繋いだこの手はそのままに −85
「陛下!」
「へいかぁ!」
身体が沈んでゆく
― みなの声が聞こえる…… ―
「陛下! 今お助けします!」
「気を確りと!」
身体が徐々に冷たくなってゆく
― これが大陸棚 …… ―
「ご無事でなによりでございます」
助けられた余の前には平身低頭した五人と上着を羽織ったロガ。一番に声を発したのはカルニスタミア。余を助け上げてくれた。
「良くぞ助けてくれた。礼を申すぞ」
「いえ、我々の落ち度、如何様な処罰をもおあたえ下さい」
そういうのはエーダリロク。
「ナイトオリバルド様」
濡れた髪が頬にまとわりつき、目を潤ませながら余の隣に立ち見つめてくるロガ。
「安心してくれロガ。誰も罰しはせぬし、余は無事だ」
「良かったぁ」
ロガが目を閉じて自らの身を抱きしめたところで、立ち上がったキュラティンセオイランサとビーレウストが音もなく近寄ってきて、ビーレウストは肘掛から余の両手を掴み開かせつつ身体を横向きに動かし、それと同時にキュラティンセオイランサはロガを押す。
「きゃっ!」
余は倒れ込んだロガを身体で受け止めて、それを確認してビーレウストが余の腕をロガの背に回し二人とも再び平身低頭に戻った。
「大丈夫だからな、ロガ」
「は、はい」
ことの始まりは大陸棚……ではなく空母の案内から始まった。
他の空母は違うであろうが、余の乗船しておる空母は宇宙空間に設けられているコロニーの最上クラスで居住空間が充実しておる。コロニーは一時期なくなったのだが、暗黒時代に惑星破壊を繰り返し逃げ延びた者達が集まって、宇宙船を改造したり……とかまあ色々あってコロニーもある。
コロニーは良いとして、余の居る空母は居住空間が充実しており小さいながらも海も山も存在する。
ロガの住んでいた奴隷衛星には川はあったが海はなかったので、見せたところとても喜んだ。
波打ち際というのがとても面白いらしく、素足で砂浜を走って引く波を追い、打ち寄せてくる波に追われてを楽しんでおった。
その姿を見て、余もとても幸せであった。小さな踵と白く細い脹脛が波と戯れる姿は、本当に可愛らしい。
そんな気持ちで眺めているとキュラティンセオイランサが “泳ぎを教えては?” となり余が教えることになった。余はぼんくら且つ運動神経を全く使わずに生きてきたが、水泳だけは出来るのだ。
エーダリロクとビーレウストが内海で泳いでいるのを見て “余も泳ぎたい” 言って今は亡き帝君より教えてもらった。デウデシオンに言わせれば「教えたというより、本能的に逃げる形が進化した」と言われたが。
何せ帝君はエヴェドリット。淑やかで優しくても、エヴェドリットはエヴェドリット。
リスカートーフォン流の教え方だったので、デウデシオンのはそのように映ったのであろう。
基礎の泳ぎ方を習った後「それでは進んでください。時間内に規定のゾーンを抜けてくださいね。時間内にゾーンを抜けないと電流を喰らうことになりますので」ということだった。
一回電流にあたったが、ちょっとは痛かったが我慢は出来た。
だが痛いのが嫌いなので必死に手と足を帝君の教えどおり動かした結果、泳ぐことは可能となった。後でジュシス公爵、今回の進軍に参加していないエヴェドリット王の実弟に聞いたところ、王家では電流のほかに水中砲も襲ってくるのだそうだ。
電流は時間内にゾーンを抜ければ大丈夫であるが、水中砲火はずっと続くそうで……やはり余が皇帝であるから帝君は優しく教えてくれたのであろうな。そしてリスカートーフォンは強いなと噛み締めた。
それで余がロガに水泳を教えることとなったのだ。
「ロガに教える際に、電流は流さなくても良いよな」
「勿論にございます」
ロガには痛い思いをさせるのは嫌なので、電流を流すことは拒否して海に来た。
腕を持って引張りながら沖へと進んでいたのだが……
「申し訳ございません。海を作る際に細かく再現したので、あの部分で大陸棚がつきてしまうのです、そこから先は……」
「そんな説明はいいんだよ、エーダリロク!」
なだらかなゾーンが続くとばかり思っていたら、突如深い箇所に! 足を滑らせて沈むことに!
驚いた余はなんとかロガの手を離して、そのまま沈んでいって……五人が助けてくれたという訳だ。キュラティンセオイランサとザウディンダルはロガを助けてくれておったが。
「いや、この海の縮尺再現は最高レベルのもんでよ、あの海流も」
「うるせえ!」
説明を始めたエーダリロクに怒鳴りつけるザウディンダル。
「あの二人は放っておいて。さ、今日の練習は此処までにしてお部屋にお戻り下さい。陛下、后殿下」
キュラティンセオイランサに背を押されて余はロガと共に戻ることにした。
「驚かせてしまってすまんな、ロガ」
「いいえ。とっても楽しかったです。……そして」
ロガは困ったように笑い、そして
「……私、助けに行けないのが……泳げたら良かったのに……」
「あ、いや、その。うん、平気。その気持ちだけで余は嬉しくて、もう、あう!」
ロガが可愛らしくてしかたない。その可愛らしさに、余はいつも言葉を失って
「ナイトオリバルド様……」
四つん這いになって苦悩する。
「陛下!」
「イグラスト公爵さん」
そうすると、近衛兵団団長が駆けてくる。済まんな、タバイよ。
「気にするな、タバイよ」
「ですが、陛下そのように」
タバイが心配する気持ちも良く解る。
“余” でもある帝王ザロナティオンは《狂気の皇帝》とも《四足の皇帝》とも呼ばれておった。特に生まれてから直ぐに成長速度を極限に高めた為、二足歩行がひどく苦手であった。
戦闘中は両手に武器を持つことにより二足で走ることが可能であったし、それは《王侯貴族の常識》を遙かに超えるほど速かったのだが、平素は四足歩行状態で死ぬまで治らなかった。ザロナティオンが180cmと小柄なのは、この四足歩行に最も適した体格であったからだとも言われている。
そして余は《ザロナティオン》なので、四足に近い形になると皆が焦る。
余も解っておるのだ、皇帝たるもの膝をついたり頭を下げたりしてはいけないと。だが、ロガに気持ちを伝えようとすると、途端にこの……偶に余は思うのだ。もしかしたらザロナティオンも好きな相手に上手く気持ちを伝えられないタイプであったのではないかと。
ザロナティオンは通常会話もあまり出来なかったな。気持ち伝えるというレベルではないか……あれ? だがビシュミエラとは感情の行き来があったと……余は狂気の叫び以外を上げてばかりの狂人皇帝以下か。
自分ではあるが、自分ではない相手が見事に意志を伝えている! 余、余も出来るはずだ!
「ロ、ロガ。きょ、今日も可愛いぞ」
よし! 何とか言えた!
いや! もう時間的には夕方だが、一日一回は言わねばなるまい! それが皇帝としての……政務? 違うか。
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