Sub Rosa − 秘密・2
 癖が強く色も濃い銀の髪に指を通し、貪るようにエーダリロクは口づける。
 逃げるそぶりなど一切見せず、首に腕を回し背伸びをするように爪先立ちをしてメーバリベユ侯爵は答えた。
 二人とも目を瞑ったまま、長いキスをかわす。痺れをきらしたかのように、エーダリロクがやや乱暴にメーバリベユ侯爵を抱き上げて、寝室へと移動した。
 ベッドに降ろしそのまま体を乗せるようにして仰向けに寝かせ、再び口づける。自由になった手でメーバリベユ侯爵の洋服を丁寧に剥ぐように引き裂く。
 身を離して服を脱がせるのももどかしいとばかりに引き裂き、突然外気に晒された肌は慣れず、少しばかり震える。
 首から胸元へと舌を移動させながら、エーダリロクは自分の服も乱暴に脱ぎ捨てた。
 しっとりとしたメーバリベユ侯爵の肌を撫でながら、腹部から下部へと移動し、女性の部分に顔を埋めて舌で刺激と愉悦を与える。
 息を吸い声を詰まらせ、追い詰められるようなメーバリベユ侯爵の声を聞きながら、軽く歯を立て、その衝撃に震える内腿を膝から中心部へと指先でなぞり、そのまま深い場所へと指を挿入する。
 焦らすように内側に触れ、体を移動させて甘やかな嬌声を漏らすメーバリベユ侯爵を見つめる。
 上気した肌と耐えるかのような表情に、堪えられなくなり先を求める。
「俺が耐えられないから挿れてもいいか?」
「ええ」
 シーツを握っていた腕を掲げるようにしてエーダリロクの頬を包み込み、脚を移動させた。
 背中とベッドの間に腕を通し強く抱きしめながら、エーダリロクはメーバリベユ侯爵の中へ侵入する。
 温かく、思っていたよりも狭くてきつく――動いたらすぐに達するな――興奮していながら残った冷静な部分。
 メーバリベユ侯爵をいかせるよりも先に自分が我慢できずに達してしまったら格好悪いな……などと考えるも ――

「……」
「どうなさいました? 殿下」
 肩口に顔を埋めて、なにを言うべきか? 悩みながら硬度を失った自分を抜く。
 ”どうだった? って聞くのだけはやめておけ。それは禁句だって教えられたぜ”ビーレウストから貰ったアドバイスを守ったまでは良かったのだが、なにを言っていいのか分からなく ―― ロヴィニアらしからぬ状況に焦り、艶やかな癖一つ無い白銀の髪を手で乱暴に毟るように掻き、顔を近づけて、
「もう一回やってもいいか?」
「もちろん。とても幸せで心地良かったですわ。私も殿下を愛撫したいと」
 メーバリベユ侯爵はシュスタークの正妃候補に選ばれたとき、陛下にご奉仕することも教えられ、その技術はいまでもしっかりと覚えていた。
「え……あ、まあ」
 皇帝の正妃候補がそれらを学ぶということは覚えていたエーダリロクは、それはそれで楽しそうだと思ったものの ――
「今日は俺に好き勝手にさせてくれるか」
「喜んで」

 朝日が地平線を照らし出すころ、メーバリベユ侯爵は疲れて眠りについていた。
 エーダリロクはというと、いまだ元気でおさまりがつかなくなっている下半身を持て余したまま、ベッドの縁に座り途方に暮れる。
「おさまったら朝食でも作るか……」
 気遣いつつ、寝息を漏らしているメーバリベユ侯爵の唇に触れて。

 一週間ほど惑星に滞在したものの、初日に散歩しただけで、あとは邸に篭もりきり。メーバリベユ侯爵はロヴィニア王族の本気を身をもって経験することになった。

**********

 休暇で惑星に向かう直前、エーダリロクは兄のランクレイマセルシュ王に”惑星から戻って来たら結婚式挙げるから用意頼む”と言っていた。
 弟の口から結婚という言葉が出たことにランクレイマセルシュは喜び、そしてしっかりとやったことに狂喜して、
「あとは妊娠したら完璧だ。それも女だったら……」
 見果てぬ姪を期待した。
 帰国するという知らせを受け、帰国日時を確認して即日結婚式を挙げられるよう整え、
「帰ったぜ、兄貴」
 自ら弟を出迎えてやった。
 あれほどメーバリベユ侯爵から逃げ回っていた弟エーダリロクは、出迎えの者たちが驚きの声を上げるような状態で宇宙船から降りてきた。メーバリベユ侯爵を姫のように横抱きにして。
「よくやった、メーバリベユ」
 弟を虜にしたことをランクレイマセルシュは褒める。
「王と会うというのに、このような状態で申し訳ありません」
 髪を結い上げて抱かれているメーバリベユ侯爵は、非礼を詫びた。このような形で降りるとは聞かされておらず、降りる直前に抱きかかえられて驚いている間に外へと出てしまったのだ。
「俺が降ろさないって言ったんだ。大事な体だからな」
「それはもしかして?」
「ナサニエルパウダが妊娠した。それも女。兄貴の三番目の王子、メーバリベユ侯爵次期当主の婿にくれ」
「でかした! くれてやる。お前は本当に出来のいい義妹だ」

