グィネヴィア[34]
「ジャセルセルセさん! デさまが会ってくださるそうですよ! お見合い! お見合い!」
「バルデンズさん? いつのまに、バッシェベルデン大公さまに連絡を?」
「おみあい! おみあい! おみあい! おみあい!」
「(ラスカティアが言っていた通りの人だとしたら……手に負えるわけない!)」
―― 次席のデな。おそらくお前の想像を絶する煌めきだ。おう。俺の中で迷惑な輝きを放つ皇王族十選の一人だ。他の九人? まずはジャスィドバニオンだろ。そして……
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イルトリヒーティー大公は朝食の席に、約束の十五分前に着いた。
相手がロヴィニアの王族だから……ではなく、アレを待たせるのは危険だろうと判断したためだ。実際待たせると碌な事が無いのがグレイナドアである。
「なんだと! もう来ているのか!」
それから十分後ぺたぺたと、明かに素足であることが分かる足音に、イルトリヒーティー大公は眉間に皺を寄せたものの、時間に遅れなかったことだけは良かろうと、彼にしてはかなり譲歩した。
喧しく ―― その格好では! お待ちください王子! ―― 召使いたちの声を聞くも、裸足であることを諫めているのであろうと思ったのだが、
「待たせたな! イルトリヒーティー」
「…………」
裸足なのは些細なことであった。
むしろこの格好では、裸足であったほうがマシであろうと。裸足を選んだグレイナドアを褒めるべきか? この格好で朝食を取りに来たグレイナドアを怒鳴りつけるべきか?
一晩くらい寝なくても平気な体だが、昨晩から今朝にかけて薔薇の花を前に悶々としていたイルトリヒーティー大公は、テーブルに肘をつき両手を組み、そこへ額を乗せて息を吐き出すことしかできなかった。
「どうした! イルトリヒーティー大公」
「……その格好は、なんじゃ?」
「時間ギリギリまでジアノールを抱いていたら、身支度の時間がなくなってな! 最低限の格好だけは整えたんだ!」
「……最低限?」
「ああ。さあ、朝食を食べよう!」
悪びれず椅子に着いたグレイナドアに、イルトリヒーティー大公は再び深い息を吐き出した。
グレイナドアは本人が言う通り、時間ぎりぎりまでジアノールを抱いていた。
もちろん優秀な部下たちが余裕を見て、行為を終わらせて、身支度をさせたのだが ―― 途中で『ジアノールの洗浄も料金分か?』そう思い立ち、体を洗われている最中に、再度寝室へと戻り、
「私が洗ってやるぞ!」
「……」
一晩でグレイナドアに触れただけで達するように開発されたジアノールは、グレイナドアの「洗ってるつもりだが愛撫にしかなっていない動き」に体を震わせ(声は既に出ず)情欲による肌の赤味を強め、
「お前、かなり好きなんだな! 足りなかったのか!」
「(違います、違います)」
煽られたと勘違いしたグレイナドアは時間が許す限り! と行為を再開し ―― 既に許せる時間は皆無だったので、部下たちはグレイナドアをジアノールから引き抜き、引き離して体を洗い拭くのが精一杯であった。
「時間に厳しい方ですので」
「そうか……でもマントさえ装着していればいいだろう! あと帽子と、パンツ。……よし、いくぞ!」
グレイナドアは下着を履き、両サイドから出ている紐を首もとで蝶々結びにして装着する、簡素なマントを羽織り、濡れた髪に帽子を乗せて意気揚々とやってきたのだ。
「……腹が減っておったのかえ?」
「ああ! 今日の朝食は特に旨い! あれから朝まで、ほぼ絶え間なくやってたからな!」
「そうのかえ」
―― あの元僭主帝国騎士も、まあ……儂には関係ないが
「どうした? イルトリヒーティー。私のことを見つめて。もしかして、私があまりにも格好良くて見惚れたのか!」
