偽りの花の名[09]
「十三歳の美少女なので、グレスさまとヴィオーヴ侯爵がセックスするなんて、言えませんでした。だってセックス。きゃっ! 恥ずかしい」

―― 本当に今夜、ゲルディバーダ公爵殿下と初夜 ――

『王の前で早漏は恥ずかしいだろうから、抜いておけ』
 トシュディアヲーシュ侯爵の優しい言葉を背に、一人部屋に閉じ込められた。
 廃墟王城の監禁部屋は古び色褪せ、変色しヒビが入った壁と、錆びが浮いている鉄格子で構成されている。部屋は大きさよりも高さが際立っている。俺の身長の三倍はあり、天井も壁と同じような古めかしさがあり、剥き出しになった鉄骨に小さなランタンが下げられ。
 室内に間仕切りなどなく、金属製のトイレと小さな洗面所。窓も通路側に面している鉄格子と同じで、窓硝子などははめ込まれておらず、風がよく流れる。
 高い位置にある窓はすぐ傍に海があることを、音と匂いで教えてくれていた。その窓側の壁に溶接された古ぼけたベッド。
 シーツやバスタオルも壁や天井と同じく年代を経た風合い。
 非常に手間暇をかけて、古めかしさを出しているが、実際古びた家で、使い古した道具で生活していた俺からすると、どれも新品同様に見える。
 バスタオルは劣化すると、もっと部分的に薄っぺらくなり、縫い目のことろが黒ずんで、肌触りも悪くなり、吸水性も落ちる。この部屋に置かれているバスタオルは、見た目以外は新品同様。縫い目は柔らかな手縫いだ。
 貴族や王族は膨大な量の製品を手縫いで作らせる。
 俺も実家で母さんや、婆ちゃんの内職手伝ったなあ……現実逃避している場合じゃなくて、腕時計で現時刻を確認して、初夜検分が執り行われる時間から逆算して……

 やることやったら、身支度を調えるために連れ出してくれると言っていたので ――

 体を洗い髪を乾かして寝室へと向かった。服は用意されていなかったので全裸で目的の場所へ。
「女傑様はまだ到着していないが、すぐ近くまで来てるそうだ」
「そうですか」
 トシュディアヲーシュ侯爵の案内の元、寝室に辿り着いた。ジベルボート伯爵が語った通りの寝室が広がり、
「エレス、もっと食べてよ」
 全裸のゲルディバーダ公爵殿下がエヴェドリット王の口に大量の花を突っ込んでました。……恐くないんだろうな。俺は恐くて顔の近くに手なんて持っていきたくないが。
「グレス、ゾローデが来たよ」
 猫足の黄金椅子に脚を組んで腰かけていたケシュマリスタ王が、俺のほうを指さす。この寝室がとてもよく似合っている。
「ゾローデ!」
 黒髪と白い肌のコントラストが美しいゲルディバーダ公爵殿下。胸に関しては触れない、絶対に触れない。お肌が本当に白く美しく、真珠のようなまろやかな光沢を放つ肌
「お待たせいたしました」
 ジベルボート伯爵同様、腕に抱きついてきてぶら下がり、
「ベッドに行こう!」
「はい」
 積極的に誘ってくださった。
 ゲルディバーダ公爵殿下は身長は俺より頭一つ分小さく、体の厚みは俺の半分程度で、肩幅も華奢な少女その物。腕には筋肉らしいものはうかがえないのだが力が強い。軽快な声と喋り方、そして屈託のない笑顔に誤魔化されているが、めちゃくちゃ腕力ある。
 血筋からして強くて当たり前か。ご両親は帝国近衛兵を務められていたものな。そして無意識らしいのだが、軽く肩をきめられているのが……。

 緑色のレースで縁取りされた純白のシーツがかけられたベッドに飛び乗ったゲルディバーダ公爵殿下が、興味津々といった眼差しで俺を見つめる。

 ゲルディバーダ公爵殿下、十五歳。俺、二十五歳……リードするのは俺の役割だな。

「ボリファーネストの娘の初夜検分か。我も歳を取ったな」
 ブランデーグラス片手にゲルディバーダ公爵殿下の亡父に思いを馳せられるエヴェドリット王の声が俺の肌に突き刺さる。
「まだ若いつもりだったの? エレス。でもあんなに小さかったグレスが目の前で処女散らされてしまうのか。はぁー大切に育てたのに」
 白ワインが注がれたグラスをゆったりとまわしながら、ケシュマリスタ王が悲しそうに……。うわー勃たないような気がする。この二人に見られながらって……。
 ゲルディバーダ公爵殿下のお身体が、子供を彷彿とさせるのも理由の一つ……俺の腕の中にいるのは十五歳。
 十五歳は一般法律じゃあ微妙ってか、結婚できないし、性行為をしたら”俺が”捕まるお年頃だ。いやいや、お相手は恐れ多くも王女殿下、十五歳は結婚できる年齢。
 でも、十五歳の奴隷と性行為と、王女と性行為するの、どちらかを選べと言われたら……罰せられることは分かっていても、屑と罵られようとも、俺は前者を選ぶ。選べるのであれば。

