繋いだこの手はそのままに −86
 彼等の皇帝陛下の恋愛進行状況を初期から具さに観察している五人は、
「進軍開始から二ヶ月半。毎日同じベッドに寝ているのに、一切触れない。立派なお方だけどさ、少しくらい何かしても良いんじゃない?」
 あの奴隷衛星に居たときから、一行に進歩のない二人を前に少しばかり焦りを感じていた。
 既に連れて帰ってきてから半年以上が経過しているのに、未だ進歩なし。
 同じベッドで腕枕をして眠るまではすぐだったのだが、それ以上はなし。最近は入浴の際も一緒にしているのだが、ロガよりもシュスタークの方が照れてしまうような状態。体を洗われることに慣れているシュスタークが、緊張してロガに体を流されている姿は見ている方も緊張してしまう。
「相変わらずの偉大さに、手も足も出ねえ」
 言うまでもないことだが、シュスタークがロガに触れようとする素振りは一切ない。
「帝国宰相は何か言っているか? ザウディンダル」
「知らねえよ、カル。兄貴……じゃなくて帝国宰相は、このことに関しちゃあ俺じゃなくてミスカネイア義姉に任せてるから」
「そりゃまあ、后殿下の懐妊となりゃ后殿下付きの医師にあたるイグラスト公爵妃に聞くだろうよ。そうじゃなくて、積極的に押せとかはないのか?」
「ない」
「そもそも帝国宰相、男女の仲取り持てるような人でもないし、そんなイベント思いつく人でもないし」
 思いついたイベントは悉く失敗しているしな……それを口にしなかったのはザウディンダル以外の彼等なりに、あの絶望的に恋愛下手な帝国宰相を憐れと思ってのことである。
 帝国宰相としては、そんな同情は欲しくもないだろうが。
「やっぱ当て馬作戦が一番かな。幸い女たらしと、貴公子がいるから何とかなる……かなあ。ビーレウスト、カルニスタミ、確りと当て馬になりなよ」
 キュラの言葉に、ビーレウストが苦笑いしながら言い返す。
「当て馬ついでに陛下の嫉妬買って殺されたらどうすんだ」
「知らないね。そんなの自分でどうにかしな」

 当て馬作戦といっても、宇宙で最も高貴な種馬シュスタークが、そんな策に反応するかどうか?

 ロガは前線に向かうまでの間、帝国宰相が組んだ正妃になる為のカリキュラムをこなしている。帝国宰相の組んだカリキュラムは、知能よりも立ち居振る舞い、要するに体験の方に重点が置かれていた。
 ロガはでしゃばるようなタイプでもなく、大人しいので公共の場で自ら発言することはまだまだないだろうと判断し、どうしても人目に触れてしまう振る舞いを先に学ばせることにした。 
「后殿下、ハイヒールで歩けるようになりましたね」
 その第一段階は、ハイヒールを履いての美しい歩き方。
「はい!」
 身長の低いロガをシュスタークと並ばせた時に、如何に差がなく見せるかを帝国宰相は考えロングドレスとハイヒール、つばのない筒状の高目な帽子を宝石で飾り、それにヴェールを付随させたものを “奴隷正妃” の正装として認めさせるように動いている。
 だが認められても、ロガがそれを着用してある程度動けなくてはならず、そのためにはロガに練習してもらわなくてはならなかった。
「20cmヒールは辛いよな」
 210cmのシュスタークの隣に立つには、この先のロガの身長の伸び率と、帽子とヴェールで誤魔化せる高さを計算にいれても最低20cmのヒールのある靴でなくてはならない。
「だが、それでも陛下とは30cm以上の差がある。もう10cm高いヒールの靴を履いて自由に歩いていただければ良いのだが」
 底があるのかないのかも解らないような靴しか履いた事のなかったロガにとって、厚底で膝の辺りまである底の厚い編み上げのロングブーツは、最初何なのかすら解らないものだった。もちろんロガが一人で履くのではなく、足の調子や成長を診察する医師から、足のデータを毎日とって靴を改良する技術者に、履かせること専門の者が足元で頭を下げ挨拶されて “履かせることを・触れることを許す” 形である。 
 そんな日々ロガの成長に合わせて作られる靴を履かされながら、毎日歩き方を練習していた。
「まだ成長期だから、10cmくらいの誤差はねえ」
「これでも充分苦労してたぞ」
「まあなあ」

 そんな中、ダンスの練習となった。

 ロガにはワルツ用が踊りやすいドレスを着用してもらい、彼等も軍服ではなく舞踏会用の正装に着替えて。
「ほら、ビーレウスト」
 一番にビーレウストが推されたのは、背がザウディンダルの次に低いからである。低いといっても208cmなのでロガにしてみると額も見えない相手なのだが。
 ロガの手を取り、腰の手を回して自分の体に引き寄せる。
「お相手させていただきます」
 ザウディンダルの合図で練習曲を楽団が奏でる。
 皇帝や正妃、王族は練習の際であっても生演奏が普通だ。
 ロガも基本は習ったものの、背の高い王子と踊るのは初めて。何時もの相手はロガの身長に合った一流講師だが、今手を取っているのは2M越えの大男。それに……
「ちょっと、ビーレウスト。ちゃんと教えて差し上げなさいよ」
「俺、教えるの苦手なんだよ」
 ビーレウストは体を思い通りに動かす能力が高いので、自分のパートは講師が一度見せただけで全てマスターしたタイプだ。舞踏会では女性も完全にマスターした状態なので、
「あ、あの、す、すみませ……」
 踊ることの出来ない相手と踊ったことはない。
「いえいえ。えっと、右足半歩下げて、体重かけて。膝を緩めて、はいどうぞ」
 女性の動きも見ただけで覚えているのだが、根っから人に教えるようなタイプではないので、
「あーあ、最悪」
 全くどうにもならなかった。キュラの怒りの篭った、どんな音をも劈く声を聞いてザウディンダルは演奏を停止させ、
「后殿下。もう一人、次は少しはマシなのですから。カルニスタミア」
「解った」
 ビーレウストと交換した、最も背の高い223cmのカルニスタミアは、
「后殿下、儂の足に足を乗せてください」
 少なくとも、ビーレウストよりも教えるのは上手かった。自分の足の上にロガを立たせ、体全体でロガを動かしながら教える。
 その時、シュスタークは何をしていたかというと……
「エーダリロク。余も自信がないので、練習相手になってくれ!」

 部屋の隅でエーダリロクと踊っていた。エーダリロクはあんなのだが、割合上手い。

 自分の妃が、かつて手を出しかけた男とぴったりとくっついているのを全く心配もせずに、自らの練習に没頭する皇帝を前に、
「キュラ……あの人に普通の策は通じないと思うぜ」
「普通じゃない策なんて、普通の僕には思いつきもしないね」
 この会戦が終わっても、何もしていないのかも知れないな……キュラはそう思いながら前髪をかき上げ、困り果てた表情を浮かべて管弦楽を聞きながら二つのペアを眺めていた。


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