藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[15]

「ルサお兄さん!」
「何でしょうか!」
「あのね! あのね! 一緒に来て!」
 グラディウスは涙でゴワゴワになった顔に焦りを浮かべて、必死にルサ男爵の腕を引っ張る。
「何処へ?」
「あのね! あのね! 驢馬が連れて行ってくれるから! 驢馬頑張ってね!」
 走って戻って来た驢馬は水を与えられていた。その驢馬にルサ男爵を乗せようと、全身で押すグラディウス。
 何が起こっているのか解らないルサ男爵は取り敢えず驢馬に跨った。
 この驢馬は雄だが、ガンダーラ2599世のように雄が乗ることを拒否はしないらしく、黙って乗せて水を飲み続ける。
「驢馬頑張って」
 グラディウスは驢馬の手綱を引き、走り出そうとしたのだが、
「あの、ちょっとお聞きしたいのですが……驢馬を引いて目的地へと向かうおつもりですか?」
「うん! どうしてもルサお兄さんに来て欲しいの!」
 ルサ男爵は驢馬から降りて、
「では驢馬を先導……道案内してもらい、私は後ろから……馬にでも乗ってついていきますので。あの……驢馬は少々背が低くて、足が……」
 ルサ男爵の股下は驢馬の背よりも長くて、足が余っているような状態。
 ”お待ち下さい” と言って、ケーリッヒリラ子爵に連絡を取り、二人で馬に乗って後をついて行く事にした。
「何事かは解らないんだな? ルサ男爵」
「はい。要点を述べて下さいと言いますと ”要点ってなあに?” そう言われる御方ですので」
 ケーリッヒリラ子爵は切ない表情を作った後、頷いて馬を二頭用意させた。
 その間にリニアはグラディウスの顔を拭き、トイレに行くように促して、水を飲ませてる。
「あてし頑張ってくるからね! リニア小母さん! 馬鹿だからって泣いてるだけじゃ駄目なんだ! あてし頑張るよ!」
 使命感に燃えている藍色の大きな瞳のグラディウスの口に、大好きな飴を入れてやり、新しい水を入れた水筒を驢馬に据え付けて、リニアは三人を見送った。
 グラディウスは必死に驢馬に話しかけながら、目的地へと二人を連れて行く。何処に行くのか皆目見当の付かなかった二人だが、純金だけで作られた区画 ”夕べの園” にさしかかった所で、二人は顔を見合わせた。
「まさか……」
 存在だけはかろうじて知っているケーリッヒリラ子爵は表情を強ばらせ、
「ですが、存在しないのでは? 先代は女性で、当代は男性です」
 皇王族では最下層の地位にあったが、知識だけは与えられていたルサ男爵は焦りを浮かべた。
 この先にある四角錐の 《巴旦杏の塔》
「新しいのが収められてるのか?」
「それは無いでしょう」
 ケーリッヒリラ子爵の独り言に、ルサ男爵は割合はっきりとした否定を口にした。
「何で解るんだ?」
「ご存じないケーリッヒリラ子爵に教えても……この場合は緊急ですからお教えしますが、両性具有を収める際には色々な決まり事があります。その中で私達 ”皇王族の男爵” が関係するのは ”生贄” です。二十五年以内に両性具有が巴旦杏の塔に収められたのだとしたら、私は生きてはいません。一人が収められると同時に男爵全員が ”憐れなる両性具有への供物” として殺害されるので」
「……」
 ケーリッヒリラ子爵は ”それ” は聞いた事がない。
「二十七歳以上の皇王族男爵は存在しません。そしてそれ以降、一斉殺害された事はありません。ですから今塔の中にいるのは、二十七年前に塔に収められた女性機能優勢の両性具有以外考えられないのです」
「その前は?」
「四十八年前に女性機能優先の両性具有が。確か先々代皇帝の御代に収められた人と聞いております」
 驢馬の背に乗り、必死に前を見据えているグラディウスの後ろで、二人は血なまぐさい話を続けている。
「何で、両性具有に供物なんぞ」
「丁度良い口減らしの口実なのだと思います。次が訪れる日はそう遠くはないでしょう。その時は、お先に失礼させていただきます」
「お前は供物なんかにされないだろう。ルリエ・オベラ殿のお気に入りだ。陛下はあのルリエ・オベラ殿が悲しむような事はせんし、それ以上にマルティルディ……」
 グラディウスの驢馬が足を止めたのを受けて、ケーリッヒリラ子爵は視線を上げた。その先にいたのは、
「……マルティルディ殿下」
 マルティルディと見間違う程の美しさを兼ね備えた 《存在》 だった。
「お姉さん! ルサお兄さんとおじ様なら、お姉さんのしつもんに答えてくれると思うよ!」
 グラディウスの必死の表情に微笑みかけて、
「あ、貴方は?」
 《存在》 はルサ男爵の問いに答えた。
「リュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエル」
 グラディウスとは違い、二人の男は息を飲む。

