ジュラス、ザナデウ、白鳥にルサ男爵は、ふて腐れてグラディウスの胸を揉みながら寝てしまった 《皇帝》 に頭を悩ませた。
皇帝以外は決して立ち入ることのできない 《巴旦杏の塔》
その中にいる、殺害される立場の女性型両性具有 《リュバリエリュシュス》
「確かに陛下以外は殺害できないわけだし、陛下はどれ程美しくても ”ちんちん” ついているのは嫌いだそうだから、変なことはなさらないだろうが……」
”ちんちん” を真顔で言ったのはザイオンレヴィ。だが誰もその言葉について笑う者はない。そしてサウダライトは明言した ”どれ程美しくても、ちんちんが付いているのは触りたくもない” と。そして彼は未だかつて、男に手を伸ばしたことはない。
「まあ、息子が綺麗だからそれらの耐性はあるんじゃないのかなあ」
力無く笑うザナデウことケーリッヒリラ子爵。
「綺麗とか言うな」
「実際お前は綺麗だろうが。お前の兄、イネス公爵は特別綺麗じゃないが……でもなあ、このまま生かしておいたら、色々と問題になりそうだが」
大貴族程度が頭を悩ませた所で仕方がない事だろうな……と思い始めた時、
「あっ!」
ジュラスが声を上げた。
「どうした? ジュラス」
「ねえ! ケーリッヒリラ! 警備はどうだったの?」
巴旦杏の塔はその性質上、容易に立ち入りはできない。
「警備? ……いや、何も無かった! 警備が外れていたのか?」
「そんな事、あるはず無い! 大体、あの塔の辺りを管理しているのは帝国軍中枢。要するにあのガルベージュスが一手に握って居る筈よ! あの暑苦しくて鬱陶しくて喧しいけれども、仕事に関しては妥協も抜かりもない、憎たらしい程に有能な男が、警備の空白を作ると?」
ジュラスの言葉に全員動きが止まる。
「何か、もっと裏があるようだが……我等には解らない話のようだな」
軍事国家である帝国の中枢を支配している男と、巴旦杏の塔に収められているケシュマリスタ王族。それらを繋ぐのはルサ男爵だけには漠然とながら理解できたが、彼は敢えて口にしなかった。
近いうちに ”誰もが解るだろう” と。
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朝食の席でグラディウスは、サウダライトに希望をしっかりと告げた。
「会いたいの?」
「うん! あてし一杯考えたの! それでね! おねえさんは寂しいって事がわかったから、あてし会いに行くの」
”おねえさん” とはリュバリエリュシュスの事である。グラディウスの知能では、一度でこの名前を覚えるのは完全に不可能。
「……」
「おねえさん、病気なんでしょ? 塔から出ちゃいけない病気。でもさ、寂しいからあてしお話ししにいくの。ご本読んであげるんだ!」
満面の笑みで訴えてくるグラディウスに、サウダライトはあることを考えて、
「そうだね。食事が終わったら、おっさんがマルティルディ様に頼んであげるから」
「ありがとう! おっさん!」
嬉しそうにオレンジジュースを飲むグラディウスを眺めながら、色々と計略を巡らせた。そう、自分がリュバリエリュシュスを殺害しなくても良く、尚かつグラディウスとの生活に邪魔が入らない様にするためには……というかなり自分勝手なものだが、
「ねえ! みんなも連れて行っていい?」
「そ、それはどうかなあ。ちょっと待ってね」
グラディウスにとって幸せな形になるように。
マルティルディから許可を取り、グラディウスは晴れてリュバリエリュシュスの所に足を運ぶことが許可された。
許可はされたが、正式な許可を取り付けるのはこれからである。
他の王達相手に、リュバリエリュシュスの処刑を 《一時的》 に待って貰うためにも、サウダライトは奔走しなくてはならないが、
”殺さなくて良いなら、そのくらいは”
彼は快くその命令を引き受けた。
「何笑顔になってんだよ、ダグリオライゼ」
「い、いいえ……」
「別に君のためじゃなくて、グラディウスの為なんだろ」
「は、はい。もちろんで御座います」
「まあねえ。君の希望で殺害を一時的に待ってくれなんて誰も聞いちゃくれないけど、正妃達にグラディウスの希望だっていったら、ある程度は通る見込みがあるからね」
少なくともサウダライトが ”殺す嫌だ” というのは通じないが ”馬鹿が気に入った” というのは、正妃達に通じるらしい。
正妃を三人集めて、皇帝とその支配者である王太子の二人でグラディウスがリュバリエリュシュスを発見した所から、気に入って会いに行きたいと希望していることを告げた。
「まだ殺していなかったのか」
