そして夜が訪れる【02】
シャタイアスは手元に残った一枚の羽を手帳にはさみ、胸ポケットにしまう。
その上から触れ――なんとなく、息子に菓子を作ろうと思いたち、散歩を切り上げ宮へと戻った。
「朝食のお礼を込めて」
ソファーに腰を下ろし、テーブルに乗っている天然素材で作られたノートを開き、ワインレッドの万年筆を持つ。
その万年筆でノートを軽く叩きながら、
「あいつは何が好きだったかなあ……」
呟いてすぐに目を閉じ眉間をつまみ、ノートの隅にインクが出てこない時にするようぐしゃぐしゃの丸を書く。ただ力が入り過ぎており、ペン先はすぐに潰れた。
「あいつの好きなものなんて、一つも知らん」
一年少し前まで、息子が住んでいるところすら怪しかった父親だ、好物など分かるはずもない。大体息子がどんな生活をしてきたのか? 知らないし、知ろうともあまり思わない。
「あー血統からすると甘くないやつか?」
自分以外誰もいない部屋で、独り言を呟く子持ちの独身男性。年齢二十代後半。
何度か料理を作ってやった際に、あまり甘いものを求めなかったことを思い出すも、そもそもシャタイアスの”あまり甘いものを求めなかった”の基準はクロトハウセ。
人生において摂取した食料が[とてつもなく甘い菓子>食事]こんな感じになっている男を基準にしたら、誰だって「甘くないのが好み」になるというもの。
それでも血統で判断している分は良かった。
テーブルにあるボタンを押し、帝国最強騎士として帝国騎士のデータを取りだし、
「いや、でも、いや……血液の成分からすると……」
血液成分から判断しようとしている辺り、シャタイアスの息子との関係が見て取れる。
どのように「見て取れる」のかは若干不明だが。
根本的なことなのだがシャタイアスは「依頼されて」菓子を作ることはあっても、自分から菓子を作ろうと思うことは無いに等しい……ってか、ない。
彼がお菓子作りを始めた経緯は、皇帝(当時皇太子)に請われてのこと。
たまたま指先が宇宙でも類をみないほど器用で、菓子作りのセンスが機動装甲の操縦者並に「稀代」のものがあっただけで、本人の趣味ではない。その為頼まれないと作ろうとは思わない。追加説明を加えると、いつもは忙しい合間を縫って「余の命、完遂できるか?」「御意」や「エクレア作れ。すぐにだ!」「わかった」このような感じで菓子を作るのであって、ゆったりとした時間を持て余し、誰かの好みを探り作ったことなどない。
「…………」
戦うことのみを求められる一族で、自らもその生き方を好み生きてきた。その生き方に疑問はなく、不満もないが――
「我等は平和に馴染めぬとは、よく言ったものだ」
祖先アシュ=アリラシュの言葉に納得し……たのだが、息子に菓子を作ることを諦めはしなかった。
この辺りがシャタイアスとらしいと言えばらしい。
「だが勝手に作るわけにはいかないな。あいつは嫌いな食い物があるからな」
”あいつ”ことザデュイアルは確かに食べられないものはある。
だがそれは彼が幼少期を過ごしたロヴィニアにおいては、好き嫌いとは言わない。エヴェドリットだからこそ言われる――鉄鋼や建築資材、それに人間の臓器など。
初めてそれを見た時ザデュイアルは「え、あ、うえ? それ食べ物に入るの?」と、軽いカルチャーショックを受けた。衝撃が軽いあたりで人殺し一族の適性があるとも言えるが、とにかく衝撃を受け、ほとんど食べたがらない。
そんなザデュイアルの父親であるシャタイアスは、食い物に関してはまったく好き嫌いのない。人や鉄鋼から、果てはクラサンジェルハイジまで。とくに彼女とは子どもを儲けたくらいに好き嫌いはない。
そのシャタイアスからしてみると、息子には好き嫌いがあるという認識になってしまった
「やはり嫌いなものは確認しないとな……食べられないものもあるだろうしな」
繰り返すがザデュイアルは、食品として売られているものなら何でも食べられる。彼が食べられないのは……。
「まさか、材料で悩むとは」
お前は人間や鉄や鉱石やクラサンジェルハイジを使った菓子を作るつもりなのか? と、誰かがいたら突っ込んでくれ……るような人はシャタイアスの側にはいない。
そもそも、この宮には誰もいない。
エヴェドリット的な方向にずれながらも、シャタイアスは万年筆にキャップをし、ノートはそのままにして部屋を出た。
