繋いだこの手はそのままに −83
 既に出撃を開始しているザセリアバ率いるエヴェドリット軍。
 ビーレウストが一応警備に就きながら、宮殿の不穏な空気の元を尋ねるとザセリアバは面白そうに “帝国宰相との密約” を語った。
 取引があったことを聞き、ビーレウストはそれなら理由がわかると頷いた。
「お前が聞いた破滅の音はまた別ものかもしれないが、帝国宰相と途交わした密約はそれだ」
 軍備を点検しながら語るザセリアバと、
「なるほどな……」
 答えるビーレウスト。
 突如ザセリアバの足が止まり、叫びだす。
「……破滅の音ぉぉぉ!」
 目線の先には小さな羽虫。それは決して≪G≫ではないのだが、羽虫嫌いで瞬時に錯乱したザセリアバには≪G≫に見えるようで、
「落ち着け! ザセリアバ」
「うぉぉぉあああああ!」
 ビーレウストが羽交い絞めにしても叫んで暴れだし、ついには
「待て! 額の前に指二本って! 何してんだよ!」
 指を二本額の前に置き、何かをしだした。
「遠隔破壊砲撃! まかんこーさ」
「モザイクかけろ!! 字にモザイク!!」

 ザセリアバ=ザーレリシバ。遠隔攻撃能力を持つ男。

「ぎゅあぁぁぁぁぁぁ!」
「だから止めろって言っただろうが! 攻撃して潰したらバラバラになって大変なことになるって前にも言っただろうがっ!」
 自分の力で潰して息の根を止めたはいいが、潰れて色々が色々になって我慢の限界を軽く超えて暴れだすザセリアバ。
「うぉあぅおぱああああ!」
「シベルハム呼べ! シベルハム! だから攻撃に使うなって! 来た攻撃をかわすだけにしろって言っただろうがああ! バカ力ぁぁぁ!」
「きゅぽぁぁぁぁぁぁ!!」

 その後ビーレウストが半死半生になって治療器に入り、兄に悪態をつく。

「シベルハム、来るの遅えよ」
 いい具合に骨が折れて内臓に刺さりまくって瀕死の重傷を負った実弟を見舞う兄も、
「我も左半身全骨折だ。相変わらず化け物だな、ザセリアバは」
 世間一般ではかなりの重症。
「さてビーレウスト、戦闘開始まで何回瀕死になるか賭けないか?」
 二人で移動型治療器に入りながら、銃器の手入れをしつつロクでもない会話を繰り広げる。
「そりゃいいかもな、シベルハム」

 前線にたどり着くまでは死なないでください、戦闘開始 “前” に瀕死になること確実みたいなこと言わないでください! 瀕死にならないでください! と願わずには居られない治療担当者達だった。

「全く、ひ弱だとおもわんか? アシュレート」
『はあ……まあ、適当になザセリアバ。特にビーレウストは生きた通信機になるんだから、ビーレウストの頭は止めておけ頭は。シベルハムは適当に』
「お前この頃ビーレウストの肩を持つこと多くなったが、どうしてだ? 何か秘密でも握られてるのか」
『ビーレウストは秘密握ってどうこうするタイプじゃねえだろ』

