グラディウスは車の窓に顔を ”べったり” とくっつけて、景色に見とれていた。
食堂での騒ぎの後、部屋に戻ると迎えの者達が頭を下げて出迎えた。
リニアは自らの私物を持って、ルサ男爵はグラディウスの私物を持ち、グラディウスは先ほどマルティルディから貰った花の入った箱を持ち、迎えの車に乗り込む。
「これ、なぁに」
グラディウスは生まれて初めて乗った「車」に興味を持ち、そして変わる景色に喜んでいた。
グラディウスは故郷から出て、貨物列車しか停車しない近くの駅で、操縦士の手伝いをする事を交換条件に貨物列車に乗せて貰い街まで来た。
到着後はその操縦士が帰宅する際に遠回りをして、職業斡旋所まで連れて行ってくれた。
”良い仕事が見つかると良いな”
”ありがとー。あてし、がんばるよー”
最初は後部座席で、ルサ男爵とリニアの間に挟まれた形で座っていたのだが、景色が気になりルサ男爵の上に乗りながら、窓に伸びていったので、
「場所かわりましょう」
ルサ男爵は場所を移動した。
愛妾から寵妃にまでなったグラディウスが、自分の膝の上でもがいていては問題があるだろうと。
「木がたくさん!」
「グラディウス殿の館は、他の寵妃の館が立ち並ぶ場所から離れた所に存在しています。離れていると言われる所以は、この林にあるのです」
常緑のライヴオークの林の中にある意匠を凝らした 《鉄製のガス燈》 で有名な、正面250M奥行き800Mの三階建ての館。
敷地自体は噴水のある通路を含めて3KM四方程。
サウダライトがこの館にグラディウスを住まわせようとした理由は様々ある。その大きな一つは他の寵妃達の館から離れていること、そしてもう一つは壁に瑠璃石を使用したの幾何学模様が施されていること。
グラディウスの瞳の色によく似た瑠璃が室内にも大量に使われている所が、サウダライトとしては与えるに相応しいと感じた。
「到着いたしました」
出迎えが車のドアを開き、礼をする。
「ありがとございます」
グラディウスもお礼を言って、辺りを見回した。
通路にある噴水と、頭を下げている召使い達。20段ほどの階段の上に見えるガス燈と、グラディウスの立ち位置からでは、端が見えない程大きな瑠璃色の館。
全てに言葉を失っていたグラディウスだが、その階段の上に立った知り合いを観て、持っていたマルティルディから貰った箱を投げて駆けだした。
「ジュラス!」
「グラディウス!」
嬉しさを身体全体で表しながら走るグラディウスと、軽やかに階段を駆け下りてくるジュラス。
「元気にしてた! グラディウス!」
ジュラスはグラディウスを抱き締めると、そのままグルグルと回しはじめた。良くある、恋人同士のシーンだが周囲で観ている者達は、何となくおかしく見えた。
「ジュラス、降ろして!」
「御免ね、嫌だった?」
「違う! 楽しかったから、あてしもジュラスにするよ」
ジュラスはグラディウスよりも20p以上背が高い。
「え、無理だと思うけど」
「あてし、力持ちだから! 頑張るからやらせてくれる?」
力持ちだから出来る物ではないのだが、
「じゃあ、やってもらおうかしら!」
ジュラスも喜んでグラディウスに回される事にした。結果、ジュラスはあちらこちらを擦り剥いたのだが、
「楽しかったわ、グラディウス」
「ごめんね! ジュラス」
「とっても楽しかったってば」
結果としては良かったようだ。
入り口で大騒ぎして館に入り、直ぐに通された部屋にいたのは、
「おっさん!」
「グラディウス」
グラディウスの飛び付き抱擁を受けたサウダライトと、
「元気でなによりだね」
「ほぇほぇでぃ様!」
ケシュマリスタ王太子マルティルディ。
サウダライトは腕の中のグラディウスが、嘗ての主家の実質的な主であり、今も頭が上がらない 《性悪》 なマルティルディに向かって ”ほぇほぇでぃ” と叫んだ事に硬直したが、
「ダグリオライゼから離れて、僕の所に来たまえ」
言われた方は、全く気にせずにグラディウスを呼び寄せた。
寵妃になったグラディウスは仮初めだが結婚した事になり、後継者が生まれた場合は直ぐに正妃となる事を確約される立場になる。
それらに同意する書類を読み上げられ、直筆のサインをする事が決まりだが、
『読み上げたって、あの子解らないだろ』
そのようなマルティルディの意見により、サインだけで直ぐに終わる事になった。
万年筆など使った事がないグラディウスは、慣れない手つきでグリグリと紙を抉りつつ名前を書き終え、マルティルディに差し出した。
「よろしい。これで君は晴れて寵妃だ」
言われた方は、その言葉の意味を全く理解はしていなかったが。
「それにしても、シルバレーデは遅いですね」
「婚約者にそんなに会いたいのかね、ロメララーララーラ」
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「下働き区画でそんな事してたとは」
シルバレーデ公爵ザイオンレヴィは、
「両親にばれて、そのまま宮仕え一直線だ。道楽息子の道楽も偶には良い物だな……だとよ」
ケーリッヒリラ子爵エディルキュレセと肩を並べ歩きながら、グラディウスの館へと向かっていた。
グラディウスの 《おじ様》 こと、ケーリッヒリラ子爵はあの後、帝星からほど近い領地に戻り自分の仕事をしていた。
そこに両親が「フレディル侯爵家の第二子が、趣味にうつつを抜かして結婚もしないでいるのは外聞が悪い!」と何時も通りの一方的な言い分を掲げて見合い相手を連れて来た。
結婚する気のない子爵は逃げようとしていた所、皇帝からの火急の命が入り、これ幸いと子爵は逃げ出した。
子爵の逃走後、両親は自分達が用意した見合いの全てを捨てて、帝星に逃げた息子が公職に就く事ができるように手を回した事など知らずに。
子爵が帝星に到着すると、皇帝の警備担当指揮をしている顔見知りのシルバレーデ公爵ザイオンレヴィが出迎えに現れた。
「警備についてくれるんだってな」
「何が?」
ザイオンレヴィは上級士官学校同期の 《おじ様》 を伴い、説明しつつグラディウスの館へと向かうことにしたので、少しばかり到着時間が遅れる事になった。