グィネヴィア[20]
 ケシュマリスタ王とテルロバールノル王が初めて出会ったのは、両者が六歳の頃――
 彼は自身の婚約締結式のため、兄である前ケシュマリスタ王と共に、テルロバールノル王国の首都王城までやって来たのだ。
 当時、ケシュマリスタ王族は当時の王と、現王の二名のみ。通常であれば、事故を警戒して王位継承権を持つ二人が同じ宇宙船に搭乗するようなことはないのだが、
「子供を作ることが出来ないのか」
「母親が……」
 前王しか子供を作ることが出来ないので、王弟が同乗しても問題なしとされていた。
 これらの体質は通常は公表されず、隠されることが多いのだが、前王は大大的に公表していた。王弟を手放すつもりなどなかった王は、どの国にも配偶者として送り出すつもりもなく、出来ることなら配偶者を娶らせずに手元に置きたかったため――

 だが大大的に公表されたことで、王弟は婚約することになった。皮肉なものである。

 子供が出来ない王子と子供を作ることが出来る王女。これらを組み合わせることで、王家の系譜の広がりを防ぐことができる。
 先のテルロバールノル王は、他王家にテルロバールノル王位継承権を持った子が生まれることを嫌い、このような手段を取り、そして――王弟はテルロバールノル王女ベスケニエラステスと婚約するためにやって来た。

 兄である前王のマントの内側に隠れている、どうしたらこれ程美しい造形になるのであろうか? 誰もが溜息を漏らすほど”綺麗”であった王弟。
 可愛らしく美しい少年と結婚が決まったことを、とても喜び微笑んでいた妹王女のことを、テルロバールノル王は今でもはっきりと覚えている。
 だが妹のことを羨ましいと思ったことはない。
 テルロバールノル王は王として生まれた。エヴェドリットが誰かに習わずとも上手く人を殺せるように、テルロバールノル王は誰に習わずとも、なにも学ばずとも王であった。
 だから――王の配偶者に相応しくない男は、どれ程美しかろうがテルロバールノル王にとっては、己が伴侶の対象外であった。

 パーティーが始まった当初は、マントの内側に隠れてばかりの王弟だったが、中盤を過ぎると周囲に興味を持ち、
「はじめまして、くろちるれいでさま」
 未来のテルロバールノル王の元へ、前王と共にやってきた。あまり教育されていないと噂されている通りの幼い喋り方ではあったが、声は夢心地にさせるもので、その美しい容姿に非常に似合っていた。
「確かに初めてじゃのう、タシュタキアリュス公爵オリヴィアストトル」
 名を呼ばれた彼は、無垢な笑顔で微笑む。
 六歳当時のテルロバールノル王は、人生においてこれ以上美しいものを見ることは叶わないのであろうなと、達観させるほどの笑顔であり――それは事実でもあった。
 当時の王弟、現ケシュマリスタ王は婚約者である王女よりも、
「くろちるれいでさま」
「なんじゃ」
 未来の義理姉のほうに懐き、生まれて初めて不特定多数が蠢くパーティーの最中に兄王のマントから出て、同い年の少女のマントを掴んで”ぽてぽて”と後を付いて歩いた。
「くろちるれいでさま」
「だから、なんじゃ」
「かっこいい」
「主は可愛らしいのう」
「くろちるれいでさま」
「なんじゃ?」
「うふふ。すてき」
「なにを言っているのやら」

 王弟は初めて見た王が大好きであった――

 ほとんど何も教えてもらえなかった王弟だが、ぼんやりと”好かれたいな”と思った。その当時は”好かれたい”という気持ちすらはっきりと分からなかったのだが、その後すぐにクレスタークと出会い、様々なことを知っている彼と精神感応が開通し――精神世界が広がる。
 悪戯好き、それも性質の悪い悪戯が好きなクレスタークは、世界から弟を隔絶させて可愛がりたい前王の願いを成就させないために、密かに現王に世界を伝える。
 現王はテルロバールノル王に気に入られたい一心で世界を学び、

「クロチルレイデ様、ニヴェローネスはどうだろう?」
「……儂の愛称かえ」
「うん。クロチルレイデは多いから」
「クロチルレイデが多いことを知ったのか。ならば受け取ってやろう。そうそう、主の名もケシュマリスタには多いな。ヴァレドシーアでどうだ?」
「あはは!」
 幸せであった。

