裏切り者の帰還[10]
「例の男、到着したようじゃな、クレスターク」
「おう。さあお出迎えしようぜ、ハンヴェル。お前にとっても大事だろう」
「そうじゃが……」
「おかえり。ドミナリベル・ザウディンダル・ララシュアラファークフ」
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元帥研修で一度来たきりの前線基地に無事到着。
「顔合わせして、準備が整ったら戦争だ」
いつになく苛々としている侯爵の隣にいる俺。
俺は元帥殿下の幕僚長ゆえに、元帥殿下の命令には従わなくてはならない。
”アーシュ前線に来ると、戦争以外のことでピリピリするから、誰も近寄りたがらないんだよね。だからお願い、ゾローデ先輩”
侯爵は八つ当たりするらしく……侯爵の八つ当たりは下手すると元帥殿下生命の危機に瀕するレベルなので、近づける人が限られる。俺の背後にはゲルディバーダ公爵殿下が付いていること、上級貴族として下級の民を不条理に殴らない矜持をお持ちなので、俺が代表して側に付くことに。
「準備とは?」
「……」
見慣れた不機嫌極まりない表情。これはクレスターク卿が関係していることだ! ああ、そうだな。クレスターク卿は戦争に関して……まあいいや!
「あ、はいっ! 行けば分かりますね!」
戦争したくはないのだが、さっさと戦争して帰りたいな。帰還したら帝星で皇帝陛下に「戦勝報告」と結婚報告しなくてはならないらしいが……それでも帰りたい。
前線基地に着陸し、旗艦から降りると、ずらりと並んだ”アシュ=アリラシュ”が出迎えてくれました。ウエルダはリディッシュ先輩の影に隠れた。
気持ちは解る。
皇族特有の星が瞬いているような光沢のある癖のない黒髪とは違う、癖はほとんどないがふんわりとしている黒髪。
皇族や皇王族は前髪も後ろ髪も直線に切って揃えていることが多いが、エヴェドリットは自然で少し軽さを入れているような感じで切り揃えている。
肌は白いが抜けるような白さでも、透き通るような白さでもなく、かといって健康的でもない。帝国に生きるものなら、エヴェドリットの肌色はこう言う ―― 血が映える白い肌 ―― と。
エヴェドリットは四つの王家と皇室の中で、もっとも表情が豊かな王家と言われる。生物を殺害する時の彼らの表情は生き生きとし、楽しさや喜びを隠さない。
帝国におけるエヴェドリットについてはさておき、いま目の前にいるエヴェドリットの皆様に失礼なく挨拶をせねば。
最も背が高くて黒いズボンに白いシャツという軽装に、黒いサングラスをかけている御方がクレスターク卿だろう。侯爵の視線と殺意はそっちに向きっぱなしだからな。
結構大振りのサングラスで、目元は完全に隠れているのだが、アシュ=アリラシュ顔と分かるのは、口元が要因だろうな。
固く結ばれているのではなく、柔らかく、笑みは浮かんでいないが、悪いように感じない。歴史書で見たアシュ=アリラシュの口元そっくり。
その隣に立っているやっぱりアシュ=アリラシュ……。なんで皆さんそんなに同じ顔で、雰囲気全然違うんですか? 雰囲気違っていても、根底に流れる殺意が似ていると言いますか……。
「ゾローデ先輩。基地の責任者、シセレード公爵フェリストフィーアだよ」
元帥殿下が右手で案内するようにシセレード公爵を示してくれた。アシュ=アリラシュ顔の一人が、元帥殿下に似た無邪気さを感じさせる笑みを浮かべて手を伸ばし、
「初めまして、オリバルセバド侯爵。我がシセレード公爵フェリストフィーアだ」
元帥殿下の右手をがっしりと両手で握りしめた。
ここに来る途中、時間があったので覚えたのだが、元帥殿下の皇族爵位はオードストレヴだったはず。オリバルセバド帝もたしかに存在するし、そちらは軍人皇帝として有名。賢帝として名高いが、軍事方面には疎かったオードストレヴ帝の爵位よりは元帥殿下に相応しい気もするが。
「俺はエイディクレアス公爵だよ! こっちがゾローデ先輩だよ!」
元帥殿下は慣れているように、左手で俺を指し示した。
「そうか。ごめんね、アーシュ」
「俺はアーシュじゃないよ。ドロテオだよ」
「そうだったっけ。御免よ、王には内緒にしておいて」