 数年前から結婚式の用意は整っており、新郎新婦は賢く段取りをすぐに覚え、式はまたたくまに執り行われた。
「よお、エーダリロク」
 招待客の最前列にいたのは、しっかりと第一級正装をしたビーレウスト。
「ビーレウスト! 来てくれたか!」
 花嫁の手を取り甲に口づけ挨拶をしてエーダリロクの背中を強く叩いて祝福する。
 機動装甲を持ち出して帝星からロヴィニアの主星まで、通行規制を無視してやってきたビーレウストは”自分のことのように”喜びはしなかったが、確実に祝福していた。
「そりゃあ来るだろ。カルは国で用事があるから来られないって」
 メーバリベユ侯爵は二人の会話を邪魔せぬように一歩下がる。
「そっか」
 肩を並べ歩いている二人を、そのすぐ後ろから見る。それはメーバリベユ侯爵にとってなににも代え難い幸せな光景。
「カルのやつ怒ってたぞ」

―― イデスア公爵にも教えていない……のですか?
―― ああ。一生教えるつもりはない。俺は誰にも言わない予定だった。予定狂っちまったからなあ。一生結婚もせず女に手を出さないはずだったんだよ
―― 随分と殿下の人生設計を狂わせてしまったようで
―― そういうこと。責任をとって貰わないとな……

「なんで怒って……ああ! 急に式になったからか」
 ”王弟の、それも陛下の従兄の挙式の招待状が一週間前に届くとは何ごとだ”
 カルニスタミアは書状ではなく、単なる電子通信による招待状をテルロバールノル領で受け取り、溜息混じりにそのように漏らして予定を確認したが、どうしても向かうことができなかった。何よりもエーダリロクを優先するであろうビーレウストに通信を入れ、愚痴と共に祝福を届けてくれるよう依頼した。
「そうらしい。カルも慣れりゃあいいのによ」
 同じく連絡を受け取ったキュラティンセオイランサは、帝国騎士の仕事が忙しく欠席することに。
 ”結婚して八年目だよね? 今更挙式って……まあいいけどさ。長い春を楽しみたかったわけ? まったくメーバリベユ侯爵ができた女性だからいいようなものの。ま、エーダリロクには要らないけど、メーバリベユ侯爵には結婚おめでとうって伝えておいて。あ、あとロヴィニア王にも”
 ザウディンダルは暇だが、招待状は届かなかった。帝星から出ることは基本できない存在なので当然とも言える。
 ビーレウストの出かけ際に、”おめでとうって伝えておいてくれ”と頼まれ、任せておけと返した――
「本当になあ。ってもカルニスの性分だから仕方ないよな。そうだ、ビーレウスト。子供できたぜ。それも娘」
「そいつは良かったな、エーダリロク。晴れて親父になるのか。おめでとう、メーバリベユ。お前似の意志が強い良い女に育つんだろうな」
「ありがとうございます、デファイノス伯爵殿下」
 どうしてエーダリロクがビーレウストに真実を教えないのか? メーバリベユ侯爵は明確には分からない。
 ただ彼女がやるせないのは、ビーレウストが自分はエーダリロクよりも先に死ぬと疑っていないことであった。
「女の子供とかあんま見たことないから興味あるな」
「そうだよな。俺たちの時代、同年代の姫と大宮殿にいなかったからなあ」
 彼女にできることは、エーダリロクが死にビーレウストが去ったあと、後片付けをすることだけ。
「名前とか決まったのかよ」
「二人で考えてるけど、良いのが思い浮かばなくて。ビーレウスト、良い名前とかある?」
「ねえよ。俺は他人の名前なんて考えたこともねえ」

 挙式を終え二人きりになると、エーダリロクが唐突に告げた。
「安定期に入ったら大宮殿に戻れ。陛下にご報告したら、祝福をいただいた。そして大事を取らせるようにって言われたからな」
 メーバリベユ侯爵とエーダリロクの間に産まれる子。それはシュスタークの子にも等しい。まったく別人の子でありながら、もう一人の后が産んだかのような……別人であることは分かっているものの、感情が追いついていないことが、画面越しにはっきりと分かったので「シュスタークのために」帝星帰還を遅らせることを、エーダリロクの一存で決めた。
「わかりました。あとでお礼を申し上げたいのですが」
「陛下、喜んでくださるだろうよ。俺、明日、ビーレウストと帝星に戻りたいんだけどいいか?」
「もちろん。殿下は帝星に戻り、やるべきことをしてください。お腹の子の成長を楽しむのも有意義な時間ではありますが、次の機会にとっておきましょう」
「ああ」
「私の分も働いてきてくださいね」
「そりゃ無理だ」
 翌日エーダリロクとビーレウストは機動装甲に乗り込み、青空に楽しげに消えていった。


