藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[23]

 キーレンクレイカイムと正妃達に囲まれながら、豪華なブローチと肌触りの良いタオルに包まれて、美味しいフルーツと衣と油のついたレタスを元気にもぎもぎと食するグラディウス。
 そこに現れたのが、
「何事だ」
「姉上」
「ロヴィニア王」
 イレスルキュランとキーレンクレイカイムの姉である、ロヴィニア王にしてヴェッティンスィアーン公爵。
 イレスルキュランと同じく、型も張りもある美しく大きな胸を持つ女性は、
「おいしー」
 満面の笑みでキウイを口に運ぶグラディウスを見た。否、見てしまった。

 《もぎもぎしてる……》

 妹王女が言っていた言葉を目の当たりにしたが、弟王子よりも自制心のある姉王はぐっと堪えた。
「デルシよ、用意した中で気に入ったのがあれば値段交渉……と思ったのだが、これが相手では……」
 腕を動かすと、その隙間から肌が見える。
 全裸にタオルとブローチという奇妙な格好で、
「おお、こっちに苺あるぞ」
「食べる。教えてくれてありがとー、でかい乳男様」
 弟王子を ”でかい乳男” と呼んでいるこの皇帝の寵妃を前に、交渉が成立しないことを悟った。
 それで此処までの経緯を聞き、
「あーそりゃもう、手の付けようがないな」
「王として同意出来ないか?」
 デルシ=デベルシュから打診された。
「考えてみよう。裸で出歩くことを禁止するよりも、裸で出歩かない状況を作る方が適切であり、効率的であるしな」
 グラディウスに濡れてもそのままで戻れと教えるよりかなら、
「でかいお乳のおきしゃきしゃま! 食べる?」
「もらおう」
「イレスルキュランにくれてやるよりなら、私に寄越せ」
「でかい乳男様にもあげるよ、はい!」
 傍に着替えなどを用意しておく方が確実なのは、妹王女と弟王子を 《でかい乳》 と呼んでいる姿からみても解る。
「あの傍系皇帝も此方に向かっているようじゃから、少し交えて話でもしようではないか」
 キーレンクレイカイムを殴った扇で口元を隠しながらルグリラドが言う。隠されている口元は、彼女らしくもなく緩んでいた。グラディウスをみていると、面白くて緩んでしまうのだ。
「そこのルリエ・オベラ……ではなく、グラディウス・オベラ」
 グラディウスの言動を見極め 《これっぽい娘》 を購入することを諦めていないロヴィニア王は、待ち時間も無駄にはしないと声をかけた。
「はい、あてしグラディウス・オベラ! グレスって呼んでね! 小母さんは誰?」
 弟と妹が同時に全てから視線を逸らした。
 ロヴィニア王、御年三十一歳。十三歳の子供にしてみると、たしかに小母さんであろう。
「まあいい。非礼は不問に……不問……」
 皇帝を ”おっさん” と呼び、マルティルディを ”ほぇほぇでぃ” と呼ぶグラディウスに、非礼など存在するはずもない。
 気を取り直してロヴィニア王はグラディウスに声をかけた。
「私はその二人の姉でロヴィニア王だ」
「でかいお乳の姉様なんだね!」
 ロヴィニア王の胸を見ながらグラディウスは叫んだ。
「そうだ。だが、でかい乳の姉様と呼ばなくても良いぞ。私の名はイダだ、覚えられるだろう」
 ロヴィニア王は第一名が短く 《イダ》 という。第二名からは長くて、とてもグラディウスが覚えられるものではないが、
「うん! すぐに覚えたイダ様!」
 第一名だけはグラディウスが覚えるのに適した名だった。
「いいや、違う! お前は私のことを ”イダお姉さま” と呼ばねばならぬ!」
 《何故ですか? 姉上》
 キーレンクレイカイムは思ったが黙っていた。直感的に下手に口を開いたら、面倒なことになるのは必至と、沈黙は金を貫いた。
「わかった! イダお姉さま!」
「もう一度!」
「イダお姉さま!」
「もう一度。私の名前を言うが良い」
「はい! イダお姉さま!」
 《姉上の気持ち解らんでもないが、他の正妃達、妹まで含んで軽く嫉妬されてるぞ、姉上》
 一度で偉い人の名前を覚えたことが嬉しいグラディウスは促されるまま、何度も ”イダお姉さま” を繰り返す。
「ルグリラドも短いのだがな」
「デルシだけならば、すぐに覚えてもらえそうだが」
「私はどこをとっても長いんだよな」
 《そんなに名前呼んで欲しいのか》 考えながら、買い揃えてきた娘達のことを思い出し今回のことを指示した姉王に声をかける。
[姉上、イダお姉さま呼ばれて楽しいのは解りますが、買い揃えた娘達についてお話が]
[全く見当違いのを買い揃えてしまったのであろう、キーレンクレイカイム]
[はい]
 見当違いというよりは、規格外だったのだが、そこにはキーレンクレイカイムは敢えて触れなかった。買い取り費用などは姉王が出してくれたのだが、全く役に立たないのを買いそろえたことで、費用を返さなくてはならないなと考えて声をかけたのだが、
[今回の失態は許してやろう。あれでは会って話をしてみねば、解らん]
 守銭奴王家の守銭奴王は失態と損失をなかったことにしてくれた。
[うそぉ?! 姉上、頭大丈夫ですか?]
[煩いぞ。そんなに払いたいならば払え]
[いえいえ]
 イダお姉さまと呼ばれて機嫌の良い姉王の横顔を見て、ほったり(ほっこりしつつ、もったりしてる)した顔のグラディウスを見て、納得はできなかったし、理解したわけでもないのだが、キーレンクレイカイムは何度も頷いた。
[キーレンクレイカイム]
[なんでしょうか? 姉上]
[お前、娘の全裸を見て劣情など抱いてはいないだろうな]
 好色で漁色家の弟王子に 《返答によっては、妻子共々殺害してやるぞ》 という気配を滲ませた言葉を投げかけるも、
[それはない! あるわけない! そんな子供に劣情抱くほど、私は変態ではない。その子に手出しするなんて、あり得ないでしょ! あと五年もすりゃあ、そっちに使ってもいいけど、今は観賞用が関の山。まさかあの前イネス公だって、そこまで変態鬼畜外道の幼女趣味じゃないでしょうよ。何かしてたら ”あんこう” を捌くときのように吊して、みんなで切り落としても尚足りないでしょが]
 キーレンクレイカイムは笑いながら否定した。
 その時、柱の影に、
「……」
 あんこうの様に吊されてみんなで膾切りにされること確実の、変態鬼畜外道の幼女趣味の救いようなく、誰も救ってくれない皇帝サウダライトが、出るに出られず立っていた。
 幸いなのはロヴィニア王家の面々が、ロヴィニア語で話しているのでグラディウスには全く通じていないことだろう。
 だが何時までも隠れている訳にはいかないので、柱の影から一歩踏み出す。
「おっさんだっ! おっさん見つけた!」
 サウダライトに気付いたグラディウスは、椅子から立ち上がり駆け出してゆく。
「おっさん! おっさん!」
 全ての人々の期待を裏切らず、グラディウスはタオルを踏んづけて、前のめりに転んだ。相変わらず 《べちょ》 といった感じで転び、めげずに立ち上がろうとして、
「おっさん!」
 再びタオルを踏んで、再び前のめりに 《べちょ》 だがグラディウスは諦めない。おっさんの傍に近付くまで何度も何度も 《べちょ》 だがグラディウスの表情は、サウダライトに会えた喜びで溢れていた。それは、先ほどキーレンクレイカイムはルグリラドから食べ物を貰った時以上の、最高の笑顔……で、
「おっさん!」

