山葵・帝婿デキアクローテムス編 [1]
 俺は帝婿宮の前でエーダリロクを待ってる。
 なんでも帝婿が『おいしい鰻が手に入ったからイデスアと食べにおいで』とエーダリロクを誘ったんだそうだ。
 帝婿は料理が上手い。
 まあ王族ってのは狩猟してそれを自ら捌いて家臣に与えて ”やる” っていう儀式もあるから捌くのは大体上手い。その先の調理になると差が出るけどよ。兄貴も料理のセンスが良かった、良く帝婿と一緒にエプロンを身につけてキッチンに立ってたな。
 俺には “包丁で手を切ると危険だから” って何もやらせなかったけど……兄貴、キッチン以外では刃物の訓練ってことで俺のこと切りまくってたよなあ。俺、銃器は得意だが、剣戟あんまり得意じゃねえから、刃物使いの達人の兄貴の前でいつも膾状態だったよな。でもキッチンでは……良いけど。
「そんなことよりも……」
 ロヴィニア王族が食事に呼ぶって事は、大体裏があんだよなあ……権力から程遠いところに居るような面してる帝婿だって例外じゃねえ。

 おそらく……

「待たせたみたいだな、ビーレウスト」
「エーダリロク。気にするなよ俺が早く着いただけだ。鰻食うの久しぶりで楽しみにしてきた」
「大量に手に入ったらしいから遠慮しないで食ってくれよ。そうだ、アルテイジアを今度試験運転に使うけど、今何処に居る?」
「帝君宮においてる。愛人ってことにしてるから、それ相応のことしてるが」
 アルテイジアは前回の “偽装” 僭主狩りの帰りに鎮圧してきた宇宙海賊の根城から奪ってきた女。
「それに関しちゃあ俺は何も」
 エーダリロクが欲しいって言ってた身体的特徴を備えていたアルテイジア。
 エーダリロクの手元に置くと奥様にあたるメーバリベユ侯爵との関係の他にも色々と。
 特に女に興味のない男が手元に置くと色々と詮索されるからな。
 秘密裏に行なっている技術開発(資金はロヴィニア王)の試験用の女を誤魔化すには俺の愛人にしておくのが一番。
 美人で良かったぜ。俺、美人以外は愛人にしたことねえからよ。