「ところであいつ、どこで勉強しているんだ」
まだ十代前半の息子なのだから、行動を把握しておけ! ……などと言う人はもういないはずだ。
頑張って良く言ってやれば、息子を信用している――だが。
「連絡入れたら深みにはまりそうだが」
行き先を知っていそうなエバカインに連絡を入れ”陛下が出てきたら、休暇終わりだな”そう思いながらも。
『はい、そうです』
画面に現れたエバカインは、いつもよりも凛々しかった。髪をいつもよりも短く切り、
―― 切るというよりは”刈った”といった感じだな
前髪も短めでいつもは隠れている額が露わになり、その鋭い(だけの)目元がいつも以上の冷たさを醸し出して――いるようにも見える。
まあ知らない人なら、そう見える……と言ったところだ。
そんな見た目を見事に裏切るエバカインは、勉強場所に講師陣と一緒に勉強している者たちのリストから、ザデュイアルの模擬試験の結果まで送ってくれた。
もしかしたら、息子が嫌いで食べられないものをエバカインなら知っているかも? と尋ねたシャタイアスは首を傾げられた。
なにかおかしな質問でもしたのだろうか? 考えたシャタイアスに、
『嫌いなものを尋ねるのも必要ですが、好きな物をお聞きになったほうがよろしいのではありませんか?』
「言われてみれば……」
臓器や鉄鋼が嫌いなことは知っているが、好きな物はまったくに近い程知らなかった。
『殿下はお優しいので、私がなにを作っても食べてくれます』
「皇君の手料理を食べさせていただいていたとは」
『陛下と皇太子殿下のお食事会の時に、少し作らせてもらったのですよ』
もちろんエバカインも、自分から作るといったのではなく、シャタイアスと同じように皇帝より命じられたのだ。
「そうでしたか」
皇帝と皇君、そして好きな皇太子の前で好き嫌いはしなかっただろうとシャタイアスは安心したが、エバカインはその類の材料で料理を作ったりはしない。
「皇君、髪を切られたようですが。なかなかお似合いですよ」
礼を言い、それと皇君を褒める。
大貴族としてはここは外せないところだ。
―― 皇君は本当に似合っているから、世辞を言わなくていいのが楽だなあ。楽と言えば、我も髪を皇君のように切って刈ってしたいような……いや、陛下ほどではないが我の顔も……隠しておくべきだな
”すっきりとして良いな”感じ少し切ってみようかと気持ちが傾きかけたものの、自分が凶悪顔の代名詞だったことを思い出して、顔を隠しておく事にした。
顔を露わにしていいのは、怜悧と謳われるエバカインぐらいの顔が限界である。
『ありがとうございます。切るっていうより、刈ったと言ったほうが近いのですが』
画面の向こう側で後頭部を撫でるエバカイン。
「皇君。髪は確かに刈られたのでしょうが、大宮殿の隠語で”刈る”は僭主を殺害するという意味です。現在ではもう死語に等しいのですが、僭主狩りが終了と言われていないので、使われない方がよろしいかと」
シャタイアスに言われたエバカインは、氷の美貌が一気に溶けてしまった。知らなかったことを”知り”羞恥で顔が桜色に染まり、
『あ、そ、そう、なんですか』
どもりだした。
まずいことを指摘したか――シャタイアスは、急ぎ感謝を述べて通信を切り息子がいる【薄くてきらきらした本が収蔵されている図書館☆】へと急いだ。
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「……」
「エバカイン、お前知らなかったのか」
後ろで聞いていたサベルス男爵が――刈るの真の意味、知らなかったのか――と、可哀相なエバカインに向ける視線でエバカインを見る……わりとよくある、いつもの光景とも言える。
振り返ったエバカインは、
「アダルクレウスは知ってた?」
「当たり前だろ。どうしたんだよ、エバカイン」
「俺さ、昨日……陛下に”頭刈りました!”って言っちゃった」
知らなかったことを恥じ照れるエバカインと、
「何時もの事だろ。訂正されなかったってことは、陛下は気されていないってことだろ」
今更なに騒いでるんだよ、いつも通りだろ? 呆れる「これもまたいつも通りの」サベルス男爵の姿があった。
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