帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[212]
”ああ、もう二、三個作ってくればよかった……”
グラディウスの満面の笑みでのもぎもぎが終わり、ルグリラドが美しい眉が悩ましさを作り出したところで、手を叩く音が響いた。
「そろそろ終わりの時間だ」
キーレンクレイカイムが終わりの時間を告げた。
ただし予定時間よりも一時間以上も早い。元々マルティルディは今日は演習を指揮し、その後は主だった面子と――自分の部下とキーレンクレイカイムと彼の部下、そして演習場を守っているガルベージュス公爵と腰布姿ではない腰布――会食し、その後軍に戻り演習の報告を受けて、さきほど会食に伴った将校たちから意見を聞き、軍編成や費用について考える予定であった。
ここに到着してからまだ二時間ほどで、マルティルディにはまだ時間はたっぷりあるのだが、キーレンクレイカイムは敢えて短めの”三時間”で設定をした。
一時間前に終了を告げたのは間違いではない。
「グレス」
「は、はい! 乳男様」
最後のお楽しみがあるのだ。
「ほぇほぇでぃ様」
「なんだい?」
白い歯に黄色の食用花の花びらを付けたまま笑ったグラディウスは、しばらく笑い顔で停止したまま……思い出し肩を震わせて室内へと駆け出す。
「おまけです」
グラディウスは両手を広げて、突然”おまけ”と言いだした。
「……なにが?」
それだけでは当然マルティルディには通じない。
「この飾り、一つおまけです」
また解り辛い説明をするが、運良くマルティルディに通じた。
「その棚に飾られている品のどれか一つ、僕にくれるってこと?」
椅子に座ったまま棚を指さしながら尋ねると、
「はい!」
元気よく返事をする。
―― 誕生日におまけってなんだろう? いいけど
主賓であり大好きなマルティルディを喜ばせようと考え、グラディウスは自分が楽しかったことを全部詰め込んだ結果、このような形となった。
グラディウスは働いた金を持ち、リニアと共に小物を売っている店へと行き、マルティルディに喜んで貰うために悩んで小物を幾つも買いつけた。
滅多にものを買わないグラディウスにとっては、どきどきしながら、決死の覚悟さながらの勇気を持ち二十もの品を揃えた。
それらを”おまけ”にしたのは、自分が子爵から”おまけ”を貰って嬉しかったからである。
用意された品はどれも小さめなもので、絵に飾りがついているスプーン、陶器の小物入れ、動物の置物。
「ねえ、これは何?」
何に使うのか見当が付かない品も置かれていた。
「まじくぐっず」
それは簡単な”マジックグッズ”で、説明書はなく、売るときに店員がタネを教えてくれるようになっている。もちろん、とても簡単で、多くの人は一度でタネを覚えることができる。
「手品?」
「うん! あのね、こうするの!」
グラディウスはエプロンからハンカチを取り出し、玉を持ち、透明なケースも持ち……すべて忘れてしまっていた。
「あ、あのね、ほぇほぇでぃ様。ちょっと待ってください」
「いいよ」
あまりにも完璧なまでに”グラディウス”なグラディウスに、五人は笑顔となり、そして背後に立った子爵に無言で指示を出す。
「グレス」
「おじ様」
「ほら、こうやって」
二人は彼女たちに背を向けて”ごそごそ”とやり始める。
―― ケーリッヒリラのことだ、見事な実演を披露してるんだろうな
「うおああ! おじ様すごい!」
心底驚いているであろうグラディウスの歓声に五人は視線を合わせて首を振り、先程とは違う笑いを浮かべ面白そうに待った。
「大丈夫だな、グレス」
「うん! おじ様ありがとう! ほぇ……お待たせしました! ほぇほぇでぃ様」
振り返ったグラディウスの手には透明なケース、そして玉を持ち、ハンカチは子爵が持った。手品としては「かたい透明なケースに玉を入れてみせます――ただし、ハンカチを被せてから」という大昔からある物。
グラディウスはぎこちなく透明ケースの上に玉を乗せ……るのに非常に苦労するもなんとか乗せ、子爵が上手にハンカチを被せると同時に玉を上手にケースに押し込む。そして「1,2,3」と声をかけるハンカチを外すと玉が中に入っている、となるのだが、
「これにハンカチをかけて、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11……次12だっけ? おじ様」