「叔父貴! ビーレウスト連れて来たぜ」

 中庭のサークル状になっているストーンの上に置かれたテーブルと椅子。そして脇にある炭火……鰻の蒲焼か。
「リスカートーフォンは鰻は腹から裂くんだよね」
 目の前で帝婿が鰻の頭にガツンッ! と刺してギリギリと裂いている。
「ああ。倒れるまで敵に向かって突進して、死ぬときは敵の攻撃を全身で食らって仰向けで宇宙を仰ぐのが決まりだからよ」
 俺達は前のめりに倒れたりしねえ。最後まで敵の攻撃を食らい続けて死ぬから、死ぬときは仰向けだ。
 体が残ってりゃあ……の話だけどな。
「相変わらず凄いな。白焼き中々上手いぞ」
 ちなみに鰻は、俺は鰻重が好きだがエーダリロクは白焼きが好きだ。
「山葵醤油でどうぞ」
「そりゃどうも」
 二人で鰻を焼いている帝婿を見つめながら白焼きを食う。
 バロック様式の柱に囲まれ、繊細な鉄細の椅子に腰掛けながら木のフォークで白焼きを口に運ぶ。
 そうしているうちに鰻重が出来て俺は箸に持ち替えて、鰻重を口に運ぶ。
 エーダリロクは延々と白焼きを……手前、本当に好きだなあ白焼き。
「ところでエーダリロク」
「なんだ? 叔父貴」
 額に豆絞りを巻いた帝婿が椅子に座り料理を勧めつつエーダリロクに話しかける。
「メーバリベユ侯爵と関係を持っていないのは本当なのか?」
「本当だよ。別の相手を斡旋してやってくれよ」
 手前と俺の逃走劇もそろそろ一年になるな。ただ諦めてくれるような相手でもなさそうだが。
「斡旋ねえ……でもエーダリロクは女の子嫌いじゃないよね」
「嫌いじゃねえよ」
 爬虫類は雌限定だしな。雄も婿取りとしてイヤイヤ迎えるが、率先してねえし。爬虫類の雌=人間の女かどうかははっきりと言いきれねえが。
「何かトラウマでもあるのかい?」
「あったら兄貴を説得してくれるか?」
 エーダリロク、手前に女性関係のトラウマなんざねえだろう。かの有名な帝国宰相なら別だろうが。
「デウデシオン級のトラウマがあるなら、説得するよ」
 でもよ俺も帝国宰相のトラウマの全貌は知らねえな。元々興味はねえんだが、あの帝国宰相が幼少期に実母皇帝に襲われたことと、後に実子を儲けたことだけであそこまでなるか?
「デウデシオンのトラウマって実母に襲われたことだよな。世の中にゃあけっこうあることだと思うけどよ」
 少しだけ不思議に思って、飯をかき込みながら疑問を口にしてみた。
「そうだね。普通に実母に襲われたならデウデシオンも耐えただろうけれど……デウデシオンが初めてディブレシアの膣に収められたのは性器じゃなくて頭だ」
「ボハッ!」
 なにっ!
「どうした? ビーレウスト! 飯粒とんだぞ」
 思わずかき込んでた飯が口から飛び出して、周囲が大変なことに。
「ご飯が勿体ないではないか、アマデウスじゃなくてイデスア」
 ロヴィニア! 飯粒じゃなくて……この場合、飯粒とんだ程度は問題にならねえだろ?
「初めてがスカルかよ……」
 言いながら重箱を置くと、エーダリロクが手を伸ばして飯粒をとってくれた。
「あ! 口元にもついてるぜ、ビーレウスト」
「取ってくれるのはありがてぇんだが、取ったの食うなよ」
「勿体ないから。いやなヤツのなら兄貴の口に押し込むけど、ビーレウストのなら平気」
 ガキの頃は不思議だった。何でそんなに食い物に執着するのか……勿体ない精神を極めると、なんつーの……偶にとんでもないこと仕出かす人になるんだなと。
「あの人なんでも食うのか?」
「食うよ。俺が口からこぼした離乳食まで食ってたらしい」
 嫌だなあ、ロヴィニア王が俺の口元から飯粒とって口に運ぶ姿なんて見たくネエ。え? お前の兄貴は離乳食奪ってたのか? 王族だよな?
「エーダリロクとイデスアは知らないだろうが、ディブレシア帝の膣は凄くてねえ……デウデシオンは頭蓋のいたるところを骨折して鼻血を噴出して片目が抜け落ちてたよ」
「そりゃまあ……」
 殴られてんじゃなくて、膣の中でそれを体験か……初めてでそこまでされたら、俺も女嫌いになるだろうな。
「膣の中で潰されて眼球が子宮のほうに入り込んで、それを ”手を突っ込んで取れ” と命じられ、それに従って手を突っ込んだところ、その手も折られて酷い有様だった。デウデシオンの右目が外れやすいのは、その後遺症だ」
 顔が原型を留めていなくてねえ……と泣き崩れる素振りを見せる帝婿。
 それを見ていながら、先代皇帝の膣に突っ込んで陛下身篭らせたあんたは偉大だぜ。本当に偉大だ。俺だったら逃走するな、マジで逃走するよ。
「帝国宰相右目外れやすいのか?」
「昔はね。今は治ったかもしれないけれど」
 帝婿もそうだが、あの皇君が気になる。あの人の性格なら、平気のような……何か裏がありそうなんだよな、あの人 “も” 。帝国中枢で裏がないやつを探す方が大変だろうが、その中でもあの人は……
「そりゃ女嫌いにもなるわ……むしろ行為自体が嫌いになっても全く問題ねえよ」
 あまり真面目に考えてたら、こっちをみた帝婿に笑われた。俺は皇君みてえに含みがねえから、すぐに見透かされるだろうし……考えるのやめておくか。
「まあね。ディブレシア帝はデウデシオンのことを愛していたのだが」
「は?」
「……え?」
 待ってくれ! おい、待てよ! ディブレシアは帝国宰相が? それって、
「息子としてじゃねえよな?」
「もちろん一人の異性として愛していたそうだよ。ご本人がそのように言われていた」
 庶子だろうがなんだろうが、間違いなく実の息子だぞ!
「叔父貴、直接聞いたのか?」
「当時私はまだ “皇太子” に認定されていない陛下の実父として、認定されてからは “まだ幼い皇太子殿下” の代理として先代皇帝との間で行なわれる儀式に参加しなくてはならなかったからね」
 通常は九歳前後で受ける皇太子認定を、陛下は一歳前で受けたんだから当然代理人が全ての儀式をやらなきゃならねえもんな。陛下が一歳前後って事は俺達も二歳前後だから、記憶にねえや。
「その関係で、ディブレシア帝とのお話する機会が……」
 帝婿、視線が泳いでる。すげえ勢いで泳いでるぜ! あれ? この足音は、
「話は中断だ。帝国宰相が陛下と共にこっちに向かってる」

 ディブレシア帝が帝国宰相をね……確かに顔は悪くねえが……女は抱くが女心は良く解らんし、皇帝の心も知りようはねえ。

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