繋いだこの手はそのままに −98
余はとても眠い。昨日夜更かししてしまった為、非常に眠い。
夜更けに目を覚まして隣をみたらロガが眠っていた。小さく丸まっている体と、可愛らしい寝顔を見たら……眠るのが惜しくなり、気がついたら、
『おはようございます、ナイトオリバルド様。早いですね』
朝だった。
『あーうーああ。偶にはな』
何時もロガに起こしてもらっている余が先に起きていることに驚いておったが……すまん、ロガ。寝顔を見ていてずっと起きていた……ボーデン卿が《何しておるんじゃ、小童め》と言っているような気がして……言えなかったが、可愛かったなあ……寝顔。
夜寝ていないので、当然なのだが眠くなってしまった。
「それにおきまして……」
只今、兵器についての説明を受けているのだが、非常に眠いのだ。椅子に座り何度も脚を組み直して、手元にある《目が覚める飲み物》を飲みつつ……人類発展の歴史は眠気との戦いではないだろうか? そんなこと考えつつ、頑張っておるのだが……説明されているものが何なの解らないで、瞼が! 瞼が!!
欠伸をかみ殺そうとして、舌先まで噛んでしまって痛いが、それに波のように眠気が覆い被さって……兵器や通信の何とかは難しくて理解できない……せめてしっかりと寝ておけば、ここまで眠気が余の身を嘖むこともなかったであろう。
だが後悔はしていない! ロガの寝顔は可愛らしかった! いやっ! 起きていても可愛らしいぞ!
無駄ではないかなあ……と思ったりもするのだ。
必死に余に説明してくれるが、その……理解できないのだ。頑張って聞いておるのだが、ほとんどが初めて聞く用語で、その……生あくびが頭の奥で破裂する。頭の位置が維持できない、ぐるぐると回っているような気もするが、眠るなシュスターク! 寝不足の原因がロガと取られたら、ロガの立場が悪くなる!
余は徹夜しようとも、何時も通りの仕事を完遂するのだ! 理解できんでも最後まで話をき……首が “がくん” ときた。
「陛下、休憩なさった方がよろしいのでは?」
「え?」
椅子の右側に立っていたランクレイマセルシュが声をかけてきた。
「ロヴィニア王の意見に私も同意いたしたく」
左側に立っていたタバイもそう言ってきた。
「大丈夫だ……ぞ」
必死に耐えていたつもりだったのだが、皆に知られていたようだ。余の方に視線を向けているカレンティンシスも、説明用の画像の切り替えを担当していたザウディンダルも心配そうにこちらを見ておる。
ザロナティオンは極度の睡眠不足から発狂したが、余はたった一晩だからそんなに心配するな……
気分転換にと立ち上がろうとしたのだが、眠さから足がふらついてタバイに抱きとめられる始末。
「陛下」
寝不足のせいにしておるが、実際はしっかり寝ていてもこの状況は変わらなかったような気がするぞ。話が本当に難しくて……皆頭が良いなあ。余は何が何だかさっぱり解らん。
「あっ……」
ザウディンダルが小さな声を上げて近付いてきた。
「陛下、濡れますよ」
ふと見ると、余が体勢を崩した際に、眠気覚ましの水のはいっていたコップが倒れて床に転がっていた。残っていた液体も当然余の足下を濡らしておる。
膝をついて自分が濡れるのも顧みずにマントを抱きかかえてくれている。
「レビュラ!」
そこに大声を上げて杖を持ったカレンティンシスが近付いてきた。
ザウディンダルを叱ろうとしているのか……許可なしに余に近づけるのは、王くらいのものだからな。タバイ等の警備責任者はその都度 “近寄ることをお許し下さい” と申請してくる。ザウディンダルは先ほどまで余の警備だったので、ついつい近寄ってきてしまったのだろう。
本人も “しまった” といった表情をしている。
カレンティンシスが杖を振り上げた、振り下ろす先はザウディンダルか……ザウディンダルも叩かれる事をしたと理解しているのか、逃げようとはしない。
余はタバイの身を払い、カレンティンシスの杖で殴られた。
「陛下!」
「申し訳ございません!」
余の腕を杖で殴った形になったカレンティンシスが、杖を床に置き膝をつこうとするが、
「立て、アルカルターヴァ」
余を殴った杖をタバイに拾わせ、
「アルカルターヴァも最古の王家の王として、また貴族を束ねる長官として儀礼に厳しいのは解るが、今回のザウディンダルのことは余に免じて許してやってはくれぬか?」
その杖を受け取って、カレンティンシスに差し出す。頭を下げて両手で恭しく受け取ったカレンティンシスは、
「このアルカルターヴァ、陛下のお言葉に異議などございません。儂こそ両性具有に対し、差し出がましい事をしでかしてしまったことを此処にお詫びさせていただきます」
両性具有にやたらと力を入れて言い放って、周囲が硬直したぁぁぁ。
「あ、うあああ。べ、別にその……いや、なあ」
確かに余の前で両性具有殴ったら、大変だが……そのうわあああ! ザウディンダルは身が硬直しているし。
余はザウディンダルを背中に庇うようにして、カレンティンシスの前に立つと、
− あの王様だけ女の人なんですね! −
ロガの言葉が甦ってきた。ロガが初めてカレンティンシスに会った日……
≪もう一人の女王のことを知りたいのですか? それは三十五歳以下の金髪の持ち主で 実弟が存在します≫
巴旦杏の塔<ディブレシア>の言葉
「カレンティンシス」
帝国の金髪と言えば間違いなくケシュマリスタの、人狂わす波打つ黄金の事を指している。
「はい」
「お前幾つになった?」
「三十四歳ですが」
三十五歳以下だな。実弟もいる……まさか、まさか……
「……」
《私》はもしかして、知っているのではないか? 知っていることが余に伝えられていないとしたら?
「何か?」
「ん? 次のお前の誕生日に、余から新たな杖を贈ろうではないか。テルロバールノル王の証、重ねてこの帝国皇帝として与えよう」
テルロバールノル王の証は『杖』
四大公爵の新当主はまず、帝国で皇帝に公爵位を叙爵されてから領地に戻り、即位式を行う。基本的はそれで終わりだが、慣習というか書かれていない部分に即位式に皇帝が参列し、その際に新王への贈り物を用意する。
それが『王』の証となり、晴れて公爵にして王となるのだ。
騒ぎで余もすっかりと目が覚めたので、また説明を聞いていた。
クリアな思考回路だが、元々凡庸なる余にエーダリロクの作った機器の内部回路の説明など解るわけもない!
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