繋いだこの手はそのままに −96
「さあ……あ、イヤリング落した!」
 エーダリロクが語っていない事を迂闊に自分が語るわけにはいかない。
 転がってゆく帝君の遺品のイヤリングを見ながら、ビーレウストは実兄の言葉を思い出した。《戦争以外で判断に迷った時はセゼナード公爵に聞きなさい》
 通常の人間関係を築く能力の低さを懸念した実兄が、ビーレウストに重ねて言い聞かせた言葉。幼い頃は反発も覚えたが、成長するに従って実兄の言葉は正しかったと彼は感じていた。……爬虫類に関しては除外して。
 両性具有についてエーダリロクが教えていないのだから、自分が教えない方が良い……感情を食い殺し、蒸し暑い室内で冷や汗を拭う。
「儂が拾う」
 ビーレウストが震えている事に気付いたカルニスタミアは立ち上がり、隙間に入り込んだイヤリングに手を伸ばす。ビーレウストが震えるのは特に珍しいことではない。突然わき上がってくる殺人の衝動に震え出すことは良くある。この状態から暴れ出すことも多く、それをカルニスタミアはよく捕らえて薬品を投与し落ち着くまで押さえ込んでいる。
 今も簒奪に関する話をしていたので、それから殺すことに囚われたのだろうとカルニスタミアは考えた。
「あ、いや。俺が自分で取るよ」
「それほど震えていたら無理じゃろ」
「いーや、自分で取るって!」
 二人でそんな押し問答をしているうちに、腰に巻いたタオルが外れた。男二人、それも良く裸を見たこともある間柄なので全く気にしないで、もみ合っていた。
「取ってやると言っておる」
「俺が取る!」