 そして前王が死に、現王が即位した。

 テルロバールノル王は妹王女ベスケニエラステスは、王弟妃は務まっても、王妃は無理だと判断し、彼女と現王の婚約を破棄する。
 妹王女は抵抗した。彼女は確かに現王を愛していたが、彼女自身の素質が悪かった。
「結婚できないのなら死ぬ!」
 十三歳の王女は、十六歳の王にそのように言い放ち、完全に見捨てられる。そして数年後、処刑される際に、姉王から真実を聞かされ絶望を抱えたままこの世を去った。

 テルロバールノル王は彼女と現王を結婚させるつもりはなかったが、あの様な脅しを口にしなければ、エヴェドリットかロヴィニアの王位を継がない王子と結婚させるつもりであった。
 テルロバールノル王は彼女たちの父王とは違い、他王家に自国の継承者が誕生することを恐れなかった。
 彼女たちの父王は己の才能の無さから、王位を奪われることを恐れた為に、王女を子供ができぬケシュマリスタ王弟の妃としたのだ。父王の目の前にいる正統後継者が、最も己の地位を脅かすことに気づけなかったところに、彼の無能さがうかがえよう。

 だがベスケニエラステスは言ってはならないことを”言ってしまった”

 望みが叶わなければ死ぬ ―― その程度のことしか言えぬような王女を、他国の王子と結婚させるわけにはいなかった。
 それは国の恥。気位高く最古の王家の名を背負い、他国に嫁ぐ王女としての資格を彼女は一瞬にして失った。

「その程度のこと、誰でも口走るでしょう」
「儂は言わぬな。エリザベーデルニも言わぬ。テルロバールノル王族は言わぬな」
「あの……」
「儂にとって主の命がどれ程価値あると思うたのじゃ?」
「それは!」
「儂にとって、儂の命以上に価値ある命は一つしかない」
 テルロバールノル王相手に、命が引き替えになるのだとしたら ―― それはただ一人”皇帝”のみ。
「……」
「十三にもなって、そんなことにも気付かぬ王女など、恥以外のなにものでもないわい。カロラティアンは良くやった」
 テルロバールノル王は妹王女を王子には嫁がせず、ケシュマリスタの副王の一人に嫁がせた。
「儂を陥れるために」
 大人しく暮らしたら許してやるというものではなく、最早王女とは見ておらず、その性質を見抜き、いずれ身を滅ぼすであろうことを知っていたのだ。
「身の程知らずが! 儂に恥をかかせおって!」

 ベスケニエラステスを国外の副王に嫁がせたのは、完全に失望し見限ったため。テルロバールノル王城シャングリラに幽閉している弟王子たちのことは、愚かで使い物にならぬと判断を下したが、王族として扱い最後まで面倒をみてやるが、ベスケニエラステスはもはや幽閉して生かしてやる価値もないと――

 テルロバールノル王の見立て通り、ベスケニエラステス王女はジベルボート伯爵キャステルオルトエーゼに「してやられて」処刑されるに至った。

 二王はベスケニエラステスについて、触れることもなかった。
「ニヴェ」
「なんじゃ?」
「……なんでもない」
 二王の周囲は随分と変わったが、二人の間は全くといって良いほどかわっていない。
「そうかえ。では、家奴のことは任せたぞ」
「はあい」
 ケシュマリスタ王にとって、テルロバールノル王は憧れである。だから彼は、ゲルディバーダ公爵を王にしたい ―― 理由の一つでもある。
 彼にとって立派な王は憧れ。愛している少女を憧れの座に就ける、それが彼にとって幸せなのだ。
 彼は皇帝に対して、憧れはない。尊敬もほとんどしていない。
 幼い頃は漠然と、成長して事情を知ってからは ―― ナイトヒュスカ大皇が愛していたのは自らの実父であり、実父も大皇を愛していた。母王は故エルロモーダ帝と恋仲であったが、最終的には地位を取った。現皇帝エルタバゼールは、帝国宰相の言いなりになるだけの人形 ―― 彼の中では、皇帝はどうでもいい存在が就くべき地位となっていた。
 表に出すと、テルロバールノル王に叱られるので、彼は黙ったまま。テルロバールノル王は内心を知っているが、言わないうちは知らぬとばかりに。
「ノーツ」
「はい」
「僕が君を蹴ったこと、ネロに内緒だよ」
「はい」