イレスルキュランは純粋に呆れていた。自分が正妃として後宮に来る前に殺害し、死体を塔から出して粉砕処分したのだろうとばかり思っていた。
「情けない男じゃなあ。どうせ貴様はあの田舎娘の言葉を良いように使って、殺さなくて済む方法を探っておるのじゃろう」
ルグリラドに言い当てられて、顔を下げるサウダライト。何時もなら此処からルグリラドの追撃がはいるのだが、今日はそれだけで終わった。
「我は構わぬぞ」
デルシ=デベルシュは ”王者の笑い” を湛えて足を組み直して、背もたれに両手をかける。
「デルシよ。お主、そう簡単に構わぬと言うが」
ルグリラドの苦言に、
「安心せよ、ルグリラド。我は兄を説得する術がある」
言いながら握り拳を ”ぎゅっ、ぎゅっ” と鳴らして返す。それは他の国では説得ではなく暴力だが、エヴェドリットにおいては ”説得” の範囲に入る。
書類を見ていたイレスルキュランは、
「これで間違いないのか?」
リュバリエリュシュスの寿命を指さす。
彼女の寿命は三十四歳、残りは 《四年》
「間違いないね。塔に入れる前に僕のパパがしっかりと測定したし、ダグリオライゼに神殿で再確認もさせたよ」
マルティルディは表情を変えずにはっきりと告げた。
「姉王を買収するとして、予算はどの程度組める? その予算枠で交渉してこよう。王相手に買収行為というのも、中々に楽しいものだからな」
《最悪、予算が足りなくても自前で補強……》
「どうした? イレスルキュラン?」
口にカップを運び、紅茶を飲んで考えていたイレスルキュランは、突如紅茶を吹き出した。
「いや、何でもない」
グラディウスの顔が脳裏を過ぎったとき、何故か発作的に吹き出してしまったのだ。
「行儀の悪い王女じゃなあ」
ルグリラドにそう言われても言い返すことのできない失態に、一人ハンカチで口を拭くイレスルキュランは、
「ばおはっ!」
またグラディウスが脳裏を過ぎって、また吹き出した。この王女、余程先日のグラディウスが面白かったようである。
「何をしておるのじゃ、イレスルキュラン」
「ほっといてくれ」
脳裏を過ぎる、あまりにも ”どすどす” とした歩み。そして ”もぎもぎ” な食事風景。山羊臭い上に、何か土臭く、果ては子供特有の乳臭さまで纏っている。泣きそうになる顔は容赦なく不細工で、涙は ”ホロリ” という感じではなく ”だわだわ”
エサを与えられた時の笑みといったら小動物……ってかハムスター。
「ぼはぁぁぁぁ!」
「煩いぞ! イレスルキュラン!」
考えれば考える程、イレスルキュランの笑いのツボを激しく刺激する ”グラディウス”
《ば、馬鹿には敵わんのか……私は馬鹿に敗北する……ぐっ……》
笑いを堪えるために、彼女はタオルで口を覆い隠した。
最後に犬猿の仲ぐらいでは言い表すことの出来ない、マルティルディとルグリラドが睨み合う。
「あの男も交えて話をしようではないか」
ルグリラドが指を鳴らすとある男が部下を率いて部屋へと入ってきた。
「ガルベージュスかい。やれやれ……だが、良いだろう。ダグリオライゼ! お前はデルシ=デベルシュの後を付いて歩いてな」
怒気を露わにしながら、マルティルディは帝国軍人の敬礼のする道を歩き、その後をルグリラドが続く。ガルベージュス公爵は正妃達と皇帝に挨拶し、去っていった。
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「遊びに来たよ、おねえさん!」
「本当に来てくれたの? グラディウス」
リュバリエリュシュスの頬が喜びに綻んだのを見て、グラディウスもとても嬉しくなり、
「連れてきてくれてありがとね、驢馬」
驢馬にも感謝しながら、リュバリエリュシュスに最も必要な事を話しかけた。
「おねえさんのお名前を、ゆっくりと言ってね。あてし書いて覚えてくるから」
「え、あ……あのね我の名はリュバリエリュシュス」
「おねえさん、早すぎだよ」
グラディウスの困惑した表情を前に、彼女も困惑して、
「そ、そう? えっとね リュ バ リ エ リュ シュ ス……どうかしら?」
出来る限りゆっくりと答えたつもりなのだが、グラディウスに適した速度ではなかった。
「早すぎるよ」
グラディウスのふるふると頭を振り ”無理だよ!” といった表情に、リュバリエリュシュスは困ったが、必死な顔にそれでも答える。
「そう? あのね我の名は」
「あれ? おねえさんって、おおきいおきちゃきちゃまや、おじ様と同じ言葉使うんだね。ほぇほぇでぃ様と同じお顔なのに」
「おおきいおきちゃきちゃま? おじ様? ほぇほぇでぃ様? えっと……それは誰かしら」
グラディウスとリュバリエリュシュスの意思の疎通は中々はかれない様である