混凝土(コンクリート)棺・6 − 少年残像≪後編≫

 侯爵から受け取ったハンカチを無言で見つめた後、エーダリロクは顔の肉を復元して再びコンクリートの漬けになった浴室の前に椅子を置き、腕を組んで座ってビーレウストを待った。
《エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ、あれがお前の妻か》
― ああ、そうだ。美人って程の美人じゃねえが、いい女だろう
《いい女だ。メーバリベユ侯爵というと、イザンデアイライガの曾孫あたりか?》
― 玄孫だ。曾孫にあたる母親は、当時の当主、あんたに説明するとしたら当時の当主イザンデアイライガの孫に不適格として排除された
《イザンデアイライガの血統らしい》
― 知ってるのか?
《二度ほど見かけたことがある。むろん、向こうは知らぬだろうが》
― そりゃそうだ……おっと

 エーダリロクが《彼》と心の中で話しをしていると、目の前のコンクリートにヒビが入り、内側から割ってビーレウストがあらわれた。
「おはよー」
 コンクリートを投入したエーダリロクは全く悪びれずにビーレウストに声をかける。
「面白いコンクリートだな」
 声をかけられたほうも、全く気にせずに体についたコンクリートの破片を手で払いのける。顔も汚れているビーレウストに、濡れタオルを投げつけて説明を始める。
「おう開発中のやつ。これさ “俺達” の分解率が、あの溶解液並にあるんだよ」
「へえ……って俺、分解されるところだったのか?」
「死ななきゃ分解されねえよ。生きてるうちは分解されないところが、溶解液とは違うところ。それで、どうだった?」
「普通のコンクリートよりも不味い、ありえねえくらいに不味い。あまりの不味さに目覚ましたくらいだぜ」
 顔を拭いた後の唇を舌で味わうように舐めた後、本当に不味そうな表情を浮かべる。
「分解に味は必要ねえし」
「だけどよ、本当に不味いぜ。エーダリロク、お前も食ってみろよ!」
「不味いの知ってるって! うわっ! 口に突っ込むなよ!」
 ゲテモノ食いのリスカートーフォンをも怯ませた特製のコンクリート片を噛みながら、二人は何事もなかったかのように笑う。


《私よ、私よ。この話を結末までみせてくれ。愚かなる僭主の結末を》


 再利用可能なコンクリート片を綺麗に集めてエーダリロクは王城へと持ち帰った。王城には体調を回復したメーバリベユ侯爵が既に到着しており、僭主に与した愚かなる罪人シーゼルバイアも “体を復元” されて尋問を受けていた。
 情報を提供はしたが立場的に微妙なのはリオンテ。
 最初に話を持ちかけられた際に報告をしなかった事が問題視されていた。彼女がシーゼルバイアやダバイセスに本心から味方していたわけではないという証拠は何一つない。あるのは、彼女は命じられてジュシス公爵に情報を流していただけ。それが命惜しさなのか、別の物なのか?
 それに関してはロヴィニア王が直接尋問するとされ、誰も踏み込むことはしなかった。
 リオンテの “裏切り” を尋問の最中に知ったシーゼルバイアは、リオンテと対面した際に罵声を浴びせかける。良くぞこれ程までに他人の人格を罵倒する言葉を知っていると誰もがあきれ返った時、扉が弾き飛ばされ床を蹴り上げて暴風のように突進してきたエーダリロクに殴り飛ばされる。 
「貴様はいつから王子直属の部下に暴言を吐ける立場になったのだ?」
「……っ!」
「罪人如きが私の部下に “売女” など、よく言えたものだ。それがお前の精神の限界であり、産まれ持った品性を現している。愚鈍なる私の異母兄よ、お前にはロヴィニアの怜悧なる頭脳は備わっていない」
 エーダリロクに言い返そうとしたシーゼルバイアだが、口を封じられ脳に直接聞く器具を取り付けられ、以後処刑まで口を開かせてはもらえなかった。
 得意の弁舌も嘘もなにも使えぬまま、彼は豚の前に引き出される。
 処刑を見届けるのはロヴィニア王ランクレイマセルシュ。
「ザセリアバをもてなす料理に使わせてもらうぞ、シーゼルバイア。いや豚の餌」
 何事かを叫ぶも、それはランクレイマセルシュの心を動かすことはない。処刑されている彼を前に、ランクレイマセルシュは今回共同戦線を張ったザセリアバに連絡をいれる。シーゼルバイアの絶叫を聞きながら互いに笑いあう。
『シーゼルバイアを食った豚は何時食うんだ?』
「興味があるなら食いに来い、何時でも良い。お前以外には食べさせるつもりはない」

