繋いだこの手はそのままに −89
『銀河帝国皇帝宇宙空間流出未遂事件』を受けて、
「貴様という男は」
「……」
「儂のほうを向かんか!」
「……」
 テルロバールノル王弟は、兄王の旗艦ブリッジで叱られていた。兄であるカレンティンシスが怒ったところで、堪えるような男ではない。涼しげな顔をして自分を見下ろす弟に、
「貴様ぁぁぁ! あんなバカ王子共とつるっ! ……つるっ! ……つるっ! ……つるむのは身分上、仕方ないとして! 貴様までバカになってどうする!」
 吃りながら怒りを露わに、顔を真赤にして叫ぶ。
 普段は全く吃ることのないカレンティンシスだが、弟を怒るときは感情が前に出すぎて何時もこうなる。
「……」
 自分の榛色の髪を払い、再び腕を組んであらぬ方向を見る弟に、益々怒りが湧き上がり火がつき倒れかける。それを必死に側近であり、入浴以外の場で唯一体を触ることを許されているローグ公爵プネモスが支える。
「だっ! うあ! がっ! あっ! でっ! ああ!」
 ブリッジにいる者達はそれを見て『年上女房と年下夫の痴話喧嘩』と一瞬思ったが、それを振り払った。
 銀河で最古の王家の儂な王様に対して女房など、思っただけで殺されると。
 怒りに我を忘れかけているカレンティンシスのブリッジに緊急連絡が入ったのはそんな時だった。一方的に開いた通信に、宙に映し出されるモニター。その向こう側に居たのは、
『おい! カルニスタミア!』
 癖の強い真紅の髪を持つ、サド伯爵と名高いエヴェドリット王族。
「アジェ伯爵? どうしたのじゃ?」
 アジェ伯爵の肩越しに後ろを見たカレンティンシスとカルニスタミアは、一瞬だけ視線を合わせて再び画面に注目した。

― エヴェドリット王旗艦ブリッジ ―

「遠投な」
「ああ、遠投だ」
 皇帝が宇宙に流出しかけたので “一応” 叔父王子を叱るためにブリッジに呼び出した甥王。
 だが理由を聞いて、
「まあ、そりゃ仕方ないだろうな」
 どうでも良さげであった。
 彼らは戦争の一族、鍛錬中の事故や、武器試験の際の死亡など、全て自己責任。“死んだヤツが悪い” “避けられなかったのが悪い” そして極めつけは“その程度で死ぬくらい脆い身体でエヴェドリットに生まれてきたのが悪い” という認識。
「そういう事。足並みそろえる為になんか、罰しておけよ」
 例え相手が皇帝であったとしても。
 そして懲罰に関しても、他の王家や帝国に恭順している素振りを見せる為におざなりに行われる。
 この王家が帝国に絶対服従しているとは誰も思ってはいないし、思われているとは思っていないが体面というか『付き合い』程度で行う。
「そうだな。懲罰金請求しておくから払えよ」
「わかった」
 そのくらいだった。
 皇帝が宇宙に流出しかけたことに関しては……
「それでデファイノス」
 此処からが、エヴェドリットの本当の懲罰である。
「何だ? ザセリアバ王」
「遠投はお前がトップだったんだろうな?」
 だがコレに関しては、色々と言いたいことがあった。身体能力で、他の一族に負けるのはエヴェドリットとして許せない。
「いいや、トップはカルだ。やっぱ、カル強ぇ……っ!」
 だが、ビーレウストは「テルロバールノルの歴史上最高の身体能力」を所持しているカルニスタミアに負けた。
 彼らは負けたことを隠す性質はない。戦闘能力に関して偽装した報告を行うのは、続く戦いにおいて勝機を失うことになりかねないので。
「貴様、あのひ弱なテルロバールノルに負けやがったのか? それでも、エヴェドリットか!」
 だが《それは、それ》であり、《これは、これ》なのだ。
 一族のトップに立つ、凶悪なまでに強い王はビーレウストを殴り飛ばした。
 壁に半分埋まった状態から立ち上がったビーレウストは、勝てないことを知っているのに、
「うるせえ!」
 ザセリアバに笑顔で突っ込んで行った。

― 再びテルロバールノル王旗艦ブリッジ ―

『どうしてくれるんだよ!』
 その結果、現在エヴェドリット王の旗艦ブリッジは叫んで暴れる王と、殴られて瀕死になりながらも笑って突っ込んでゆく王子と、止めに来た筈なのにいつの間にか殴りあい始めている、シセレード公爵とバーローズ公爵の跡取り息子が大暴れ。
「どうにもならんが」
 総員が退避したブリッジを眺めながら、カルニスタミアはアジェ伯爵に当然の答えを返す。
『別にお前のところは、勝っても負けても叱られるんだから、黙って空気読んで接待してくれよ。ウチの弟は勝たないと、笑って殺されかけるんだから、面倒なんだよ』
 赤い髪を振り乱しながら叫ぶアジェ伯爵に、
「確かに勝ったところで……」
 それは悪かったと謝ろうとした時、
「うるさいぞ! アジェ! ふん! 負けてざまあないな! 身体能力だけが売りのエヴェドリット王家が!」