 エウディギディアン公爵は立派なテルロバールノル王女であり、王妃として申し分のない女性である。皇后も務まるであろう――だが、彼女は王弟が憧れた王にだけはなれない。テルロバールノル王は王女であったことは一度もない。彼女は生まれた時から王であった。

 だからケシュマリスタ王は、王妃のマントの端を掴み庇護を求めることはない。

**********


 ”翌朝九時に”
 宇宙に名だたる人殺し、戦争狂人と呼ばれるバーローズ公爵家のご子息がやってくる――
 テルロバールノル王の命令に叛こうとは考えもしないウエルダだが、動揺はした。だがいつまでも動揺している訳にもいかないので、
「ラスカティアさん、どうしましょう」
 最後の晩餐になりかねない明日にむけて、帝国臣民として最大限の努力をすることにした。
「そうだな。明日、俺がお前の実家に行く。面倒はさっさと済ませたほうがいいだろう」
「め、面倒ではありませんが」
「そうか? まあ、明日の九時に俺がお前の実家を訪問する。昼食は持参、夜は外食で。翌々日の朝飯だけ用意してくれ」
「かしこまりました。ラスカティアさんはお嫌いなものとか……」
「好き嫌いはない。鋼鉄からグロテスクな海底生物まで、何でも食える」
「あ、はい」

 エヴェドリットは悪食としても有名である。

 ウエルダとトシュディアヲーシュ侯爵の予定は、初日はウエルダの実家。翌日はトシュディアヲーシュ侯爵の実家で、その次の日はトシュディアヲーシュ侯爵の自宅。
 ただトシュディアヲーシュ侯爵邸は帝星にはないので、妻の自宅であるヨルハ公爵邸を訪問することに。
 そして最終日はウエルダが住んでいる官舎へと行き、引越作業をすることになった。
 ウエルダは中尉になったので、少尉の部屋から引っ越さなくてはならない。
 だが普通の中尉ではない、王太子婿の側近中の側近 ―― なので、大宮殿外の中尉用官舎に住まれると、取り次ぎや警護が大変なので大宮殿に引っ越すことに決まった。

「それらに関しては、この私に任せておけ!」
 この場で急に決まったことだが、事務仕事担当のグレイナドアが快諾した――これにより、住居の心配はなくなった。

 前日の間に自宅周囲に挨拶をして事情説明をしようと考えていたウエルダだが、そちらの方は侯爵の側近が速やかに行うので心配ないと。
「まあ、それとは別に挨拶してまわってもいいぜ。ご近所づきあいって物もあるだろうからな」
 だが侯爵より許可を貰ったので……許可など貰う必要なく、侯爵も許可など出した覚えはないが、ウエルダの中では許可扱いである。
 帰宅し、事情を大雑把に説明したあと、近所に「明日、上官のバーローズ公子がいらっしゃるので……」と、挨拶をして回った。
 事前に侯爵の側近が告げにきていたが、あらためて聞かされ近所の人たちは顔を引きつらせたが、それ以上なにも言わず、もちろん逃げるような真似もしなかった。
 下手な行動で貴族を刺激するのは避ける。帝国に暮らす平民たちは、そのことを充分弁えている。

 そして運命の翌日 ―― 午前八時五十五分。

 住宅街の上空に戦艦が現れた。一般住宅の上空は戦艦は制限されている。そう”制限”
「ウエルダ、いらっしゃったみたいだぞ」
 元帥位を所持している帝国軍人ならば、それらの制限はない。
「本当だ」
 九時が約束の時間だった訳だが、九時過ぎても戦艦は動く気配がなかった。
 だからといって、ウエルダやその近辺に住んでいる人たちに、なにかできるわけでもない。ただひたすら待つ――
「なんか、あったのかなあ」 
 弟の呟きに、ウエルダは目を細めて答えた。
「約束の時間ぴったりに訪問するのは、相手に失礼だから、遅れていらっしゃるんだろう」
「大貴族さまだもんね」
「うん」
 そして九時を五分ほど過ぎたころ、
「よお、ウエルダ」
 軽装のトシュディアヲーシュ侯爵と、見るからに強そうな三名が戦艦から地表に降り立った。
「おはようございます! ラスカティアさん」

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