「もちろん!」
えっとこれは……
「そうなんですか」
呆然としていた俺とウエルダは、そのまま場所を移動して事情を聞くことになった。
説明してくれたのはクレスターク卿で……部屋の隅で立ったまま壁に背を預け、腕を組んだまま不機嫌さを隠さない侯爵の圧力を肌に感じつつ、話を聞いた。
シセレード公爵は強さと引き替えに脳の一部が退化というか、劣化というか、
「異常でいいんだぜ」
まあ、そういう状態なのだそうだ。
「こいつ等は強さを追求し過ぎて、いたるところに弊害がでておるのじゃ」
皇族寄りの黒髪をお持ちのヒュリアネデキュア公爵が、そのように続けて下さった。話かけてもらえないかと思っていたので、ちょっと安心した。
それにしても……テルロバールノル貴族って、本当に一目で分かるもんだな。容姿じゃなくて内面から溢れ出す物が違うなあ。
「そうだな。選民意識の塊さんから見たら、変だろな」
「……クレスターク、あとで話がある」
「いいぜ。幾らでも聞いてやる。まあ普通にしているとき、フェリストフィーアは大人しい。ただし機動装甲で戦っている時は近付くな。俺でも避けるくらいにイッてるからな」
「はい」
機動装甲での戦いの際は忠告されなくても近づけないので。……念の為ってことだろうな。
「自己紹介が遅くなったな。俺はクレスターク。ゾローデ、ラスカティアの同級生なんだよな。だから俺のこと知ってるだろう。ラスカティアが大嫌いなお兄さまとして」
テーブルを挟んで向かい側に座っていたクレスターク卿が立ち上がり、上体を折るようにして手を差し出してこられた。急いで立ち上がり、手を握り返す。
……侯爵の手も大きくて人殺しに向いた手だと思ったが、クレスターク卿はその上いくな。そして残念なことに、あまり怖くない。
侯爵より隠すのが上手いのだろう。
「後ろにいるのがウエルダか。前線基地で分からないことがあったら俺に聞け」
やや上体を起こしてウエルダに手を差し出しながら、サングラスを少しずらす。目つきも鋭いのだが、
「はい!」
うん、怖くないな。むしろ部屋の隅でクレスターク卿に憎しみなのか、なんなのか? 分かり辛い感情でそのまま睨みつけている侯爵のほうが怖い。
「儂はヒュリアネデキュア公爵じゃ。ローグ公爵家の”一応”嫡男で、皇太子妃の父でもある。侯ヴィオーヴよ…………」
なんだろう、苦しそうな顔になった。苦悶といっても言いような。
目蓋を硬く閉じて耐えるようにし、決意ができたとばかりに目を見開いて、
「侯ヴィオーヴよ、よしなに頼むのじゃ!」
「……あ、はい」
言いたくなかったんだろうなあ。ローグ公爵家の嫡男閣下だもんなあ。
隣に座っているクレスターク卿が腹を抱えて笑い、反対隣に座りクッキーをぼろぼろと零しながら食べているシセレード公爵を甲斐甲斐しく世話している、やっぱりアシュ=アリラシュ顔の人も噎せるようにして笑い出した。
「どうしたの? サロゼリス」
クッキーを持ったままシセレード公爵が尋ねると、
「ハンヴェルがハンヴェルだったから面白くてな」
サロゼリス閣下が答えなのか? と疑問に思える答えを返していた。
やっぱりシセレード公爵の弟君、ネストロア子爵サロゼリス=ザノン閣下か。そしてハンヴェル……ヒュリアネデキュア公爵ハンサンヴェルヴィオの略ですか。怖ぇ……。
「ハンヴェルはいっつもハンヴェルだよね。ね、クレスカ」
「そうだな。フェリストフィーアとハンヴェルの間にいるのがネストロア子爵サロゼリス=ザノン。前線基地の金庫番ってか、金庫破りな」
ええ、噂は常々聞いております。シセレード公爵の弟君は予算を強奪すると。比喩ではなく本当に。
「よろしく頼む、ゾローデ卿」
「こちらこそ」
「じゃあ挨拶も終わったから、準備に取りかかるぞ」
向かい側に座っていた四人の大貴族様方が一気に立ち上がり……壁です。220cm台が四人並ぶと壁です。
あのフォルムは美しいの一言に尽きる。それ以外の言葉は必要ない ――
リディッシュ先輩が後でその様に言ってくれた。
「ゾローデ、お前の機動装甲だ」
「はい?」
機動装甲の格納庫へと連れて行かれ、帝国騎士のロヒエ大公に挨拶をして……俺の機動装甲?