 先ほどまで実弟を叱っていた王が、勝ち誇ったように叫ぶ。

“カレンティンシス様、カルニスタミア様がエヴェドリット勢に勝って嬉しかったのですね。解ります、解ります” 背後から押さえている忠臣ローグ公は一人、王の心中を理解して同意していた。王族兄弟並に空気は読めていないが、王の心中だけを考える、真の忠臣でもあった。

『おいおい、アルカルターヴァ。あのなあ……うぉ! あっ……痛ぇ。ああ、もうやめた! 我も参加する』
 吹っ飛んできたビーレウストに直撃され、画面から見えなくなったアジェ伯爵シベルハムの参加宣言を最後に、エヴェドリット側からの通信が途絶える。
 通信システムに誰かが突っ込んで、装置自体が破壊されたのだろうと、眺めていたテルロバールノル側の人々は思った。
「テルロバールノル王よ。戦争前にエヴェドリット軍が壊滅するかもしれんぞ」
 正確には「軍」というよりも「指令官」だが。
 戦争巧者の指令官たちが死に絶えると、戦線に多大な影響が出るな……とカルニスタミアは思いながら、画面の消えた空間を眺めていた。
「し、知ったことか! そ、それで貴様はあのデファイノスに、本当に勝ったのか?」
「勝ったさ。ビーレウストと儂なら腕力にははっきりとした差があるからな」
「ま、まあ。それだけは褒めてやろう。褒めるのはそれだけであって、失態を帳消しにするものではないからな!」

 弟を素直に褒めることのできない、カレンティンシス三十四歳。

 実兄から褒められた記憶が皆無に等しいカルニスタミアは、当然兄の心のうちなど解りはしない。解っているのは、王の背後に控えているローグ公爵だけ。
「解ってい……ん? 今度はなんだ?」
 何時まで怒る気なんじゃろう……と溜息を付きかけたとき、再び通信が入る。
「どいつもこいつも! 正式な手段を取らずに儂の旗艦に通信を入れる礼儀知らずが!」
 再び怒鳴りだす、ヒステリー王。
 やれやれといった雰囲気で、形だけ耳に指を差し込んで煩いと表現するも、実兄はそんな事は全く眼に入っておらず、突如現れた無礼者を睨みつける。
『ライハ公爵!』
 現れたのは “外見的判断だけでカルニスタミアの実兄と言われたら、100人中98人は信じる” と言われている、
「これは、これは団長閣下」
 近衛兵団団長イグラスト公爵タバイ=タバシュ。
『近衛兵はエヴェドリット旗艦に集合だ。乱闘を止めるぞ! 早く来い!』
 皇帝陛下をお守りするべく進軍に従った近衛団長はエヴェドリットの殺戮の宴を止めるべく、従っている “エヴェドリットを止められそうな” 近衛兵を投入することを決めた。
 お前たち、一体何と戦っているのだ? と突っ込みたくなるが、それはあえて無視。
 それだけ言うと、団長はカレンティンシスに挨拶もせずに通信を切った。平素ならば、立場上と自らの胃腸の弱さからこんな非礼なことはしない団長のタバイだが、いまはそんな事を言っていられない。
 握りこぶしを震わせて “庶子如きが……無礼者め……” と呟いているカレンティンシスに、
「行ってもよろしいかな? 王」
 元凶であるカルニスタミアは許可を得て、
「早く行って来い!」
 エヴェドリットの宴を止めに走った。

― ロヴィニア王旗艦ブリッジ ―

(えっと、あれは?)
(見んじゃねえよ、新入り。そして退役しても喋るんじゃねえぞ)
(は、はい)

 エヴェドリットの殺戮の宴をとめる力のない近衛兵にあたるエーダリロクは、こちらも兄王に叱られていた。
「お前、あの外装が幾らするのか解っているだろうが!」
 彼は皇帝流出事件に直接関与していないが、遊ぶ為の武器を与えたことから発生した破損が兄王の怒りに触れたのだ。
「脆弱性を暴露したんだから、いいじゃねえかよ」
「脆弱性の暴露はシミュレータで計算するだけでいい!」
 名より実を取る王は、皇帝が怪我をしていたら実弟を叱るが、怪我も無く終わったので流出事件に関してはほとんど触れなかった。彼にとって触れるべきなのは、帝国側から回された空母の修理費用のロヴィニア王家の負担分である。
 三王家で分割して支払うので大した額ではないのだが、金額云々よりも、無駄な出費が嫌なのだ。
「壊れちまったモンは有効に使わないと、勿体ないだろうが」
「破壊しなければ良いのだ。何の為にお前に金を自由に使わせて、シミュレータ開発させてやっていると思っているのだ? 破壊するならシミュレータ開発予算を打ち切るぞ」
 ロヴィニア王は吝嗇ではあるが、使うところには本当は使いたくはないし、惜しみもするがそれをぐっと飲み込んで惜しみなく資金を投入する。
「うわ、ごめん。あ、でもさあ、良い話ってか色々と話あんだけど」
 ロヴィニア王国で最も金を使っているのは、このランクレイマセルシュではなく弟のエーダリロク。
 技術開発に関しては天才と名高い弟が、資料を提示し納得ゆくものでありロヴィニア王国の発展に寄与するもであれば幾らでも金を与える。もちろんエーダリロクのもたらす『結果』により見返りも桁違いだが。
 研究開発と遊ぶことに一生懸命なこの弟を、国から追い出してはいるが国内領地の代理統治から資産運用までロヴィニア王は一手に引き受けていた。
「……ついて来るが良い」

