ハロウィン計画(案)【01】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
 ケーリッヒリラ子爵は帝国軍少佐であり、グラディウスの館警備の実働部隊の指揮官である。小隊をまとめ指揮し、グラディウス本人の安全に、
『おじ様、あてし今日も窓掃除したい』
『アレに乗ってか?』
『うん!』
『解った』
『落ちるなー! グレス!』
『ごめーん! おじ様』
 日々目を光らせている。
 その子爵が、寵妃区画の警備を総括しているゾフィアーネ大公に呼び出された。現在寵妃区画にはケシュマリスタ勢しかおらず、血統的に彼が警備総括になったのは当然でもあった。
 呼び出されたのは子爵だけではなく、
「ザイオンレヴィ」
「エディルキュレセ」
 シルバレーデ公爵ザイオンレヴィも同じく呼ばれていた。
「あれ? 手土産」
「ああ。公的な話じゃないってことだから、おにぎりを握ってきた」
「そうか。あれ? 警備もつれてきたのか?」
「数名な。公的なことじゃないとは言ったが、私的だとも明言していないから、その両方に跨る感じになるんじゃないかと思ってな」
「なるほど」
 子爵が連れてきたのは、ルサ男爵に射撃を教えているケルディナ中尉と、友人で同じく警備小隊の一つを任されているガラード中尉の二名と、その部隊全員。
「具は?」
「一通りは作ってきた。おかかに、梅干し、鮭フレークと通常の塩鮭。はらこ醤油漬け、シーチキンで味付け三種類と、わかめちりめんじゃこ、海苔の佃煮と貝の佃煮五種類。高菜に天むすも作ってきた。もしかしたらジーディヴィフォ大公が乱入してくることも考えて、たらこに焼きたらこに、辛子明太子に焼き辛子明太子。あとは塩おにぎり。高級な塩を使ってきた」
「塩おにぎり以外は、海苔とごま?」
「ああ。別パックに味噌を塗ったものと、焼く機材も持ってきた」
「楽しみだな」
「終わったら館までくるといい。米磨いでおいたから、追加でつくるぞ」
 《おにぎり》それは失われた食文化であり、ゾフィアーネ大公とジーディヴィフォ大公が地球時代のアーカイブに潜入し、復活させた味である。

―― おい、ガラード。子爵閣下と公爵閣下、なにを喋っているんだ?
―― やべえ、閣下たちが何を言ってるのか、意味不明だ。暗号か? 暗号なのか?

 それなので、一般兵たちは何を言っているのか意味が解らない。
 荷物《おにぎり》を持っている部下たちを置き去りにして二人は話しながら、ゾフィアーネ大公がいる部屋の前に立った。
 軍の司令室ではなく、だが自宅でもない。
 大宮殿内にある、高級軍人の休憩施設の一角。
 その扉の前に立った子爵は連れてきた後ろにいる部下たちを振り返り、プライベートどころか、公的にもゾフィアーネ大公と直接会うのは初めての普通の貴族たちに、
「言っておくことがある」
「なんでしょうか?」
「先ずは深呼吸しろ」
「は? はい」
 まずは深呼吸させ、そして説明をした。
「まずいと思ったら、すぐに退出しろ。公的なことではないから、許可を得る必要はない」
「は、はい?」
「我が言っている意味、いまは解らないだろうが、後で解ることになる……ならないことを願っているがな」
 子爵もまったく理解できないでいる中尉たち以下隊員たちに、もっと解りやすく説明してやりたいのだが、これ以上の説明は会わせて見ない限り不可能。
 扉前の従者に名を告げて取り次ぎをお願いして、隊員たちの前に立つ。
「やあ、待っていましたよ。ケーリッヒリラ子爵」
「……ちょっと失礼」
 子爵は自分で扉を閉めて振り返る。驚きに硬直している彼らに、
「深呼吸だ」
「……」
「なにが起こっているのかは、我にも解らん。さあ、もう一回深呼吸だ」
 隊員たちも”なにを見たのか?”など聞けない。彼らの視界に飛び込んできたのは、たしかに見覚えのあるゾフィアーネ大公の顔。それ以外の部分が生命基本活動すら止めてしまう勢いがあったのだ。
 今度は従者に告げず、子爵が自ら扉を開く。そこには先程と同じく、長い腕を広げ、バレリーナ立ちをしている。
「プライベートだと解りやすくするために、格好を変えてみました」
 ゾフィアーネ大公、彼がほぼ全裸であること子爵や公爵は予想の範囲内であり、予想通りほぼ全裸なのだが”ほぼ”の部分、いつもであれば腰布が該当するのだが、今日は違った。
 膨らんだ特徴ある形をしたオレンジ色の物体をはいているのだ。
「はあ……それは?」
 子爵は一目でそれが何か解ったのだが、ザイオンレヴィは良く解らず彼に尋ねた。
「かぼちゃです」
 余計な装飾や、くどい言い回しなどせず一言で語る。
「かぼちゃですか?」
「はい、かぼちゃです」
 物体の名を聞いて、必死に脳内の記憶を手繰り『かぼちゃ』の存在に辿り着いたザイオンレヴィは、
「大きいですね」
 当然の感想を述べる。
「はい、とても大きいのです。収穫時の重さは358kg。その中身を刳り貫き、私の下半身が入るようにしたのです」
「かぼちゃ、ぱんつですか?」
「はい、リアルかぼちゃぱんつです。ケシュマリスタ王位継承権を持つ私に相応しいプライベートスタイルだとは思いませんか」