 べちょ

「グレス、そこで待ってなさい!」
 サウダライトは駆けだした。
「グレスは何時でも儂の期待を裏切らぬ」
 転ぶの期待していたのですか、ルグリラド様。
「お前の期待だけではない、我の期待でもある」
 デルシ=デベルシュ様も期待なさっていたのですか。
「私の期待にも見事にこたえてくれた」
 ブローチが少し壊れてますよ、イレスルキュラン様。
 草を食み終えた驢馬は、正妃達の言葉を聞きながらそんな事を考えていた。
「おっさん!」
「グレス! 無事でよかった」
 互いが近付くまでの長い道のり(8メートルくらい)を二人は踏破し、やっと抱擁することが出来た。

 この後、二人は仲良く帰り、後日イレスルキュランにはブローチの弁償金と共にグラディウスがケーリッヒリラ子爵と共に作った、ロヴィニア国花 《白い鈴蘭》 のベゼラを持って訪れた。
「弁償金はどうでもいいが、これは良いな」
 笑顔のグラディウスを見ながら、イレスルキュランはそう言った。

 ロヴィニア王族が 《金はどうでもいい》 と言ったのを聞き誰もが驚を隠せず、それを聞いた召使い全員が自分の精密検査へと向かったが、イレスルキュランとしては、まさに ”どうでもいい” ことだった。

 かなり先の話で余談でもあるが、グラディウスは二十五歳の時に末娘である第二皇女を出産する。この第二皇女は十三歳の時、五十歳のキーレンクレイカイムの四人目の正妻となり(前三人とは死別)仲睦まじく過ごし、ほぼ立て続けに八人の子を儲けた。
 第二皇女は十三歳でも母親であるグラディウスとは比べものにならないほど、早熟で大人びていたので誰も何も言わなかった。

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