繋いだこの手はそのままに −102
「長兄閣下の命令を受けて妃がテルロバールノル王城に向かいウキリベリスタルを暗殺しました。必要ないかと思いまして報告しておりませんでしたが、あの男は長期に渡り何らかの《毒》を盛られているようでした。あの時は殺害し、情報を集めるのに必死で、他者が放った暗殺者に関して調べることはありませんでしたが……今調べましたら……」
 デウデシオンは両性具有の秘密を得るために、暗黙の了解で次の管理者と決まっていたエーダリロクが世間を納得させる年齢になる前にウキリベリスタルを殺害する必要があった。空白の期間を設けて、その間にウキリベリスタルが持っている両性具有に関する《ディブレシアとの間で結ばれたと思われる》情報を得る為に。
「何があった?」
「《断種》が《断種に至らない程度》の量で継続的に投与されておりました。あの男の身体を蝕んでいた毒、それは 《種族滅亡用生体兵器》 現在帝国に “生存” する種族滅亡用生体兵器は唯一人。長兄閣下ならばお分かりでしょうが、出所は皇君オリヴィアストル以外に考えられません。ディブレシアが皇君に命じウキリベリスタルに与えていたとしても……ですがディブレシアの死後も摂取していた形跡があります。皇君がウキリベリスタルを暗殺する必要性は皆無なので、誰かが暗殺の為に皇君より貰い受けていた……と考えるしか」
 その生成プラントである “体” から取り外し機能を抽出してしまうと四日しか保管のきかない滅亡用の遺伝子。
「《種族滅亡用生体兵器》は適量であれば毒にならん。それは私が最も良く知っている。私が断種する際に皇君より適量を貰った……」


カレンティンシスとカルニスタミアは十一歳離れている。そしてビーレウストはカルニスタミアの三歳年上


「待て、デ=ディキウレ。ウキリベリスタルの妃は現ロヴィニアの縁で両性を持ち合わせている可能性は低い。両性具有がウキリベリスタルから現れたのだとしたら、ウキリベリスタルは自らの中にある両性因子を殺す手段にでるのではないか?」
 ロヴィニアには無性のガゼロダイスが存在することから、顕在化する両性具有の因子を持っている可能性はきわめて低い。
「両性具有の因子は消せるものではないと」
「あの男の才能を持って、皇君が所有する《毒》を用いて一時的に消したのではないか? その毒を得る為にあの男はディブレシアに従ったのではいか?」
 第一子カレンティンシスが両性具有。この時点ではまだ自分と王妃どちらの因子が顕在化したのか判断がつかなかった。それから五年後ロヴィニアで無性が誕生する。ロヴィニアには現時点で顕在化する両性具有因子が無い可能性が高い。
 それから考えると持っているのはウキリベリスタル自身。
「両性具有を一人抱えているならごまかしもきくだろうが、二人もいては隠し通せないだろう。それと平行してどちらが原因であっても両性具有ではない子が生まれるようにするための研究をも進めていたら。早い段階で断種にたどり着く可能性が高い」
 両性具有を最もよく知っている男は、知識がある分足を取られ、もがくように上手く立ち回る方法を考えた。
「ですが断種にたどり着いたとしても、確実に与えてもらえると解らなければ」
「……最悪、神殿から情報を引き出して与えると言われたのかもしれない。あの神殿には作り方が残っている……」
 デウデシオンは手元にある、神殿に皇帝以外が唯一立ち入ることの許される《国璽》を握りしめながら呟く。
「運が良かったのか悪かったのかは解らないが、デファイノス伯爵が誕生し 《断種》 を手に入れることが可能となり自らに投与して第二王子を作る」
 デウデシオンの言葉にデ=ディキウレはキーボードを叩き、頷きながら画面を回す。
 映し出されていたのは、テルロバールノル王太后がカルニスタミアを妊娠したあたりの行動。
 第二王子が誕生してからは関係が回復した王と王妃だが、それ以前の関係は冷ややかであり、王国から帝星へ呼び寄せることがなかった。だがそこには確かに「王妃がシュスターク親王大公殿下の立太式典に参列」とあった。

