帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[211]
「グレス」
 おにぎりを食べ終えたグラディウスのもとへ、デルシとが姿を現した。
「おおきいおきちゃきちゃま! あのね、いま、ほぇほぇでぃ様のお誕生日会をしてるから! あの、あの」
「参加してもいいのか? グレス」
「はい!」
―― どいつもこいつも、知ってて来たくせに
 マルティルディは可憐な口元にそれに相応しい清楚な笑みを浮かべて二人を見る。
「贈り物になりそうなものは、これか」
 デルシは上着の胸ポケットから赤く光沢のある生地で作られた袋を取り出し、口を開いて中身を手に乗せて、
「これでどうだ?」
 マルティルディに差し出す。中身はやや大振りな真珠のイヤリング。
「ま、もらっておいてあげるよ」
 デルシの手から袋を引き抜くようにして袋にイヤリングを入れ直す。
「よかったね。ほぇほぇでぃ様」
「そうだね。真珠は僕に似合うからね」
 デルシと同じく上着の胸ポケットに袋を押し込み、
「うん」
「ところでザイオンレヴィ。君なにをしてるんだい?」
 構えている機材が撮影用なのは一目でわかるので、なにをしようとしているのかは分かるが尋ねた。
「撮影させていただこうかと」
 サウダライトは撤収間近に現れる手はずなので、まだ木の陰に隠れている。鬱蒼と生い茂る葉が陽射しを遮っていることもあり、グラディウスからはサウダライトの姿は見えない。
「誰を?」
「マルティルディ様とグレスを」
「僕とグレスか。その映像くれるの?」
「はい、アルバムにして」
「いいねえ」
 マルティルディは笑うとグラディウスを抱き上げて、
「ザイオンレヴィのほうを見て笑うんだよ」
「は、はい!」
 何ごとかさっぱり分からないグラディウスだが、言われたことはしなくては! と、全力で笑った――ほぇほぇでぃ様のご期待に添えるように――と。
「駄目な男じゃのう」
「本当に残念な男だな」
 相変わらずの満面の不細工な笑みをカメラ越しに見たザイオンレヴィは、沸き上がってくる笑いを必死にこらえるも、鼻の奥で”ぐふ……”となり、限界を迎えて金星の地表を模したタイルにうずくまり小刻みに震えている。
「ほぇほぇでぃ様、あてし」
「君は悪くないよ。ザイオンレヴィはちょっと足の小指ぶつけただけだから、声かけないでやってくれる。痛いときに声掛けられると困るからね」
「はい」
 足の小指をぶつけるような突起はなく、靴も軍靴でかなりの衝撃に耐えられるよう作られており、ザイオンレヴィは軍人として痛みの耐性も鍛えてきたので、素足で小指をタンスの角に強打しても耐えられる……ことなど皆知っているが、それはどうでも良いことである。

―― マルティルディ様と並ぶから。マルティルディ様と並ぶから……

 だがザイオンレヴィが悪いわけでもない。絶世の美女とグラディウスが一つのフレームに収まった時の、表現しようのないちぐはぐさ。
 芸術と評せば有耶無耶にできるだろうが、それと笑いは別。
「我も自信はない」
 笑撃耐性の低い子爵など、後ろ姿を見ているだけで、なんとなく笑えてきたくらい。笑いをこらえうずくまっているザイオンレヴィをそのままにして、グラディウスと正妃たちとマルティルディは菓子をつまみ話に花を咲かせる。
 その姿と子爵の言葉を聞きながら、
「難しいのう」
「なにが?」
 メディオンは首を捻りながら言葉を漏らした。
「あの寵妃についてじゃよ、ジュラス」
「グレスが難しいの?」
「なんというのじゃ。あの寵妃を見ると笑えるのじゃが……自己弁護というか儂の名誉にかけて宣言するが、決して馬鹿にはしておらん。じゃが何故笑っているのだと問われると”おもしろいから”となり、馬鹿にしているかのようになってしまう。ジュラスになら伝わると思うが」
 グラディウスを見ていると笑いがこみ上げてくる。その不細工さと頭の悪さ、ものを食べている時の姿や珍妙な動き―― 一つ一つ挙げると、馬鹿にしている以外の何ものでもないが、
「もちろん分かるわよ、メディオン」
「分かってもらえてよかったのじゃ」
 馬鹿にはしてないのだ。
「なにが良かったの?」
「儂も寵妃見て笑っても良いかえ」
 メディオンももの凄く面白いと思うのだが、理由を考えると馬鹿にしているような状態なので、単純に笑ってはいけないと考えて……
「気にしてたの?」
「気にするわい。寵妃じゃし、恐らくケシュマリスタ選出の正妃になるのじゃろう?」

 でも今はその不器用な動きを微笑みながら見守ることができる。

「まあ、そうねえ」
「どんな性悪がくるかと身構えておったが、あの寵妃ならば仲良くやっていけそうじゃ」
 性悪で正妃候補の一人でもあるジュラスの前だが、
「たしかに私たち性格悪いけど、王女殿下たちには負けるわよ」
 メディオンにとって彼女は性悪だが性格が良い――矛盾しているが、紛れもなくそうであり、また友人である。
「…………」
「なに、メディオン。その目は」