 自分の好きな女の夫の大親友なので……とは言えないアシュレートだった。

**************

「これで出立用意は完了だね。ま、指揮官はラティランだからエヴェドリットには負けるだろうが、他王家には遅れを取る事はないだろうね。じゃあ僕これ届けてくるから、君たちは配置についててね」
 ケシュマリスタ国軍の最終確認をケシュマリスタ王ラティランクレンラセオに届ける為に部屋に入ったガルディゼロ侯爵は、
「おや、先客でしたか」
 部屋に意外な人物を確認し、部屋の隅へと移動した。
 室内に居たのは家臣数名と初陣になるヤシャル公爵と、ラティランクレンラセオの妻・王妃ネービレイムス。初陣のヤシャル公爵は驚きはしなかったが、王妃がわざわざ夫である王に会うために出向くのは珍しいことだった。
『ラティラン楽しんでるねえ』
 王妃は美しいのだけが取り得で頭の回転は悪いが悪口だけは人一倍という女だった。
 血筋が良く “前王” が選んだ妃ゆえに、ラティランクレンラセオを良く知らない者達は “王はこんな王妃でも王妃として扱われる” と同情の念を抱いていた。
 それが間違いであるとも知らずに。
「そろそろ出発の時間だ。もう良いかな? ネービレイムス」
「もう少しお話を聞いてください! 王」
 悪口が繰り返されているらしく、家臣達はネービレイムスに見えぬように溜息を付く。
『普通に考えて息子の前で悪口言う女っておかしいよね、僕を産んだ女もそうだったけどさ』
 召使の誰々の顔が悪いや、三日前に見たニュースのアナウンサーの声が悪かった、あんなアナウンサー首にしてしまえ、侍女が誰と寝たあの女は淫乱だとかそれはもう言いたい放題。
 ラティランクレンラセオは黙って、息子のヤシャル公爵はうつむき加減になっている。
『笑える。この女、頭おかしいよな。あーあ、ヤシャルももう少し図太くなれればねえ』
 母の口から出てくる雑言に居た堪れなくなったヤシャル公爵が部屋から退出しようとするが、ラティランクレンラセオはそれを許さず延々と母親が垂れ流す悪口を聞かせる。
 息子は性質上、母親が悪口を言うこと自体が嫌で、出来れば聞きたくないという姿勢をとっていが、それを知っている父のラティランクレンラセオはわざと聞かせている。
『相変わらず虐待上手だね、ラティラン』
 かつてラティランクレンラセオに虐待されていた事もあるガルディゼロ侯爵は、俯いて顔色まで悪くなってゆくヤシャル公爵を黙って見つめていた。
 ラティランクレンラセオは “王の座を継ぐものとしてとして母の意見も重要である” と実母の罵詈雑言を息子の精神的限界までを聞かせ、後一歩で倒れそうになるところで解放してやろうと、言い足りることのない王妃の口を止め部屋を出た。
 世間的には王としての教育を施しているという言い分が通っているが、人にはそれぞれの性質がありヤシャルにはどうしても母親が口にする妄想交じりの誹謗中傷を聞くのは耐えられないが、それを乗り越えてこそ王だと[ヤシャルなど足元にも及ばないほどに評価の高いラティランクレンラセオ]が、自分も心を痛めているのだが私心を殺して息子を育てているという態度に騙され、その都度息子は追い詰められていた。
 ラティランクレンラセオにしてみれば皇帝になるのに息子のヤシャルは邪魔。
 シュスタークとは違い機会があればすぐに殺してしまえる相手なので、どのように “おかしく” 育とうと彼の知ったところではなかった。むしろ精神のたがが外れ、人がついてこなくなった方が良いくらいなので、息子の精神を不安定にすることを綺麗事に包み押し付けていた。
 ガルディゼロ侯爵と、侯爵とは仲の悪いラティランクレンラセオの “本性” を知っている側近のブラベリシスを連れて旗艦へと向かう。向かう途中、ラティランクレンラセオは足を止めガルディゼロ侯爵の首に手を伸ばし、僅かに力を込めた。
 脇にいるブラベリシスは嬉しそうに首に食い込む王の指を見つめる。
「私が殺すといったら、お前はどうする? キュラティンセオイランサ」
「僕にはどうすることも……できないけれど、僕が全てを……君に語っていると……思っているのかい? ラティラン」
 首から手を外したラティランクレンラセオに向かい、
「君知っているかい? ザウディンダルがテルロバールノル系の僭主だってこと。あーあ、知っちゃったね、下手に “あれ” になると何処かの王様にばれちゃうよ。ばれたら困るの、君だよね。色んな手をつかって殺すだろうねえ、たとえ両性具有は皇帝以外は殺せなくても、皇帝に殺して欲しいと嘆願することは可能だからさあ、何せ自系統僭主の末裔だし」
「貴様、まだ知っていることはあるか?」
「全部言っちゃったら殺されちゃうじゃない。さあ、行きましょうケシュマリスタ王殿下」

『そろそろ僕が邪魔になってきたらしいね。殺されちゃうのかねえ……できる限り抵抗はしてみるが、相手が相手だし殺されても仕方なしだな。ブラベリシスは殺したさそうな顔をしてるし、最悪だね』


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