「おっさんって子供いるんだ!」
「いるよ」
久しぶりにグラディウスの元に来たサウダライトは、色々な話を聞かせた。リニアやルサ男爵にしてみれば 《常識》 なのだが、グラディウスには未知の話。
「なっ! 何人?」
「四人いたけど一人死んじゃったから、今は三人」
一生懸命見上げてくるグラディウスに、
「んー長男はもう結婚してるし、長女はちょっと駄目だけど、次男はグラディウスのお友達になれると思うよ」
頭を撫でながら告げた。
「おっさんみたいに優しい?」
「ザイオンレヴィ、次男の名前だけど、そのザイオンレヴィは優しいよ。近いうちに宮殿に来るから、そしたらグラディウスに会わせてあげられる。仲良くしてやってね」
「うん!」
ザイオンレヴィは、サウダライト帝の子で唯一軍人になった。軍人になろうと思ってなったわけではなく、彼の一歳年上のケシュマリスタ王太子マルティルディが、幼馴染みだったザイオンレヴィに突然「僕の王国に軍人が少ないから、君が軍人になると良い。決めた! 君は軍人だ!」言い放ち、言われた方は王太子の気まぐれであろうが抗える訳もなく軍人の道を進む。
ケシュマリスタで軍人となる貴族は珍しく、血筋も良いのでそれなりの地位に就く。
そんな彼は十歳前に近くに住む、ウリピネノルフォルダル公爵家の跡取り姫ロメララーララーラと婚約が成立していた。十五歳を過ぎた頃、ロメララーララーラとの婚約に異議を唱える騎士気取りの貴族に決闘を申し込まれ、その騒ぎが拡大し、他の家から送り込まれた婿候補と、かなり大がかりな婚約者争奪戦を繰り広げた。
ザイオンレヴィはロメララーララーラに思い入れはないし、相手もないことを知っているが「頑張って勝ちたまえ。僕が計画した見せ物なのだから。僕は君が勝つ以外の結末は期待していないよ」黒幕王太子殿下からその様に言われ、参加したくもないのに強制参加させられていたケーリッヒリラ子爵を味方に付けて、闇討ちしたり薬を盛ったり、対戦相手の部下を買収したりして、無事婚約者の立場を守りきった。
余談だがロメララーララーラは自分の名前があまり好きではない。とくに ”ララーララーラ” の部分が嫌いなので、知っている人は彼女の名前を口にはしない。
「会えるの楽しみだ」
グラディウスは花のゼリーを食べながら 《おっさんの息子》 に会える日を心待ちにした。
「それと、近いうちにおっさんの奥様にも会うことになると思うから……」
グラディウスは薄紅色のゼリーを運んでいたスプーンを止めて、サウダライトを凝視する。
「おっさんの奥様? 奥様って?」
グラディウスの村で、自分の妻を奥様などと言う人はいはしない。なにより普通は自分の妻を奥様などとは言わない。
「おっさんの女房って言えば解って貰えるかな?」
憂いを通り越した、憂鬱に苦痛を足して諦めで薄めたような表情のサウダライトだが、グラディウスはその変化に気付くことはなかった。
「うん! そっか! おっさん子供いるから母ちゃんも居るんだもんね!」
「う、うん。それでねグラディウス、おっさんの事はいくら 《おっさん》 って呼んでもいいけど、おっさんの奥様は 《母ちゃん》 とか言っちゃ駄目だよ。お后様って呼んでね」
自分がおっさんと呼ばれているのは構わないが、王女三人を 《かあちゃん》 と呼ばせては、グラディウスの身に危険が迫るというものだ。
「おきちゃきちゃま?」
グラディウスは聞いた事のない響きにうっとりとしながら、周囲にいる誰も聞いた事のない発音 《おきちゃきちゃま》 を繰り返していた。
「そ、そんな感じ。ルサ、后殿下まで発音出来るように。大至急だ」
「御意」
**********
サウダライトの元に主家の主マルティルディから、
「あの子を寵妃にするよ。異存などあるはずもないよね」
告げられた。
サウダライトにしてみれば、これから時間をかけて寵妃に出来たら良いな……と考えていた所なので、渡りに船ではあった。
だが両手を挙げて喜べないのが、サウダライトとマルティルディの長年の主従関係からもたらされた物である。
何か絶対に裏があるのだろうと思いはしたが、
「あるはずもございません」
従うしかなかった。
「屋敷の選定などは好きにすると良いよ。主要な人員は僕が決めるからね。デルシ=デベルシュ、ルグリラド、イレスルキュランは各王家の王を前にして話を通す。君も同席して冷や汗をかくと良いよ」
寵妃にするならば避けて通れぬ道だろうと、それは諦めてサウダライトは従った。
**********
寵妃に迎える事を告げた後の王と后達の表情の変化と、その後の言い争いを思い出しながらも、
「おっさん! おっさんの身体洗い終わったよ」
「ありがとうね。大変じゃないか?」
「牛とか農具より洗いやすいから平気」
銀河帝国皇帝を牛馬と同列にする 《安らぎ》 を前に、明日も続くだろう争いに向かい 《寵妃》 という結果を必ず得ようと決意を新たにする。
サウダライトと共に温い湯に肩までつかりながら、グラディウスは楽しそうに尋ねる。
「おっさんのおきしゃきしゃまは、優しい?」
子供を強く残しているグラディウスは母親を恋しく思う時があり、それが強くなるとリニアの腰に抱きつき、悲しさとしか表現の出来ない感情の波が去るまでじっとこらえて待つ事があった。
「うん……優しいかなあ。グラディウスが言うような優しい人かどうかは、ちょっとおっさんは言えないなあ」
「そっかぁ……」
グラディウスは自分がもっと上手く喋る事が出来たらないいなと思ったが、それすら表現することは出来なかった。
”子供と母ちゃんがいるおっさんのお家に、グラディウスも偶に遊びにいけたらとっても嬉しいな!”
サウダライトの家庭はグラディウスの思い描いているような物ではないのだが、
「多分、デルシ=デベルシュ様は可愛がってくださ……って良いのかなあ……」
「おっさんのおきしゃきしゃまの名前?」
グラディウスの夢を膨らませるのには充分だった。
風呂から出て、サウダライトは裸のまま冷えた発砲ワインを口に運び、グラディウスは絵本を持ってベッドに横たわる。
濡れた髪のまま本を開いて、その挿絵の美しさに見入る。
グラディウスが読んでいるのはお姫様が出てくる話。物語に書かれている姫と、帝国にいる姫は違うが、その違いを理解させるのは少々どころではなく難しい。
「グラディウス」
発砲ワインを飲み終えたサウダライトはグラディウスの上に軽く覆い被さり、手をベッドと身体の隙間に入れ胸を揉む。
「っ!」
「どうしたんだい? グラディウス」
乳首を指ではさみ、胸を揉むと何時も笑い出すグラディウスが、突然身体を硬直させ、
「おっさん! 胸触られて、何時もと違う感じがしたよ! おっさんが言った通りだ! おっさんがいっぱい触ると、変わるって!」
振り返りサウダライトを見つめる眼差しは 《尊敬》 で溢れていた。
グラディウスに潜んでいた快感を感じる身体の変化が、サウダライトの手により早すぎる時期ながらも、少しずつ花開きはじめたのだ。
「すごいねおっさん! あてし、自分で触ってもなんにも! すごいな、おっさん!」
あまりに尊敬されるので、さすがにサウダライトも居心地が悪くなり、
「グラディウスも本を読んで勉強してるからだと思うよ」
そんな言葉を口にした。
口にしたところで、やることはやるのだが。