採用するために叔父貴の子を皇太子にしたんだ
《だがあの女、お前も神殿に立ち入れる事は知っているのに、何故手を打たぬ》
− 神殿警備は皇君だ。皇君は……あんたが言った通り、強いんじゃないのか? もしかしたらあんたよりも
《神殿の番犬ときたか……あの皇君、詩人と言ったな》
− ああ
《”盤上で 《女王の駒》 と共に並ぶ 《王の駒》 に過ぎぬ。動かしているのは死者皇帝” これはあの男が全てを知っていると仮定すると、納得の行く言葉だ。あの男は死者皇帝のゲームの審判と考えるべきだろう》
− 皇君、あの人は何を考えているんだ
《知らんが……今、帝星に残っている者達は、一人残らずディブレシアの意に沿って動く。あのフューレンクレマウトの小僧の策も、策に至る憎悪の道筋も全てディブレシアの描いたもの》
− ……
《どうした? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
− もしかしたら、皇君……ヴェクターナ大公オリヴィアストルは、自分自身が負ける事を望んでいるのかも知れない
《奴隷娘の存在か》
− そうだ。俺のシナリオにも、あんたのシナリオにも居なかった。恐らくディブレシアの未来を指示する声にも、皇君が渡されたその書類にも奴隷后ロガの存在はない。皇君は支配を受けているのか、いないのか……

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 ディブレシア、貴女はとてもチェスが強かった。皇帝である貴女は何時も白の駒で、我輩はいつも黒の駒だった。
 勝てた事は無かった。
 だから貴女はこの勝負も、自分が勝つとお思いだろう。
 我輩も二年前まではそう思っていた。我輩の負けは確実だと思っておりました。

**********

「話があると聞いたが」
 呼び出しに応えて現れた二人に、エーダリロクは危険を告げる。
「大至急だ。前方から今まで受信したことのない信号が微弱ながら確認された」
「何だと?」
「だがどこからもその様な報告はあがって……」
「ビーレウストが気付いた。通常ではまだ計測できないんだろう。だが一時的に強く発した形跡がある。これから調べるから協力してくれ」


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