 俺如きが抱いて良い相手じゃないだろう。

「……ん?」
 王二人の話し声をかき消すよう、寝室に曲が響き渡る。この曲はテルロバールノル国歌だ。と言うことは、最後のお一人テルロバールノル王が到着して……しまわれたのか。
 テルロバールノル王は女性だから、容赦無くだめ出ししてきそうだな。ああ抜いてこなければ良かった。そしたら……でも、前戯を適当にしたら、殺されるだろうし。
 天井のない寝室に影が広がる。
 威圧を無視出来ず上空を見上げると、緋色の戦艦が垂直に降下していた。
「カルニスタミアか」
 テルロバールノル王が搭乗する旗艦カルニスタミア。
 二十代くらい昔のテルロバールノルを統治した軍人として名高い王の名を冠した旗艦が地表に迫ってくる。
 寝室と周囲が影で覆い尽くされると、搭乗口が開かれてそこから……
「ヴァレドシーア!」
 ハルバード担いだテルロバールノル王が飛び降りてこられ、着地と同時にケシュマリスタ王の顎を割るパンチを……。

”ゾローデ、数えられたか?”
”爺ちゃん、数えたよ。十回も水を切ったよ”
”そうか。次はゾローデがやってみろ”

 子供のころ平らな石を拾って水面スレスレに投げて、水を切ったときのようにケシュマリスタ王が、周囲に散らされた花と共に、何度も水平バウンドして飛んでいった。
 悲惨なシーンなはずなのに、並外れてお美しい上に、場所が綺麗で、花が幻想的なせいで悲惨さがない。それはある意味、悲惨なのかもしれないが。
「主が侯ヴィオーヴか」
 旗艦カルニスタミアの元となったカルニスタミア王と同じお顔で豊かで太めな縦ロール。榛色の髪を結い上げて、首に負担がかかりそうなほど豪華な髪飾りが頭部を飾っている。
「あ、はい」
 不躾に眺めていた俺は、自分の非礼に気付き、ベッドから降りて散らされている花を手で払い除けて正座して頭を下げる。
「グレス」
「なに? ニヴェローネス」
 テルロバールノル王はニヴェローネスなんて名前ではなかったような……ヴァレドシーア様と同じ通称か。
「儂への挨拶はどうした! 王の儂に挨拶もせんのか、王太子」
「だ、だって」
 テルロバールノル王はベッドに近付いてきて、手を伸ばされた。なにをしているのかは分からないが……
「”だって”ではない。グレス、主はこれから王族の生活を知らぬ夫、に自ら礼儀作法を教えてやらねばならぬ立場じゃと言うのに、なんたる有様じゃ」
「ご、ごめんな……」
「ニヴェ、そんな怒らなくても」
 頭を下げていたので気付かなかったが、さきほど吹っ飛ばされたケシュマリスタ王が、声を聞く分には何ごともなかったかのように戻ってこられた。
「黙れ、ヴァレドシーア。儂は貴様とではなく、グレスと話をしておるのじゃ。グレス!」
「なに? ニヴェローネス」
「なによりも儂はまだ主と侯ヴィオーヴの結婚に賛成しておらん。よって今日の初夜は無しじゃ」
「えっ! なんで。だってゾローデって」
「理由は明日話してやる。今日は無しじゃ」

 ほっとしている自分が情けない。回避できない事柄が後回しになっただけだというのに。

「でもニヴェ」
「煩いわい!」
 俺の視線の先にあったテルロバールノル王の爪先が一つ消え”ぼすっ! ずががががが、どごっ!”なる、聞いてはいけない音が……間違いなく蹴りだ。
「無しと言ったら、無しじゃ。分かったな!」
「分かったから、あんまりヴァレドシーアのこと飛ばさないで!」
 やはり叔父のことは心配なのだろう。俺は帝国臣民として心配だけど。あの音、おかしいというか……ケシュマリスタ王は見た目とは裏腹に強いことは分かっているが、それでも心配にはなる。
「約束はできんな、グレス」
「どうして!」
「ヴァレドシーアが問題を起こしたからに決まっておるじゃろう。儂は理由なく怒鳴りはせんわ!」
「ごめんなさい。でも……」
 ゲルディバーダ公爵殿下の声が悲しげに。どうにかすべきなのだろうが、結婚認められていない俺が口を開いたら、ますます問題が。
「ニヴェローネス」
「なんじゃい、エレスヴィーダ」
「暴力は控えるべきだろう」

