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アシュレート寵愛ver.[1]

「飽きられないように努力しろよ」
 娘が皇帝に気に入られていると聞いたが、半信半疑なリーデンハーヴは尋ねて来てそう言った。王女の父の発言としてはごく有り触れたもの。
「言われなくても」
 良く言えば中性的、悪く表現すると女の色気が皆無な王女アシュレートは”解っている”と憮然とした表情になる。
 そもそもこのアシュレート王女、無類の戦闘能力があるという以外はいたって普通の王女。《無類の戦闘能力》と《普通の王女》は矛盾しているようだが……
 アシュレート王女、本当にそれ以外はごく普通。極めて平凡。料理は上手いがあくまでも家庭レベルで、料理研究家や料理人のレベルではなく。
 王女らしく刺繍をするが、確かに上手いのだが名人芸というレベルではない。(姉のザセリアバは先端恐怖症のためしない)
 皇帝が他の妃の元に通うことも、平気なふりをしているつもりだが、鈍い天然皇帝シュスタークですら「あれは嫉妬か?」そう気付くくらいに妬心を隠せない。
「ごく普通のお前のことだから、セックスも受け身だけなんだろう? 陛下が死体みたいな女とやるのが好きってなら、黙って動かないのもアリだが、陛下は生きている元気な女が好きっていう、健康な思考の持ち主だ。お前ももう少し積極的に腰を振ったり脚を開いたりしてだな」
「黙れ!」
 すべてが普通のアシュレート王女、皇帝との行為はどちらかと言うと大人しめ。
 皇帝に全てを任せて、なにを聞かれても顔を背けて、声もしっかりと我慢。
 動きに積極性が無いことを、何故父のリーデンハーヴが知っているのか? 撮影された映像を見たからである。
 この父親に撮影するな! と言っても無駄であるし、一応《王》に行為はあると報告しなくてはならないので、これらは必須であった。
「撮影されてるから控え目ってことはねえんだろ? 聞けばいっつも陛下任せで」
「だーまーれー!」
 娘に黙れと言われて黙るような男ではない。
「たまには違うこともしろよ」
「ち、違うこと?」
「そうだ。膣に一発もらったら、あとは陛下を楽しませろよ」
「……とか?」
 顔を真っ赤にして、違うところで受け入れるのか? と小声で尋ねる。そんな王女の羞恥とか漢女……でなく、乙女らしさを踏みにじり、
「いまさらアヌスなんて出遅れだろ」
 声を潜めることなく何時も通りの大声で、小声で尋ねたことを言い返す。それも否定して。
「い、いまさら?」
「おうよ。帝妃に皇妃、果てはあの気位高い皇后まで差し出してるぜ」
「……」
 帝妃(キュラティンセオイランサ)と皇妃(ガゼロダイス)までは解るが、皇后(カルニスタミア)までそんなことをしているとは、想像もしていなかったアシュレートはその長く美しい髪を動揺に踊らせる。
「そんな今更なヤツじゃなくて、お前の特徴を使えよ」
「我の特徴?」
「おうよ。陛下もお気に入りらしいまっすぐのその金髪で奉仕してみろよ」
 リーデンハーヴは手を伸ばして、後ろに大きく一本に結い上げている髪の束を掴み、アシュレートの前に引っ張り、
「具体的にどうやって?」
「帝妃はあの大きな胸で陛下の一物を扱く。それを髪でやるんだよ。髪で巻いて手でこう」
 酒瓶に巻いて手を動かす。
「巫山戯るな!」
 髪の毛を奪い取り、リーデンハーヴを蹴り出してパウダールームに立てこもる。蹴り出されたリーデンハーヴは、気にせずに、自分で言ったことも即座に忘れてそのまま仕事へと戻った。
 アシュレートは結っていた髪を下ろし、鏡台に肘をつく。鏡に顔は映っているが見てはいない。

―― 陛下……喜んで下さるのだろうか?

 髪を掴み鏡台に乗っているボトルの一つを掴み巻いてみて、今度は意識して鏡の中の自分を見つめる。
 その様に照れて思わず髪を引っ張ると、硝子のボトルが音もなく切れ、床に中身が零れ落ちる。中性な容姿に鋭さを与えるまっすぐな金髪は、切れ味も鋭く尋常ではなかった。
 身をかわして服が濡れることを避けたアシュレートは、
「……練習してみるか」
 手に持っているボトルの上半分を握り、切り口を指でなぞって”そう”言った。

 エヴェドリット王族は基本全身が凶器。そこに乙女回路と真面目さ加わると大変なことになる。もっとも真面目さがなければないで被害は大きくなる……リスカートーフォンが存在すると言うだけで、世界は大変なのだと言っておこう。
 その”大変”をいま、全身でありながら一部で受け止めなくてはならないのが、シュスタークその人である。

「……」

 シュスタークはアシュレートの奇行について報告を受けていた。
「筒を頭髪でスライス?」
「はい」
「なにをしようとしているのだ?」
 当然シュスタークは”なにをしようとしているのだろう?”としか思わない。正妃の変わった行動について報告を受けるのは当然なのだが、変わっているらしいことは解っても、目的が解らなければどうしようもない。
「どうも陛下の……」
 陛下の質問に答える”識者”が《陛下の大事な箇所を切り裂こうとしているようです》と誤答したものだから「さあ」大変。
 識者が勘違いするほど、筒を切り裂いてしまっているアシュレートにも問題があるのかもしれないが、思考は正反対でシュスタークに傷をつけないようにするための練習。
「妃が性器を切り落としたいと考える理由は?」
「世間一般では男性の浮気が原因です」
「余に置き換えると?」
「他のお妃方に対する嫉妬かと」

 識者の意見はここでもある程度当たっているが、的中と言う程ではなかった。

 そんな不確かな答え真に受けてシュスタークはアシュレートの部屋へ、先触れなしにやってきて”奇行”を窺う。

―― 怒っているのか……怒っているのか……アシュレートよ

 部屋に転がる筒の残骸を見て、思わず胯間を押さえてしまうシュスターク。
―― スライスと聞いていたが、これはもうミンチではないか! 鋼鉄を頭髪で切り裂きミンチにできるとは、さすがリスカートーフォン王女だが……ミンチになるのか、余のチンコ。ミンチ・チンコ。ミンチンコ、略してミジンコ……略してはいかん!

 なぜ「チ」が「ジ」になったのかは不明である。

「アシュレート」
「陛下!」
「突然邪魔をした……が、あのいいか?」
「はい、もちろん。夕食はここで?」
「ああ、夕食も睡眠もここでアシュレートと共に」
「はい! その際には、この鍛錬を重ねた技で……いいえ! なんでもありません!」

―― 余は一体なにを怒らせることをしてしまったのだろう……

 さりげなく胯間を手でかくし、やや内股気味にアシュレートと共に庭に出るシュスタークであった。


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