リオンテは知った。王子の妃になれる人間と、そうではない人間が確かに存在すると。生まれや育ちは当然だが、それを越える何かも確かに存在すると。長年側にいたつもりだった自分は気付けなかった何かを、公爵妃はすでに気付いていた。
それに対する嫉妬はあるが、勝ち目がないことも理解できた。あの日可愛らしい格好をした高貴な生まれの少女に抱いた卑賤の嫉妬ではなく、全てを取り払った一個人として嫉妬し、それを受け入れた。
嫉妬すら出来ないような相手など、この世界には存在しない。生きている以上、嫉妬し恨みねたみ、そして身を滅ぼすものもある。人の心は自由でありその中には嫉妬も含まれる、相手が王であろうが皇帝であろうがその負の感情は確かに存在し、今回のような事件にもなる。
自らの身を縛るような負の感情であっても、それを持つことを許される。それは愛情であり、また確かな自由の証でもあると、リオンテはエーダリロクの作った爬虫類だけの楽園を眺めながら思った。
王者とは正なる感情だけではなく、負の感情をも受け止め導く。その感情を持つ自由も与える。宇宙は広大である、それを広大と思わせることの出来る統治者でなければ、それは宇宙を知らぬ時代よりも窮屈な世界となるだろう
エーダリロクはリオンテを無罪放免にし、再び自分の部下としたことを侯爵に告げるため訪れた。
「リオンテのことに関しては感謝する……ところで、本当に怒っていないのか?」
再発しないように注意することを誓ったエーダリロクに、侯爵は笑顔で答える。
リオンテから嫉妬が消え去ると侯爵も思ってはいない。リオンテが “自分という存在程度” で王子を諦めるはずがないこと、エーダリロクという王子は自分が居る程度で簡単に諦められるような相手ではないことを、彼に近付きたくて皇帝の正妃になろうとした侯爵は理解している。
「全く。むしろ感謝したいくらいですわ。私はこれから用事があるので失礼させていただきます」
「どこに行くんだ?」
「貴方に相応しい女になる為に自分を鍛えて参ります。ジュシス公爵殿下に人食い慣れる特訓をつけてもらう約束をとりつけましたので。次に公爵殿下にお会いする時は、人食い如きでは動揺一つない女になっていますので。期待してくださいね」
そう言って侯爵は踵を返し立ち去る。その後ろ姿に、エーダリロクは脱力したような表情を浮かべて、
「それ以上強くなってどうすんの……」
精神的に強くなると言い切った彼女を見送ったあと、侯爵に返そうと思い持って来たハンカチに気付く。もちろんハンカチだけではなく、お礼の品としてビーレウストに選んでもらったブレスレットも持参してであったが。
《それ以上にならずとも良い。お前は今のままで充分に美しく愛されるに相応しい ナサニエルパウダ・マイゼンハイレ・バウルベーシュレイド。我が眷属ロヴィニアのメーバリベユ侯爵イザンデアイライガの玄孫よ……エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルはお前を愛している。だから言えぬのだ、私である以上。そして私以上に……》
「ちょっと問題あるんだよ、今あんたと寝て子供が生まれるとな……皇后の母にしてやっても良いけどよ……あんたと俺の子が皇后になるとき……あんたが王女じゃない事が本当に悔やまれる。ネヴェルハルファネの曾孫王がいなけりゃなあ」
エーダリロクは呟く。
才能がありすぎるメーバリベユ侯爵だが、その才能が彼女の身を危なくすることがエーダリロクには容易に理解できてしまうのだ。
《迷惑をかけるな。私がネヴェルハルファネではなく、ラビロテリオルを選べばまた道は違ったのかもしれないが》
《彼》は語りかける。
ネヴェルハルファネの曾孫はラティランクレンラセオ。《彼》はネヴェルハルファネをケシュマリスタ王とし、ラビロテリオルを処分した。
「気にするなよ、あんたが処分したガルデロシュエルの末を選んだとしても、今のマルティルディの末と同じようになってたかも知れねえからな。あんたは最高の決断を下した、そう胸を張って良いと思うぜシャロセルテ・デレクテーディ・ラインバイロセア」
《そう言ってくれるか、私の蒼生よ》
「それは間違いだ、俺はあんたの民じゃない。俺はシュスター・シュスターク、ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウスの民であり家臣だ」
私は帝国にあり永遠に帝国にあり続ける。私の蒼生よ愛している、私の子孫よ愛している。この宇宙にある全てのものを愛している。だから私は帝星に眠る。そう私の望みはあの玄室ではなく、霊廟でもなくこの大地。そうだ、叶えてくれるのか《私》よ
「よお! エーダリロク」
俺も愛している、だから空を仰ぎ見て眠ろう。リスカートーフォンがそうであるように、俺も最後まで空をみてゆく。
「おお、ビーレウスト。あのさ、一緒に遊びにいかねえか?」
《おやすみ、シャロセルテ・デレクテーディ・ラインバイロセア。感謝してるぜ》
「いいねえ。それとよ、どうも帝君宮に滞在できる期間が延びそうだぜ。陛下のお妃関係、まだまだ伸びるみてえだ」
《おやすみ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。力が必要な時は何時でも呼ぶが良い、もっとも私など呼び出さぬほうが良いのだがな》
「やれやれ」
エーダリロクはコンクリートの欠片を握りしめながら、一人で笑った
こうしてロヴィニア系僭主ジュカテイアス一派は勢力を失う。そして世界は歩みを止めない。
皇帝の正妃候補に関し、四大公爵は自分達の娘を用意すると猶予を帝国宰相から貰うも期間内に王女が誕生することはなく
“銀河帝国” は恋に落ちる。
「娘。名乗ることを許すゆえ、名乗るが良い」
「は? えっとそれは、名前を言えと? いうことですか?」
「そうだ」
「すみません! 難しい言葉、聞きなれていないもので!」
「まわりくどいかも知れぬが、気にするな。して、何と言うのだ」
「ロガです」
「ロガ? だけか?」
「はい」
「奴隷か?」
「はい、そうです? けど。此処は奴隷しか住んでませんから。偶に貴族様が御出でになりますが」
《私》 は歴史に残る恋をして 《私》 は歴史に残らぬ恋をする
混凝土棺 − 少年残像≪後編≫−終