 シュスタークが皇太子として冊立されたのは一歳二ヶ月の頃。その翌年にカルニスタミアは誕生している。

「年代的にちょうど良い」
 四日しか保たない《断種》と、王妃の帝星入り。そして翌年に誕生した《単一性》のカルニスタミア。
「《種族滅亡用生体兵器》を長期に渡り服用する必要性はないと思うのですが?」
「それは別にいるのだろう……ウキリベリスタルと《断種》を繋ぐとしたら、与えられるのは管理者の皇君のみ」
 ビーレウストの持つ機能は抽出すると四日で死滅だが、他の女性に子供を産ませると、その子たちは性別に関係なく、自然生殖どころか人工生殖でも子供を成すことができなくなる。
 種族殲滅用生体兵器、それがビーレウスト=ビレネスト。
 この他王家をも滅ぼすことができる兵器をエヴェドリットの占有にすることを他王家は危険視して、彼の後見人であった帝君の死後も帝星預かりとなった。
「帝君亡き後 《種族滅亡用生体兵器》 ことビーレウストが宮殿に残ったのには、それ相応の取引があったらしい。皇君は何時も通り聞いているのかいないのか解らない状態で誤魔化していたが……」
 エヴェドリットが王家の兵器を預けている、それ相応の見返りが何かあるはずだとは思っていたが、ここに来て重なりはじめた。
「取引とは」
「私たちの体には多かれ少なかれ両性具有因子が含まれている。それを除去する実験体にウキリベリスタルを使ったのではないだろうか。あの男は一度自分の意志で《断種目的以外》で使っているために、体が不調を訴えても公表はしないだろう」
「もしかしたら、ウキリベリスタル自身が服用を続けていたのかもしれませんよ。第三子、第四子……いいえ、王女を作るために」
 ウキリベリスタルの中に顕在化する両性があるのならば、片方の性を排除して欲しい性別の子を得ることも可能となる。帝国には王女がいなかった、そしてテルロバールノルは三代続けて皇帝の外戚となっていない。
 彼が自らの体を使って王女を作りだそうとしていてもおかしくはない。そして 《断種》 を与えてリスカートーフォンが得をするとなると、兵器に関係してくる。


 新兵器・機動装甲。それを操る能力を持つ両性具有因子


「ザセリアバは両性具有の必要な部分だけを欲しているはずだ」
 身体的には弱くなる両性具有因子、その大きな原因は両方の生殖器を持つこと。
「あの男が私たちの計画に乗ったのも、一重に “リスカートーフォン一族の帝国騎士” を量産したいがため。だがあの一族は身体的な強さを捨てるつもりもない。両性具有の “性” の片方を抹殺し定着させることを考えているとしたら?」
「都合良くいきますかね?」
「カレンティンシスのことが解らなくても、私たちの体には必ず潜在的な両性具有因子がある。それを制御できるとしたら……何よりもウキリベリスタルにはカルニスタミアという完成品もある」
 先代テルロバールノル王は皇帝の妃を得る為に、そして王家から顕在化する両性具有を消し去るために。
 リスカートーフォン一族は新兵器の開発のために。
 王家が王家の利害のみで動く、それは複雑に絡まり合い何を求めているのか当事者ですら解らなくなるほど。
「あれも絡んでいそうだな」
「“あれ” とは?」
「セゼナード公爵だ。あの天才…… “銀狂殿下” は両性具有を自由にしようとしているのかも知れん」
「ああ……」
 銀狂殿下の存在を知るデ=ディキウレは兄の言葉に軽く頷いたところで、再びザウディンダルから通信がはいった。

**********

「許可おりたぜ、ビーレウスト! 兄貴がタバイ兄とタウトライバ兄に連絡してくれてるから大丈夫だ!」
 帝国宰相からの許可を得て、
「よし、固まる前にオーブンを届けるように連絡いれる」
 ビーレウストは急いで連絡を入れる。
『いいよ、直ぐに作って持っていくから待ってろ』
 オーブン制作を依頼されたエーダリロクは笑顔で “直ぐに造って持って行くから待ってろ” と言って通信を切った。
「手先が器用なやつがいてよかったな」
「本当に」
 ビーレウストとザウディンダルはこうしてエーダリロクが来るのを待っていたのだが、