 ケシュマリスタ王家の下着はかぼちゃパンツが主流である。理由は不明 ――

「えーっと」
 下半身に合うように中身を刳り貫いたオレンジ巨大南瓜。
 かぼちゃにとっては不幸かもしれないが、見ている方はもっと不幸である。なにせ似合うのだ。
 麗しき美形閣下は、巨大南瓜を直履きしていても、微塵も乱れぬ美形なのだ。
 突っ込めもせず笑えもせず、ただその美しさを前に跪くしかない。神々しさの欠片もない格好なはずなのに怖ろしく神々しい。

―― さすがマルティルディ殿下の親戚……

 子爵は怖ろしくてその姿を想像することはしなかったが、マルティルディが同じ格好をしても、いまと同じく笑えもせず、その美しさにケシュマリスタだと納得するだろうと……ちなみに笑いの沸点の低いおじ様だが、ゾフィアーネ大公の奇行に耐えるのは得意であった。彼の奇行は奇行だが、それらの奇行をねじ伏せる圧倒的で説得力抜群の容姿があるので、一切笑えない。
 笑う余地も、余裕も与えてくれない……とも言えるのだが。
 そして子爵がすることは、振り返り硬直している部下たちの前で軽く拍手をして、
「そろそろ硬直から戻って来い」
 声をかける。
「硬直とは?」
 前髪をかき上げながら、善良な一般帝国貴族を精神崩壊の境地に追い込んだ美貌のリアル南瓜パンツをはいているゾフィアーネ大公が尋ねる。
「大公の美貌に驚いたようです」
「皆さん、私のことを見たことはあるでしょう」
「軍服姿は見覚えあるでしょうが、私服姿は初めてですから」
 そのリアル南瓜パンツ一丁を”私服”と言いきって良いのですか? 閣下……立ち直りつつあるケルディナ中尉は思ったものの、口を開ける訳がない。

 子爵の配下どころか、自分の一般軍人部下も美と納得との狭間でアイデンティティを求めていることなど気付かないゾフィアーネ大公は、
「ナマモノなので、扱いは丁重にしなくてはならないのです」
 デリケートな刳り貫き南瓜ぱんつを労るように柔らかいクッションで埋め尽くされた高級ソファーにゆっくりと座る。
 子爵は『気にしたら負けだ! 最初から負けているが!』の精神で、手土産を開く。
「公的な話ではないと聞いたので」
「おにぎりですか! 久しぶりですね。あさりの佃煮はありますか」
「ありますよ。はい、どうぞ」
 クッションに埋もれるかぼちゃ直履き美形が、三角おにぎり(海苔付き・あさりの佃煮)を片手に、長い髪を払いのけている姿。
 それでも美しさが損なわれない。ここまでやって美しさが損なわれないということは、もともとそれ程の美しさではないのか? それとも帝国貴族たちの美の認識をする脳の機能が全て破損しているのか? 真相を究明しても仕方ないことなので、誰も何も触れずに、
「お茶を。緑茶を所望しますよ」