実際グレイナドアは格好がよい。帝国上級貴族によくいる”動かなかったら芸術品”容姿だ。この”動かなかったら”という但し書きがつく者は、動くと凡人には手に負えない ―― 美しさは損なわれないのだが、凡人の精神が損なわれる。
「格好があまりにも珍妙で気になるだけじゃよ。儂は格好や礼儀に厳しい所で育ったのじゃからな」
「ああそうか。お前のところ、堅苦しいもんな!」
「主のところが……じゃが、格好良いことは認めてやろう」
―― 怖ろしく馬鹿じゃがのう
「ふふふ、私に惚れるなよ!」
”ぐれいなどあ”と大きく書かれたパンツを履いただけで朝食の席に着く王族に惚れるほど、イルトリヒーティー大公は自分を捨ててはいない。
「惚れたりはせぬから安心せい。儂はどちらかというと、しっかりと洋服を着ているほうが好きじゃ」
「お前、なかなか趣味いいな! その良さは、私も同意するぞ。力説するほではないが!」
「はあ?」
あまり会話がかみ合っていなが、両者ともかみ合っていないことに気付いていないので、なんの問題もなく朝食を食べ終えた。
「殿下。イルギ公爵が大至急面会をと」
「ん? イルギ…………」
視線が在らぬほうを見て、明かに”誰だっけ? それ”状態のグレイナドアに、
「シセレード公爵直属、特殊公爵のイルギじゃ。イルギ公爵ノルドディアク」
イルトリヒーティー大公が教えてやった。
本来であれば教えるような家柄ではない ―― 帝国臣民ならほぼ覚えている家柄 ―― のだが。
「……ああ! 思い出した! おお、通せ。あいつらはすぐに腕力に訴えるからな! 被害が出てからでは遅い」
グレイナドアは右手を握り親指を立てて、元気よく指示を出す。
「なんだろうな!」
忘れていることからも分かる通り、グレイナドアはイルギ公爵と公にも私にも交流を持っていないので、来訪理由が全く分からなかった。
「なんじゃろう……ん? そういえば」
イルトリヒーティー大公が、臀部側に横書きで大きく名前が入っているパンツを履いている、二十歳間近の他国の王子の交友関係など知るはずもない。だがイルギ公爵に関しては、あることが思い浮かんだ。
「なんだ? 思い当たる節があるのか?」
「今日はエキリュコルメイの見合いじゃから」
側近であるジアノールに連絡を取りたいのではないか? と、言おうとしたものの、
「エキリュコルメイって誰だ?」
「……」
目を見開き、瞳をきらきらと輝かせて尋ねてくるグレイナドアに ―― 嗚呼、馬鹿じゃったなあ ―― 優しく教えてやることにした。
「エキリュコルメイ子爵というのはな、帝国最強騎士のことじゃよ。シセレード公爵とミロレヴァロッツァ姫の間に産まれた、女皇殿下と精神感応が開通しておる、見た目がケシュマリスタ女の、やや背が低い十五歳の公女じゃ。分かったかえ? フィラメンティアングス」
イルトリヒーティー大公はグレイナドアのことを馬鹿にしているのではない。馬鹿であることを認め受け入れたのだ。
それはグレイナドアの実兄ギディスタイルプフ公爵も通った道。
彼の場合、グレイナドアは実弟なので、かなり粘ったが、イルトリヒーティー大公は他人なのでこの一日で諦めた。いや、諦めたのではない。認めたのだ。これは天才でありながら馬鹿であると。イルトリヒーティー大公はテルロバールノル系にしては、柔軟性に富んだ男である。悪く言えば、諦めやすい……だが、この場合は良いように働いたと言えよう。
「お、おお! そこまで教えてくれるとはな! 分かったぞ! 私の母の姉の孫! 直接見たことはないが!」
第五十六代皇帝と皇君の間に産まれた皇妹皇女→姫大公→公爵姫。この公爵姫がオーランドリス伯爵。
第五十六代皇帝と帝君の間に産まれた皇女→グレイナドアという血筋なので、近いといえば近いが、皇族の考え方からすると遠いと表現される。
「その通りじゃ。主は会ったことないのかえ?」
