グラディウスはリュバリエリュシュスの元に良く通っていた。誰もが近寄りたがらない、そして近寄る事を許されない両性具有の塔に通い 《彼女》 と親交を深める。
同時にジュラスとも仲良くなってゆく。ジュラスと仲良くなった事で、夜に出歩き景色を楽しむことをグラディウスは知った。
夜空を見上げてジュラスが星々の名を教え 《星座》 も教えた。
グラディウスの住んで居た開拓惑星には存在しないが、帝星には地球と同じく 《星座》 が存在する。
「地球の黄道十二星座は牡羊座や牡牛座、そして魚座になってまた戻るけど、帝星の十二星座は違うのよ」
グラディウスは夜空を見上げて説明されて、全く星座が理解できず、プラネタリウムで何度か教えて貰ってから空を見上げて星をみつけて、
「ジュラスの教えてくれたお星様みつけた!」
「すごいわ! グレス!」
星々を見て楽しんだ。
ある日の夜、グラディウスは突然目を覚ました。
サウダライトのいない部屋を見回したあと、カーテンを開けて外を見る。青みを帯びた満月がグラディウスの瞳に飛び込んで来た。
着替えて丸めた毛布とサイドテーブルに置かれている、グラディウスがトイレに行く時に持って歩く小さなライトを持ち、こっそりと邸を出て、
「驢馬、起きてる? あのさ、エリュシ様のところに連れていってくれる?」
驢馬に跨った。
本人はこっそりと、誰にも気付かれずに邸を出たつもりだが、着替えている辺りから既に気付かれて、急いで着替えたケーリッヒリラ子爵が武器を幾種類携え、あと食べ物も用意して反重力ソーサーに乗って後をつけていた。
グラディウスが夜出歩くことは禁止されていない。
両性具有隔離棟 《巴旦杏の塔》 に到着したグラディウスは中にいるリュバリエリュシュスに声をかけるわけでもなく、驢馬から降りて黙ってその塔を見上げていた。
「グレス?」
「エリュシ様、起きてたの!」
「起きていたんじゃなくて、誰かがいるような気がして。グレス来てくれたの」
「うん」
グラディウスは毛布にくるまり、地面に腰を下ろした。
暫く二人は無言で、空にある月を眺めた。同じ月を見上げながらグラディウスは、自分の身の上を語った。流暢な言葉ではなく、たどたどしい言葉で。
村のこと、兄のこと、兄の家族のこと。そして自分が家に入れてもらえなかったこと。ぶつぶつと途切れて解りづらい過去は、
「……でもね、あてし外で寝るの嫌いじゃなかった。外で寝てたら、とうちゃんとかあちゃんが帰ってきたの一番に解るから……嫌いじゃなかった。あのね! あてし馬鹿だからとうちゃんとかあちゃんが死んだの、聞いたけどわかんなかった。なんだかわかんなかった……あてし馬鹿だから、今ちょっとだけ悲しくなった」
それで終わった。
リュバリエリュシュスにはない感情であり、決して経験することのできない世界。
「来てくれてありがとうね、グレス。夜は寂しいから、来てくれてとても嬉しいわ」
他にも言いたいことが溢れんばかりにあるのだが、グラディウスは笑うしかできなかった。もっと色々な事を語りリュバリエリュシュスを喜ばせたかったのだが、これ以上は言う事ができなかった。
毛布にくるまり驢馬に背を預けて眠りに落ちたグラディウスを、リュバリエリュシュスは優しく見守る。
「眠りましたよ」
「そうですか」
リュバリエリュシュスの声を受けてケーリッヒリラ子爵はグラディウスに近寄る。
グラディウスを抱きかかえたケーリッヒリラ子爵に、リュバリエリュシュスは思い切って声をかけた。両性具有が声をかけても答えてくれない場合のほうが多いが、
「聞いていましたよ。両親がいなくなってから追い出されたことは、はい」
ケーリッヒリラ子爵は答えた。
「ありがとう」
「いいえ。本来ならばフレディル侯爵家の第二子如きが話を出来る相手ではありませんので、いささか緊張いたしますが、貴方様とお話することで、ルリエ・オベラ殿が喜ぶので、我としてもお話をしたいと思っております」
艶やかな栗色の髪を、いつも低めの位置で一本に結っている男は、そう言って礼をして驢馬を引き、ソーサーを操りながらグラディウスを抱きかかえて歩き出した。
背後から聞こえてきた歌に、何度も振り返りながら。
「綺麗な声だな、驢馬」
驢馬は当然ながら何も答えなかった。
「ルリエ・オベラ殿はお前が話すと笑顔で語られるが、我には語ってくれぬか」
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その日イレスルキュランは昼食を取りながら、
「だーかーら、こういう有り触れた馬鹿じゃなくて、もっと違う方向に馬鹿なんだよ! 解るか? 兄よ」
「馬鹿が広範囲すぎて解らんっての、イレスルキュラン」
兄の一人・キーレンクレイカイムと話をしていた。
キーレンクレイカイムは姉であるロヴィニア王に 《イレスルキュランの協力を仰いで、寵妃グラディウス・オベラのような娘を捜せ》 命じられていた。
「だーかーら。馬鹿なんだっての」
「馬鹿、馬鹿言ってもわからんての!」
「だーかーらー、馬鹿以外言いようが無いとあれ程姉王にも言ったのに! はっきり言って無理だっての!」
キーレンクレイカイムはグラディウスに会った事がない。ロヴィニア一族特有の好色ぶりを遺憾なく発揮する、庶子の数が既に五十人を越えている二十五歳になる王子は 《寵妃》 自体に並々ならぬ興味を持っているのだが、中々会えないでいた。
自王家が用意した寵妃なら簡単に会えるが、用意したのはあのマルティルディ。サウダライトを黙らせることはできても、マルティルディが相手ではただの王子では分が悪いどころか、殺されること確実。
「パーティー後なら確実に解るんだけどなあ。お前主催で寵妃を集めてパーティーしろよ」
正妃が寵妃を招いたパーティーは簡単に催すことができる。
その席ならば、キーレンクレイカイム王子も臨席できるので、そこで見極めたいと言ったのだが、
「あー無理」
即座に否定する。
「何でだよ」
「私が開くといったら、間違い無くあのデルシも主催すると言うだろうし、ルグリラドも黙ってはいない。おそらく三人が主催になるから、準備も大変なことになる」
「お前、そんなにデルシ=デベルシュやルグリラドと仲良かったか?」
「悪いからだ。だが、あいつらは寵妃グラディウス・オベラを気に入っている。まあ、私も気に入ってはいるがな……ぶほっ!」
そしてイレスルキュランはまた 《あれ》 を思い出し、吹き出した。
「なにをしてるんだ、イレスルキュラン」
言った後、キーレンクレイカイムはワイン片手に大きなエビフライを口に運ぶ。
「な、なんでもないわ。それでだ、兄よ。今日用意した、そこに並んでいるような娘達とグレスは全く違……ぶほっっう!」
「お前なにやってんだよ、本当に」
思い出して吹き出しが止まらない妹王女に ”やれやれ” と思いながら視線を遠くに向けた時、
「ぼっはぁぁぁぁ!」
キーレンクレイカイムは妹王女など比にならない勢いで吹き出した。
彼の視線の先にはグラディウスが居たのは言うまでもない。