裏切り者の帰還[09]
幕僚長なのだが特にすることはなく、ウエルダはリディッシュ先輩と共にジベルボート伯爵の機動装甲の整備に。リディッシュ先輩は物を作ることが好きなので、機動装甲整備士の任に就きたかったのだが、実家が許してくれず……。
戦う為に前線に行くのならば許可してもらえるが、前線基地で整備士は駄目。
整備も戦いの一つだが、エヴェドリットとしてはそれは戦闘には入らないとのこと。従来であれば実家の勢力は配属に影響を及ぼさないのだが……機動装甲の前線基地はシセレード公爵領なので、エヴェドリット貴族間の交流がものをいい ―― 悪いことが重なるというか、ご自身も言っておられたが、リディッシュ先輩は学業ではなく身体能力で卒業した人なので……。機動装甲整備士は奴隷でも代用できるが、ガウセオイド級空母奪取用戦闘員となるとそうもいかず。
その他の要因もあり、帝国で帝国騎士本部付きの開発担当者に。それなら整備士でもいいような気もするのだが、武器の開発と整備は違うのだそうだ。本部で武器の実験をするために、整備士たちが機動装甲を組んでいる姿を見る都度、溜息を漏らしているらしい。
”僕の機動装甲で慣れてから、カーサーの機動装甲整備させてあげてもいいですよぅ。僕がかけあってあげますから。僕とカーサー仲良しですからね。だから僕の言うこと聞いてくれますよね、オランベルセ”
そんなリディッシュ先輩だ。ジベルボート伯爵の誘いに抗えるわけもないだろう。
「トラウマだ」
俺はというと、特にすることもなく”暇なら付き合え”と侯爵に誘われ、二人きりで飲むのかな〜などと呆けたことを考えながら部屋へ行くと、ケシュマリスタ王国軍の将校さん達が集められており、一人一人から自己紹介と忠誠の誓いをされた。彼らは長居することもなく、俺からの訓辞を聞き、各々の艦へと戻っていった。
その後は俺が思っていた通り二人きりでの飲みとなり、
「はあ」
侯爵に”ゲルディバーダ公爵殿下に定期連絡とまでは言いませんが、連絡を取ったほうが良いものでしょうか?”尋ねたところ、トラウマだ ―― そう返された。
「行軍中は俺からの連絡ですら受けない……説明しておくか」
琥珀色した液体が入ったグラスを手のひらで包み込むようにしていた侯爵が、一口で飲み干すには少々多目に思えたウィスキーを一気にあおり、バーローズ公爵家の紋が刻まれているテーブルに叩き付けるかのようにして置いた。
「ありがとうございます」
運良くグラスは割れなかったが、顔が怖ろしく怖く……じゃなくて、かっこよさが増した。この険しい顔つきは、間違いなくクレスターク卿絡みだろう。ああ、元帥殿下に聞いたほうが良かったかなあ。
「ドロテオには聞くなよ」
「あ、はい」
内心を見透かされた?
