藍凪の少女・後宮配属・寵妃編[12]

「ほらよ」
「ありがとう! おじ様!」
 サウダライトの手袋を何処に保管するか? 悩んでいたグラディウスに、ケーリッヒリラ子爵は手袋が劣化しない特殊ガラス製の箱を作ってやった。
 グラディウスは丁寧に箱に手袋を収めて、色々な方向から幸せそうな表情で手袋を眺めていた。
「そうだ、グラディウスもベゼラ作ってみるか?」
「ええ! あてしにも作れるの?」
「それほど難しくない。庭に出て好きな花でも摘もうか?」
「うん!」
 グラディウスはケーリッヒリラ子爵と手を繋いで庭に出ようとした。手を引っ込めたかった ”おじ様” だが、ここで手を外したら悲しむだろうな……と諦めて手を繋がせて庭へと出る。
「綺麗なお花が一杯! あっ! そうだ! ジュラスにプレゼントしたいから、ジュラスの好きなお花を選んでもらう!」
 そう言ってグラディウスは邸に戻ろうとしたのだが、ケーリッヒリラ子爵がそれを止める。
「駄目だ」
「何で?」
「ロメラ……じゃなくて、ジュラスは日光の下に出られない体質なんだ」
「え?」
 上級貴族には日光に弱いタイプの者が大勢いる。
「ジュラスはそれ程重度じゃないが、この日差しの下に出たら一週間は寝込むな」
「あ、あのね! おじ様! 前にジュラスとお出かけした時も! ジュラス……」
「少しは寝込んだと思うな。あれから暫く遭わなかっただろ? それに此処で出迎えた日の後も暫く姿が見えなかっただろ?」

**********

「ジュラス!」
 薄暗い部屋で詩集を開いていたジュラスの元に、泣きそうな顔のグラディウスが飛び込んで来た。
「御免ね、ジュラス。あてしが……あてし知らなくて……」
「な、なあに? グラディウス」
「おあーおあああー」
 泣き出したグラディウスに慌てながら、抱き締めて必死に慰める。
「あ、悪ぃ……」
 遅れて入ってきたケーリッヒリラ子爵の顔を見て、ジュラスは睨み返した。
「あんた、何を言ったの?」
「いやあ、秘密にしてることじゃないから。お前さんの体質をね」
 ”余計な事を!” と思ったジュラスだが、
「やげどしちゃうんだって? やげどいだいよーああー」
 泣いているグラディウスを宥める方が先と、表情を優しいものに変えて必死に声をかける。
「平気よ。慣れてるし」
「ジュラスと、ごひさまのひだで、あしょびたがーあああー!」
 帝国の上級貴族の全ては元々人間が作った ”人造人間” で、幻獣や天使などが 《原型》 の姿である。
 彼等は子宮内に誕生した直後には 《原型》 が確認される。
 それから ”人” となる。
 殆どは 《原型》の ”特性” などを持って生まれてくることはないが、稀に 《原型》 の特性を持ったまま生まれてしまう者がいる。
 ジュラスの原型は 《吸血鬼》 で、日光にやや弱い体質で生まれてきた。
 基本的には人間よりも遙かに丈夫なので、全身が日光により火傷を負っても命に別状があるわけではないが、逆に治療することもできない。
 また 《地球の太陽》 の再現でのみ火傷を負うように設定されているという特徴もある。地球と太陽の関係を完全に再現しているのは数が少なく、帝星ヴィーナシアは数少ない惑星の一つだった。
 ジュラスは普段、火傷を負わない光量の惑星に住んでおり、火傷も慣れたものである。
「大丈夫だからね」
 それにジュラスが今居る室内のように少し手を加えれば、全く問題なく、日中出歩くのも日光を遮断するヴェールさえ被れば問題はない。
「ごめんね、あの日はヴェールを持ってなかったの。グラディウスに心配をかけちゃって」
 ジュラス本人はヴェールを被って歩くのが嫌いなので、火傷しようとも日の下をそのまま歩く。今までもそうであり、誰に何を言われても被らなかった。それを知っているケーリッヒリラ子爵は特に不思議には思わなかったのだ。
「うん……うん。今度はベール被ってね、ぐし……」
「……そうね、グラディウスの心配かけちゃ駄目だもんね」
 人より劣っているようなのを見せるのは嫌いだったのだが、グラディウスに泣かれるのはもっと嫌なので、
「ジュラス! 火傷してない!」
「大丈夫よ。このヴェールを被っていると大丈夫だからね」
 ヴェールを取り出して被り、ケーリッヒリラ子爵を引き連れてグラディウスと共に庭で花を選び歩く。そして風が吹き抜ける度にグラディウスはジュラスに抱きついて、
「ベール飛んじゃ駄目なのに」
 火傷しないようにと必死に押さえてくれるグラディウスに微笑みながら頭を撫で、グラディウスは笑顔を向けてくる。
 瑠璃色の館と色とりどりの小さな花々、そして青空にグラディウス。
【貴方がいなければ、最高なのに】
 ジュラスは後ろを付いて歩いている、一応警備のケーリッヒリラ子爵に毒付いた。
− ほっとけよ。ま、ルリエ・オベラ殿のお陰でヴェールを被るようになって良かったな。これでガルベージュスも安心するだろ −
【あの男の名前は出さないでよね。煩いし、鬱陶しいし、くどいし、暑苦しいし】
 グラディウスと手を繋ぎ、チューリップ畑へと進んでいったジュラスを見送りながら、ケーリッヒリラ子爵は苦い顔をする。
 ガルベージュス公爵。彼はジュラスが言った通り、かなり暑苦しくて、くどくて、鬱陶しく、そして煩いのだが、帝国軍の総司令官であった。
 ジュラスに恋してザイオンレヴィに決闘を申し込み、敗れてもジュラスに愛を語り、鬱陶しがられて殴られて、でも……の繰り返し。
 帝国士官学校時代の主席の彼の下で働くことは無いだろうと思っていた、エヴェドリット王家の属のケーリッヒリラ子爵だが、寵妃グラディウスの警備になった事で帝国軍に配属されてしまい、
「今日、報告書持っていかないとな」
 少なくとも三日に一度は彼と直接会うことになってしまった。無駄に熱く、いや灼熱で、あのマルティルディですら持て余し気味の男に、毎回毎回 《愛しい姫君 ロメララーララーラ》 こと、ジュラスの事を聞かれることが、やや枯れ気味のケーリッヒリラ子爵は最も苦痛だった。