 ブリッジから二人が去った後、そこは奇妙な空気が支配していた。

「……」
「新入り、言いたいことは良く解るが……王子が石抱いて正座したまま移動することは、退役したら忘れろ。いいな」
「はい」

 ロヴィニア王子エーダリロク、兄王の隣で正座をして石を抱かされていた。
 『……ついて来るが良い』と歩き出した兄王の後ろを、正座して石を抱いたままの状態でついていった。指と足のつま先だけで王子が王のあとをついてゆくその姿は、異様に滑稽だが奴隷や平民、貴族如き笑う自由はない。
 それを口外する自由も。
 一般的感性の人々を困惑させている王子。
 王城や宮殿にも出入りする者達は、エーダリロクのこの姿は見慣れたものであった。ランクレイマセルシュ王の弟に対する最もスタンダードな懲罰であり、成果を上げることが多い反面、失態も多い王子は、この懲罰を良く受けていた。
 エヴェドリットの暴動を止めるほどには強くはないが、身体能力は高いと言って間違いない彼は慣れて石を抱いた正座状態で兄王と並んで歩ける。

 それほど石抱き正座しているのか? という突っ込みは無しだ

 “ケシュマリスタ容姿なんだけど、なんかなんか……” なロヴィニア王と、完全なヴェッティンシィアーン容姿を兼ね備えている石抱き正座王子は《移動しながら》会話をする。
「何だ?」
「陛下の前でアルカルターヴァが両性具有を叱責するように仕込んでくれるか?」
「その程度、容易いことだが。何かあるのか?」
「ケスヴァーンターンが両性具有の性別逆転用、妊娠まで可能な薬品を調合した痕跡を掴んだ。陛下は両性具有の存在を知った。あの方の性格からすると、目の前で両性具有が叱責されたら間違いなく止める。あの貴族庁長官から両性具有を守ったら、あんたは……何をするべきか解るだろう?」
 見た目は可笑しいが、内容はかなり危険であった。
 ロヴィニア王としては皇帝が両性具有に手を出そうが何をしようがどうでも良いのだが、エヴェドリット王との間で『レビュラ公爵』を使った取引を極秘で行っている。もちろん両性具有管理者である実弟にも一枚噛んで貰っている。
「良かろう。道理でケスヴァーンターンめ、お前を正妃艦隊の責任者に推すわけだ」


「まあなあ。それに関しては、マルティルディの末に私から牽制しておこう」


 ロヴィニア王は足を止めた。実弟がこの言い方をする時は、非常に危険だと知っている。
「……御自分で牽制されるのかな?」
「ああ」
 まだ《彼》ではないことを確認して、
「それでは。……もう石降ろしていいぞ、エーダリロク」
 《彼》を解き放つ。《彼》を繋ぐことはロヴィニア王にはできない。
「やれやれ。んじゃ、兄貴よろしく頼……何で手を出してるの?」
 ただ、まだ完全に《彼》ではないので、ロヴィニア王も何時ものロヴィニア王だった。
「金寄越せ」
「何の金だよ!」
「忘れたのか? いつもの抱き石レンタル料」
 懲罰を与えられた相手に、自前の懲罰道具のレンタル料を求める、それがロヴィニア。
「あーもう。今度から抱き石持参してこようかな」
「石を抱かないという選択肢はないのか、エーダリロク」

 エーダリロクは兄が何時も持ち歩いている端末にカードを差し込み、レンタル料を払って去っていった。

「ランクレイマセルシュ殿下」
「リグレムスか。エーダリロクは開戦する前にあと二回は石抱くハメになるだろうから、しっかりと保管しておけ。これがその駄賃な」
「はい」
 側近は抱き石と共に実弟を見送るロヴィニア王が少しだけ頭を下げたように感じたが “そんなことある筈もない” 直ぐに考えを払拭し、ありがたく金を受け取って抱き石を運ぶよう部下に命じた。
 王が王子に頭を下げることなどない。王が頭を下げるとしたら、相手は唯一人《皇帝》


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