 二王は互いに両手で部下を扇動し、哄笑を上げる。断末魔をかき消す笑いが支配する中、それは食い尽くされた。

 シーゼルバイアとは違いリオンテは罪に問われることはなかった。
 事前にエーダリロクから減刑嘆願書と、相応の金が支払われていたのでロヴィニア王は目の前の「実弟のペット管理担当者」を処刑する気は全く無かった。それ以上に、金と嘆願書を持って来た時の《彼の笑顔》にリオンテは無罪にするつもりであった。

 《彼》は王族や皇族には厳しいが、平民や奴隷には優しいとエーダリロクに聞いていたために。

 金や嘆願書は兄弟として、また他の真実を知らぬ者達に対しての体裁。
「シーゼルバイアに話を持ち込まれた理由は?」
「秘密を握られていました」
「秘密とはなんだ?」
「昔……十一年前、私は一人の少女を沼に突き落としました。誰にも見られていないと思っての行動でしたが、シーゼルバイアに見られ証拠映像まで撮られていて……」
 エーダリロクがビーレウストと喧嘩して、帝星を飛び出して向かった先での出来事。
 自然の色彩の中、リオンテの目に飛び込んできたピンク色の靴を持った少女。セットされティアラで飾られた髪と、ふわふわとしたドレスを着ておぼつかない足取りで歩いている貴族と一目で解る自分にはない物を持っている少女が、自分の領域に迷い込んできたことに “かっ” となった。
 その少女は何一つ悪いことをしてはいない。だがリオンテは少女に言い知れぬ昏い感情を咄嗟に抱いた。
 表現するなら、通り魔的な犯行。
 希少な野生動物の密猟を生業としていたリオンテにとって、靴を脱ぎ歩き疲れておぼつかない足取りの貴族少女の背後をとって沼に突き落とすのは、今までの中でもっとも簡単なことだった。
 少女を突き落としリオンテは急いでキャンプに逃げ戻った。
「……はい、メーバリベユ侯爵でした」
 その後、主のエーダリロクがその少女を背負い帰って来る。驚いたリオンテだが、突き落とされたメーバリベユ侯爵は全く気付いておらず、楽しそうにエーダリロクと過ごしていた。終わったはずだった、リオンテも忘れていたような出来事だった。
 その日いつも通りリオンテは仕事を終えて帰る途中、シーゼルバイアに《皇帝の正妃候補を沼に突き落とした事実》を突きつけられる。
「馬鹿なことですが、セゼナード公爵殿下に迷惑がかかると思いまして……」
 過去の出来事だが “今の” 皇帝の正妃候補を突き落とした部下が仕えていると知れてしまえば立場が悪くなるだろうと思い、リオンテはシーゼルバイアに従った。
「セゼナード公爵に告げると言われて……はい、シーゼルバイアはセゼナード公爵殿下を殺害や処刑することはないと……ジュカテイアス一派からの承認もありました」
 リオンテは “大切なこと” の順位を付け間違った。
 その後のことはロヴィニア王も知っている。切崩すのにもっとも楽だろうと、そして気付かれていることを知られないように平民相手に王族のジュシス公爵を送り込むことを勧めたのは、誰でもないロヴィニア王自身。
 実弟の部下に自然に近づけるのは、ロヴィニア王族よりも親友のエヴェドリット王族だと告げ、エヴェドリット王も納得してジュシス公爵に裏切り者と繋がっているリオンテの扱いを一任する。
 顔は知っているが話しかけられたことのないジュシス公爵に声をかけられた時、後ろめたいリオンテはすぐに内心が表面に現れてしまう。
 殺されるのだろうと思ったが、取引を持ちかけられた。
 ジュシス公爵から持ちかけられた取引 《命は助けてやる》 リオンテはその取引は信じていなかった。用無しになったらすぐに殺されるに違いないと。そう思いながらも取引に応じたのは、自分がシーゼルバイアに従った真の理由が誰にも知られていなかったところにある。
 誰もがシーゼルバイアによる強制的な肉体関係が足枷なのだろうと勝手に判断していた。自分が過去に正妃候補を沼に突き落としたことを知られていない、それだけのことでリオンテはあっさりとジュシス公爵に従った。
 シーゼルバイアとの肉体関係も、リオンテの中では情報を得られる行為となり嫌悪感を打ち消した。嫌悪感が消えたことは抱いているシーゼルバイアにも伝わり、勝手に “牝” になったと勘違いする。
 話を聞き終えたロヴィニア王は、今の話の内容を別室で聞いていたメーバリベユ侯爵の元へと向かわせた。
 リオンテが立ち去った後、脚を組みなおし実弟から渡された金額を眺め、そして呟く。

「メーバリベユ侯爵、私が見込んだお前が判断を間違うことはなかろう。期待しているぞ、義妹よ」


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