「デファイノス伯爵! ……貴様等何を!」

 カルニスタミアは誰も立ち入るなと命じていたのだが、その命令を無効にする人物が現れる。
「兄貴?」
 サウナ室に怒鳴り込んで来たのは、カレンティンシス。
 実弟の旗艦に馬鹿特攻をかけてきた王子に怒り、ザセリアバ王に文句を言うも『特攻するために存在する機体だから、特攻すんだろうよ』と意味がわかりたくもない返事しか返ってこない事にも怒りを覚え、デファイノス伯爵に直接文句を言おうとしたところ「ライハ公爵殿下が誰も取り次ぐなと……」副官のヘルタナルグ准佐が申し訳なさそうに答える。
 そこで元々高く設定されていないカレンティンシス “カルニスタミアに対する我慢の臨界点” が一気に突破し、ローグ公爵を連れて実弟の旗艦に乗り込んできた。国軍最高司令である自国の王が側近を引き連れ、顔をまっ赤にして乗り込んできては、他の者達にはどうする事も出来ず案内して扉を開くしかない。
 その先にあったものは《床に座り込んだ全裸の王子二人。それも他国の王子が儂の弟王子に抱きしめられるような形で、何故か震えている》
 二人の王子にしてみると「儂が取る! 俺が取る! でもみ合っていただけ」なのだが、カレンティンシスにはそのように映らなかった。ぎりぎりと歯軋りの音を立てた後に見当違いな叫びを上げる。
「なぜ男と……男と! ま、まあ両性具有ではないからある程度は譲歩してやるが、男と! 男と付き合う場合でもしっかりと手順を踏め! 馬鹿者! まずは儂に報告だろうが!」
 拾ったイヤリングを装着しながら、ビーレウストはすっかりと震えが収まった。
「馬鹿は兄貴じゃ」
「貴様!」
「なんで儂がこんな、殺人狂と付き合わなけりゃならねえんだ」
 ビーレウストも ”こっちだってお断りだ” と口を挟もうとしたのだが、それよりも早くカレンティンシスが爆弾を投下し蒸し暑いサウナ室を凍らせる。
「お前の趣味の悪さは、あの忌々しい両性具有のレビュラで実証済みだ!」
 何もこの状態でその名前を口にしなくても……ビーレウストですらそう考えるのだから、言われたカルニスタミアはもっと気に障る。事実ビーレウストが表情をうかがう、カルニスタミアの機嫌は急激に悪化しているのが一目で解るほど。
 この場に残ることは敗北を意味すると、ビーレウストは出入り口に陣取っている何時も完全正装の王様カレンティンシスの脇をすり抜ける。
「じゃあな、カル!」
 もちろん全裸で。
「待て、ビーレウスト。一応王子の訪問は見送るまでが礼儀だ」
 礼儀作法に厳しい家柄で育った王子は、一人で去ろうとしているビーレウストを見送るために追った。もちろんこちらも全裸で。
「待たんか! 二人とも!」
 全裸でカレンティンシスから逃走を図った二人に向かって、逃げられた王は怒鳴りながら追いかけるも、完全正装の重みと元々の身体能力の低さで、直ぐに二人を見失う。だが諦めることをしない王は、見えなくなった二人を追い続ける。
「プネモス! この方向だな!」
「はい! そのように報告が入っております」
 王のマントを持ち走りやすいように援護しながら情報を集めて王に伝える忠実なる側近は、余裕の走りだった。
 プネモスも身体能力はカルニスタミアやビーレウストには劣るが近衛兵なので、
「あの……はぁ……ばか……はあ……弟と王子め」
 必死に走る王に無言のまま付き添った。従者が余裕で返事をしては、王が気分を害するだろうと。
 正装の重みであえぎながら走る王とは正反対の、正真正銘身一つで艦を駆け抜ける王子二人。あまりにも正真正銘過ぎて、男の象徴の居場所が悪く、股間に感じる風の冷たさに何時よりは早く走れないのだが、彼等は隠さないで疾走している。
 王族や貴族は体を他人に洗わせるので、あまり裸を隠すことはしない。だが配備されている平民や奴隷は、普通は隠すものと教えられているので、見て良いのか悪いのか? 悩みながら王子二人を見送るしかなかった。
「ライハ公爵殿下!」
「ヘルタナルグ准佐」
 カルニスタミアの側近、有能な女性国軍佐官は持ってきたマントを投げる。それを受け取りビーレウストに投げつけ、
「では道中、気をつけてな」
 挨拶をした。
 ビーレウストは “全裸にマント” という何処に出しても恥ずかしくない変質者格好になったのだが、
「ありがとよ。それと食糧庫を使う際には呼び出すから、用意しておけよ!」
 全く気にしないで、訪れる際に使った突撃艇に乗り込む。周囲にいた新兵は “それで帰られるのですか?” と思ったが、慣れている人たちは何も表情を変えていないので、当たり前なのだと敬礼をする。
 たとえ全裸にマントとイヤリングだけであろうとも、帝国の重鎮であり王子なのだ。
「ビーレウスト! 手袋を忘れているぞ」
 操縦席のガードが閉まりかかる際に、カルニスタミアは手袋のはいっている箱を滑らせた。それを受け取ったビーレウストは手を振って、バック発進して自分の旗艦へと帰って行った。帰るというのは、自分の旗艦に突撃するということなのだが、見送った艦隊側にとってそんなことはそれほど問題ではない。
 飛び去った突撃艇を見送っている自分たちの全裸の指揮官の存在に比べたら、そんなものはなきに等しい。
 カルニスタミアの女性は劣情をかき立ててしまう、男性の理想をそのまま表したような肉体美を前に、部下達は言葉を失っていた。
「……はー……うあ……カ……カルニス……タッ……ミア」
 やっとの思いでカルニスタミアに追いついたカレンティンシスは、開いている移動艇の射出口から望める星空を向かっている実弟の後ろ姿に見惚れた……全裸だが。そんな実兄の思いなど知らない 実弟は腕を組みながら振り返る。
「なんじゃ」
「……き、貴様……なんでそんなに……チンコ立派なんじゃ!」
 酸欠の息の下から叫ぶ実兄の言葉に、
「普通だろ」
 実弟は “割合” 普通の答えを返した。
 周囲のことなど全く気にしない王族兄弟は、そのままの状態で話を続ける。
「うっ、生まれた時は、いまの儂の小指よりも小さく、可愛らしいチンコだったのに!」
 ぷるぷると震えながら小指を立てて己の手を掲げる王に、誰もがなんと声をかけて良いのか解らなかった。
 “回顧録にしても酷すぎる。弟王子との仲が悪い理由の一端はこれなのか? いや仲が悪いから公衆の面前でこの回顧録なのか?” 下々の者には理解不可能な会話の幕が切って落とされた。
「生まれた時はそれでも構わんだろうが、今の儂の体に兄貴の小指サイズのチンコが付いてたら、意味ねえどころか、治療もんだろ?」
 “確かに。いやあ、それにしてもご立派になられました、カルニスタミア様。このプネモス嬉しく思います。たしかに、カレンティンシスよりも立派ですからねえ……”
 今にも倒れそうなカレンティンシスを支えながら、カルニスタミアの事も生まれた時から知っている側近のプネモスは小さく頷いた。
「んぎゃどぎゃ……ちょっとチンコでかいからと言って、いい気になるなよ!」
 まるで自分の性器は小さく、それを気にしていると言わんばかりの、意味不明な怒鳴り声だが周囲の者達は身じろぎ一つせずに王と王弟を無心で見つめていた。
 無心でなければ、吹き出してしまうその状況は、
「なっちゃいねえよ。大体チンコの大きさごときで優越感に浸るほど、アホじゃねえよ」
 容易に改善されることはない。さらに、
「貴様ぁぁぁ! ……あいるでがぃおしあろ……チンコ! みしゅもしゅろでっでええぃうぇええ! チンコ!……貴様! ……貴様ぁ! ……」
 前述のカルニスタミアの言葉で王の全てが臨界突破してしまい、実弟と側近以外には「チンコと貴様」以外聞き取れない言葉を、酸欠になるのではないか? と誰もが心配になるほど口から吐き出していた。
「チンコは良いが、服を脱いだ方がよろしいのでは? 汗が額から噴き出していますよ? 王」
「全裸でチンコ丸出しの貴様に言われたくないわ!」
「王がサウナ室に押し入ってこなけりゃ、そして今もすぐに解放してくれたら、儂だってこの場所でチンコ丸出しにしてねえよ!」



 家臣の目の前で、全裸と酸欠で「チンコ! チンコ!」連呼している二人は、間違いなく帝国最古の王家の王と王弟である



− その日の射出口管理担当者の日誌 −
 王殿下は服を脱がれ、王弟殿下は服を着られた

 チンコについては何も触れられていない


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