山葵・帝婿デキアクローテムス編 [2]

 陛下がこちらに向かっているってのを聞いて、帝婿はまた鰻を捌いて焼き始めた。丁度出来上がる頃に到着された。俺達は立ち上がって礼をする。
「良い香りがするな」
 いつも通りの笑顔で俺達に声をかけてくださる陛下の後ろで、帝国宰相はマントを外して地面に敷いてその上に椅子を引く。陛下がゆっくりと座られたあと、帝国宰相は陛下にテーブルを合わせるために引き寄せる。陛下がテーブルに手を置き “良い” と告げた後に、
「お前たちも座れ。エーダリロク、ビーレウスト、両王子よ」
 合図を下さる。
「同席を許可してくださりありがとうございます」
 二人で許可に礼を述べてから椅子を調節して、再び礼をして座る。陛下と同席している最中は脚組むことも腕組むことも、テーブルに肘つくことも当然できねえ。
「鰻の蒲焼です。今陛下の分を叔父貴が作ってますよ」
 しかし皇帝ってのも大変だな。
 一々指示を出してやらないと、周囲は突っ立ってるだけの状態になっちまうからな。
「そうか、楽しみだな。デウデシオンも座れ」
「いいえ。私は護衛を兼ねておりますので。それに王子達と同じテーブルにつくわけにはいきません」
 形式的には庶子は王子とは同席できねえな。陛下とは当然不可だが。陛下と同席するには王の子、もしくは王弟・王妹、それらの配偶者くらいの身分が必要だ。
 だが権力的には何の問題もなく座れるだろうが、あんたの権力なら陛下の隣に座っても大丈夫だ。先代皇帝の時代から、良くここまでのし上がったもんだ。
「お待たせいたしました、陛下。イデスア、これは御代わり分だよ」
 生まれつき王子の俺には生涯理解できねえな。
「どーも……帝国宰相、俺何か悪いことでもしましたか?」
 帝婿から貰った鰻重掴みながら、俺を睨んでる帝国宰相に理由を尋ねると、
「アルテイジアとかいう女。何故帝君宮に置いている」
 予想外の言葉がかえってきた。
「……いや、ちょっとまあ」
 帝国宰相は基本的には肉体関係には口を挟まないスタンスを取ってる。ザウは相手が相手だし、陛下はコントロールが必要っぽいから色々とするが、他に関してはほとんど無視状態。
 俺の愛人関係なんざ、帝国宰相の興味の範囲外だと思ったが……置いておく場所が帝君宮じゃあ、ちょっと陛下にも近いしな。
 やべえなあ……と思っていると、エーダリロクが本当の理由を述べて陛下から許可を取ってくださった。帝国宰相は不満らしいが、皇帝の許可の証人になる権利を持つ王子三人、俺とエーダリロクと帝婿の前で陛下が ”良い” と言ってくださった以上、アルテイジアのことは帝国宰相でも動かせない。

 陛下は実父とのお話の時間。だが帝国宰相は……

 鰻重半分くらい食ったところで、
「陛下」
 最後の招待客が現れた。帝婿の甥、エーダリロクの兄貴。俺達は立ち上がり、陛下は座られたまま。
「ランクレイマセルシュか」
 陛下とランクレイマセルシュの間に帝国宰相が立って、危険物を持っていないかを確認した後に陛下への挨拶を許可し、ランクレイマセルシュはそれを終えてから、
「陛下、同席してもよろしいでしょうか?」
 自ら声をかける。ここが王子と王の違いだ。
「むろん、座るが良いランクレイマセルシュ」
 許可を貰ったランクレイマセルシュは俺の隣に座った。
 この場で俺が最も危険な相手だから、牽制する意味で。席についているのは俺意外は全てロヴィニアで、俺だけが他王家の人間。
 俺はランクレイマセルシュよりは強いし、簡単に殺せるが……
「おい、デファイノス。こちらを向け?」
「ん? なんす……」
 ランクレイマセルシュの声に向き直った俺は、後頭部を確りとつかまれて気がつくと目の前にランクレイマセルシュが、ランクレイマセルシュが……き、きゅうーキスされてる!
 それも可愛らしいモンじゃねえ! ランクレイマセルシュには可愛らしさなんて微塵もありゃしねえが、うおっ! 舌がっ! 舌が! ザセリアバが「余裕で七枚はあるだろう」と言う嘘吐きの舌が、俺の舌をうがげごげ……がごげご、何で俺ロヴィニア王とディープキスしてんの! 


 さすが愛人多数のロヴィニア王……キス上手いな。相手があんたじゃなけりゃあ、良い気持ちになれただろうよ


 解放された俺はテーブルにうつ伏せて、放心中。暴力的なセックスの後ってこんな気持ちになるのか……なかった事にしたい、そして汚れた気分だ。
 何が汚れたとか聞かれると具体的には答えられねえが、多分間違いなくどこか汚れた。
「唇の端に飯粒がついていた。全く王子としてなっておらん」
「兄貴、手で取ってやれよ! ビーレウストが気失いかけてるじゃねえか!」
「手で取る? 手袋にしみが付いたらどうする? 私は無駄な洗濯はしない主義だ!」
 あんた、手袋一回で捨てないんだ……
「……うぉ! 何をする帝国宰相!」
「貴様! 陛下の前で! 見苦しいもの見せるな!」
「見苦しくはないだろう! 私はこれでも外見だけはケシュマリスタだ!」
「貴様のケシュマリスタは、嘘っぽい!」

 帝国宰相が言いたいことは良く解る。ランクレイマセルシュのケシュマリスタはどこか嘘っぽい。中味が正真正銘のロヴィニアのせいかなあ

 陛下の前で男同士の濃厚な……濃厚って言わないで欲しいが、他者から見ると濃厚らしいキスをした事による、陛下への弊害云々で殴り合いの喧嘩になった。ランクレイマセルシュがあの近衛兵団団長よりも強い帝国宰相に勝てるわけはねえんだが。
 俺達はその乱闘に巻き込まれないように逃げ出した。
 何時もなら俺も喜んで参戦するんだが、今日は口の中が大事だからな。
「大丈夫か? ビーレウスト!」
 エーダリロクに運ばれて室内に戻って水を貰った。
「傷は浅いよイデスア! 大丈夫だよ、ほら綺麗な女性とキスして拭い去っておいで」
 俺はエーダリロクから貰った水を飲まないで立ち上がり、驚いた顔をしている陛下に退出の礼をして帝婿宮を立ち去った。
「ではまたな」
「はい」
「失礼いたします」
 歩きながらランクレイマセルシュから口移しで渡されたチップを噛む。ある一定の圧力で僅かな音が漏れる。俺以外じゃあ拾うのは無理な小さな音。
 ジュカテイアス一派を刈る作戦要綱だ。
 ある程度歩いたところで俺は口を開いて舌を見せる。エーダリロクは “これ” が何なのか理解して、俺の舌に食いつくようにしてそれを取る。持ち帰って専用の再生機にかけるんだろう。……ランクレイマセルシュと舌が触れるのは嫌だが、エーダリロクは何も感じないんだよな。
「どうやら、お前の奥様も参加しているらしいぜ」
 俺は “聞こえた作戦” でもっとも重要な部分をエーダリロクに告げる。
「はあ……これに参加しちまったら戻られねえだろうがよ……」


 さてと、殺しに行こうか。さよなら、シーゼルバイア。そしてダバイセス


「ではな帝国宰相」
「確実に刈り取れよ、ロヴィニア王」

山葵・帝婿編 − 終



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