「直接はなあ。映像では何度も観たことあるが」
そんな話をしていると、イルギ公爵が現れて、ジアノールを返して欲しいと言ってきた。
「返すもなにも……?」
心底不思議そうに聞き返すグレイナドに、
「主は服を着ろ、フィラメンティアングス。イルギや、返すとはどういうことじゃ?」
服を着るよう命じ、話題から遠ざけた。彼が居ると話しが進まなないと考えたためだ。
イルギ公爵が言うには、ジアノールに帰宅するよう……連絡を入れようとしたが、どこにいるのか分からない。
ジアノールにしては珍しいとは思ったが、彼の性質も理解しており、なによりクレスタークから「男娼を紹介しておいた」とも聞いていたので、その男娼へ連絡を入れジアノールが訪問したかどうかを尋ねたところ、
―― ロヴィニアの王子殿下と、着衣が見るからにテルロバールノル王族縁の人と共にお帰りになりました ――
あまり聞きたくはない答えが返ってきた。
聞きたくはなくとも、考えないわけにはいかないので「その組み合わせで、夜、大宮殿外にいた人物」を照会して、この二人だと知り連絡を入れたところ、グレイナドアの元にいることが判明した。
「連絡を入れたら、起こさないよう王子に命じられているって。取り次いでもらえなかったから、足を運んだ」
「そういうことかえ。フィラメンティアングスや、ジアノールを……朝までやっていたと言っていたな」
「おう!」
「まさか抱き潰しちゃったのか?」
ジアノールが抱かれる側であることを知っているイルギ公爵は、顔を顰め――非常に怖ろしい顔になる――声を低くして攻める口調となる。
「いや、寝れば治ると思うぞ。今日一日くらいな」
「ええ……はあ。我一人でかあ……カーサーはアレだしなあ」
顔を顰めたまま”ジアノールをよろしく”とばかりに、手を振って立ち去ろうとしたのだが、
「あれは対外的には奴隷じゃ。居たところで役には立たぬじゃろう。じゃが、主一人では大変じゃろうから、フィラメンティアングスや。儂らが協力しようではないか」
「…………なんで?」
洋服を着終え、それはそれは知的な装いとなったグレイナドアが問い返す。
「理由は様々あるが……いや、主には説明すべきじゃ。まず第一に儂等はなにも予定がない。第二に、儂は女皇殿下の側近じゃ。女皇殿下と精神感応が開通しておる人物の結婚相手は、できれば選びたい」
「うちのカーサーも女皇殿下だけどなあ」
女皇殿下は帝国の上流女性三名のみに与えられる地位。現在はグィネヴィアことゲルディバーダ公爵とケシュマリスタ王妃と、帝国最強騎士の三名に与えられている。
「そうであったな、イルギや。それで第三じゃが、シセレード公女じゃからテルロバールノル王族の血を引く儂は……口を挟みたくなるのじゃ」
シセレード公爵はテルロバールノル王の一応配下でもあるので、その縁者の結婚相手選びには興味があった。
「あーそうだな。うんうん。そうだったな。伯父上と貴族王が話合って決めていたので気になったのだが、そういう理由だったんだな! よし! 私が見極めてやろうではないか! 任せておけ!」
ジアノールを丸一日自由にして、三人は帝国最強騎士オーランドリス伯爵の部屋へと急いだ ―― ところ、
「なんだ?」
部屋にいるはずの召使いたちが廊下に”避難”していた。
「カーサーの用意は?」
「あの……」
戦闘力ならば問題のない男が顔を青ざめさせて、室内を指さす。決して部屋へは近寄ろうとしない。
「なんだ? カーサー、大丈夫……」
義理の姉でもあるイルギ公爵がドアを開けると、そこには ――
「……」
美女に取り囲まれた裸の帝国最強騎士がぼーっとしていた。その取り囲んでいる美女たちは、こうも呼ばれる。ケシュマリスタ女――と。
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