すぱーん! となにかが飛んで行った。ただし子爵にとっては、これは想定の範囲内であった。練習に付き合った際に何度かこれと同じことをグラディウスはしていた。
「ああ。だが、今は三までしか数えられないぞ」
この場にいる王族の中では最も沸点が低いイレスルキュランが、張っている胸を小刻みに震えさせながら必死に笑いをこらえる。
「そうだった! えっと1,2,3と数えて、ハンカチを外し……」
元気よくハンカチを引っぱったところ、グラディウスの顔の中心を強打し驚きで喋りが止まる。
「玉がケースの中に入っているな」
デルシが手品の成功を教えてやる。
「大丈夫かえ? グレスや」
「大丈夫です、睫が長いおきちゃきちゃま」
【面白過ぎて、このまま十回くらい連続でこの手品やらせたいんだけど】
透明ケースがタネそのもので、なによりも単純なので、さきほど尋ねる際にケースを掴んだマルティルディは仕掛けもやり方も全部分かったが、だからといってこの手品が色褪せたりはしない。
「じゃあ僕、それにしようかなあ」
これを実演しろと呼び寄せたら楽しいよなあ――
「マルティルディ」
「なんだい? イレスルキュラン」
商品が決まったのならと、
「この袋に入れて持ち帰るといいぞ」
マルティルディ用に作ってきた袋を受け取ると、袋だけではない重みがあった。
「受け取っておくよ……なに? 中身入ってるんだけど」
中を覗くとルグリラドが持参した、やはりマルティルディ以外は使用できないであろう王家の紋章が刺繍されたブックカバー付きの本が入っていた。
「ケシュマリスタ王国で昔から人気のある刺繍じゃ。お主のことじゃから、嗜んだこともなかろうと思うてな」
取り出してパラパラとめくり袋へ戻す。
「確かに読んだことないけどさ」
そろそろお誕生日会も終わりだろうと言うことで、
「グレス」
「おっさん!」
撮影している息子の邪魔にならないように、だがフレームからグレスが飛び出さないようにサウダライトは声をかけて近付いた。
「おっさん! お誕生会しててね、もう終わりなんだけどね」
「ちょっと来るの遅かったか。マルティルディ様、お誕生日おめでとうございます」
さりげなく挨拶をして終了――だったのだが、
「ほぇほぇでぃ様! あのね、おっさんも、この飾り作ったんだよ!」
落下し室内に置かれていた輪飾りを掴みグラディウスが教える。グラディウスとしては「おっさんも、誕生日をお祝いしようとしてたんだよ!」と伝えたく、確かに伝わったが、
「へえーありがとう、ダグリオライゼ」
それはとりもなおさず、マルティルディを騙していた証拠でもある。
「ありがたいお言葉」
「おっさんが作ったのはね、あそこに飾ったの!」
グラディウスが指さした先にあった輪飾り――それは一際下手であった。雑ではないのだが下手なのだ。
―― 土星を描こうと思ったらボウリングのピンが描き上がる人だからな
子爵は椅子に腰をかけて騒いでいる正妃たちとマルティルディ、そしてグラディウスを企みがありそうな笑顔で眺めているキーレンクレイカイムに茶を差し出した。
「ケーリッヒリラ」
「はい」
「あの輪飾り、本当にサウダライト?」
「はい」
「グラディウスが作ったのかと思った」
言いたいことが分かるので、
「……」
子爵は黙るしかない。
あとでマルティルディに隠していたことを責められるサウダライトだが、最後の仕上げに取りかかる。
「グレス、ちゃんとお話した?」
「?」
「このおまけ、マルティルディ様が選んだら、お妃さまたちにも一個選んでもらうって」
「忘れてた! あの!」
マルティルディを祝いに来てくれた人たちにもお礼をしようということで、選ばれなかった小物を贈り物にすると。
話を聞いたマルティルディは、
「あー僕、もう一回選ぶ」
「このスプーンいいな」
「ちょっと見せろよ、イレスルキュラン」
「儂はこの置物が気に入ったのう。どうじゃ? メディオン」
「待てよ、僕まだ決めてないんだから!」
「我はこの小さなイヤリングでも」
「君に似【似合わないだろが!】違うのにしろよ、デルシ」
マジックグッズを持ったまま騒ぎ出した。
「決まるまで、軽く三十分はかかるだろう」
キーレンクレイカイムの隣に座ったサウダライトは声には出さなかったが同意し、グラディウスが出してくれたお茶をすすりながら、同じ品を即座に買い揃えられる資金と権力を持つ彼女たちが必死に選ぶ姿に背を向けて声だけ聞いていた。
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