「俺がクレスタークから聞いた話だが……嘘は言ってねえだろう。あいつは俺のことを、からかい、嬲りして遊ぶのが好きだが……あの野郎、前にもな……」
話がいきなり逸れた気もしますが、ここは黙って聞こう。侯爵がクレスターク卿の愚痴を漏らすなんて珍しいことだ。
「あいつ、平気で男も抱くんだよ」
話はクレスターク卿の旅行好きから、気付いたら男性関係へと発展して……まさか相手が皇太子妃のお父上とは思いもしませんでした。
「それはまた……」
上級階級は同性愛者が多いと、寮で聞いていたが特に見かけることもなかったので、気にしていなかった。
「…………済まん! 話逸れすぎたな! ゾローデが黙って聞いてくれるから、ついつい」
色々とストレスが溜まってるんだろうな。
いくら人殺しで解消できるらしいが、それだけでは発散できない鬱屈としたものが、きっとあるのだろう。主に兄であるクレスターク卿のことだろうが。
「俺もこの先アーシュに色々と聞いて欲しいこともあると思うんで。その際はよろしく」
気分を少しは変えてもらおうと、ウイスキーのボトルを持ち侯爵のグラスへと注ぐ。手を軽く上げて感謝を表し、ボトルを寄越すよう手を伸ばしてきたので渡すと、俺に注いでくれた。
「ああ。ファティオラ様のトラウマだが、前のケシュマリスタ国王夫妻がどうやって死んだか知ってるか?」
酒が入ったグラスを持つ。侯爵は手が大きいので、グラスを包み込んでいるかのように見えるが。
「ワープ中の事故ではないのですか?」
「それなんだが、ワープ前にヴァレドシーア様とファティオラ様、そしてドロテオの三人と通信で話をしていて”ワープに入るから、続きは後でね”って切って死亡」
「……」
記憶している王や元帥殿下が連絡を取ることを拒否しているのを知り、その場に自分がいたことを知って。記憶にはないが、どこかで覚えているのだろう。
あの餓えの記憶にも似た、避ける以外どうすることもできないそれを。
「ヴァレドシーア様は行軍中連絡を寄越さないし、受け取りもしない。ファティオラ様も知っているから、絶対に通信をしない。目的地に辿り着くまで連絡を取りたくないとのこと」
「それは」
「ファティオラ様、前線基地にはガンガン連絡入れているそうだが、こっちには寄越さない。ドロテオは軍人になった手前、我慢して通信回線を開いている状況だが、あんなに兄上大好きなくせに、ワープを使用する移動の際は王に連絡は入れたがらない。怖いらしい」
「そうですね」
「ただこれ、公表されていない事実ってか、俺の兄貴が”いまのゾローデには分からない方法”でヴァレドシーア様から引き出し、仕入れた情報だから、口外はしないでくれ」
「はい。そんな重要な情報を教えてくださり、ありがとうございます」
「いつかファティオラ様が語ってくれるかもしれないが」
「そうしていただけるよう、努力します」
ゲルディバーダ公爵殿下は元気に、毎日何度も連絡を入れてくれるのではないかと思っていたので……当たり前のことだが、俺はなにも知らないな。
「ところでゾローデ」
「なんでしょう? アーシュ」
「お前とウエルダ、寝坊をするまで、何を話していたんだ?」
「え、あ……色々と」
「言えないような話か?」
明け方に該当する時間まで”どうやったらウエルダに彼女ができるか”について語り合ったなんて、侯爵に言えないし、聞かされても侯爵も困るだろう。
侯爵に”もてない男”の気持ちなど解るはずもないからな。
「いえ、あの……」
かといってクレンベルセルス伯爵の亡くなった細君のことを話題にするのも。話している間にフィラメンティアングス公爵殿下のことにも触れなくてはならなくなるので。
下手に刺激したくないしさ。
今だって白目が灰色ががかって、興奮状態が持続しているのが手に取るように分かる。
だがマローネクス家の話題もどうか?