―― エヴェドリット王が暴力を否定する

「……つっ! ぷ……ははは……」
 我慢していた緊張が切れた。俺の口から笑いが漏れる。止めようと思えば思うほど、笑いが止まらなくなる。顔を両手で覆ってみるも、意味がない。
 自分で自分の首を絞めて笑いを止めなくては!
「ゾローデ! 大丈夫」
 ベッドから飛び降りゲルディバーダ公爵殿下が俺の顔をのぞき込んでくる。心配させないよう笑いを収めなくてはならないのだが……止まらない!
「うえっ……げふっ、ぶっ……」
 喉にこみ上げてくるものが。
「ゾローデ、思いっきり笑っていいんだよ! 我慢しないで、顔も首もまっ赤だよ!」
 止まれ、止まれ!
「エレスヴィーダ、主は侯ヴィオーヴを殺害するつもりか。笑えぬジョークも度が過ぎれば、息の根止まるわ」
「我が今まで発した言葉で、もっとも殺傷力があったようだな。これからはこの台詞を言いながら殺すようにしよう」
「ゾローデ! しっかりして! もう! エレス、口開かない! ニヴェローネス、二人とも連れてって! ゾローデ、しっかりして」
 俺の笑いのツボ全てが連打されまくった結果、
「ゾローデ一回息の根止めて、笑いを止めるか?」
 ゲルディバーダ公爵殿下が心配して側近を呼びに、トシュディアヲーシュ侯爵が非常にエヴェドリットらしい解決策を提示してくれたのだが、それがまた余計に面白くて。
 なんとか笑いが収まったのは、
「あれだけ全力で一時間半も笑ったら、死ぬ恐れもあるな。さすが帝国上級士官学校卒、体力と体の丈夫さは桁違いだ」
 冷静なデオシターフェィン伯爵の語りを、まだ自分の笑い声が残っているような鼓膜を通し、他人ごとのように聞く。
 俺は笑いが収まるまで一時間半を要した。王太子殿下の前で全裸で笑い続けるとか、穴があったら入りたい、もしくは壁の割れ目に埋まりたい。できることならこのまま逃げたい。
「ほれ、薔薇水じゃよ。ゆっくりと飲めい」
 透明感のある石を刳り貫き、持ち手に彫刻を施した盃をイルトリヒーティー大公が手渡してくれた。それを受け取り、口元へと運ぶ。
 さっきまであれ程笑っていた唇は、笑いが収まると同時に乾き、もう口を開くなとばかりにくっついてしまっていた。
 盃を唇に押し当て、薔薇水で唇を湿らせる。他愛のない動きなのだが、なんか笑える――全身が笑いに対して敏感になっているような状態。
「ファティオラ様、今日はゾローデのヤツと添い寝してやってください」
「寝ちゃ駄目って、ニヴェローネスが」
「なにもしないのなら大丈夫ですよ。一人で眠らせて笑い出して死んだら困るので」
 トシュディアヲーシュ侯爵の意見を否定できないくらいに笑ってしまった。
「……分かった。ゾローデ、セックスは駄目だよ」
 満面の笑みを浮かべられたゲルディバーダ公爵殿下。その顔はシュスターク帝に瓜二つだ。
「畏まりました」
「俺たちも遠く離れたところから見守ってるから安心しろ。いくぞ、ジャセルセルセ、ベルトリトメゾーレ」
「あのさ、パンツ持って来て。裸はさすがに恥ずかしいよ」
 今まで全裸で付き添って下さったゲルディバーダ公爵殿下が大きなベッドの端まで走り、肌触りの良いタオルケットにくるまった。
「畏まりました。ゾローデの分も必要ですか?」
「うん! キャスに作るように言っておいた、お揃いのが完成してるはずだから! それ持って来て」
 ゲルディバーダ公爵殿下と”お揃い”のパンツですか? トシュディアヲーシュ侯爵以下側近の皆様の表情からすると、俺には似合わない気配が濃厚ですけれども。
「畏まりました」

 純白の布を真珠や白光石などで飾った”かぼちゃパンツ”でした。

「恥ずかしかったねー。ゾローデ」
 俺に背を向けてお尻を突き出すようにしてパンツを”くいっ”とあげるゲルディバーダ公爵殿下のお姿は可愛かった。とても子供らしくて。性的な興味は沸いてこないが。

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