 茶を持って来るように命じるゾフィアーネ大公を見つめるしかなかった。

 子爵は部下たちにおにぎりを配り、
「ご飯を炊き、具と言われるおかずを中心に入れて握っただけのものですが、この握りが難しいのですよ。しっかりとした形でありながら、食べると”ほろり”とする食感でありながら、最後まで決して崩れない握りが。具も味が薄すぎても駄目で、濃すぎてもだめ。周囲の塩も同じこと。ケーリッヒリラ子爵は同期では最高の握り手でした」
 ゾフィアーネ大公が褒める。
 彼が褒めれば褒めるほど、おにぎりを手渡された隊員たちは曖昧な表情をするしかない。彼らの手元にある”おにぎり”と”同期”を繋げる術がないからだ。子爵が通ったのは料理学校ではない。帝国最難関の帝国上級士官学校という、世間的には軍将校育成機関。中身もたしかに軍将校育成機関なのだが、そこには凡人や余人や常識人には解らない世界が広がっている……ともかく解らないものは解らない。
「変なものは入っていないから安心しろ」
 勧めてくれる子爵の脇で、七輪で炭をおこして網に味噌おにぎりを乗せるザイオンレヴィ。
 何してるんだろう? と思いつつも、ザイオンレヴィはとりあえず皇帝の息子なので、彼らが何かを言うことはない。
「焼き上がったの、食べますか? ゾフィアーネ大公」
「いいですね。そのうち、兄さんが香ばしい味噌の匂いにつられてやってくることでしょう。その際には、新しく焼いてやってください」
「はいはい」

 こんな感じで、まったく話が進まないまま隊員たちは、軽食にありついた。

 ゾフィアーネ大公は全種類一個ずつ食べ終えてから、
「ルリエ・オベラ殿が退屈しているのではないかなと思ってね」
 おもむろに”本題”を語り出した。
 子爵はグラディウスの動向だけを確認しているだけでいいのだが、ゾフィアーネ大公は寵妃たちの動向全てに目を光らせている。
 そして目を光らせると同時に、マルティルディの意思を尊重し優先するので、ガラード中尉が以前警備を担当していたトヴィスニティア子爵イデルグレゼにザイオンレヴィが攻撃を仕掛けていた際は知らぬふりをする。
 攻撃阻止やスルーなどはともかく、寵妃がなにかをすると、細大漏らさず報告があがる。
 グラディウスも”窓拭きをした” ”廊下拭き掃除をした” ”勉強した” ”両性具有の塔へと向かった”などの報告が成されている。
 ゾフィアーネ大公はそのグラディウスの生活ぶりを見て、特に自分からイベントを主催しないので、退屈しているのではないか? と考えて、こうして子爵に声をかけたのだ。
 なにがしかのイベントを開くとなると、警備がもっとも重要になるので、まずは実働部隊の責任者と話すのが重要だ。
「退屈するような方ではありませんが」
 話をふられた子爵も、ゾフィアーネ大公の言いたいことを理解した。
 グラディウスは寵妃にしては華やぎのない生活をしているのは事実。大貴族の生まれではないどころか、満足に字を書くこともできないグラディウスが、他の寵妃たち、それもケシュマリスタ貴族女性たちを呼んで、毒舌を聞き、毒を吐き返すなどできるはずもないし、する必要性もない。
「それは立派な御方だ」
「そういった意味では立派な方だと思います」
 なによりグラディウスは退屈などしない。
 勉強にジュラスとの散歩に掃除に洗濯にリュバリエリュシュスとの会話と、グラディウスにはすることがたくさんあった。
「それでどのような計画を?」
 グラディウス自身が計画できなくとも、帝国行事を取り仕切る近衛兵が立てた計画で楽しんでもらうことは、帝国軍側としては意味がある。
 皇帝の寵愛を独占する寵妃のご機嫌を買うことは、重要な仕事の一つ。
「ハロウィンです」
「ハロウィン? 聞いたことありませんが」
「ハロウィンというのは、地球時代のイベントです。由来などはさっくりと省略させていただきます。それで概略ですが、禍々しい扮装をし、夜に人家を訪問強襲し”お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ”と強請ることです」
 ゾフィアーネ大公が辿り着いた地球時代のアーカイブに残っていた文章そのままである。
「犯罪ですか?」

 子爵の脳裏にあった映像が、どんなものであったか? 語る必要もないことであろう。
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