「グレス、グレス」
自分を呼ぶ声にグラディウスは目を覚ます。部屋は明かりで満ちあふれていた。体を起こすと、何時もとは違う痛みを感じ、不思議に思ったが、グラディウスはあまり深く考えることはしなかった。
「おっさん、仕事に行ってくるから。グラディウス、ご飯食べてゆっくりとしていなさい」
運ばれてきた朝食をベッドに置き、サウダライトはグラディウスの頬に何度もキスをして頭を撫でて部屋から出て行った。
「いってらっしゃい、おっさん!」
「うん! いってくるよ、グレス」
サウダライトが仕事に向かった後、食事をとりグラディウスは再び眠りに落ちた。朝と昼の間頃、
「……あれ、お歌……」
目覚めに相応しい 《音楽》 を聞きながら目をこすり起き上がって、着替え外へと出た。
「おはよう、エリュシ様!」
「おはよう、グレス」
近寄れるだけ近付き、エリュシと話をするのだが、座っていられないらしく、変な体勢になった。俯せで尻のあたりだけ突き上げている形に。
「どうしたの? グレス」
「お尻の穴がちょっと痛いの。昨日おっさんがいっぱい触ったからだと思う」
「そ、そうなの……だ、大丈夫?」
性玩具の極みであり、人と触れ合った事のない両性具有には理解できない痛みであった。
話をしながら、残っていた食事を食べて歌を歌ったりしていると、
「グレス」
「リニア小母さん! ルサお兄さん!」
帰ってこないグラディウスを心配して、二人が迎えに来た。
グラディウスは痛む尻を押さえて立ち上がり、リニアの手をひいてリュバリエリュシュスに紹介する。
「リニア小母さんなの! あてしが此処に来た時から、ずっと一緒にいてくれる、優しい優しい小母さんなんだ!」
リニアは初めて会った、マルティルディにそっくりな人に驚きながらも頭を下げる。リニアのリュバリエリュシュスに対する知識はグラディウスと同じ物で、両性具有等に関しては全く知らない。
ただグラディウスとは違い 《病気》 で隔離されているのではない事だけは、感じ取っていた。何か深い理由があっての事なのだろうと。
グラディウスが笑顔で教えてくれた 《ほぇほぇでぃ様の叔母さんなんだって!》 それを否定する人はなく、ルサ男爵も「マルティルディ王太子殿下の祖母にあたる故王太子殿下の嫡出子にあたりますが、認められておりません。それ以上のことは、教えることはできません。知らないほうがよろしいでしょう」はっきりとそう言った。
深くは知ろうと思わないが、王族として産まれたのに存在を隠されている 《彼女》 に深く頭を下げる。
それは同情ではなく、美しさに対する畏怖。
グラディウスはリニアに 《お尻が痛いから、驢馬に乗れない。だから今日もここに泊まる》 と言ったが、
「じゃあね、エリュシ様! また来るからね!」
ルサ男爵に負ぶわれて帰ることになった。リニアは荷物をまとめて、驢馬の背に乗せて、その驢馬を引いて。
「待ってるわ、グレス! そして、さようなら! ルサ、リニア!」
人の気配など全く無い、木々の隙間を歩きながら、グラディウスはリニアに 《ここに、リボンつけてるから迷わないんだ!》 と説明をする。
木々には、グラディウスが結んだ無数のリボン。それらが風に小さく揺れる。
「ルサお兄さん、重くない?」
「重くはありませんよ。強いとは言いませんが、これでも血族結婚だけ伝えられた血統ですので、能力値的には劣化は見られないので」
初めて人を背負ったルサ男爵は、少しばかり楽しかった。
「……良くわかんないけど、平気?」
「はい。気になさらずに、お疲れでしたら眠って下さい」
「やだ! だって、ルサお兄さんの顔がこんなに近くにあって、お話できるんだもん! 寝ないもん! 負ぶわれるの好き!」
グラディウスはルサ男爵の首に回している手に力を込める。
「そうですか」
「うん! 兄ちゃんがね、よく負んぶしてくれたの! 兄ちゃんはかあちゃんの連れ子? でね、あてしのとうちゃんとは違う人がとうちゃんで、年が離れてるんだ。あてしが子供の頃、兄ちゃんはもう大人だった。だからあんまり一緒に住んだ事はなかったけど、会うとよく負んぶしてくれたの」
「良いですね。私は一人だけなので、兄弟に憧れますよ」
「そう? そう? あのね、ルサお兄さんって、お顔が賢帝に似てるね」
勉強しているときに見せて貰った映像に、ルサ男爵によく似た男性皇帝がいた。一目見ただけでは男性と判断し辛い中性的な顔立ちの皇帝・オードストレヴ。
「そうですか? たしかに遡りますと十代前は賢帝ですが」
マルティルディの容姿と同じく、性別が希薄なその男は賢い皇帝として名高い。
「似てるよね! リニア小母さん」
血統的に皇族以外の血を一切入れていないルサ男爵なのだから、似ていて当然。かつてなら ”当然のことでしょう” それで終わってしまうルサ男爵だったが、
「そうね、とても似ていると思うわ」
「賢帝と似ていると言われると、嬉しいですね」
会話を続ける。それはグラディウスの為というよりも、自分自身の為。
そんな他愛のない話をしながら、三人と驢馬一頭は邸へと辿り着いた。
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帝星で小さな古本屋を営んでいる店主とその妻。一人息子は別の仕事につき、遠くの惑星で仕事をしている。
滅多に会うこともなければ、連絡を寄越すこともない息子からの久しぶりの手紙を読んでいる時のこと。
「あなた、通達が入ってますよ」
古書店の店主は、妻の声にのんびりと振り返る。
「なんだね」
通達画面を見て、
「私達には関係の無い事だな。暗闇を楽しむのも良いねえ。その日は何時もよりも早めに店を閉めて、夜を楽しもう」
《五分間全ての照明を遮断する》
皇帝が飛行船で遊覧する際に、一時だけ夜の町の明かりを消すことを命じたのだ。
「上から見て楽しむのでしょうね」
「そうだろね。お気に入りのお嬢様を連れて行くに違いない。お嬢様もお喜びだろうよ」
この頃には、帝星の町中でも 《皇帝のお気に入りのお嬢様》 と言うのが、噂になり始めていた。
さほど裕福な家の出ではない娘が皇帝に、それはそれは気に入られていると。
「何時かお顔を拝見できるといいですねえ」
「サウダライト帝はご成婚式典を行わない方向らしいが、そのお嬢様を正妃に迎えたら、もしかしたらあるかも知れないね」
「そうですねえ。陛下ご自慢の、可愛いお嬢様の花嫁姿を拝見したいものですわ」
夫婦は息子の再婚する予定だという手紙から目を話して、通達画面をも切り、息子の住んでいる惑星まで向かう旅行予定を立てようと、旅行会社へと連絡を入れることにした。
− お尻痛いのはジュラスに内緒だよ。恥ずかしいから −
(皇帝のお気に入り、ご自慢のお嬢様)