「お前、なに言われてるか分からないだろう」
艶を消した銀色の機体。肩の部分に半月型のアーマーが取り付けられている。そのショルダーアーマーには絵が描かれているのだが、朝顔の葉に似ている様にも見えるが、花が描かれていないので恐らく違うと思われる ―― ただの蔦のようなものが”何故か緋色”で。
左右対称で至る所に使われている曲線が、機体をより一層美しく見せる。
近付き見上げると装甲の内側にまで絵が描かれて……
「はい。帝国騎士の能力に関しては、上級士官学校入学後に調査され”ない”と判断されました」
他の貴族や皇王族は幼い頃に調査をされているので、入学の際に受けたのは俺だけだったが。
「それ間違い」
「……」
不備があったということか?
「お前、帝国騎士の能力はある。どうしてか? は、今回の戦闘後に全部教えてやる。今はこれを動かし、コレに乗って戦争に出ることに集中しろ」
俺、戦争って……機動装甲に搭乗して出撃するの?
艦隊を率いて機動装甲の補佐をする物だとばかり……。
「動かしたら中将ですよ、ゾローデ卿」
ついてきてくれたジベルボート伯爵がピースサインをつくって、頑張れと。
「そ、そうだね、ジベルボート伯爵」
「ガウセオイド陥落させるお膳立てはする。お前は今回の戦闘が終わったら大将だ」
もしかしなくても、遠征前の陛下のお言葉 ―― ヴィオーヴ、戦功を上げて帰還せよ。大将位を用意して待っているぞ ―― あれは、これを意味していたんだ!
「不満もあろうが、貴様は王太子の婿じゃ。大将位程度は持っておらねばなあ」
ヒュリアネデキュア公爵のお言葉は最もです。自分が関係者でなければ、そう思うでしょうし、無責任に”大将位程度は必要だよな”と言っていたことでしょう。
でも当事者になると……。
「クレスターク! 準備終わった!」
俺が入ったのとは違う扉が開き、そこからガラガラというか、骨っぽいというか……ゾンビさんが現れた。侯爵の妻、ヨルハ公爵だ。
貴族は着用する手袋など特注品なので、サイズが合わないことは滅多にないらしいが、ヨルハ公爵は指が細い……わけではないが、顕著に骨張っているので、手袋をしていても骨張っているのが一目で分かる。
目の下の目立つ隈、かさかさとしている紫色の唇。絵の具で塗ったような白い肌。
「シア!」
「キャス!」
二人は元気よく抱き合い、頬を何度も合わせて……見た目はどうであれ、あのくらいの年齢の女の子同士が仲良くしている姿は可愛らしいものだ。
「カーサーも来い」
クレスターク卿が呼ぶと、ヨルハ公爵が現れた扉から”お姫様”が現れた。
ロターヌの生き写しと呼ぶに相応しい小柄な少女。搭乗用スーツや作業服、軍服に……若干着崩していらっしゃる人の中に現れたお姫様。黄金髪に皇帝眼、ほっそりとした首筋を露わにする襟元と、バゴダスリーブが目を引くドレス。上半身は濃紺で、腰の切り返し部分から少しだけ灰色が混じっているものの、白に近い生地をふんだんに使ったスカートが大きく広がり、丈も長く引きずるほど。丈が短めの手袋で裾はレースで飾られて……でも一目でエヴェドリットと分かる。
見た目だけならお姫様だが、手にデスサイズが。
「大っきいな」
「……あ、そうだな」
ウエルダからすると目の前のお姫様、ではなくオーランドリス伯爵はやや大柄な少女に映るだろう。貴族としては小さめで175cmほど。
まだ十五歳だから、成長してもっと身長も伸びるだろうが。
近付いてくるオーランドリス伯爵、そして俺の後ろに隠れる元帥殿下。俺の腕にしがみつき、何故か震えている。ちなみにしがみついている手はかなり力がこもっていて痛い。
「どうしたんですか? ドロテオくん」
「ただのトラウマ」
何があったのか? この場で理由が解らないのは、俺とウエルダだけらしいが。
目の前までやってきたオーランドリス伯爵は、俺を見上げるようにして、
「我、カーサー。帝国最前線」
デスサイズを上下逆にして床に柄の先端を押しつけ、手を伸ばしてきた。
袖と手袋の隙間、僅かに見える肘から下の腕はそれほど太くはないが……強いのだろうなあ。
「初めまして。帝国最強騎士」
「ああ……隠れるな。出てこい、ドロテオ。引っぱらない」
なにをどのように引っぱられたのですかな? 帝国最強騎士。
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