**********

「嫌なんだよ、殺すの」
 久しぶりにグラディウスと ”いちゃいちゃ” して過ごそうとしていたサウダライトだったが、ケーリッヒリラ子爵、ジュラス、そして少し離れた所にルサ男爵、
「嫌とか言う問題ですか!」
 警備の息子ザイオンレヴィに囲まれて 《巴旦杏の塔》 の 《リュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエル》 の存在を問い詰められて心底嫌そうに答えた。
 実はサウダライト、巴旦杏の塔にリュバリエリュシュスが収められている事は知っていた。そして自分が皇帝になった場合は殺害しなくてはならない事も。
「あれは薬とかも拒否するだろ」
 ”自殺” に関係するものを完全排除する両性具有は、毒薬を与えようとしても飲まない。殺害するとなると、その手で殺す必要があるのだが、
「首を切って放置しておけば、死にますよ」
「そんな簡単に言うなよザイオンレヴィ。お前やテールヒュベルディ(現イネス公爵)でもあるまいし、私は自らの手で人を殺した事なんて一度もないし、この先も殺す気はない」
 サウダライトは責任放棄を明言した。
 サウダライトは生き物を殺すのが大嫌いで、猟も好きではない。愛人に囲まれて、グラディウスにエロい事をするのは大好きだが、流血沙汰は大嫌いだった。
「そのように言われましても」
 この皇帝がそれらに関して苦手意識を持っている事は、ケーリッヒリラ子爵も承知しているが、事はそれでは済まない。
「長生きしたとしても後二十年くらいで死ぬと思うから、そっとしておこうよ」
「陛下……あの両性具有の 《実》 年齢をご存じなのですか?」
 ジュラスが尋ねると、ますます困った顔で 《思い出したくない過去》 を思い出して答える。
「そりゃあ……二十七年前と言えば私が十三歳の頃で……ルサは知っているだろうが、供物として皇王族の男爵を殺害するな」
「はい」
「指揮をしたのは私なんだよ。直接殺してはいないけどさ、五百人くらいいた皇王族男爵の殺害を命じて、気分は最悪だったなあ」
 昔を思い出し、苦いモノがこみ上げてきたサウダライトの表情は酷いものであった。
「それとこれは違……待って下さい! ということは、今塔の中にいるのはケシュマリスタ王族に関係する御方なのですか?」
 ケシュマリスタ王族に連なる父が供物に関係していた、その事がザイオンレヴィを驚かせたが、
「驚く事か? ザイオンレヴィ。ケシュマリスタの開祖は両性具有だ……ケーリッヒリラとエンディラン(ジュラス)とルサも一応覚えておけ。供物を捧げる指揮を執るのにも血筋が必要でな、純粋な王族以外であり、だが王族の血を引き、尚かつ皇族の血も引いていなくてはならない。ケシュマリスタの開祖が男性型両性具有であるエターナ、初代皇后がその姉である女性型両性具有のロターヌだから、その両者の血を引いている、王家以外の者が彼と彼女に対して供物を捧げるように義務づけられている。私はその血筋を持っているせいで、二十七年前には供物指揮で、今は皇帝だ」
 父親は何事も無いように答えた。
「宜しいでしょうか陛下?」
「構わんぞ、ルサ」
「何故皇王族の男爵だけが供物なのですか?」
 何事に対しても興味の無かった彼だが、今は興味もあり、リュバリエリュシュスのように真実を知りたいと思う気持ちも芽生えている。
「ああ、それなあ。それは詳しい事は……正しいかどうか自信はないが、ただ一つだけ。供物を望んだのは初代皇后ロターヌだったことが関係しているそうだ。それ以上詳しいことは、純粋王族に聞かないことには無理だろう」

 ”皇族” の母である ”ロターヌ” が望んだこと

 それが意味することはこの場にいる者達には解らなかった。
「王族ということは、年の頃からして故キュルティンメリュゼ皇太子妃の姉か妹ですか?」
 サウダライトではなく、本来皇帝の座に就くはずだったルベルテルセス皇太子の妃キュルティンメリュゼ。
「妹にあたる。御年三十歳……お前等なあ、簡単に言うがこの歳までケシュマリスタ王家を主として生きて、この先も、そして死ぬまでケシュマリスタ王家を主として生きてゆく ”おっさん” に、主家の血を引いている人を簡単に殺せっていうなよ。私はお前達が生まれる前から、ケシュマリスタ王家に仕えてきた男だぞ。生まれついての皇族じゃあない、無理だよエリュカディレイスの妹君だぞ? 殺せるか……」
 四十歳皇帝はそれだけ言うとふて腐れて、テーブルに俯せになった。
 エリュカディレイスというのはマルティルディの父親で、生きていたならば丁度サウダライトと同い年。体の弱い男で、正式な妹である故キュルティンメリュゼ皇太子妃よりは優しい性格ではあったが、笑いながら人を殺すように命じるタイプでもあり、彼がサウダライトに供物を屠る指揮を執るようにも命じた。
「でも少し考えてみて下さいよ。リュバリエリュシュスの方は、一人孤独なようですし」
 息子は遠回しに 《忠義で殺してさしあげろ》 と言ったのだが、
「マルティルディ様と同じお顔で、エリュカディレイス様の妹君なぞ恐れ多くて傍にも近寄りたくはない」
 父親はさらりとかわす。

 サウダライトはその後、すっかりと眠ってしまっているグラディウスの隣に潜り込み、その若い胸を揉み揉みしながら眠りに就いた。

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