 その頃ルサ男爵は、リニアと共に幼児教育において高名な学者の講演を聴きに行っていた。リニアを伴ったのは、彼が宮殿を出た事が無いので案内してもらう為である。

**********

 ぎこぎこ〜ぼんぼん〜ららら〜ぎこぎこ〜ぼんぼん〜ららら〜ぎこぎこ〜ぼんぼん〜ららら〜
 グラディウスの頭の中でこんな感じで再現されている。
 「ぎこぎこ〜」はルサ男爵の弾くヴァイオリン。
 「ぼんぼん〜」はケーリッヒリラ子爵が弾くピアノ。
 「ららら〜」はジュラスの歌。
 リニアと一緒にソファーに座りながら、三人の演奏を聴いていた。
「どう? グラディウス」
「綺麗だった! すごい、すごい!」
 グラディウスは演奏前にルサ男爵も持っているヴァイオリンを持たせてもらい、弾いてみて音に吃驚したり、ピアノを叩いて ”こうするんだよ” と指を広げて ”ド” から次の音階の ”ラ” まで簡単に届くおじ様の指に驚き、ジュラスの4オクターヴを自在に操る声に圧倒される。
「凄かったね、リニア小母さん」
「そうね」
 皇族及び皇王族はヴァイオリン、エヴェドリット属はピアノ、そしてケシュマリスタ属は ”声” が、各王家の楽器とされている。それらを用いて、グラディウスを観客に簡単な演奏会を開いていた。
「シルバレーデ公爵閣下は、声も素晴らしいと聞きます」
 ヴァイオリンを置いたルサ男爵は 《声》 でも有名なザイオンレヴィの名を口にする。
「白鳥さん、歌上手なの?」
「そうねえ、私より声が出るわ。あの男8オクターヴを完全に網羅してるのよ……すごい沢山の声がでるの。ほら、グラディウスの村にも声が低くなった男の子とかいなかった?」
「いた、みんな声が低くなる」
「あの男……じゃなくて白鳥は、声が低くならない人で、いろんな声が出せるの」
 ジュラスの言葉に、
「白鳥さんのお歌も聴いてみたいなあ。そうだ! ほぇほぇでぃ様は! ほぇほぇでぃ様もお歌上手なんじゃないの?」
 椅子が付いている板の上(輿のこと)にいるマルティルディの常識を越えた美しさに、声もきっと綺麗に違いないと。
「勿論。あの御方は別格だ」
 ルサ男爵と話をしていたケーリッヒリラ子爵が、苦笑いしながら答える。 ”ザイオンレヴィなんかと比べては駄目だ” という意味を込めて。
「マルティルディ殿下のお歌は私も聴いたことあるわよ」
「リニア小母さん聴いたことあるの?」
「十年くらい前ににマルティルディ殿下が立太子式典の時、ケシュマリスタ王国国家を歌われて、それを拝聴した事があるの。とっても綺麗だったわ」
 立太子も拝聴も良く解らないグラディウスだが、容姿に似合ったとても美しい声をしている事だけは解った。
「ほぇほぇでぃ様のお歌……」

 何時か歌って貰おうと、思いを馳せながらグラディウスはトライアングルの練習を始めた。

 正妃になる可能性の高いと目されているグラディウス。ならば楽器の一つは演奏出来た方がいいだろうという事で、音楽を学ぶ時間が設けられたのだが、
「ちーんちーん、ちちん。ちーんちーんちちん!」
 ただ、グラディウスの音楽的才能は、何故か笑いを呼び起こすものであった。
 必死に練習しているグラディウスの動きと、それが創り上げる音に、ケーリッヒリラ子爵は笑いを堪えて噎せて、教えなくてはならないルサ男爵は再び青ざめ、ジュラスもさすがに声を失う。
 リニアだけが、なんとか普通の表情でグラディウスを見守って居た。

「ちーんちーん、ちちん。ちーんちーんちちん!」

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