 手先は器用ですが、頭の中は若干器用ではありませんでした

 目の前に現れた物体に全員怪訝な表情を浮かべる。
「エーダリロク、これなに?」
 時間的にシュスタークの警備担当責任者となったキュラがエーダリロクに「何時ものように」話しかける。
「オーブンだぜ、キュラ」
 かけられた方も何時ものように答えた。
「天板何処に置くの?」
 エーダリロクよりも先に到着していたので、これから陛下が “ロガが作った(と勘違いしているに近い)クッキーを食べる” ことを知っているキュラが尋ねると、
「天板なんていらねえよ。両側から良い具合に焼けるようになってるし」
 奇妙な答えが返ってきた。
「これでどうやってクッキー焼くの?」
「クッキー? なにそれ?」
「えっとさ、君は何を焼くつもりでコレを作ったの?」
「人」
「…………」
「ビーレウストがオーブン使うって言ったら、人だろ? 人。人ってか、同族焼いて食べるんじゃねえのか? ザセリアバとシベルハムと一緒に同族焼いて食うからオーブン作ってって言ってきたんだと思ってさ。どんなタイプでもこんがりだぜぇ! 甥と実兄と仲良く食えよ! 双璧公爵家も混ぜてやったらどうだ! あいつ等も良く食うだろ!」
 ビーレウストを誰よりも良く知っている爬虫類系童貞天才は、彼の為にオーブンを作った。
 それはエヴェドリット特性を考慮した、見事なまでの『人焼きオーブン』
 人以外は全く焼く事のできない、まさに人を調理する為のみに作り上げられたそれを前に、
「エーダリロク……俺、お前のこと愛してる……でも、ちょっと泣きたいかも……しれねえ……」
 あまりに自分のことを理解してくれている親友の愛情に、ちょっと涙がでそうなビーレウストの図。
 その涙は複雑な心の内からもたらされる物だ。
 戦うことしか考えられない空白の多い心の持ち主ビーレウストは、こうやって親友に複雑な感情を植え付けられ混乱してそれを乗り越えて人間らしくなってきた。
 こんな混乱で成長できているのかどうか? こんな混乱で成長する必要があるのか? は別としても、ビーレウストに感情をわき上がらせるのは確かにエーダリロク。
 二人から少し離れた場所で、カルニスタミアは腕を組んで人焼きオーブンを眺めながら、
「持つべきものは真の友だな」
 心の底から『仲良きことは美しきことかな・間違い編』を褒め称えていた。二人のこの状態は何時ものことなので、ビーレウストの混乱にも結構慣れているカルニスタミアだった。
「本当に、真の友だ……あのさ、カルニスタミア」
 カルニスタミアの隣で二人のやりとりを見ていたザウディンダルは、組んでいる袖を申し訳なさそうに引っ張りながら見上げてくる。
「何だ? ザウディンダル」
「あのさ……」
 大きな目で見上げてくるザウディンダルに微笑みかけるカルニスタミア。
「あのさあ……」
「ザウディンダル! 早く帝国宰相閣下に連絡いれて、オーブンが間に合わないから代案と許可をもらってきなよ!」
 頭の血管が切れそうなほどに怒っているキュラが、少し聴覚が痛むほどの怒声を上げる。
「わ、解った! キュラ。またな! カルニスタミア」
 駆けだしていったザウディンダルを見送った後、カルニスタミアは苛ついているのとはまた違う、怯えているかのような雰囲気のあるキュラの肩に手を置き声をかける。
「どうした? キュラ」
「僕がどうかしたのか?」
「何か怖いことでもあるのか? 怯えているようだが」
 カルニスタミアの言葉に視線を逸らし、
「僕が何かを怖がっているとして、君は何かしてくれるのかな? 何もしてくれないならそんな質問すべきじゃないよ」
 早口にそして小声で言いはなった。
 聞き取りづらい程のキュラの小声に、本当に何時もと違うことを気にして重ねて尋ねるも、
「煩いな。僕、陛下のところに行くから」
 手を払いのけられてしまった。
「言ってくれなけりゃ、解らねえに決まってるだろが。ザウといいキュラといい、儂は陛下以外には見つめられただけじゃ解らねえよ」
 やれやれと肩を回して、オーブン製作方法から何故か何時もの爬虫類講義に変わっている二人の会話を遠目に眺め、ザウディンダルが代案を持ってくるのを待つことにした。

 そのころ問題の皇帝陛下と后殿下は冷蔵庫(クッキーが一本しか入ってない)の前で、タイマーを見ながら会話をしていた。
「もう直ぐ固まる時間だな、ロガ」
「そうですね、ナイトオリバルド様」
「楽しみだな」
「そう言われると緊張しちゃいます」
「あ、そうか? で、でも楽しみなので……え、でも、あの」

 シュスタークとロガは純粋に次ぎの行程を楽しみにしていた。周囲がそんな事態になっているとは知らないで。普通はそんな事になっているとは考えないから仕方ないのだが。


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.