 脇にいる子爵はできるだけ聞かず、そして見ないようにしてザイオンレヴィの為にお茶を淹れていた。

 その茶を飲むべき音は、笑いに耐えるためにうずくまっていたが、
「ほら、立ち上がって。良い感じに皆さん離れてくださったよ。映像に収めないと」
 父である皇帝サウダライトが、木の陰から人間には聞こえない周波数の声で呼びかける。サウダライトはマルティルディやザイオンレヴィほど高性能な声ではないが、人間とそれ以外なら確実に分けることができる。 
「はい……」
 出てはいないのだが気持ち的に鼻を啜りながら機材を持ち立ち上がったザイオンレヴィは、全員をフレームに収めるためにレンズを向ける。なんかおかしな動きをしているグラディウスを優しく見守るマルティルディと――
「ほら、マルティルディ様だけじゃなくて」
「あ、はい」
 二人だけを必死に追っている息子に、全員入れないと後が恐いぞと指示を出すダグリオライゼ。恐いぞ――の半分はダグリオライゼにかかるのだが。
「ザイオンレヴィ」
 必死に撮影しているザイオンレヴィに、
「はい! マルティルディ様」
 声をかけたマルティルディは、再びグラディウスを抱きかかえて今度は浮上した。手書きのプレートまで上昇し、
「このプレートに書かれていること、大きな声で読み上げなよ」
「はい! ほぇほぇでぃさまおたんじょびおめでとございます」
「良い子だね」
 褒められて笑う姿にザイオンレヴィはやはり笑いがこみ上げてくるのだが、そこを確りと我慢して二人の姿をとり続ける。
「隣に行ってもいいか?」
 置き去りにされた三人の一人であるデルシが、一応尋ねてから、
「いいけど」
 軽く飛び上がり、僅かな突起に指を一本かけただけで壁に吸いつく。
「筋肉やバランス感覚が桁違いだよね」
 マルティルディは筋力ではなく超能力で浮いている。
「この程度のこと、我等エヴェドリットでは普通のことだ」
「身体能力が優れているって、色々あるけどやっぱり格好良いよね……そこの二人もきなよ」
 化け物じみた身体能力も超能力もない二人を、マルティルディが浮かせる。
「うおぅ!」
「なんじゃあ!」
 二人とも超能力は見たことはあるが、自分に使われたことはない。
 突如浮き上がる自分の体に驚き、硬直するも、
「これ、あてし、書いたの!」
 グラディウスにそう言われ、
「ほお、上手いのう」
「上手に出来てるぞ」
 恐がっている場合ではないと、即座に表情を切り替える。

『さあ撮影を続けるのです!』

 人間には聞こえず人造人間には聞こえるが、機器には録音できない声――サウダライトはには出来ない三種類の音声を操るのは、皇帝を警護しているジーディヴィフォ大公その人である。
 この誕生会はあくまでも――通りかかったらお祝いをしていたので、少し顔を出す――正式なものではないので、大大的に警備が付いていてはならない。
 そのため彼は軍服ではなく、休暇中に皇帝と出会ってそこまで一緒に……という形で付き添うことになっていた。
 そこまではいいのだが彼はこの誕生会に招待されていないので木々に隠れている。だが彼は隠していない。

 ”君がなにかするとは思っていないから、普通の格好でいいよ”

 下手な武装は相手を挑発してしまう――ということで、彼は軽装であった。むしろ全裸といった方が正しい。一応は葉っぱ一枚を付けているのだが、まったく隠せていない。もう少し大きめな葉っぱ――例えば無花果の葉など――を使えばいいのに、周囲に無花果はないから風景に馴染めないと使用を拒否した。
 帝国の決まりとしては正しいのだが……
【マルティルディや】
【なんだよ、ルグリラド】
【お主が皇帝にならんで良かったなと、儂はたまに思う。ケシュマリスタ貴族にもそう思う者は大勢いるのではないか?】
【そっち見るなよ。撮影されてるんだから、変な方見るなよ】
 大勢というかほとんどというか、
【姉上もマルティルディが次の王で良かったと言っている】
 他国の王も漏らすほど。
【悪い男ではないが、皇帝がコントロールできないと扱い辛いであろうな】
 先代皇帝は扱えていたが”せめてトランクスを履いて”とすら言えないくらいなので、サウダライトにそれは無理というものである。
【僕皇帝になっても、あいつらコントロールしたくないんだけど】

 そんな話をしながら一生懸命作った輪飾りを見て褒め、また地面に降りてから、

「グレスや。儂が作ってきたシューを食え」
 ルグリラドはデルシの拳のように大きい花で飾ったシューを差し出した。
「いいの?」
「僕さっきたくさん食べたから」
「私も食べた」
「我もも貰った」
「じゃ、じゃあいただきます!」
 食べられる色とりどりの鮮やかな花で飾られたシューにグラディウスは噛みついた。口内に広がる美味しさに顔は幸せ一杯になり、頬が大きく膨らんでもぎもぎする。
―― これが見たかったのじゃ!
 幸せにそして真剣にもぎもぎするグラディウス。
 その姿は先程マルティルディが食べていたのとは違い、非常に人間らしい。グラディウスが食べた時、それは幻想的ではなく美味しそうなものに早変わりする。
「正しいんだろうね」
 後ろから見てもわかるもぎもぎに、子爵はカウンターの奧でしゃがみ込む。メディオンはジュラスと共に手を叩きあいながら笑う。
「実際美味かったが、それ以上に美味そうに見えるなあ」
 ザイオンレヴィは手を震わせないようにと必死に”ここが大事な所だ! これがしっかり撮影できていないと意味がない”花をもぎもぎと食べるグラディウスを撮影していた。

 撮影機材の性能がよろしいので、手ぶれしたところで画像に問題はないのだが、彼はそのことをすっかりと忘れている。

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