ちょっと気が強いが世話を焼いてくれる、俺の一歳年上になるレクレトさんに、かなり気が強いがとても優しいパールネ。五人兄弟の頼れる長男コーデントさんに、ウエルダと年子で俺とも気が合う末っ子のビエルント。
そんな話聞かされたら侯爵”は?”という顔になりそうだ。
侯爵は紳士というか落ち着きがあり、我慢強いので ―― 兄クレスターク卿に関してはのぞく ―― 黙って聞いてくれるだろうが。
かといってジベルボート伯爵と侯爵はヨルハ公爵のことで、ちょっと(どころではないらしいが)仲がこじれているようだし、俺やウエルダが最も興味あるクレスターク卿のことは絶対聞けない。
「なにも、ウエルダ・マローネクスを取って食おうって訳じゃねえ」
「……」
お腹空いてたんですか! すっかりと忘れていました! ウエルダが食われそうになったら、この俺が腕を一本! ああ、一本じゃ足りないか。
「いや! 違うぞ、ゾローデ。そういう意味じゃなくて。済まん、俺が言ったら食いそうだな。そうじゃなくてな。お前の友人だっていうから、その……やっぱりウエルダは俺のこと、恐がっているか?」
ではなくて平民慣れしていないと。そうだ、そうだ。半奴隷の俺のことも気にかけて下さった方だったよ。
「はい。慣れるまでかなり時間がかかるかと」
俺が慣れるまで相当時間かかったが。
「……だよな」
悪い人ではないのだが……エヴェドリットを恐がらない民は滅多にいないので。もしも恐がらない人がいたら、それはやはりエヴェドリット。
普通の士官学校出の平民だから、興味を持たれているのだろうが。
「クレスターク、俺よりも凶悪面してるくせに恐がられないんだよ」
グラスを置き、頭を抱えるようにして俯いた侯爵は、深く息を吐き出しながら、悔しさと羨望を交えて語られた。
「そうなんですか?」
「あいつアシュ=アリラシュの生き写しで、身長が俺よりも高くて体重だって勝っていて、威圧する体格で……ああ! 絶対ウエルダも恐がらねえ」
研修の際に遠目で見たことありましたが、そんなに怖くないようには見えなかったが。近くで見ると怖くないの……か?
「怖くないんですか?」
クレスターク卿と比べると、侯爵はやや祖先のラウ=セン似なので女性らしさがある。あくまでも、クレスターク卿と並べた場合。リディッシュ先輩と並べたら、清楚で美しい女性であったラウ=センの面影は見当たらない。不思議なものである。
「表面を取り繕うのが上手いんだよ! あいつの中身なんて、凶悪以外の何者でもねえ! でもなあ……。リディッシュもあいつのことは恐がらないんだよ。俺のことは初めて会った時から恐がったのによお!」
あー、リディッシュ先輩に恐がられてたの知ってたんだ。
「初めて会ったのはいつ頃なんですか?」
「俺が二歳の頃だ」
ということはリディッシュ先輩は四歳か。……幼少期の二歳差って大きいよな。四歳の頃、二歳の子供に負ける気はしないのだが。侯爵ともなれば次元が違うか。
「あの野郎、旅行好きだって言っただろ」
「はい」
「入学前に単身であっちこっちの貴族の家を泊まり歩いててな。それで合格するんだから、やってられねえよ! それで旅行先で仲良くなったやつらが入学祝いをしたいと申し出て、その数が多かったんで実家で大大的なパーティー開いたんだよ。当時王太子だった王まで妃連れて来たからな。ふざけんな」
うわー聞けねえ。
侯爵の時はパーティー開かれなかったんですか? なんて聞けない。でも話の流れというか、
「凄いですね。俺は家族、っても母親と祖父母と仲間たちにお祝いしてもらいましたが、さすが貴族ともなると桁が違いますね」
俺のことに触れないと後が困るよな。
「お前の親族はさぞや喜んだだろう」
「はい」
「俺も喜ばれたぜ。特にクレスタークにな……死ねよ」
クレスターク卿、どのような祝福をなさったのですか?
「そういえばゾローデ。お前の母方の祖母は、行き倒れて死んだヤツの子なんだってな」
「はい」
祖父さんはどこまで遡ってもベロニア家の専属奴隷だが、祖母さんは行き倒れた女性が抱きしめていた赤子だった。
ベロニア家の領内で死亡した女性は身分証明書を持っておらず、失踪者届けも出ていなかった。宇宙船でルド星に来たという証拠もなかったので、元々この惑星に住んでいた奴隷の子孫で、祖先が逃亡するかなにかで登録抹消されたのであろうと判断され、赤子だった祖母さんはそのままベロニア家の奴隷となった。これ、侯爵喋った記憶はないが、結婚する際に調査され報告書に目を通したのだろう。
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