貴方の翼の下で泣く ”女” が 憐れと思うなら 貴方を見送らせて 青い空 消える貴方の全てを欲しいとは言わないから 言わないから 最後まで傍に居させて


―― いつまでも子供のようで、ずっと昔から大人であった ――

**********

 安定期に入り目立つ腹を抱えて帝星へと戻ったメーバリベユ侯爵は夫であるエーダリロクと、皇帝一家に出迎えられた。
 産み月間近なお腹の大きいロガに挨拶をする。
「お久しぶりです、皇后」
「毎日連絡頂いてたので、久しぶりって感じしませんけど。お久しぶりで、ナサニエルパウダさん」
 母と女官長の会話を聞きながら、デキュゼーク親王大公は妙に自慢気。なにをするわけでもないのだが、とにかく自信に満ちている。
「妹と又従姉妹ができると大喜びでな。いままでは興味を持たなかったことにも、積極的に挑戦するようになった。ロガが言うには姉の自覚だと」
 自分自身が子供であった頃よりも意思表示がはっきりとしているデキュゼークに、シュスタークは父親として喜びを感じてた。
「早くも自覚が芽生えましたか。俺や陛下は長子じゃないんで、分からない感覚ですね」
 シュスタークやエーダリロク、ザロナティオンやラードルストルバイアも知らないもの。
「……言われてみると……デウデシオンのように苦労しつつ、皇帝として即位するのか……」
 式典と政務の両方をこなさなくてはならないと考え、シュスタークは恐怖に身を震わせる。
「大丈夫ですよ。デキュゼーク殿下の時代には、殿下を支える者たちが育っていますから」
「そうだな! 余にデウデシオンやエーダリロクがいてくれるように!」
 エーダリロクは足を止めメーバリベユ侯爵に先に行ってくれるよう無言で合図を送る。彼女は心得たとばかりに会釈をし、ロガとデキュゼークを連れて二人から上手に離れていった。
「陛下」
「どうした?」
「ナサニエルパウダに俺の正体を教えたいのですが、よろしいでしょうか?」
 シュスタークは整い冷静さを感じさせる目を大きく開き、首を傾げた。
「無理にとは申しません」
「いや、そうではなく。てっきりメーバリベユには説明したものだとばかり思っていたので驚いた」
「俺、陛下ほど度胸ないんで。それで神殿を使わせてもらってよろしいでしょうか? 俺が陛下であることを証明できる場所として、神殿ほど確実な場所はないので」
「許可する。皇君には余が伝えておこう」
 久しぶりに帝星へと戻ってきたメーバリベユ侯爵は、身重であることを理由にはせず、完璧な挨拶を全員にし、彼女にしかできない案件を捌く。
 帝婿から夕食に招かれ、
「一度に祖父と大叔父になれるとは。祖父はいずれなれるとは思っていたけれど、エーダリロクの大叔父は無理だとばかり。本当に嬉しいよ」
 料理をがっついている甥に相応しい妃に、感謝と喜びを伝えた。
「叔父貴、料理の腕上げたな!」
「ありがとう、エーダリロク。お代わりするかい?」
「もらう、もらう! ナサニエルパウダも食えよ」
「ええ」
 会話の弾む夕食が終わり、帝婿宮を辞した二人。そのまま自宅でもあるヴェッティンスィアーン区画には戻らず、
「ここがどこか分かるな」
「もちろん。神殿前です」
 人気のない神殿へと近付いた。
 誰もいない音と言えば二人の足音だけ。エーダリロクは神殿前の巨大な扉の前に立ち、両手を皇帝のように掲げ扉に押しつける。
 巨大な扉が重々しい音を上げて開かれ、エーダリロクが身を滑らせるように神殿の中へと入り振り向く。皇帝ではなく皇太子でもなく、暫定皇太子でもなく帝国宰相でもないエーダリロク。
 鋭い目尻の細めの瞳を更に細くし、メーバリベユ侯爵に右腕を差し出し”来い”と誘うように手のひらを上に向けた。
「殿下……」
 あまりのことに驚くメーバリベユ侯爵に、エーダリロクはややこしいことは後回しにして告げた。
「見ての通り、俺は皇帝だ」
 ロヴィニアの空色が似合う、帝王ザロナティオンとよく似た王子。
「本当に殿下は皇帝ですの?」
「そうだ。皇帝では駄目か」
「駄目ですわ。私は皇帝の正妃ではなく、王弟の妃がいいのです。初めて出会ったあの日から、私は王弟殿下以外興味はありませんの」
 癖の強い色が濃い銀髪。灰色と緋色の瞳。口はやや大きめだが笑みを浮かべると鮮やか。鼻はやや低めだがそんなことは気にする必要もないほど、表情が洗練されている。
 聖母のような笑み――言葉として知ってはいたエーダリロクだが、実際に見たのは初めてであった。
「……」
「帰りましょう、殿下。詳しいことはお部屋で聞きますので」
「ああ」
 エーダリロクは神殿から出て、扉を閉じるとメーバリベユ侯爵の腰に手を回して帰宅の途についた。

「逞しい女性だね。君には似合いだね、ゼフォン」


 そして最後の鐘が鳴り響く ――

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